秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

When-Breath-Becomes-Air

2740/末期癌の若き脳神経外科医の死②。

 つづき。Cady は夫妻の幼い子ども(8ヶ月)。
 ——
 「それとも、ここに家を再現できないかしら?
 BiPAP が空気を送り込む合間に、彼は答えた。
 『Cady』。/
 友人…がすぐに家からCady を連れてきてくれた。
 Cady はPaul の右腕に居心地よさそうに抱かれ、そしてCady らしい無頓着さでご機嫌な付き添いを始めた。
 空気を送りつづけ、Paul の命をつないでいるBiPAPの機械など気にも留めずに、Cady は小さな靴下を引っぱったり、病院の毛布を叩いたり、にこにこしたり、喉を鳴らして喜んだりした。」
 「Paul の急性呼吸不全はがんの急速な進行によるものと思われた。
 血液中の二酸化炭素濃度はいまだに上昇しつづけており、挿管の必要を揺るぎないものにしていた。
 家族の意見は分かれた。」
 「わたしは、急速に悪化した彼の容態を改善できる可能性を少しでも信じているなら、そう言ってほしいと医師たちに懇願した。/
 『Paul は奇跡の大逆転にかけたいとは思っていません』とわたしは言った。
 『意味のある時間を過ごせる可能性が残されていないのなら、マスクを取ってCady を抱きしめたいと思っています』。/
 わたしはPaul のベッド脇に戻った。
 彼はわたしを見て、はっきりと言った。
 BiPAPのマスクの上の目は鋭く、その声は静かだけれど揺るぎなかった。
 『用意ができたよ』(I 'm ready)。
 呼吸器を外す用意が、モルヒネ(morphine)を開始する用意が、死ぬ用意ができたということだった。/
 家族が集まった。
 Paul の決意のあとの貴重な時間に、わたしたちはみんな、愛と尊敬を彼に伝えた。
 Paul の目に涙が光った。」
 --------
 「一時間後、マスクが外されてモニターが切られ、モルヒネの点滴が始まった。
 Paul の呼吸は安定していたものの、浅かった。
 苦しそうな様子はなかったけれど、わたしがモルヒネを増やしてほしいかと訊くと、彼は目を閉じたままうなづいた。…。
 そして、とうとう、Paul は意識を失っていった。」
 --------
 「Paul の両親、兄弟、義理の姉、娘とわたしは9時間以上、彼のそばを離れずにいた。」
 「親しいいとこと叔父、そして司祭が到着した。」
 「北西向きの窓から暖かな夕陽が斜めに差し込むころ、Paul の呼吸はさらに静かになった。
 寝る時間が近づくと、Cady はぽっちゃりとした拳で目をさすり、彼女を家に連れて帰ってくれる友人がやってきた。
 わたしはCady の頬をPaul の頬につけた。
 ふたりのそっくりな黒髪には同じような寝ぐせがついていた。
 Paul の表情は静かで、Cady の表情は不思議そうだけれどもおだやかだった。
 彼の愛する娘はこれが別れの瞬間だとは思ってもいなかった。」
 「部屋が暗くなって夜が訪れ、低い位置の壁灯が暖かな光を放つころ、Paul の呼吸は弱々しく、そして、途切れがちになった。
 体は休んでいるように見え、四肢に力ははいっていなかった。
 もうすぐ9時だった。
 Paul は目を閉じて唇を開いたまま、息を吸い、そして、最後の、深い息を吐いた。」
 ——
 死亡日、2015年03月09日。37歳。

