秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

災害対策基本法

1028/菅内閣は「法律を誠実に実施」したか-その3。

 菅直人および同内閣の<法的>感覚は少なからず異様であり、その点を問題にしないマスメディアもまたどうかしているのではないか。
 前回までの続きで第三に、中西輝政も言及している災害対策基本法にもとづく措置に触れる。
 災害対策基本法24条によると、内閣総理大臣は「非常災害が発生した場合において、当該災害の規模その他の状況により当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」は、「臨時に内閣府に非常災害対策本部を設置することができ」、設置したときはその旨を「直ちに、告示」しなければならず、同法28条の2によると、内閣総理大臣は「著しく異常かつ激甚な非常災害が発生した場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」は、「閣議にかけて、臨時に内閣府に緊急災害対策本部を設置することができ」、設置したときはその旨を「直ちに、告示」しなければならない。後者が設置されたときは、前者は廃止される(28条の2第三項)。
 今時の東日本大震災のときは発生日の3/11に、後者の「緊急災害対策本部」が正式に設置されたようだ。
 原子力災害対策特別措置法にも同様の規定があり、福島第一原発事故発生後に、同法16条にもとづいて、「原子力災害対策本部」が3/11に設置されたようだ。なお、災害対策基本法の場合と違って、これの設置には前提として内閣総理大臣による「原子力緊急事態宣言」が必要なので(同法16条)、この宣言もなされたものと見られる。
 「原子力災害対策本部」が置かれる前提となる「原子力緊急事態宣言」にかかる原子力緊急事態」については、災害対策基本法にもとづく「緊急災害対策本部」に関する諸規定は適用されないので、原子力(原発)災害とこれ以外の地震・津波災害について、「原子力災害対策本部」と「緊急災害対策本部」という二種の<対策本部>があった(今でもある)ことになる。
 地震・津波災害にかかる災害対策基本法のシステムと原子力災害対策特別措置法のそれとの大きな違いは、前者には「災害緊急事態」の布告という制度が上記の災害対策本部の設置とは切り離されて存在することだ(原子力災害の場合は、「原子力緊急事態宣言」→「原子力災害対策本部」で、一体化されている)。

 すなわち、災害対策基本法105条第一項によると、「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる」。
 この布告は「区域」・それを「必要とする事態の概要」・「効力を発する日時」 を明記して行われなければならず(同条第二項)、また、事後的な国会による承認が必要等の定めもある(106条)。
 この「災害緊急事態の布告」を、現菅内閣は行なっていない。「当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」に該当しない、との判断をしたことになるが、はたして適切だったのかどうか。安全保障会議の招集・開催に関して書いたことと同様の問題を指摘することができるだろう。
 次に述べるように、この布告がいかなる法的意味をもつかが問題であるとはいえ、この布告だけをしておくことも法的には可能だったはずだ。
 さて、「災害緊急事態の布告」の重要な法的意味は、それを前提として、いわば<緊急(非常時)政令>を制定することができ、かつその政令(内閣が制定する)は次の事項を定めることができる、とされていることだ。以下は、109条第一項各号。 
 
 その供給が特に不足している生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止

   災害応急対策若しくは災害復旧又は国民生活の安定のため必要な物の価格又は役務その他の給付の対価の最高額の決定
   金銭債務の支払(賃金、災害補償の給付金その他の労働関係に基づく金銭債務の支払及びその支払のためにする銀行その他の金融機関の預金等の支払を除く。)の延期及び権利の保存期間の延長

 これらの制限(権力的規制)に対する違反には罰則を定めることも可能だと定められている(同条第二項)。
 中西輝政は、前々回に言及したウェッジ7月号p.9で、次のように書いている。
 首相が105条にもとづき「災害緊急事態」を布告すれば、「生活必需品の配給や日本中のガソリンを1カ所に集めて東北に送ることも、物資の買占めを制限することもできたにもかかわらず」、政府は布告せず、不可欠の各種制限をしなかった、と。
 だが、このような中西輝政の理解と叙述は誤っている、と考えられる。
 以上では意識的に省略したのだが、109条は、いわば<緊急(非常時)政令>を制定することができる場合を、「災害緊急事態に際し国の経済の秩序を維持し、及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合」とするほか、次の限定を加えている。
 「…の必要がある場合において、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないとき」。
 つまり、国会開会中等の期間には<緊急政令>を発することはできないのだ。3/11から今日まで、国会は開会され続けている。従って、「政府」>内閣かぎりでの判断によって、各種制限をすることはできないことになる。
 だからといって、「災害緊急事態の布告」をしない、という決定的な理由になるわけではないだろう。また、上記のような諸事項(各種制限)は、<緊急政令>によってではなく開会中の国会による法律制定によって行うことができるのは当然で、内閣はいうまでもなく法律案を作成して国会に提出することはできた。
 法的性格のあいまいな要請・お願い等々の弱腰の(?)措置を多用するのではなく、必要ならば、きちんと法律を改廃したり、新法律を制定すればよかったのだ。
 はたして、それだけの見識と十分な意欲があったのかどうか、はなはだ疑わしい。そういう状況になった理由・背景の大きな一つはおそらく、<政治主導>とやらで、行政官僚が有している関係法令についての専門的知識とそれにもとづく「補助」を、菅直人らが嫌悪し忌避したからではないかと思われる。行政官僚を軽視した、彼らの意欲をそぐ<政治主導>とやらは、大災害に際して、国民をより<不幸な>状態に追いやってしまっているのではないか。

