秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

高木桂一

1203/日本共産党ちょうちん記事一面の産経新聞は<保守>派の新聞か?

 〇月刊WiLL10月号(ワック)で金美齢が言及しているので(p.235)、確認してみると、産経新聞8/05の記事に以下がある。ウェブ上では紙面構成が分からないが、金美齢によると、これが当日朝刊の「一面トップ」だったらしい。

 タイトルは「『時代は共産」本当? ネット戦略、若返り奏功」で、日本共産党をもってきている。批判的にか? いやいや、そうではなく、産経新聞らしさはどこにあるのか、と感じる。

 本文は「共産党が俄然、活気づいている。7月の参院選では12年ぶりに選挙区で議席を獲得し、総崩れの状態の野党で唯一気を吐いた」から始まる。そして「自民、公明はイヤで民主もコリゴリ。日本維新の会もダメ。こうなりゃ共産に入れるしかない-。こんな心理が有権者に働いた可能性がある」で終えている。

 「保守」とは私の理解では、まず「反共・反共産主義」・「反コミュニズム」だ。そういう観点からすると「保守」派新聞は、日本共産党に対して、批判的・警戒的な見方をする、客観的事実もふまえた記事を載せる必要がある。参議院選挙の分析の一つのつもりかもしれないが、上の記事は誇張すれば、日本共産党の<ちょうちん記事>だ。

 参議院選挙の分析としても間違っている。「総崩れの状態の野党で唯一気を吐いた」と評価しているのは、朝日新聞、毎日新聞らと何ら異なるところはないようだ。本当にそうか?

 〇今年7月の参院議員選挙での、①獲得議席数は、日本共産党8だが、日本維新の会も8、みんなの党もまた8だった。あとの二つがもっと多い議席獲得の予想もあっがゆえに、また日本共産党が近年はあらゆる選挙を通じて低減傾向を示していただめに、当初の予想に反して意外に日本共産党が健闘したという印象はあるが、客観的な数字は、日本維新の会、みんなの党、日本共産党は同じだ。

 ②非改選を含む公示前議席数数との当選者数+非改選者数を比べてみると、日本共産党は6→11と確かに増やしたが、維新の会は3→9で、増加数は共産党の5を上回る6だ。みんなの党も13→18で共産党と同じく5を増やした。
 いったいどこを見て、産経新聞記者(高木桂一・楠城泰介の署名あり)、日本共産党が「総崩れの状態の野党で唯一気を吐いた」と言えるのか。とても正常な判断能力をもつマスコミ人間とは思えない。

 「総崩れ」した野党は民主党(86→59、新規は17)、生活が第一(8→2、新規は0)、みどり(4→0)、社民党(4→3)等であり、「野党」すべてではない。

 〇反日本共産党、反コミュニズムの意識がないか弱いテレビ局の中には「躍進」した日本共産党に着目して、志井委員長や党本部を紹介する番組中の一コーナーを作ったものもあった。産経新聞の感覚は、そのようなテレビ局と何ら異ならないようだ。

 繰り返しておく。増加数では日本維新の会の方が上。現在の議席数はみんなの党18に対して日本共産党は11。明らかにみんなの党の方が上だ(日本維新の会は元来今の数が少ないことがあり、9)。

 またくり返す、高木桂一、楠城泰介よ、日本共産党が「総崩れの状態の野党で唯一気を吐いた」とは不真実の報道、捏造報道ではないか

 〇日本共産党も、志井和夫をはじめ、「勝利」した、と総括したらしい。これもバカな話だ。

 両院の一つにすぎないことは別としても、参議院の総定員242名中の11(改選に限ると総数121名のうち8)を獲得した程度で、いったいどこが「勝利」なのか、総定員の5%弱を獲得して本当に喜んでいるとすれば、無邪気なものだ。いや、アホだ。

 日本共産党は1922年に国際共産党(コミンテルン)日本支部として設立されてから、何と100年以上の歴史を持つ。現在の路線の基礎になった綱領を採択したのが1961年だったから、そこから起算しても50年を超える。それほどの長い歴史をもつ、従って長々と日本国民にその政策・主張を訴え続けてきた政党だ。
 しかるに、数年前にできたみんなの党や昨年末に結成されたばかりの日本維新の会と同数の当選者8名しか出せなかったのは恥ずかしいことであり、嘆かわしいことではないのか。

 いったいいつ、日本共産党が目指す「民主主義革命」とそれが連続的に発展する「社会主義革命」が日本に起こるのだろうか。日本共産党は共産主義社会を志向する「革命」政党ではないのか。

 この程度で「勝利」したと喜んでいるとはちゃんちゃらおかしい。それに乗っかって、日本共産党は「総崩れの状態の野党で唯一気を吐いた」などと書いてしまう、産経新聞記者も、そして産経新聞もどうかしている。

1105/「保守」は橋下徹に「喝采を浴びせ」た(桑原聡)か?

