西尾幹二の近年、2020年の著に、つぎがある。編集担当は、冨澤祥郎。
 西尾幹二・歴史の真贋(新潮社、2020)。85歳になる年の著。
 第一部冒頭の章の表題は「神の視座と歴史—『神話』か『科学』の問いかけでいいのか」で、2019年5月の研修会での報告文(?)だとされる。
 『歴史の真贋』と題する著の冒頭に置くのだから、それなりに重要視しているのだろう。
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  その冒頭の章のさらに冒頭で引用しているのは、つぎの1997年著の「あとがき」の冒頭だ。
 西尾幹二・歴史を裁く愚かさ(PHP研究所、1997)。62歳のとき、編集担当者は当時PHP研究所出版部の真部栄一。
 引用される文章は、以下。「(中略)」も2020年著の原文どおり。
 「歴史は、過去の事実を知ることではない。
 事実について、過去の人がどう考えていたかを知ることである。
 過去の事実を直(じか)に知ることはできない。
 われわれは、過去に関して間接的情報以外のいかなる知識も得られない。(中略)//
 ところが、どういうわけか、現代の知識人は過去の事実を正確に把握できると信じている。
 事実が歴史だと思いこんでいる。
 そして、その事実について過去の人がどう考えていたかは捨象して、自分が事実ときめこんだ事実を以て、現在の自らの必要な欲求を満たす。//
 それは事実の架空化による事実への侵害である。」//
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  この引用のあとに続けて、西尾は2020年に(正確には2019年。但し、例のごとく単行本に収載するに際しての「大幅な改稿、加筆」がある、という(p.360))、趣旨・意図をこう説明する。
 「人間の認識力には限界があって、我々が事実を知ることは不可能であり、過去の人が事実をどう考え、どう信じ、そしてどう伝えていたかをわれわれは確かめ、手に入れようと努力し得るのみである、ということが言いたかったのです。
 それも現在の制限された条件の下で、最大の知力と想像をもってもわずかに推察し得るのみであります。
 もう一度言います。
 『事実について、過去の人がどう考えていたかを知ること』が歴史であって、しかも『異なる過去の時代の人がそれぞれどう感じ、どう信じ、どう伝えたかの総和』が歴史なのではないか。
 それは事実を確かめる手段であるだけではなく、時には目的そのものですらあります。
 なぜなら、事実そのものは、把握できないからです。
 事実に関する数多くの言葉や残っているだけなのです。
 ところが実際には、手続や手段として情報を精査することなく、それをつい疎かにして、結果として知られたひとつの情報を『事実』として観念的に決めてしまうことが、まま行われてはいないでしょうか。」
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  歴史学者ではない西尾が、よくぞ「歴史」を表題の一部とする書物を多数執筆できたものだ、という気が、ふつうは生じるだろう。
 これも、<新しい歴史をつくる会>という(政治)運動団体の初代会長になってしまったという何らかの偶然によることなのか。自分には「歴史」または「歴史学」について語り論じる資格があり、かつ初代会長として語り、論じなければならない(上の1997年著は会長時代のもの)と「思い込んだ」からなのだろうか。
 こんなことは些細なことだ。ただし、25年近く前の文章をそのまま引用するとは、よほど自信があるか、よほど進歩・変化していないのだろう、という感想は記しておいてよいかもしれない。
 上にこの欄で引用した文章には、「歴史」のみならず、「事実」、「過去」、「把握」・「認識」等(・「言葉」等)に関する西尾幹二の基本<哲学>のようなものが表現されている、と考えられる。
 そこで、2020年という近年の著の冒頭に置かれてもいるので、かなり拘泥して、以下に取り上げてみる。
 (つづく)