L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
=Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
第三巻・最終第13章の試訳のつづき。この書には、邦訳書がない。
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第4節・フランスにおける修正主義と正統派①。
(1)1950年代後半から、フランスのマルクス主義者たちの間で活発な議論が続いた。修正主義の傾向は部分的には実存主義からの支持を受け、部分的には実存主義との対立でもって支持を獲得した。
ハイデガーとサルトルの二人がいずれも説いた実存主義には、マルクス主義修正主義と共通する一つの重要な特質があった。すなわち、還元不能な人間の主体性と実存の物的(thing-like)様相との間の対立を強調する、ということだ。
同時に、実存主義は、人間存在は主体的な、つまり自由で自立した実存から「物象化された」状態へと逃げる恒常的な性向をも持つ、と指摘した。
ハイデガーは、「不真正さ」と匿名性への漂流および非人格的現実と一体化する切望を表現することのできる、そのような諸範疇から成る精妙な大系を作り出した。
同じように、サルトルによる「即自(in-itself)存在」と「対自(for-iself)存在」の対立に関する分析や、我々から自由を隠して我々自身や世界への責任から回避せしめる<悪意>に対する熱心な弾劾は、主体性や自由の哲学としてマルクス主義を復活させようとする修正主義者たちの試みと十分に合致していた。
マルクス、およびそれ相当にだがキルケゴール〔Kierkegaard〕はいずれも、非人格的な歴史的存在へと人間の主体性を溶解させるヘーゲルの試みだと見なしたものに対して、反対した。
このような観点からすれば、実存主義の伝統は修正主義者たちがマルクスの基礎的な教理だと考えたものと一致していた。//
(2)のちの段階では、サルトルは、マルクス主義とソヴィエト同盟やフランス・マルクス主義を同一視しなくなった。しかし、同時に、決然として周到に、自分自身とマルクス主義を同一視するに至った。
彼は<弁証法的理性批判>(1960年)で、実存主義の修正版と自らのマルクス主義解釈をを提示した。
この長くてとりとめのない著書が明確に示したのは、サルトルの従前の実存主義哲学の名残りをほとんどとどめていない、ということだった。
彼はこの書の中で、マルクス主義は<優れた>(par excellence)現代哲学だ、マルクス主義以前に、つまり17世紀にロックやデカルトがスコラ派哲学の見地からのみ批判され得たのと全く同じように、反動的な見地からのみ純然たる歴史的な理由で批判することができる、と述べた。
この理由からして、マルクス主義は無敵(invincible)のもので、その個々の主張は「内部から」のみ有効に批判することができる。//
(3)マルクス主義の歴史的「無敵さ」に関する馬鹿げた主張はともかくとして(サルトルの議論によれば、Locke に対するLeibnitz の批判やデカルトに対するホッブズの批判は、スコラ派の立ち位置に基づいているに違いなかった!)、<批判>は、「自然弁証法」や歴史的決定論を放棄するが、人間の行動の社会的重要性を維持しながら、「創造性」や自発性を目的として、マルクス主義の内部に領域を見出そうとする試みとして興味深い。
意識的な人間の行為は、たんに人間の「一時性」を生む自由の投射物として表現されるのではなく、「全体化」に向かう運動として表現される。人間の感覚は現存する社会条件によって決定されている。
換言すれば、個人は絶対的に自由に自分の行為の意味を決定することはできないが、環境の隷従物になるのでもない。
共産主義社会を構成する、多数の人間の企図が自由に協同し合う可能性がある。しかし、そのことはいかなる「客観的法則」によっても保障されていない。
社会生活は自由に根ざした諸個人の行為でのみ成り立っているのではなく、我々を制限している歴史の堆積物でもある。
加えるに、自然との闘いなのだ。自然は我々を妨害し、社会関係を稀少性(<rareté>)が支配する原因となり、そうして、欲求の充足の全てが、相互に対立し合う淵源になり、人間がそれとして相互に受容し合うことを困難にしている。
人間は自由(free)だ。しかし、稀少性によって個別の選択の機会が剥奪され、そのかぎりで人間性が消滅する。
共産主義は稀少性を廃棄することで、個人の自由と他者の自由を認識する能力を回復させる。
(サルトルは、共産主義がいかにして稀少性を廃棄するのかを説明しない。この点で彼は、マルクスによる保障をそのまま信頼している。)
共産主義の可能性は、多数の個人の企図が単一の革命的目的へと自発的に結びついていく可能性のうちにある。