 月刊正論(産経)編集長・桑原聡は、同5月号の末尾、「操舵室から」と題する編集長コラムの中で、「保守を自任する人々まで、……橋下氏に喝采を浴びせるが、」と書いたあとで、橋下徹を「きわめて危険な政治家」、「目的は日本解体そのものにある」と断じた。
 上にいう、「保守を自任する人々まで、…橋下氏に喝采を浴びせる」との認識は正確なものだろうか?
 「保守」派、あるいは「保守を自任する人々」のうち誰が明確に橋下徹に対して「喝采を浴びせて」いるのだろうか。
 橋下徹に関する論評類のすべてを見ることはむろんできないが、大阪市長戦後の産経新聞の昨年の11/28で、「保守」派だとふつうは思われているだろう産経新聞の政治部次長・石橋登は、「橋下氏は救世主なのか。それとも破壊王なのか」と、やや長い署名記事を結んでいた。喝采を浴びせてもいないし、「大衆迎合の危うさ」という見出しもあるほどで、少なくとも肯定的・積極的にのみ橋下徹を評価したわけではなかった。
 産経新聞を含む選挙前の報道の仕方自体、「保守」派らしき産経新聞も含めて、決して橋下徹に有利で好意的はものではなかった。「左翼」人士たちが大阪まで行って集会等を行い(それが逐一報道され)、週刊文春や週刊新潮が露骨な<反橋下>の記事を載せたことはよく知られている。関西の書店では、<反橋下>の本の方がはるかに多く目立つところに並べられていただろう。橋下徹自身の書物(堺屋太一との対談本を含む)の他には、彼を応援する<保守>派の書物などは一つもなかったのではないか。
 選挙・投票当日の朝の産経新聞の第一面には、対立候補・平松某の最後の演説の遠望写真のみが(写真としては)載っていた(有名な場所なので記事と照合するとどちらの陣営のものかが簡単に分かった)。橋下徹がリード、との予測を各紙がしていたにもかかわらず、だ。
 橋下徹市長の誕生後の産経新聞紙上でも、櫻井よしこ遠藤浩一櫻田淳らの、名うての?<保守>派論客も、橋下徹への明確な判断を避けていて(単純かつ性急に批判・非難する桑原聡よりはまだマシだが)、最近触れたように、佐々淳行が橋下徹への期待または「祈念」を語っていたのが、むしろ目立つくらいだ。
 いったいどこに、「橋下氏に喝采を浴びせる」「保守を自任する人々」がいるのか? 桑原聡は、虚偽を書いているのではないか。
 「保守」を自認している<西部邁・佐伯啓思グループ>が、佐伯啓思中島岳志藤井聡など、橋下徹を明示的に(桑原聡と同じく)厳しく批判していることは、この欄で言及したとおりだ。
 橋下徹を支持・応援している人々として挙げられうるのは、石原慎太郎堺屋太一のほか、特別顧問や政治塾の講師になったりしている、中田宏山田宏古賀茂明高橋洋一らだと思われ、必ずしも多くはない。
 こうした名前を記していて気づくのは、橋下徹を支持・応援しているのは、政治・行政の実務をしているか、その経験がある者ばかりだ、ということだ。
 反面ではこのことは、もっぱら<口舌の徒>であることを生業としている者たち、つまり、評論家や大学教授類で橋下徹支持を明確にしている者はほとんどいない、ということを意味している。
 <文章書き>だけの世界では、あるいは<文章書き>たちと接触している編集者たちの世界では(新潮45の編集長も含めて)、むしろ<反橋下>がモーデ(Mode、ムード)なのではないか。
 そのムードの中に「真正保守」の川瀬弘至・月刊正論編集部員もいるのだろう。
 そうした中で、産経新聞4/14の高木桂一のコラムなどによると、自民党の小泉進次郎は2/10に、橋下徹・維新の会に関して、「…新しい勢力がそこに刺激を与えてくれる。自民党にとってそれが危機感となって、自分たちを省みて『よくしなきゃいかん』という方向に行くならプラスじゃないですか」と答えたらしい。
 「デマゴーグ」とか「きわめて危険な政治家」と簡単に言い放つ「口舌の徒」の者たちに比べて、政治家らしく、冷静で、<大人>だ。

