〇前回に引用・紹介した丸山真男の文章は、昭和22年(1947年)06月に「東大で行った講演」を母体にしたもので、丸山真男自身の著では、最も古くは、丸山・現代政治の思想と行動/上巻(未来社)の第二論文「日本ファシズムの思想と運動」の一部として、1956年12月に刊行されている(p.25以下、注記はp.190)。
この講演録の中で、丸山は「まず皆さん方」(東大での聴衆)は「第二の類型」(=「本来のインテリ」)に「入るでしょう」と臆面もなく、言っている(当然に丸山自らもその一員だ)。ここでの「東大」とは、時期からすると、まだ東京帝国大学だったに違いない。
丸山真男は「インテリ」を「本来の」それと「似非」・「亜」インテリに分けて、後者が「日本ファシズム」の社会的基盤だったするのだが、「日本ファシズム」とともに「インテリ」(インテリゲンチャ)という言葉は昨今ではほとんど使われなくなった。
適菜収は<A層とB層>あるいは<一流と二・三流>の区別がなくなったことを今日の問題だと捉えているようだ。たしかに、<リーダー>、「ノブレス・オブリージュ」意識のある<エリート>の不存在(または稀少さ)が日本の問題の一つではあろうが、「インテリ」と「一般大衆」の区別の相対化・不明確化は、問題視しても簡単に元に戻るわけがない、客観的な現実だろう。
同世代の半分もが大学に進学する今日では、少なくとも半分程度は「インテリ」意識を持っているかもしれないし、間違いなく「インテリ」だと自任しているかもしれない者もまた、実際には相当に「大衆」化している。
そのような時代背景の変化をふまえれば、丸山真男の「似非」・「亜」インテリが「日本ファシズム」の社会的基盤だったとする丸山真男の議論は、「比較的にIQ(知能指数)が低い人たち」=「B層」を問題視し、批判している適菜収の議論と類似性がある。
適菜収は橋下徹を「ファシスト」とは形容してはいないが、「全体主義」者である旨、民主主義が生む「独裁者」である旨は語っている(月刊正論5月号p.49、p.50)。
丸山真男については竹内洋、水谷三公らによる批判的分析もあり、竹内は丸山「理論」は東京大学の直系の研究者にのみ継承されるだろう、とかどこかで書いていたとか思うが、長谷川宏のように今なお「左翼」知識人・「進歩的文化人」だった丸山真男を称揚する新書を書いている「左翼」もいる(この三人の各文献についてはこの欄で言及している)。
適菜収はどうやら自らを「保守」派だと、あるいは少なくとも「左翼」ではないと位置づけているようだが、「左翼」・丸山真男の上記のごとき「似非」インテリ論、<相対的にバカな者たち>論の影響を受けているのではなかろうか。丸山真男の議論・「政治思想」論は哲学・思想界にも(少なくともかつては強い)影響力を持っていたのだから。
〇さて、気は進まないが、行きがかり上、月刊正論5月号の適菜収「橋下徹は『保守』ではない!」に批判的にコメントする。
すでに最近、橋下徹関係の(月刊正論上の)4つの論考のうち最も空虚で観念的な言葉が並んでいる、と書いた。
橋下徹を離れて一般論で言うと、間違いではないだろうことを書いてはいる。
フランス革命時の「ジャコバン派」と「ナチス」を同類視し、ルソーを「全体主義の理論家」と形容しているのもそれにあたる。ハンナ・アレントの議論に肯定的に言及しているのも、よいだろう。
ついでながら、ジャコバン派はのちにレーニンも明示的に肯定的に論及しており、ルソー→ジャコバン派(・フランス革命)→マルクス→レーニン(・ロシア革命)という系譜を語ることができるものだ。
しかし、適菜収がその一般的な議論を橋下徹に適用するとき、あるいは「B層」を巧妙に騙す政治家だと断じるとき、実証性や論理の緻密さなどはまるでない。
この適菜収によれば、選挙を経て、つまり「民意」によって選ばれた者はすべて「デマゴーグ」であり、「独裁者」であるがごとくだ。そんなことはないだろう。
「橋下はアナーキストなので、イデオロギーは飾りにすぎません」(p.52)、「橋下は天性のデマゴーグです」(p.52)、橋下は「B層の感情を動かす手法をよく知って」おり、「その底の浅さはB層の『連想の質』を計算した上で演出されています」(p.52-53)といった言葉が並んでいる。だが、悪罵の投げつけだけの印象で、橋下徹批判としての説得力はほとんどない。むしろ、「B層」であれ何であれ、有権者大衆の「感情」を捉えることができるのは、今日の政治家としての優れた資質の一つではないかと、いちゃもんをつけたくもなる。
適菜収の大言壮語・罵詈雑言はさらに続く。-①「この二〇年にわたる政治の腐敗、あらゆる革命思想、反文明主義、国家解体のイデオロギーを寄せ集めたものが、橋下の大衆運動を支えているのです」(p.55)、②「水道民営化、カジノ誘致、普天間基地の県外移転、資産課税、小中学生の留年、市職員に対する強制アンケート…。これはB層を大衆運動に巻き込むための餌です」(同上)。
呆れたものだ。こんな文章が並んでいるのが、天下の?産経新聞社発行の論壇?誌・月刊正論の巻頭論文なのだ。
今気づいたが、適菜収は「大衆運動」という語を使っている。この語は、丸山真男が使っていた「ファシズム運動」に似ている。
この点はともかく、①のようによくぞ大胆に言えたものだ。橋下徹は、それほどでもないよと、却って恐縮するのではないか? ②について言うと、すでに実現しそうなものもある、橋下徹・維新の会の政策・主張はすべて「餌」か? 橋下徹が主張している<敬老パス>(市営交通の老人無料)の見直しもまた「B層」に対する「餌」なのか?