<批判>は、関係する他者のいかなる自由も侵害することなく、共同で活動に従事するグループを描写する。-革命的組織のかかる展望は、共産党の紀律と階層性に代わり、個人の自由を有効な政治的行動と調和させることを意図するものだ。
しかしながら、この説明は一般的すぎるもので、かかる調和にある現実的諸問題を無視している。
理解することができるのは結局、サルトルは目的をこう想定している、ということだ。すなわち、官僚制と装置化を免れた共産主義の形態を工夫して作り上げること。あらゆる様式での装置化は自発性とは真逆のもので、「疎外」の原因となっている。
(4)多数ある余計な新語作成についてはさて措き、知覚や認識の歴史的性格、および自然弁証法の否定に関して、<批判>は何らかの新しい解釈を含んでいるようには思えない。サルトルは、ルカチの歩みを追っている。
自発性と歴史的条件による圧力の調和について言うと、この著作が我々に語っているのは、せいぜいつぎのことだけだ。つまり、自由は革命的組織によって保護されなければならず、共産主義が諸欠陥を無くしてしまえば完璧な自由が存在するだろう、ということ。
このような考え方は、マルクス主義の論脈で特段新しいものではない。新しいかもしれないのは、このような効果がいかにして達成されるかに関する説明の仕方だろう。
(5)共産主義の伝統にもとづく哲学者たちに期待されるような、厳格な意味での修正主義は、「サルトル主義」とは合致しなかった。
だが、ある範囲では、それは実存主義的主張を示していた。
(6)修正主義という目印は、いくつかの形態をとった。
C. Lefort やC. Castoriadis らの若干の異端派トロツキストたちは、1940年代遅くに<社会主義または野蛮〔Socialisme ou barbarie〕> というグループを結成し、同名の雑誌を出版した。
このグループは、ソヴィエト同盟は退廃してしまった労働者国家だというトロツキーの見方を拒否し、生産手段を集団的に所有する新しい階級の搾取者たちが支配している、と論じた。
彼らはレーニンの党理論に搾取の新しい形態を跡づけて、社会主義的統治の真の形態としての労働者自己統治の考えを再生させようとした。党は、余計であるのみならず、社会主義を破滅にもたらすものだ。
このグループは1950年代遅く以降に、フランスの思想家たちに、きわめて重要な思想をもち込んだ。労働者の自己統治、党なき社会主義、そして産業民主主義。
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②へとつづく。
=Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
第三巻・最終第13章の試訳のつづき。この書には、邦訳書がない。
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第4節・フランスにおける修正主義と正統派①。
(1)1950年代後半から、フランスのマルクス主義者たちの間で活発な議論が続いた。修正主義の傾向は部分的には実存主義からの支持を受け、部分的には実存主義との対立でもって支持を獲得した。
ハイデガーとサルトルの二人がいずれも説いた実存主義には、マルクス主義修正主義と共通する一つの重要な特質があった。すなわち、還元不能な人間の主体性と実存の物的(thing-like)様相との間の対立を強調する、ということだ。
同時に、実存主義は、人間存在は主体的な、つまり自由で自立した実存から「物象化された」状態へと逃げる恒常的な性向をも持つ、と指摘した。
ハイデガーは、「不真正さ」と匿名性への漂流および非人格的現実と一体化する切望を表現することのできる、そのような諸範疇から成る精妙な大系を作り出した。
同じように、サルトルによる「即自(in-itself)存在」と「対自(for-iself)存在」の対立に関する分析や、我々から自由を隠して我々自身や世界への責任から回避せしめる<悪意>に対する熱心な弾劾は、主体性や自由の哲学としてマルクス主義を復活させようとする修正主義者たちの試みと十分に合致していた。
マルクス、およびそれ相当にだがキルケゴール〔Kierkegaard〕はいずれも、非人格的な歴史的存在へと人間の主体性を溶解させるヘーゲルの試みだと見なしたものに対して、反対した。
このような観点からすれば、実存主義の伝統は修正主義者たちがマルクスの基礎的な教理だと考えたものと一致していた。//
(2)のちの段階では、サルトルは、マルクス主義とソヴィエト同盟やフランス・マルクス主義を同一視しなくなった。しかし、同時に、決然として周到に、自分自身とマルクス主義を同一視するに至った。
彼は<弁証法的理性批判>(1960年)で、実存主義の修正版と自らのマルクス主義解釈をを提示した。
この長くてとりとめのない著書が明確に示したのは、サルトルの従前の実存主義哲学の名残りをほとんどとどめていない、ということだった。
