レシェク・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流=Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism(原書1976年、英訳1978年、合冊版2004年)、の試訳。
第一巻//第一四章・歴史発展の主導諸力。
1978年英訳書第一巻p.338-p.342、2004年合冊版p.278-p.280。
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第2節・社会的存在と意識①。
(1)歴史的唯物論に対する反対論が、19世紀にしばしば喚起された。
① 歴史における意識的な人間の行動の意義を否定するもので、馬鹿げている。
② 物質的利益を理由としてのみ人間は行動すると明言するもので、全ての証拠にも反する。
③ 歴史を「経済的要因」へと還元し、宗教、思想、感情等々の全ての他の要素を、重要ではないものかまたは経済学により人間の自由の排除へと決定されるものだと見なす。
(2)マルクスとエンゲルスによる教理の定式化のいくつかには、たしかに、これらの批判を生じさせ得ると思えるものがある。
諸批判に対して、エンゲルスおよび部分的には後年のマルクス主義者たちが回答した。しかし、全ての曖昧さを除去するような態様によってではなかった。
しかしながら、我々が歴史的唯物論はいかなる問題について解答しようと意図しておりまたは意図していなかったのかを想起するならば、諸反対論は、その力の多くを喪失する。
(3)第一に、歴史的唯物論は、いかなる特定の歴史的事象をも解釈するための鍵(key)ではないし、そう主張してもいない。
歴史的唯物論が主張するのは、何らかのそして決して全てではない社会生活の特質の間の諸関係を明瞭にする、ということだ。
マルクスの「批判」への書評の中で、エンゲルスは1859年につぎのように書いた。
『歴史はしばしば、飛躍的にかつジグザグに進む。そして、そのように進むのだとすれば、重要でない些細な多くの素材が含入されていなければならないだろうのみではなく、思考(thought)の連鎖もしばしば中断するだろう。<中略>
取り扱うためには論理的方法だけが、ゆえに、適切なものだった。
しかしながら、これは本質的には、それから歴史的形態や攪乱する偶然性を除去した歴史的方法と何ら異なるところがない。』
〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第4巻(大月書店、1974年)p.50.〕
言い換えると、上部構造が生産諸関係に依存するとのマルクスの説明は、大きな歴史的時代や社会の根本的な変化に当てはまる。
技術のレベルが労働の社会的分業の詳細を全て決定する、そしてつぎに政治的および精神的生活の詳細を全て決定する、とは主張されていない。
マルクスとエンゲルスは、広い歴史的範疇で、かつ一つのシステムから別のそれへの変化を支配する根本的な要因という趣旨で思考した。
彼らは、所与の社会の階級構造は遅かれ早かれ根本的な制度的形態であることを明らかにするよう強いられているが、このことを生じさせる事象の行程は多数の偶然的な事情に依存している、と考えた。
マルクスがKugelmann への手紙(1871年4月17日)でつぎのように書いたごとくにだ。
すなわち、「世界史は、<中略>かりに『偶然事』(accidents)が何も役割を果たさないとすれば、きわめて神秘的な性質のものになるでしょう。
これらの偶然事は当然に発展の一般的な行程の中に組み込まれ、別の偶然事によって埋め合わされます。
しかし、加速や遅延はそのような『偶然事』に大きく依存しているのであり、その中には、運動の前面に先頭に立つ人物たちの性格に関する「偶然」も含まれます。」〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第4巻(1974年)p.324.〕
エンゲルスもまた、いくつかのよく知られた手紙の中で、いわゆる歴史的決定論を誇張して定式化することに対して警告を発した。
すなわち、「実存の物質的様式は、<主要なもの(primum agens)>ですが、このことは、副次的な影響ではあるけれども、それに対する反応として生じるイデオロギー諸分野のあることを排除しはしません。」(1890年8月5日、Conrad Schmidt への手紙〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第8巻(1974年)p.248〕。)
『歴史の決定的要素は、究極的には、現実の生活での生産と再生産です。
それ以上のことを、マルクスも私もこれまで主張したことはありません。
したがって、かりに誰かが経済的要素のみが決定的なものだとこれを歪曲するならば、その人物は、無意味の、抽象的でかつ馬鹿げた決まり文句へと変形しています。