論文というよりも場末の?喫茶店での雑談レベルで語られるような指摘を、適菜収は行ってもいる。-橋下徹は首相公選を主張しているが、それは「テレビタレントの橋下を首相にするための制度」だ(p.50-51)。これには笑ってしまった。橋下徹はそのようなことを考えている可能性が全くないではないとは思うが、適菜収はこのように何故、断定できるのだろう。
また、<アホ丸出し>では藤井聡に<優るとも劣らない>次のような叙述もある。
「地方分権や道州制は一番わかりやすい国家解体の原理です」(p.51)。
藤井聡の勉強不足・知識不足を指摘する中ですでに書いたことだが、「地方分権・道州制」=「国家解体」とは、アホ(・バカ)が書く命題だ。
この議論でいくと、国家内に「邦」・「州」を設けている国(アメリカ、ドイツなど)は解体していないといけないのではないか。連邦制は道州制以上に「分権的」だ。
また、書かなかったが、戦前の日本においてすら、「地方自治」・「地方分権」制度がなかったわけではない。幕藩体制という相当に分権的な国家から明治日本は中央集権的な国家に変わったのだったが、それでも旧憲法のもとでの「市制」・「町村制」といった法律によって、市町村の「自治」がある程度は認められていた。市町村長は(有権者は限定されていたが)選挙で選ばれ、(現行憲法・法令と同様に)法令の範囲内での「自由な」行政・活動もある程度は認められていた。現在の(現憲法上の)「地方自治」も「法律の範囲内」のものであることに変わりはない。「地方分権」の要素は戦前は法律レベルで、現在は憲法レベルで認められているもので、「原理」的に「国家解体」につながるわけではない。
橋下徹自身も書いていたと思うが、問題は「分権」の程度・内容、国と地方の「役割・機能」の分担のあり方にある。
法学部・政経学部の学生のレポートでも書かれていないだろうようなことを、適菜収は、恥ずかしげもなく書いている。そんな部分を含む論考を、月刊正論が巻頭論文とし、大々的に宣伝し、編集部員は「とってもいい論文です」とブログ上で明記する。適菜収も自らを恥ずかしいと感じるべきだと思うが、桑原聡や川瀬弘至もまた、赤面すべきなのではないか。
楽しくもない作業なので、この程度にしておく。
まことにイヤな時代だ。川瀬弘至が「真正保守」を自ら名乗り、ひょっとすれば月刊正論や産経新聞全体が自分たちは「真正保守」の雑誌・新聞と考えているのだとすれば、日本の「保守」の将来は惨憺たるものだろう。
長谷川宏
朝日新聞の今年(2010年)8月23日(と思われる)記事にこんなものがあった。執筆者の朝日新聞記者「藤生京子」は、親マルクス、親コミュニズムのようだ。あるいはマルクス主義に何がしかの<郷愁>を持っていると見える。この新聞社に入社すると、かりにそれまではまともな精神をもっていても、「社風」という<空気>の影響を(可哀想に)受けてしまうのだろう。いかにも朝日新聞らしい記事として、記憶に残されてよいと思う。
それにしても、冒頭の「…カール・マルクス…が、このところ相次ぐ入門書や解説書、新訳の刊行で、再び注目されている」というのはいかなる<事実>をいうのだろうか。朝日新聞または藤生京子が<注目したい>と主観的に考えている、というだけのことではないのか。
なお、①「左翼政党の後退は著しい」と書くが、日本の民主党も十分に「左翼」政党であることを読者一般に知らせたくないのかもしれない。日本の「左翼」政党は(少なくとも<左翼>が首脳部に居座る政党は)日本共産党と社会民主党に限られはしない。②途中に出てくる長谷川宏は、今どき丸山真男を<持ち上げる>新書(講談社現代新書)を書いている人物。③途中に出てくる「かもがわ出版」は、北朝鮮拉致被害家族の運動を<政治的に偏向>していると批判して、みずからの<政治的偏向>を明瞭にした蓮池透・拉致-左右の垣根を超えた闘いへ(2009.05)〔この欄で取り上げる暇がなかった〕を出版している、日本共産党系(かつ北朝鮮系?)と見られる出版社。
