この欄ですでに書いたことがあるように、人間が(耳・鼓膜を通じて)聴くことができる音の範囲(可聴領域)は、20Hz〜20,000(=20k)Hzだと、たいてい記述されている。
 ここでHz は、音の周波数(他に電波等)の単位で、1Hz とは1秒間に1回振動すること(=1周波数)を意味する。
 したがって、20Hzとは1秒間あたり20周波数、20kHzとは20,000周波数を意味する。このHz の数、周波数が大きくなればなるほど、「音」は「高く」なる(大きさ・強さとは別)。
 上記のとおり、どの人間にも全く聴こえないとされる高さ・低さの音もある(20kHz以超、20Hz未満)。生物としてのヒト・人間の限界だろう。
 健康診断での「聴力検査」は左右の耳についてかつ高低二音について行なわれるが、その高低二音は、1,000Hzと4,000Hz(1kHzと4kHz)であるらしい。この範囲(1,000Hz〜4,000Hz)を聴くことができれば、日常生活にほぼ支障はない、ということではないかと思われる。
 この範囲は、上記の20Hz〜20,000Hzと比べると、かなり範囲が狭い。
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  88腱(白鍵の他に黒鍵を含む)のピアノは、腱ごとに叩いて出す音の高さが国際的に決められているようで、その周波数は、最も左の腱は27.5Hz、最も右の腱は4186.009Hzであるらしい。
 最も左の腱による音の高さ(低さ)を「A0」と称しており、その音から右へ12音ごとに1オクターブずつ高くなっていく。
 12番め(最初を含めると13個め)は55.000Hz(A1)、24番め(25個め)は110.000Hz(A2)、36番め(37個め)は220.000Hz(A3)、48番め(49個め)は440.000Hz(A4)、60番め(61個め)は880.000Hz(A5)、72番め(73個め)は1,760Hz(A6)、84番め(85個め)は3,520Hz(A7)になる。
 周波数が2倍になるごとにちょうど1オクターブずつ高くなっていくことは、これまでに何度も触れている。
 まだ87番め(88個め=最右端)まであり、この最右端の腱の高さが上記の4186.009Hzで、「C8」になる。
 27.5Hz〜4186Hz余という範囲も、上記の20Hz〜20.000Hと比べて狭く、だいぶ小さい方に偏っている。また、最低音部もそうだが、カタカタとだけ鳴る最高音部がピアノで弾かれることは、ほとんどなさそうに見える。
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 以上のうち演奏上重要な基準となる音は、中央やや左のA3=220Hzか、中央やや右のA4=440Hzだろう。
 この440Hzは、音の高さ・音程を調整する場合の基本音として使われているようだ。とくに、ピアノを含む、その他の諸楽器との合奏との場合には。
 但し、国際的取決めと言っても、ピアノ一台による単独の演奏の場合には、各音の高さの「関係」は重要だが、中央やや右の「A」を440Hzに厳格に設定することにこだわる必要はない。「調律」の際にやや高い442Hzに設定することも多い、とか言われる所以だ。電子機器による音楽・楽曲の作成等の増加に伴い、「440Hz」が支配化しつつあるともされるけれども。
 A0〜A7というように「A」という符号が使われるのは、それらがいわゆる「イ短調」の基音だからに違いない。例えば、A=「ラ」と仮定すると、A3からA4へと、「白鍵」はラシドレミファソラシドと上がって行く。
 なぜ「C」(=ド)ではなく「A」に区切りのよい数字のHz数が与えられたかは、私には不明だ。もっとも、「A」も音楽上重要ではあることは間違いないだろう。
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  混声合唱曲において男声部と女性部それぞれの楽譜が作られているだろう。その場合、それぞれの楽譜に「A」や「C」等々の音が記載されているとしても、「同じ」高さの音ではない、と考えられる。
 男声と女声とでは、1オクターブ程度の高さの違いがあると思われるからだ。
 そうだとすると、同じ「下のA」に楽譜上は記載されていても、男声の場合は110Hz(A2)、女声の場合は220Hz(A3)の音なのではないだろうか。「上のA」は、それぞれ220Hz(A3)と440Hz(A4)ではないか。
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 楽譜上一定の音として指定されていても、楽器によっては、「下のA」とか「上のA」とかの音が国際的指定どおりに発せられない、演奏されない、ということがある。
 比較的によく知られているのは、理由・経緯を私は知らないが、ブラスバンド(吹奏楽団)だろう。多くの楽器の場合(トランペット、トロンボーン等)、「B♭」で書かれている。
 「B♭」で書かれている、というのは、楽譜上は「C」と記載される音であっても、その楽器を演奏すれば実際には、あるいは「正確には」、「B♭」の音が発せられる、ということをいう。「C」に限らず、全ての音が「C」→「B♭」のように一音ずつ下げられるので、演奏全体に支障はない。
 ブラスバンドの楽器にはホルンのように「E♭」で書かれる楽譜を利用するものもあり、「F」で書かれる楽器もある、と聞いたことがある。
 このように、「楽譜」が示す音というのはかなり便宜的で、融通性があり、相対的なものだ。