0796/産経新聞・高木桂一は「日本の議会制民主主義」のために「政権交代」=民主党勝利を待望する。

 一 NHKニュース(例えば公示日18日の午後9時台)によると、今次の総選挙の<争点>は「政権選択」らしい。
 産経新聞によっても同じで、18日夕刊は「政権選択・決戦の夏」が一面上の大見出し。
 だとすると、いちいち確認しないが、朝日新聞・毎日新聞・日経新聞等々はすべて同じことを謳っているに違いない。
 だが、「政権選択」が争点だというのは、むろん奇妙なことだ。
 なぜなら、内閣総理大臣の指名について優先権をもつ衆議院の議員の選挙(総選挙)はつねに、「政権選択」のための、少なくともそれに直接関係する選挙だからだ。
 佐伯啓思も7/22に書いていた。-「これほど奇妙な選挙もめずらしい。政策上の大きな争点が何も提示されず、ただ政権交代だけが争点になってしまった」。
 これまでも一貫して総選挙は「政権選択」選挙だったのだが、1955年以降、自由民主党が第一党であることは変わらず、同党が過半数を占めるか、どの程度それを超えるか、過半数を割った場合に第二党以下による連立政権になるか、が現実的な<争点>になることはあった。事前にどの程度予測されていたかは不明だが、1993年には第二党以下による非自民・連立政権になった(第一党は自民党)。
 こうした過去とは違って、第一党自体が代わり、民主党中心政権ができるかどうかが争点になっている、とマスメディアは言いたいのだろう。だが、総選挙はつねに「政権選択」選挙なのであり、これを争点とするのは厳密には誤っている。
 具体的な政策論議を軽視して(全く無視しているとは言わない)、民主党か自民党か、政権はいずれの党に、ということを争点化すること自体が「政権交代」を第一の旗印とする民主党の戦略に沿ったもので、実際には民主党に有利に働いている。
 結果としてそうなっているというより、むしろ意識してそういう争点設定をしているマスメディア等もあるだろう。朝日新聞・同系出版物・出版社しかり、岩波書店の月刊誌しかり。
 なお、麻生太郎首相・自民党総裁が「政権」選択ではなく「政策」の選択をと主張しているらしいのは、民主党に有利な土俵設定を避けたいためだろうが、「政策」選択の結果としてやはり「政権」選択につながるのが総選挙で、厳密には正しくはない。
 二 産経新聞の「高木桂一」の8/18夕刊の文章(署名記事)も嘆かわしいものだ。
 高木桂一は「今回の総選挙」は「投票箱を開けずして勝負あったというムードが広がっている…」と書く。これが選挙・投票日前、しかも公示日にまともな新聞が載せる文章なのだろうか。
 またこうも書く-①「保守合同で自民党が誕生してから半世紀余り、有権者は戦後初めて自ら政権を選ぶ機会を手にした。歴史的な意義をもつ政権選択選挙である」。②「二大政党が雌雄を決するリングが用意された。先進国で選挙による政権交代が実現しなかった日本の議会制民主主義が大きな転換期を迎えた」。
 朝日新聞の記事かと見紛う。
 第一に、日本の有権者はこれまでのほとんどの総選挙において、少なくとも自民党を中心とする「政権」を「自ら…選ぶ」ことをしてきたのだ。何を血迷ったことを書いているのか。1993年総選挙にしても、相対的多数派有権者の選択は「自民党(中心)政権」だっただろう。過半数を下回ったために高木のいう「疑似政権交代」になったが。
 第二に、「選挙による政権交代が実現しなかった」ことが「日本の議会制民主主義」の問題点・遅れで、「先進国」並みになっていなかった、と言いたげだが、いったい何を喚いているのか。
 欧米「先進国」としてとりあえず米・英・仏・独を念頭に置くが、「左派」政党であっても明確にコミュニズム(共産主義・社会主義)と理論的にも現実的にも離れている<反共・反社会主義>の立場に立ち、上のうちドイツ以外では「左派」政党も自国の核保有を支持する<健全で建設的な>政党だからこそ、「左派」政党にも政権を担わせることができたのだ。
 米・民主党、英・労働党、仏・社会党、独・社民党は、日本のかつての社会党とは異なる(仏・社会党はいっとき社共連合を組むなど必ずしも一般化できないがここでは詳細に立ち入らない)。
 日本社会党の少なくとも有力な部分が<容共・親社会主義>だったからこそ(そして党として日米安保に反対だったからこそ)、日本の有権者は同党に政権を委ねることができず、結果として自由民主党(中心)の政権が続いた、従って「政権交代」はなかったのだ。
 高木桂一は長く新聞記者をしていると思われ、上の程度の知識くらい、持っているだろう。しかるに何故、上のような幼稚な、かつ朝日新聞のごとき<事実の捏造をするに近い>文章しか書けないのか。
 高木はまたこうも書く-「国民が政権交代という未体験の果実で議会制民主主義のダイナミズムを味わい、政権交代定着への道筋をつけられるチャンスだ」。
 上の文章は「政権交代」のために民主党に投票しようと主張しているに等しい。1993年の「疑似政権交代」ではない、正式・本来の「政権交代」をこの人は(そして産経新聞も?)望んでいるようだ。何と朝日新聞的で表面的かつ幼稚な(しかしとりあえずは時代迎合で何とか通用しそうな)主張だろうか。
 また、投票日前の新聞記事にしては<公正・公平さ>を欠くもので、一般的な<新聞倫理>の観点からすら問題視できるものだ(「意見」・「主張」・「論壇」等ではなく、一般の報道記事の中の文章だ)。高木桂一は自ら、ヒドいと思わないか? 
 世論調査でほぼ明らかになっているようでもある「民意」を尊重するのが「民主主義」だ(そしてそれに沿って投票をするのが<KYではない>行動だ)と主張しそうな、そして二年前に朝日新聞等の報道ぶりを異様に感じず自社のそれを疑問視していた
記者・山本雄史が民主党を担当して同党に関する記事を書き、保阪正康の本を半藤一利が評する書評記事を載せる産経新聞。
 上の高木桂一の文章を読んで、ますます、産経新聞の購読を止めようという気持ちになってきている。

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