秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

飯嶋貴子

1395/R・パイプス・共産主義の歴史-池田信夫著による。

 池田信夫・使える経済書100冊-『資本論』から『ブラック・スワン』まで(NHK出版、2010)は、一冊として、R・パイプスの Communism - A History(2001)を取り上げている。但し、原著ではなく、飯嶋貴子訳の<共産主義が見た夢>というタイトルに化けさせられている ?邦訳書だ(ランダムハウス講談社、2007)。
 わずか2頁余りでの言及で、しかも、紹介と池田自身の論評の部分との境界がはっきりしない。
 冒頭にある以下の二文は、明らかに紹介の部分。
 「本書の共産主義の評価は全面否定だ」。
 「特にロシア革命について、『レーニンは正しかったが、スターリンは悪い』とか『トロツキーが後継者になっていたら……』という類の議論を一蹴する」。
 この上の文について池田はとくにコメントしていない。だが、日本共産党流の『レーニンは正しかったが、スターリンは悪い』とか、かつての「新左翼」流の『トロツキーが後継者になっていたら……』とかの議論が日本にあることを知ったうえでの紹介ではないか。
 つぎの文は、明確ではないが、(パイプスの主張の)紹介のようだ。
 「一部の陰謀家によって革命を組織し、その支配を守るために暴力の行使をためらわなかったレーニンの残虐さは、スターリンよりもはるかに上であり、ソ連の運命はレーニンの前衛党路線によって決まったのだ」。
 R・パイプスの上掲著の内容の詳細な記憶はないが、ここにも、日本共産党のレーニンをめぐる歴史理解とは全く異なる理解が示されている。しかも(池田の読み方が混じっているかもしれないが)、レーニンによる前衛党論・共産党組織原理(分派の禁止等)に(も)根源がある、という理解が示されている。
 つい最近、いかなる事情を背景にして「分派禁止」の方針が出された(決してレーニンの頭の中からのみ生じたのではない-したがってソヴィエト・ロシアに特有の事情があったのであり一般化できない)のかをある本で(いま書名を忘れた)読んだばかりだ。立ち入らない。
 つぎの文あたりから、パイプスの主張・理解に刺激をうけての、池田信夫自身の見解・コメントが述べられてくる。
 なぜ共産主義は広い支持を受けたか。「筆者も認めるように、財産や所有欲を恥ずべきとする考え方は、仏教にもキリスト教にもプラトンにも広くみられる」。
 以下は、池田信夫の<世界>に入っている。
 「ハイエク流によると、…〔遺伝子に組み込まれた〕部族感情のせいだろう。つまり人間は個体保有のために利己的に行動する本能をもつ一方、それが集団を破壊しないように過度な利己心を抑制する感情が埋め込まれているのだ」。/マルクスは「人間が利己的に行動するのは、近代市民社会において人類の本質が疎外され、人々が原子的個人として分断されているためであって、その矛盾を止揚して『社会的生産』を実現すれば、個人と社会の分裂は克服され、エゴイズムは消滅すると考えていた。人間は社会的諸関係のアンサンブルなので、下部構造が変われば人間も変わるはずだった。/しかし現実には、利他的な理想よりも利己的な欲望のほうがはるかに強く、下部構造が変わっても欲望は変わらないことを、社会主義の歴史は実証した」。
 そのあと、人間の利己心中心で利他心が全くないと想定する「新古典派」も実証科学としては検証に耐えない、「市場の効率を支えているのは、実は利他的な部族感情によるソーシャル・キャピタルなのである」、という池田<節(ぶし)>が続く。
 R・パイプスには、Property and Freedom(財産(所有権)と自由)(1999)という本もある。
 関心を持たざるをえないのは、ホッブズやルソーについてもそうなのだが、マルクスやレーニンにおける「人間像」だろう。彼らは「人間」をどのような本性・本質を持つものと見ていたのか。
 財産欲・所有欲を持つのは資本主義社会特有の「人間」で「社会主義」化によって変わる、と考えていた(との観念を抱いていた)のだとすれば、つぎのような連想も出てくる。
 スターリンに顕著な党員の「粛清」も党員・抵抗者に対する「テロル」(大量殺人=肉体的抹殺)も、利他的な「真の」社会主義的「人間」に改造されていない(社会主義・共産主義にとっては邪魔な)人間は殺戮しても構わない、なぜなら、いずれ消失すべきブルジョア資本主義に汚染された「利己的」人間は「真の」人間ではないのだから、という<人間観>によるものではないか。
 数百万人、数千万人の単位で「強制労働収容所」に送り込み、また「処刑」(肉体的抹殺)をできた人間とそれを中心とする共産党組織のもつ<人間観>とは、おそらくは現在の日本人のほとんどの、想像を絶するものに違いないだろう、と思われる。
 日本共産党の真面目な党員ならば、反日本共産党で知られた人物がその党員の者しか知らない状況で死に瀕していることに気づいたとき、誰にも気づかれないと確信すれば、放置してそのまま死なせてしまうのではないか、とかつてこの欄で書いたことがある(だいぶ前だ)。
 「敵」から生命を奪ってもよいと究極的には考えているはずの日本共産党員だから、明確な反共産主義者に対する<不利益扱い>や<いやがらせ>・<いじめ>など、いかほどの疚(やま)しさも伴わないに違いない。ひょっとすれば、不当な(不平等な)不利益扱い、いやがらせ・いじめとすら意識しない可能性もある。