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<見出し>今、再びマルクスに光 入門・解説書や新訳、相次ぎ刊行
<リードと本文> 冷戦終結とともに葬り去られたはずのカール・マルクス(1818~83)が、このところ相次ぐ入門書や解説書、新訳の刊行で、再び注目されている。現実政治への影響力は薄れたが、経済のグローバル化や環境問題、個人の生き方など、21世紀の課題に向き合う思想として新たな光を放ちつつある。
〇現代の課題に向き合う
「強靱(きょうじん)な論理でぐいぐい読者を引っぱりながら、瞬間的な目くらましで跳躍する。作家・マルクスのドライブ感あふれる文体について、書きたいと思っていた」
内田樹(たつる)・神戸女学院大教授(フランス現代思想)が熱を帯びた口調で語る。
同僚の石川康宏教授(経済理論)との共著『若者よ、マルクスを読もう』(かもがわ出版)を6月に出した。『共産党宣言』『経済学・哲学草稿』などマルクス青年期の著作を往復書簡の形で解説。今後も『資本論』など続編を発表していくという。
「座標軸をなくした日本社会には、一本筋の通った左翼の存在が必要だと思う。今の若者は左翼アレルギーが強いが、ブルジョアジー出身のマルクスが弱者への友愛から連帯の思想を紡いでいったように、本来の左翼的知性とは熱くて柔軟なものだ」
とはいえ、礼賛だけの本ではない。「マルクスにどっぷりつかってきた」という石川教授と、違いを認め合いつつ進める対話は、左翼につきものだった党派対立をこえる実践の書としても読める。
マルクスを呼び戻そうとする思潮は欧州でも目を引く。近著『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)が話題を集めるスロベニア生まれの思想家ジジェクは、現代社会は環境破壊や遺伝子工学による倫理破壊などによって「世界の終わり」に達していると警告。それはマルクスの指摘した「実質なき主体性」に帰すものだとみる。
6月に新訳『共産党宣言』(作品社)を発表した的場昭弘・神奈川大教授(経済思想)も確信を込めて言う。「千年、二千年単位で構想されたマルクスの世界観にとって、ソ連・東欧の失敗は序曲にすぎない。共産主義を求める波は今後も繰り返し訪れる」
新訳は、一文ごとの詳細な解説を含んだ付録資料が400ページに及ぶ。マルクスの著作は実はきちんと読まれてこなかった、と的場教授は考えるからだ。たとえばブルジョアジーが競争と自由をもたらしたことを評価した点。疎外された労働も一方で人々をつなぐ喜びの源だとした点。「マルクスの魅力は、矛盾をはらんだ二重性の豊かさにあるのです」
「豊かさ」は、6月に『経済学・哲学草稿』の新訳を光文社古典新訳文庫から発表した哲学者、長谷川宏さんが力を込める点でもある。学生運動のあと40年間、私塾で子どもたちに教えるかたわら研究を続けてきた。主著『資本論』よりも、『経済学・哲学草稿』が問題提起する人間と自然、社会との信頼関係のほうが、きわめて今日的なテーマとして身に迫ってきているという。
「政治解決できる問題など実際には少ない世の中で、一人ひとりがどう生きたらいいのか? マルクスが、人が地べたで生きていること自体に可能性と希望を見た意味は、深いと思う」
〇思想見極め選ぶ時代に
左翼政党の後退は著しい。なのにマルクスが読み直される状況について、近く現代書館から『労働者の味方マルクス』(仮題)を出す橋爪大三郎・東工大教授(社会学)は「アナーキーでクレージーな思想家も安全に受け入れられる時代になった」と話す。
「政権交代が起きたのが象徴的だが、労働者が革命を起こす前提が日本では完全に消滅した。マルクスも、社会改善のヒントを提供する一人になったということだ」
橋爪教授は、それをある意味での「進歩」と呼ぶ。思想の側に無理やり人々があわせるのではなく、信頼と納得ができる思想かどうかを人々が見極め選ぶ時代がやってきたというのだ。
「牙を抜かれたマルクスから、また新しい思想が生まれていくと思う」(藤生京子)
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