前々回のつづき。江藤淳責任編集・憲法制定過程(講談社)の江藤「解説」による。
・宮沢俊義のポ宣言十二項(とその受諾)を根拠とする「国民主権主義」への「八月革命」説につき、一年余後の「改造」1947年5月号で河村大介(当時最高裁判事)はポ宣言十二項の「国民の自由に表明する意思」等々は天皇・貴族院の排除を意味しない「政治的」な意味で、ポ宣言・受諾により「直接に即座に」明治憲法73条を変更する法的効果が生じたと解するのは無理だとし、現憲法の成立を「革命という概念」により説明することを疑問視した(p.405)。
・以下は江藤の判断が混じる。宮沢が上の河村説は「至極穏当」なものであることを「知らなかったはずはない」。「敢えて知りながら」「八月革命」説を唱えた「不可思議かつ不自然な変貌の秘密」は、既に言及の1946年の「改造」論文(3月)と「世界文化」論文(5月号)の間の「微妙な不整合のなかに隠されている」。
「微妙な不整合」とはポ宣言に対する態度だ。「改造」論文で宮沢俊義は同宣言第十二項を必ずしも憲法改正の根拠とせず、改正はむしろポ宣言を「逸脱することを辞せず、それを超えた『理念』にもとづ」くべきことを述べたが、それは米国の「初期対日基本方針」の理念を「反映」したものだった。
だが「世界文化」論文では再びポ宣言に改正の根拠を求める。但し、第十項ではなく第十二項に根拠条項を求め、「いったんポツダム宣言の枠の外に出た」かの如きだった宮沢はその「枠内に戻り」、「枠はなかった」、ポ宣言の「受諾そのものが”革命”だった」と叫んだのだ。
かかる(ポ宣言からの)「逸脱」と「革命」は、異なるように見えて、しかし、ポ宣言が「本来日本と連合国の双方に課していた拘束を否定し去ろう」とする点では「全く一致している」。「世界文化」5月号論文は、実質的に、米国の「初期対日基本方針」の合理化の試みに他ならない。換言すれば、「八月革命説」は米国「初期対日基本方針」の「意図を隠蔽しつつ、同時にこれを合理化しよう」とする「手品のような学説」だった。(以上、p.406-7)
・憲法改正にかかる貴族院での審議に、議員の宮沢は「マッカーサー草案の基本線を積極的に支持する立場」(小林直樹による)で参加した。一方、改正草案が枢密院に諮詢されたとき〔なお、この手続は明治憲法には明記されていない-秋月〕、美濃部達吉は、明治憲法73条〔改正条項〕による改正なのだとすると、勅命により議案が提出され、廃止されようとしている貴族院にも付議され、天皇の裁可により改正成立となるが、一方で草案前文は「国民がみずから憲法を制定」と書いていて、これは「まったく虚偽」だ、等々と批判し枢密院でただ一人「否」票を投じた。佐々木惣一(京都帝国大学)・貴族院議員も「反対討論」をした〔内容省略〕。枢密院議長(公法学者)・清水澄は枢密院可決を「深く痛憤して」1947.09.25に投身自殺をした。
・江藤は憲法「改正」にかかる宮沢俊義の「変節」・「転向」を「責める」つもりはないが、「明らかにせずにはいられなかった」、と書いたあと、次のように言う。長々と紹介してきたが、本来はこの部分こそがメモしておきたかった箇所だ。
「東京帝国大学(のち東京大学)法学部憲法学教授という職務は、きわめて重要な公職である。であるからこそこの公職は、占領軍当局にとっては何を措いても確保すべき戦略拠点だったに相違なく、現職の教授だった宮沢氏に、どれほどの圧力が掛けられたかも想像に難くない」。
江藤は、東京(帝国)大学法学部憲法担当教授を「占領軍当局」が「確保」するためにとった「圧力」を具体的に示しているわけではない。
だが、「想像に難くない」のであり、客観的にはいわゆる<工作>と言えるような行為・措置・「圧力」がGHQによって宮沢に対して執られたのではあるまいか。そして、客観的に見て宮沢が「応じた」(厳しくいえば客観的には「屈した」)のだとすれば、そのような対応は、戦時中に<体制>に積極的・消極的に順応・協力した、そして戦後になって批判された人々の行為と全く変わりはないのではないか。
・江藤は最後に、①宮沢俊義の「八月革命」説が「後進」の小林直樹・芦部信喜(いずれも元東京大学法学部憲法担当教授)らによって継承され、「定説」となって全国の大学で講じられ、「各級公務員志望者」によって「日夜学習されているという事実」、そして②米国の「初期対日方針」にもとづく米国の政策が「今日、依然として一瞬も止むことなく若い人々の頭脳と心に浸透しつつあるという事実」の喚起・銘記を求めて「解説」を終えている。
これらにこそ、まさに今日的・現代的な問題点がある。東京大学法学部の<権威>?をもって、日本国憲法に関する<進歩的(左翼的)通説>が、今日・現在の公務員界(官僚たち)・マスメディア等々を実質的に「支配していること」、日本国憲法に関する<進歩的(左翼的)通説>の教育を受けた者たちが今日まで行政官僚・司法官(裁判官)・政治家や朝日新聞等々のマスコミの要職についてきたし、現在も就いているのだ、ということの明瞭な認識が必要だ。
占領期の米国の政策は、「歴史認識」の実質的<押しつけ>も含めて、すでにほとんど、「若い人々の頭脳と心に浸透」してしまっているのではなかろうか。種々の恐怖・憂慮の<真因>はここにあるように思われる。
そして、GHQの政策・考え方(・戦争の評価を含む「歴史認識」)等を客観的には支持し、擁護した、丸山真男を含む<進歩的知識人・文化人たち>(大学教授ら大学所属者を当然に含む)の果たした役割はきわめて犯罪的だった、と言わなければならない。
この項を終える。
清水澄
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