1380/共産主義に関する討論のテーマ-R・パイプスによる。

 Richard Pipes, Communism - A History (Random House, 2003) の巻末に、共産主義に関する討論テーマ (Discussion Guide) が掲載されている。読者が大学生や高校生であることを想定してのことだろうか。
 興味深いので、16個の質問事項(討論テーマ)をそのまま訳しておきたい。
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 01 共産主義の基礎にある古代の理想は何か ?
 02 マルクスは社会主義思想にいかなる寄与をしたか ? その理論は本当に、彼が主張するように「科学的」か ? 彼の予言は実現されたか ?
 03 社会主義「修正主義」とは何か ?
 04 レーニンはマルクスの正しい後継者だったか、それとも、レーニンはマルクス理論を修正したのか、かりにそうならば、どのようにして ?
 05 1917年10月にペトログラードで起きたのは、革命か、それともクー・デタか ? なぜ、権力掌握後に共産主義体制はあれほど早く独裁的に(autocratic)になったのか ? スターリンは、レーニンの門弟だと正しく主張していたのか ?
 06 なぜ、レーニンは革命を世界に広げることを主張したのか ? 彼とその後継者たちはどの程度成功したか ? コミンテルンのプログラムはいかなるものだったか ? なぜ、そしてどのように、ドイツの共産主義者は1932年にヒトラーの政権奪取に寄与したのか ?
 07 「ノーメンクラトゥーラ」とは何か、そしてそれはどのようにして共産主義体制の安定性と最後の失敗の両方に寄与したのか ?
 08 スターリンの大テロルの原因と過程を討論しなさい。トロツキーが共産主義国家では「服従しない者は食うべからず」と書いたとき、彼は何を言いたかったのか ?
 09 とくに1930年代に西側諸国で支持者を獲得した共産主義の成功を、あなたはどう説明するか ?
 10 冷戦の原因は何だったか ? それは不可避だったか ?
 11 なぜ、ソ連は解体したか ? 少数派のナショナリズムはその解体にいかなる役割を果たしたか ? 
 12 第三世界での共産主義運動に共通しているのは何か ? なぜ、モスクワは、西側の旧植民地だった国で勝利することが重要だと考えたのか ?
 13 中国・ソヴィエトの分裂の原因は何だったか ? どのようにして、マルクス主義者は毛沢東共産主義者だったか ? 
 14 なぜ、チリのアジェンデ共産主義体制は転覆させられたのか ?
 15 カンボジアやメンギストゥ〔秋月注-エチオピア〕のような体制がマルクスやエンゲルスの理論と同一視されうるとすれば、それは、もしあるならば、いかなる意味でか ?
 16 「社会主義者は勝利するかもしれないが、社会主義は決してしない」との言明は、何を意味するのか ? なぜ、本の著者の見解によれば、共産主義はつねにかつどこでも失敗する運命にあるのか ?     
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 上のRichard Pipes の書物(ハードカバー版は2001年刊)は、 リチャード・パイプス(飯嶋貴子訳)・共産主義が見た夢(ランダムハウス講談社、2007)として邦訳されている。
 但し、訳者(1967~)の責任ではないだろうが、巻末の上記の Discussion Guide は訳されておらず、役に立つと思われる<さらなる読書のための助言>という、著者による関連諸文献の紹介と簡単な説明(p.166-9)も訳されていない。注も索引も邦訳書では割愛されている。
 また、この種の邦訳書にはよく見られる、訳者または別の専門家による<著者(リチャード・パイプス)の紹介>や<解題・解説>もまったく存在しない。
 200頁に充たないコンサイスな書物だが、あるいはそうだからこそ、<共産主義の歴史>を概観するうえで(「共産主義が見た夢」という邦題は直接的でない)、日本人にとっても-日本共産党を理解するためにも-十分に参考になると思われるのに(上の討論テーマはすべて本文で言及されているようだ)、残念なことだ。
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