2739/末期癌の若き脳神経外科医の死①。

 Paul Kalanithi, When Breath Becomes Air (2016年1月)。
 =P·カラニシ=田中文訳・いま希望を語ろう—末期がんの若き医師が家族と見つけた『生きる意味』(早川書房、2016年11月)。
 若き脳神経外科医のPaul Kalanithi が末期癌に罹り、自らネット上に情報発信していて、その文章も一部掲載されているが、その妻だったLucy が書いた文章(死亡の過程やその後のこと)が主だと思える。舞台はアメリカだが、Paul Kalanithi という名を持つ夫の出身地等は不明。
 田中文の日本語訳がうまくて(そう感じられ)、それが理由になって最近にS·ムカジーのいくつかの著の邦訳書を手にすることになった。
 途中から途中まで、一部のみを紹介する。Lucy の文章だ。()は原書による。
 ——
 「日曜の早朝、わたしがPaul の額をなでると、燃えるように熱かった。」
 「肺炎(pneumonia)の可能性を考慮して抗生物質(antibiotics)の投与が開始されたあとで、わたしたちは家族の待つ家に帰ってきた(…)。
 でもひょっとして、これは感染(infection)ではなく、がん(cancer)が急速に進行しているせいなのだろうか?
 その午後、Paul は苦しむ様子もなくうとうととしていたけれど、病状は深刻だった。
 彼が寝ている姿を見ながら、わたしは泣いた。
 居間へ行くと、義父も泣いていた。/
 夕方、Paul の状態が突然、悪化した。
 彼はベッドのへりに腰掛けて、息をしようと喘いでいた。
 はっとするほどの変化だった。
 わたしは救急車を呼んだ。
 救急救命室にふたたびはいっていくところで(…)、彼はわたしのほうを向いてささやいた。
 『こんなふうに終わるのかもしれない』(This might be how it ends)。」
 --------
 「病院のスタッフはいつものようにPaul を温かく迎えてくれたけれど、彼の容態を把握したとたん、忙しく動きはじめた。
 最初の検査の結果、医師らは彼の鼻と口をマスクで覆ってBiPAP で呼吸を助けることにした。」
 「Paul の血液中の二酸化炭素濃度は危険なまでに高く、呼吸する力が弱くなっていることを示していた。
 血液検査の結果から示唆されたのは、血液中の過剰な二酸化炭素のうちのいくらかは、肺の病変と体の衰弱が進行していくにつれて…蓄積していったということだった。
 正常より高い二酸化炭素濃度(carbon dioxide level)に脳が順応したために、Paul の意識は清明なままだったのだ。
 Paul は検査結果を見て、そして医師として、その不吉な結果の意味を理解した。
 ICU へ運ばれていく彼のうしろを歩きながら、わたしもまた理解した。」
 「部屋に着くと、彼はBiPAP の呼吸の合間に、わたしに訊いた。
 『挿管が必要になるだろうか? 挿管(intubate)した方がいいだろうか?』」
 「BiPAP は一時的な解決策だと彼は言った。
 残る唯一の医学的介入はPaul に挿管すること、つまり人工呼吸器(ventilator)につなぐことだった。
 Paul はそれを望んでいるだろうか?」
 「問題の核心」は「この急性呼吸不全を治すことができるかどうかだった」。
 「心配されたのは、Paul の容態がよくならず、人工呼吸器を外せなくなることだった。
 Paul はやがてせん妄状態(delirium)に陥り、それから多臓器不全(organ failure)をきたすのではないだろうか?
 最初に心(mind)が、次に体(body)がこの世を去っていくのではないだろうか?」
 「Paul は別の選択肢を検討した。
 挿管ではなく、『コンフォートケア(comfort care)』を選ぶこともできるのだと考えた。
 死はより確実に、より早くやってくるけれど。
 『たとえこれを乗り越えられたとしても』、脳に転移したがんのことを考えながら、Paul は言った。
 『自分の未来に意味のある時間が残されているようには思えないんだ』。
 義母が慌てて割ってはいった。
 『今晩はまだ何も決めなくていいのよ、Pabby。…。』
 Paul は『蘇生(resuscitate)を行わないでほしい』という意思表示を確定的なものにし、それから義母のいうとおりにした。」
 ——
 つづく。
ギャラリー
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  • 2283/レフとスヴェトラーナ・序言(Orlando Figes 著)。
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