彼はこの書の中で、マルクス主義は<優れた>(par excellence)現代哲学だ、マルクス主義以前に、つまり17世紀にロックやデカルトがスコラ派哲学の見地からのみ批判され得たのと全く同じように、反動的な見地からのみ純然たる歴史的な理由で批判することができる、と述べた。
この理由からして、マルクス主義は無敵(invincible)のもので、その個々の主張は「内部から」のみ有効に批判することができる。//
(3)マルクス主義の歴史的「無敵さ」に関する馬鹿げた主張はともかくとして(サルトルの議論によれば、Locke に対するLeibnitz の批判やデカルトに対するホッブズの批判は、スコラ派の立ち位置に基づいているに違いなかった!)、<批判>は、「自然弁証法」や歴史的決定論を放棄するが、人間の行動の社会的重要性を維持しながら、「創造性」や自発性を目的として、マルクス主義の内部に領域を見出そうとする試みとして興味深い。
意識的な人間の行為は、たんに人間の「一時性」を生む自由の投射物として表現されるのではなく、「全体化」に向かう運動として表現される。人間の感覚は現存する社会条件によって決定されている。
換言すれば、個人は絶対的に自由に自分の行為の意味を決定することはできないが、環境の隷従物になるのでもない。
共産主義社会を構成する、多数の人間の企図が自由に協同し合う可能性がある。しかし、そのことはいかなる「客観的法則」によっても保障されていない。
社会生活は自由に根ざした諸個人の行為でのみ成り立っているのではなく、我々を制限している歴史の堆積物でもある。
加えるに、自然との闘いなのだ。自然は我々を妨害し、社会関係を稀少性(<rareté>)が支配する原因となり、そうして、欲求の充足の全てが、相互に対立し合う淵源になり、人間がそれとして相互に受容し合うことを困難にしている。
人間は自由(free)だ。しかし、稀少性によって個別の選択の機会が剥奪され、そのかぎりで人間性が消滅する。
共産主義は稀少性を廃棄することで、個人の自由と他者の自由を認識する能力を回復させる。
(サルトルは、共産主義がいかにして稀少性を廃棄するのかを説明しない。この点で彼は、マルクスによる保障をそのまま信頼している。)
共産主義の可能性は、多数の個人の企図が単一の革命的目的へと自発的に結びついていく可能性のうちにある。
<批判>は、関係する他者のいかなる自由も侵害することなく、共同で活動に従事するグループを描写する。-革命的組織のかかる展望は、共産党の紀律と階層性に代わり、個人の自由を有効な政治的行動と調和させることを意図するものだ。
しかしながら、この説明は一般的すぎるもので、かかる調和にある現実的諸問題を無視している。
理解することができるのは結局、サルトルは目的をこう想定している、ということだ。すなわち、官僚制と装置化を免れた共産主義の形態を工夫して作り上げること。あらゆる様式での装置化は自発性とは真逆のもので、「疎外」の原因となっている。
(4)多数ある余計な新語作成についてはさて措き、知覚や認識の歴史的性格、および自然弁証法の否定に関して、<批判>は何らかの新しい解釈を含んでいるようには思えない。サルトルは、ルカチの歩みを追っている。
自発性と歴史的条件による圧力の調和について言うと、この著作が我々に語っているのは、せいぜいつぎのことだけだ。つまり、自由は革命的組織によって保護されなければならず、共産主義が諸欠陥を無くしてしまえば完璧な自由が存在するだろう、ということ。
このような考え方は、マルクス主義の論脈で特段新しいものではない。新しいかもしれないのは、このような効果がいかにして達成されるかに関する説明の仕方だろう。
(5)共産主義の伝統にもとづく哲学者たちに期待されるような、厳格な意味での修正主義は、「サルトル主義」とは合致しなかった。
だが、ある範囲では、それは実存主義的主張を示していた。
(6)修正主義という目印は、いくつかの形態をとった。
C. Lefort やC. Castoriadis らの若干の異端派トロツキストたちは、1940年代遅くに<社会主義または野蛮〔Socialisme ou barbarie〕> というグループを結成し、同名の雑誌を出版した。
このグループは、ソヴィエト同盟は退廃してしまった労働者国家だというトロツキーの見方を拒否し、生産手段を集団的に所有する新しい階級の搾取者たちが支配している、と論じた。
彼らはレーニンの党理論に搾取の新しい形態を跡づけて、社会主義的統治の真の形態としての労働者自己統治の考えを再生させようとした。党は、余計であるのみならず、社会主義を破滅にもたらすものだ。
このグループは1950年代遅く以降に、フランスの思想家たちに、きわめて重要な思想をもち込んだ。労働者の自己統治、党なき社会主義、そして産業民主主義。
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②へとつづく。