経済状況は、土台(basis)です。しかし、上部構造の多様な諸要素は-階級闘争の政治的形態とその帰結、勝利した階級が闘争後に確立する国制(constitutions)等、あるいは法の形態や闘争者の頭脳の中にあるこれら全ての現実的闘いの反映物ですら、あるいは政治的、法的、哲学的諸理論、宗教的諸観念およびこれらのドグマ体系への一層の発展-、これら全ては、歴史的闘争の行程に対して影響力を発揮し、多くの場合は、それらの形態を圧倒的に決定するのです。
それはこれら全ての諸要素の相互作用であり、その相互作用の中でかつ全ての際限のない偶然事という主人たちの真っ只中で、経済活動が必要なものだとして最終的には貫徹するのです。』
(1890年9月21日、Joseph Bloch への手紙〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第8巻(1974年)p.254〕。)
(4)同様にして、歴史の進路を現実に形成したと思える偉大な個人たちは、社会が彼らを必要としたがゆえに舞台に登場した。
Alexander、Cromwell、そしてNapoleon は、歴史の過程の道具だ。
彼らは、その偶然的な個人的特性によって、影響を及ぼすかもしれない。しかし、彼らは、彼らが生み出したのではない偉大な非個人的な力の、無意識の代理人だ。
彼らの行動の影響力は、それが発生した状況によって決定されている。
(5)我々が歴史的決定論を語ることができるとすれば、大きな装置上の特質という文脈においてのみだ。
現実にあったのが十世紀の技術レベルであれば、当時には人間の権利の宣言や<ナポレオン法典>はあり得なかっただろう。
我々が知るように、技術レベルがほとんど同じ社会でも、実際には相当に異なる政治システムがあり得る。
にもかかわらず、個人的な性格、伝統や事情をではなくこれら諸社会の本質的な特徴を考察するならば、全ての決定的側面についてそれらはお互いに類似しており、そのような傾向を示している、ということが歴史的唯物論の観点から明らかになるだろう。
(6)生産様式上での上部構造の反射作用に関しては、この点についてもまた、我々は、「究極的な」性質づけを想起しなければならない。
例えば、国家は、生産力のレベルが必要とする社会的な変化を支援することと妨害することのいずれの態様でも行動するかもしれない。
国家の行動の有効性は、「偶然的」諸事情に応じて変化するだろう。しかし、ときが成熟している場合には、経済的要因が支配的になるだろう。
我々が歴史を全景として(in panoramic form)考察するならば、騒乱にある混沌とした諸事象があるごとく見える。その真っ只中で分析者は、マルクスが語った根本的な相互関係を含めて、一定の支配的な傾向を感知することができる。
例えば、法的形態は着実に、支配階級の諸利益に最大に奉仕する状況へと接近する、ということが見られるだろう。また、この諸利益は当該社会の生産、交換および所有制の様式に対応して構成される、ということも。
哲学、宗教的信条および信奉儀式は社会的必要や政治的諸装置の変化に対応して多様化するということも、見られるだろう。
(7)歴史過程で意識的意思が果たす役割に関しては、マルクスとエンゲルスの考え方はつぎのようなものだと思える。
人間の全ての行為は、特有の意図-個人的感情または私的利益、宗教的諸観念または公共の福利に対する関心-によって支配されている。
しかし、これらの雑多な全ての行為の結果は、いかなる一人の人間の意図をも反映しない。
結果は、一種の統計的な規則性をもつ。その規則性は、大きな社会的単位の進化で後づけることができるが、個々人というその構成分肢に対して何が生起しているのかを語ることはしない。
歴史的唯物論は、個人的な動機が頑固だとか利己的だとか、あるいはすべての性質をもつものだとかを述べるものではない。
歴史的唯物論は、そのような動機には少しも関係がなく、個人の行動を予言しようと試みることもない。
歴史的唯物論は、誰かが意識的に意図したのではない、規則的で物理的法則のごとく非個人的な社会的法則に従った、そういう大量の現象にのみ関係する。
人間存在と人間の諸関係は、にもかかわらず、歴史過程の唯一の現実だ。それは究極的には、個々人の意識的な行動から成る。
彼らの諸行為の総体は弁証法的な歴史法則の一つの型を形成し、一つの社会システムから次のそれへの移行を、また技術、所有の諸形態、階級障壁、国家制度およびイデオロギーのような諸特質の相互関係を、描写する。
『人間は、自分で自分の歴史をつくる。しかし、好むどおりにつくりはしない。
自分で自由に選択した事情のもとで、歴史をつくりはしない。そうではなく、直接に見出され、与えられる、過去から受け継いだ事情のもとでつくる。』
(<ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日>〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第3巻(1974年)p.153-4〕。)
(8)厳密に言えば、歴史での多様な「諸要因」を際立たせるものだと、それらの諸要因を一つの要因に「還元」するものだと、そして他の全てのものがそれに依存するものと主張するものだと唯物論を意味させるのは、間違っている。
このような接近方法が誤りを導くものであることは、とりわけプレハノフによって明瞭に指摘された。