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  「楽譜」と言えば、ト音記号のものであれ、へ音記号のものであれ、「五線譜」と言って、左右に五つの線が平行に書かれて、その上または中間に「音符」が記載されるものが、いわば「定番」だ。
 なぜ1オクターブはドレミは7音(8音)で、なぜ全てで12音(13音)なのかと疑問に感じる者である私は、やはり疑問に思う。
 なぜ「楽譜」は「五線譜」なのか
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 この「五線譜」には、じつは奇妙なところがある。
 よく目にするト音記号の楽譜を想定する(へ音記号のものもそうだが)。
 イ短調かハ長調でなければ、♯または♭が用いられる。楽譜内とだけいうよりも、楽譜の冒頭の左上にも記載されて、「調」を指定する働きをする。
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 ドレミ…はイタリア語でCDE…と同じ意味らしいから全く不正確で、厳密には誤りかもしれないが、「絶対音」を表記する場合に「CDE…」を、「相対音」を表記する場合に「ドレミ…」を用いることにしよう。
 上の後者は、各々の音楽・楽曲の「調」の違いごとに揺れ動く相対的音階の一部を表記するものだ。私は「絶対音感」が全くないが、「調」ごとの(相対的)音階はほんの少しは理解できるので、上の区別は重要だ。
 「絶対」音とは別に、各「調」での基音や途中での(相対音としての)例えば「ミ」が分かったりすると、簡単な曲だと、「相対音階」(ドレミ化された旋律)をほぼ理解できることがある。
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 さて、「五線譜」で不思議なのは、ハ長調・イ短調だと、E♯、B♯およびF♭、C♭という音が、五線譜の一番下の線および中央の三番めの線の上で表記されないことだ。また、これら以外の「調」の場合は、「ミ♯」、「ファ♭」、「シ♯」、「ド♭」を線上または線間に表記することができない(又はしない)ということだ。
 その他の音(音符)の場合は、♯と♭のいずれも付かない場合といずれかの一つが付く場合の二つがある。「楽譜」から見ると、楽譜の線上や線間が二つの役割を果たすことが予定されている。
 しかし、上に挙げた場合は、そうではない。
 これは不公平・不平等?ではないだろうか。ともかくも、音(音符)によって扱いが異なっていることは、明確だと考えられる。
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 このようになった背景には、やはり<ピタゴラス音律>以来の、音楽にかかわった人間の歴史がある、と考えられる。私が試みた「ドレミ…7音(8音)の作り方」でも、(ドレミの7-8音に限ると)E-F、B-Cの間が「間差」が最も小さくなる。
 また、音律設定の歴史を継承している<十二平均律>において、E-F、B-Cだけが「半音」になる。
 このような歴史を色濃く反映しているのが、現在に圧倒的支配的な「五線譜」という楽譜だろう。決して、自然の、あるいは必然的に生じたものではない、と思われる。
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 上の点はさて措き、1オクターブ12音(13音)を前提としつつ、「歴史から」全く自由に楽譜の構成方法を探ると、どういうものが考えられるだろうか。
 それは、<六線譜>にすることだ。
 1オクターブに12音(最後を含めて13音)あるのだから、「6線」があると、♯や♭を全く用いることなく、「6線」の線上か線間または線に沿って、全ての音(音符)を指定することができる。
 例えば、一番下の線(第一線)の下に線に沿って「C」の音符を書くと、第一線上はCとDの中間音になり、第一線と第二線の間が「D」になる。こうして上に進むと、第六線の上に線に沿って「上のC」を指定することができる。
 「6線」あれば足りる、と言えないだろうか。
 五線譜の楽譜で冒頭の左上に♯または♭を何個か記すことで、楽譜の途中に♯や♭をいちいち記載するのを省略することはできる。だが、いちいちそれを見たり、思い出したりしなくとも、<六線譜>ならば差し支えないだろう。
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 以上はかなりの「お遊び」だ。
 現在の「五線譜」だと、補助線を下に二つ、上に一つ引けば、何と2オクターブを表現することができる。上に提案?した<六線譜>だと、1オクターブ以上を表記するのはなかなか困難だ(補助線が多くなりすぎる)。
 また、楽曲によって「基音」が同じではないので、あるいは「調」が異なり得るので、そうした「変化」にどう対応するかという問題もある。
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 だがしかし、現在の「五線譜」も決して自然に、または不可避的に誕生したのではなく、<ピタゴラス音律>を含む種々の「音律」の設定の試みに並行して「歴史的に」生まれたものであることに、留意しておきたい。
 音・旋律・楽曲を「紙」・「文書」の上で再現する、表現するのは、決して簡単なことではない。
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