1025/非常事態への対応に関する法的議論。

 <保守>派に限られるわけでもないのだろうが、ときに奇妙な<法的>言説を読んでしまうことがある。
 表現者37号(ジョルダン、2011年7月)の中の座談会で、柴山桂太(1974~、経済学部卒)は、こんな発言をしている(以下、p.46)。
 「今回の大震災に関しても、…、復旧に関しては、ある程度超法規的措置をとらなければいけない。本来であれば国家が、非常事態で一時的に憲法を停止して…それで対応しなければいけないんだけれども、日本ではそれが出てこない。そもそも戦後憲法に『非常事態』というものに対する規定がないからです」。「日本は近代憲法を受け入れたんだけれども…、平時が崩れた時にどうするかという国家論の大事な部分を見落としてきたという問題も出てきている…」。
 問題関心は分からなくはないが、俗受けしそうな謬論だ。この柴山という人物は憲法と法律を区別しているのか(その区別を理解しているのか)、「超法規的措置」という場合の「法規」に憲法は含まれるのか否か、といった疑問が直ちに生じる。
 そして、「一時的に憲法を停止」しなければ非常事態に対処できないという趣旨が明らかに語られているが、これは誤りだ。
 憲法に非常事態(あるいは「有事」)に関する規定がなくとも、あるいは憲法を一時的に「停止」しなくとも、憲法とは区別されるその下位法である法律のレベルで、<非常事態>に対処することはできる。
 なるほど日本国憲法は「非常事態」に関する規定を持たないが、1947年時点の産物とあればやむをえないところだろうし、ドイツ(西)の憲法(基本法)もまた、当初から非常事態(Notstand)に関する規定を持ってはいなかった(彼我の現在の違いは改正の容易さ-いわゆる硬性憲法か否かによるところも大きいだろう)。
 憲法が非常事態に対処するための法律を制定することを国会に禁止しているとは解せられないので(実際に、いくつかの「有事」立法=法律およびそれ以下の政令等が日本にも存在している。但し、いわゆる「有事立法」は自然災害を念頭には置いていない)、自然災害についても、現行法制に不備があれば法律を改正したり新法律を制定すれば済むことなのだ。
 ともあれ、憲法に不備があるから非常事態に対応できない、というのは(不備は是正されるのが望ましいとは言えても)、真っ赤なウソだ。
 JR系の薄い月刊誌であるウェッジ7月号(2011)の中西輝政「平時の論理で有事に対処/日本は破綻の回路へ」も、今回のような大災害に遭遇したとき、本来は「国家非常事態」を宣言して「平時の法体系とは別の体系」に移行すべきだったが、戦後日本の憲法には「そんな条項」はなく、「従って非常法体系も備わってはいなかった」と、柴山桂太と似たようなことを書いている(p.9)。
 しかし、<憲法の一時停止>に(正しく)言及してはおらず、「平時の法体系とは別の体系」・「非常法体系」とは法律レベルのものを排除していない、と解される点で(日本国憲法に触れているために少し紛らわしくなってはいるが)、基本的には誤っていない。
 上のことは、中西輝政が「現行法にもある災害対策基本法第105条」に(正しく)言及していることでも明らかだ。
 次の機会に、「現行法」制度の若干を紹介し、それを菅直人内閣が適切に執行・運用しているかどうかという問題に言及する。これは、 阿比留瑠比も含む「政治部」記者が―法学部出身であっても―十分には意識していない(または十分な知識がない)問題・論点であり、震災に関するマス・メディアの報道に「法的」議論がほとんど登場してこない、という現代日本の異様な状態にも関係するだろう。

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