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段落の途中だが、ここで区切る。②へとつづく。
第一巻//第一四章・歴史発展の主導諸力。
1978年英訳書第一巻p.338-p.342、2004年合冊版p.278-p.280。
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第2節・社会的存在と意識①。
(1)歴史的唯物論に対する反対論が、19世紀にしばしば喚起された。
① 歴史における意識的な人間の行動の意義を否定するもので、馬鹿げている。
② 物質的利益を理由としてのみ人間は行動すると明言するもので、全ての証拠にも反する。
③ 歴史を「経済的要因」へと還元し、宗教、思想、感情等々の全ての他の要素を、重要ではないものかまたは経済学により人間の自由の排除へと決定されるものだと見なす。
(2)マルクスとエンゲルスによる教理の定式化のいくつかには、たしかに、これらの批判を生じさせ得ると思えるものがある。
諸批判に対して、エンゲルスおよび部分的には後年のマルクス主義者たちが回答した。しかし、全ての曖昧さを除去するような態様によってではなかった。
しかしながら、我々が歴史的唯物論はいかなる問題について解答しようと意図しておりまたは意図していなかったのかを想起するならば、諸反対論は、その力の多くを喪失する。
(3)第一に、歴史的唯物論は、いかなる特定の歴史的事象をも解釈するための鍵(key)ではないし、そう主張してもいない。
歴史的唯物論が主張するのは、何らかのそして決して全てではない社会生活の特質の間の諸関係を明瞭にする、ということだ。
マルクスの「批判」への書評の中で、エンゲルスは1859年につぎのように書いた。
『歴史はしばしば、飛躍的にかつジグザグに進む。そして、そのように進むのだとすれば、重要でない些細な多くの素材が含入されていなければならないだろうのみではなく、思考(thought)の連鎖もしばしば中断するだろう。<中略>
取り扱うためには論理的方法だけが、ゆえに、適切なものだった。
しかしながら、これは本質的には、それから歴史的形態や攪乱する偶然性を除去した歴史的方法と何ら異なるところがない。』
〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第4巻(大月書店、1974年)p.50.〕
言い換えると、上部構造が生産諸関係に依存するとのマルクスの説明は、大きな歴史的時代や社会の根本的な変化に当てはまる。
技術のレベルが労働の社会的分業の詳細を全て決定する、そしてつぎに政治的および精神的生活の詳細を全て決定する、とは主張されていない。
マルクスとエンゲルスは、広い歴史的範疇で、かつ一つのシステムから別のそれへの変化を支配する根本的な要因という趣旨で思考した。
彼らは、所与の社会の階級構造は遅かれ早かれ根本的な制度的形態であることを明らかにするよう強いられているが、このことを生じさせる事象の行程は多数の偶然的な事情に依存している、と考えた。
マルクスがKugelmann への手紙(1871年4月17日)でつぎのように書いたごとくにだ。
すなわち、「世界史は、<中略>かりに『偶然事』(accidents)が何も役割を果たさないとすれば、きわめて神秘的な性質のものになるでしょう。
これらの偶然事は当然に発展の一般的な行程の中に組み込まれ、別の偶然事によって埋め合わされます。
しかし、加速や遅延はそのような『偶然事』に大きく依存しているのであり、その中には、運動の前面に先頭に立つ人物たちの性格に関する「偶然」も含まれます。」〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第4巻(1974年)p.324.〕
エンゲルスもまた、いくつかのよく知られた手紙の中で、いわゆる歴史的決定論を誇張して定式化することに対して警告を発した。
すなわち、「実存の物質的様式は、<主要なもの(primum agens)>ですが、このことは、副次的な影響ではあるけれども、それに対する反応として生じるイデオロギー諸分野のあることを排除しはしません。」(1890年8月5日、Conrad Schmidt への手紙〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第8巻(1974年)p.248〕。)
『歴史の決定的要素は、究極的には、現実の生活での生産と再生産です。
それ以上のことを、マルクスも私もこれまで主張したことはありません。
したがって、かりに誰かが経済的要素のみが決定的なものだとこれを歪曲するならば、その人物は、無意味の、抽象的でかつ馬鹿げた決まり文句へと変形しています。
経済状況は、土台(basis)です。しかし、上部構造の多様な諸要素は-階級闘争の政治的形態とその帰結、勝利した階級が闘争後に確立する国制(constitutions)等、あるいは法の形態や闘争者の頭脳の中にあるこれら全ての現実的闘いの反映物ですら、あるいは政治的、法的、哲学的諸理論、宗教的諸観念およびこれらのドグマ体系への一層の発展-、これら全ては、歴史的闘争の行程に対して影響力を発揮し、多くの場合は、それらの形態を圧倒的に決定するのです。
