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①現代史資料(1)・ゾルゲ事件(一)〔小尾俊人編〕(みすず書房、第一刷/1962)。
②現代史資料(2)・ゾルゲ事件(二)〔小尾俊人解説〕(みすず書房、第一刷/1962)。
③現代史資料(3)・ゾルゲ事件(三)〔小尾俊人解説〕(みすず書房、第一刷/1962)。
④チャルマーズ・ジョンソン=萩原実訳・尾崎・ゾルゲ事件(弘文堂、1966)。
=⑤チャルマーズ・ジョンソン=篠崎務訳・ゾルゲ事件とは何か(岩波現代文庫、2013)。
⑥NHK取材班・下斗米伸夫・国際スパイ・ゾルゲの真実(角川文庫、1995/原著1991)。
⑦F.W.ディーキン・G.R.ストーリィ=河合秀和訳・ゾルゲ追跡(上)(岩波現代文庫、2003)。
⑦F.W.ディーキン・G.R.ストーリィ=河合秀和訳・ゾルゲ追跡(下)(岩波現代文庫、2003)。
⑧尾崎秀実・ゾルゲ事件/上申書(岩波現代文庫、2003)。
⑨リヒアルト・ゾルゲ・ゾルゲ事件/獄中手記(岩波現代文庫、2003)。
⑩ロバート・ワイマント=西木正明訳・ゾルゲ-引き裂かれたスパイ(上)(新潮文庫、2003/原著1996)。
⑩ロバート・ワイマント=西木正明訳・ゾルゲ-引き裂かれたスパイ(下)(新潮文庫、2003/原著1996)。
⑪モルガン・スポルテス=吉田恒雄訳・ゾルゲー破滅のフーガ(岩波、2005)。
⑫加藤哲郎・ゾルゲ事件-覆された神話(平凡社新書、2014)。
⑬太田尚紀・尾崎秀実とゾルゲ事件-近衛文麿の影で暗躍した男(吉川弘文館、2016)。
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江崎道朗・コミンテルンの謀略と日本の敗戦(PHP新書、2017)。
「コミンテルンの謀略」を書名とするこの本が<ゾルゲ事件>を扱っていないはずはない。
しかし、この江崎道朗著が、ゾルゲや尾崎秀実および事件関係者等の調書・発言等に関する第一次史料を見ていないこと、あるいは見ようとすらしていないことは明瞭だ。
なお、上掲のうち岩波現代文庫のうち二つ(尾崎とゾルゲ)は、みすず書房・現代史資料を元にして抽出しているようだ。
そして、ゾルゲ・尾崎秀実等の発言や事件の推移等々について参照にしているのは、参考文献の指摘からすると、つぎの三文献だと見られる。
①チャルマーズ・ジョンソン=萩原実訳・尾崎・ゾルゲ事件(弘文堂、1966)。上の④に掲出。
②春日井邦夫・情報と謀略(国書刊行会、2014)。
③小田村寅二郎・昭和史に刻む我らが道統(日本教文社、1978)。
ゾルゲ事件に関する江崎道朗の叙述は多くかつ長くて、この書の第一の重要部分かもしれない。しかし、所詮は、上の二、三を読んで、高校生ないし大学生のレポート感覚で、要領よくまとめて、さも自分がきちんと理解しているように<見せかけた>ものにすぎない。
この人物は平気で<孫引き>をする、すなわち上の本で紹介・引用されている部分をさも自分も直接に見た・読んだかのごとく執筆できる、という人なので、いかに多数の史資料を見ているかの印象を与えても、本人が読んだものではない。上のような書物が、要領よく?すでにまとめてくれている部分を(江崎道朗が描く「物語」にとって支障のないかぎりで)、「」つき引用ではなくとも、そのまま引用またはほとんど要約しているにすぎない。
なお、平気で<孫引き>できる感覚は、上の③の小田村寅二郎著に依拠して、他の何人かの<聖徳太子>論をまるで自らも読んだごとく(よく確かめると、小田村著によると、とはかすかに書かれていても)行う叙述にも示されている。
この書の執筆のおそらく後半になって、上掲文献のうち原史資料ではないものは他にもあるのだが、江崎道朗はつぎの書の存在を知って、追記したようだ。
④加藤哲郎・ゾルゲ事件-覆された神話(平凡社新書、2014)。
しかし、悲しいかな、加藤哲郎は<左派>からの「インテリジェンス」論に取り組んでいる人物であることを江崎は知らない。あるいは、加藤の新書のオビに「崩壊した『伊藤律スパイ説』」とか「革命を売ったのは誰であったか?」とかあることでも示されているように、ゾルゲ事件の「真相」に対する関心が、江崎道朗と加藤哲郎とではまるで異なっている。このことも、江崎は全く無視している。
にもかかわらず、最新関係書で言及が必要とでも思ったのかもしれない江崎道朗は、自分のそれまでの叙述に矛盾しない加藤著の部分だけを抜き出して、引用・紹介している。
思わず、苦笑してしまう。
この程度の、せいぜいよく勉強しましたね、いいレポートが書けましたね程度の<ゾルゲ事件>、そして「コミンテルンの謀略」の叙述について、この書のオビにはこうあった。
再度、明記して記録に残しておく。
「日英米を戦わせて、世界共産革命を起こせ-。なぜ、日本が第二次大戦に追い込まれたかを、これほど明確に描いた本はない。/中西輝政氏推薦」。
コミンテルンまたはレーニン・共産主義(・社会主義)諸概念の理解について、江崎道朗は決定的・致命的誤りをしていることはすでに何度か書いた。
ゾルゲ事件についての江崎の叙述・説明は中西輝政が書くように「なぜ、日本が第二次大戦に追い込まれたかを、これほど明確に描いた本」なのかどうか。
中西輝政こそ、いや中西輝政もまた、恥ずかしく感じなければならない。
なお、三点追記。第一、小田村著の戦後の発行元の日本教文社は、少なくとも戦後当初は<成長の家>関係の文献を出版していたらしい。
第一の二。聖徳太子関係の文章を戦前に小田村寅二郎が掲載したのは、彼自身が会員だったわけではないだろうが、<成長の家>の雑誌か新聞だった。この点は、江崎は何ら触れていないが、小田村著の中に書かれている。
第二。江崎道朗、1962年~、由緒正しく、さすがに「文学部」卒。
第二の二。現在、月刊正論に「評論家」として毎号執筆中。日本会議元専任研究員、日本青年協議会月刊誌元編集長。
第三。ネット上の書評・コメント欄に、江崎道朗著について、この書もだが、やたらと肯定的・賛美的なものが目立つ。こうした<書き込み>もまた、きっと動員されているのだろう。西尾幹二の近年の書についてもまた、江崎道朗の著に対するほどではないが、「読むに値する」とかの明瞭な<ちょうちん>書評・コメントがネット上で見られる。
正しさ・合理さ・清廉さ、等々ではない。<ともかく勝てばよい、売れればよい、煽動できればよい>の類のレーニン・ボルシェヴィキまがいの人たちが、現在の日本にもいる。
ついでに、こうした「動員」組が最近によく書いていたのは、天皇にかかわる、<権威・権力二分論が一番よく分かる>、だ。