それはこれら全ての諸要素の相互作用であり、その相互作用の中でかつ全ての際限のない偶然事という主人たちの真っ只中で、経済活動が必要なものだとして最終的には貫徹するのです。』
(1890年9月21日、Joseph Bloch への手紙〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第8巻(1974年)p.254〕。)
(4)同様にして、歴史の進路を現実に形成したと思える偉大な個人たちは、社会が彼らを必要としたがゆえに舞台に登場した。
Alexander、Cromwell、そしてNapoleon は、歴史の過程の道具だ。
彼らは、その偶然的な個人的特性によって、影響を及ぼすかもしれない。しかし、彼らは、彼らが生み出したのではない偉大な非個人的な力の、無意識の代理人だ。
彼らの行動の影響力は、それが発生した状況によって決定されている。
(5)我々が歴史的決定論を語ることができるとすれば、大きな装置上の特質という文脈においてのみだ。
現実にあったのが十世紀の技術レベルであれば、当時には人間の権利の宣言や<ナポレオン法典>はあり得なかっただろう。
我々が知るように、技術レベルがほとんど同じ社会でも、実際には相当に異なる政治システムがあり得る。
にもかかわらず、個人的な性格、伝統や事情をではなくこれら諸社会の本質的な特徴を考察するならば、全ての決定的側面についてそれらはお互いに類似しており、そのような傾向を示している、ということが歴史的唯物論の観点から明らかになるだろう。
(6)生産様式上での上部構造の反射作用に関しては、この点についてもまた、我々は、「究極的な」性質づけを想起しなければならない。
例えば、国家は、生産力のレベルが必要とする社会的な変化を支援することと妨害することのいずれの態様でも行動するかもしれない。
国家の行動の有効性は、「偶然的」諸事情に応じて変化するだろう。しかし、ときが成熟している場合には、経済的要因が支配的になるだろう。
我々が歴史を全景として(in panoramic form)考察するならば、騒乱にある混沌とした諸事象があるごとく見える。その真っ只中で分析者は、マルクスが語った根本的な相互関係を含めて、一定の支配的な傾向を感知することができる。
例えば、法的形態は着実に、支配階級の諸利益に最大に奉仕する状況へと接近する、ということが見られるだろう。また、この諸利益は当該社会の生産、交換および所有制の様式に対応して構成される、ということも。
哲学、宗教的信条および信奉儀式は社会的必要や政治的諸装置の変化に対応して多様化するということも、見られるだろう。
(7)歴史過程で意識的意思が果たす役割に関しては、マルクスとエンゲルスの考え方はつぎのようなものだと思える。
人間の全ての行為は、特有の意図-個人的感情または私的利益、宗教的諸観念または公共の福利に対する関心-によって支配されている。
しかし、これらの雑多な全ての行為の結果は、いかなる一人の人間の意図をも反映しない。
結果は、一種の統計的な規則性をもつ。その規則性は、大きな社会的単位の進化で後づけることができるが、個々人というその構成分肢に対して何が生起しているのかを語ることはしない。
歴史的唯物論は、個人的な動機が頑固だとか利己的だとか、あるいはすべての性質をもつものだとかを述べるものではない。
歴史的唯物論は、そのような動機には少しも関係がなく、個人の行動を予言しようと試みることもない。
歴史的唯物論は、誰かが意識的に意図したのではない、規則的で物理的法則のごとく非個人的な社会的法則に従った、そういう大量の現象にのみ関係する。
人間存在と人間の諸関係は、にもかかわらず、歴史過程の唯一の現実だ。それは究極的には、個々人の意識的な行動から成る。
彼らの諸行為の総体は弁証法的な歴史法則の一つの型を形成し、一つの社会システムから次のそれへの移行を、また技術、所有の諸形態、階級障壁、国家制度およびイデオロギーのような諸特質の相互関係を、描写する。
『人間は、自分で自分の歴史をつくる。しかし、好むどおりにつくりはしない。
自分で自由に選択した事情のもとで、歴史をつくりはしない。そうではなく、直接に見出され、与えられる、過去から受け継いだ事情のもとでつくる。』
(<ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日>〔=マルクス・エンゲルス八巻選集/第3巻(1974年)p.153-4〕。)
(8)厳密に言えば、歴史での多様な「諸要因」を際立たせるものだと、それらの諸要因を一つの要因に「還元」するものだと、そして他の全てのものがそれに依存するものと主張するものだと唯物論を意味させるのは、間違っている。
このような接近方法が誤りを導くものであることは、とりわけプレハノフによって明瞭に指摘された。
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段落の途中だが、ここで区切る。②へとつづく。