秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

法治行政

2411/法の支配①。

  一義的でない概念はたくさんあるもので、「法治行政」もその一つだろう。これの意味は、大略つぎの二つに分けられそうだ。
 第一に、ドイツ行政法(学)上、Gesetsmässige Verwaltung の「原理」または「原則」というのが語られてきた。現在のドイツはともあれ、日本では、①法律の優位、②法律の留保、③法律の「法規」創造力の三原理・原則の総称として現在でも(教科書類では)使われているだろう。
 この場合の上のドイツ語は直訳すると「法律による行政」原理または「法律適合的行政」の原理ということになる。
 但し、ドイツ法上の「法治国(国家)」概念の影響を受けて、または関連させて、あるいは簡略化を意図して?、「法律による行政」・「法律適合的行政」ではなく、「法治行政」の原理・原則と称する者または書物があるかもしれない。
 この場合は、「法治」と言っても、「法」は実質的には「法律」を意味する。
 なお、日本では「法」と「法律」の二つの語の混用・共用があることが問題の理解をさらに妨げている原因になっていると見られるが、先だって言及した池田信夫の文章も書いていたように、「法律」とは議会(日本では国会)が制定した(その意味で国家機関の一つによる人為的な)法・法規範を意味する。「法」とはこれを含む法・法規範一般のことだ(道徳・宗教規範と区別される)。
 ドイツ憲法が「執行権」は「法律(Gesetz)および法(Recht)に拘束される」と明記するとき(第20条3項)、上の区別を前提にしているのであり、同じことを「法律」と「法」と重ねて言っているのではない。
 第二に、「法治行政」をむしろ字義どおりに、<法(と法律)による行政〉の意味で用いる。
 日本での「法」と「法律」の二つの語の混用・共用状況に加えて、「法治行政」という概念にはもともとこのような、二種の理解を生むような不明瞭さがある。したがって、用いられることは少なくなっているかもしれない。
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  敗戦し、憲法が新しくなり(改正?、新制定?)、とくに行政関係諸法律が改正・新制定された時点で、憲法・行政法、政治・行政を対象とする学者・研究者の関心を惹いたのは、いや関心を持たざるを得なかったのは、アメリカ的、またはその基礎にあると考えられたイギリス的 Rule of Law (法の支配)とは何か、戦前は慣れ親しんだ?ドイツ的考え方とどう違うのか、だったと思われる。
  1952年に、アメリカに詳しいと推察される行政学者と、ドイツに詳しいと推察される行政法学者の間で、雑誌上、つぎの論争がなされた、とされる。
 ①辻清明「法治行政と法の支配」思想337号(1952〉。
 ②柳瀬良幹「法治行政と法の支配—辻教授の所説について」法律時報24巻9号(1952年〉。
 つぎの日本公法学会での議論と同様に、内容には立ち入らない。
 なお、池田信夫が参照していた百科辞典類での「法治主義」の叙述は、この頃の、上ではとくに前者の、理解に近いかもしれない。
  1958年の日本公法学会総会では「法の支配」がテーマとされた(当時の理事長は宮沢俊義)。
 翌1959年刊行の『公法研究』第20号によると、当時の英米法・憲法の教授(東京大学)と行政法の教授(京都大学)がそれぞれ「法の支配」、「法の支配と行政法」と題する総括的報告を行い、当時の若手行政法研究者が「法の支配」と「法治国」の各理論を比較検討する研究報告を行っている。その後の「シンポジウム」での議論の概要も掲載されている。
 2021年から見て、60年以上前。
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  上の報告や議論の内容に(今回は全く)立ち入らないのは、細かなそれを要領よく概括するのは困難であることのほか、前回にも示唆したように、「法の支配」の意味内容、それと「法治国」または「法治主義」の異同を今日において明らかにすることの現実的意味の希薄さにある。
 それでも、イギリス法に関する若干の書物をみると、興味深くなくもない叙述もあるので、もう一回この主題に触れる。
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1027/「ストレステスト」の法的問題性-「権威による行政」。

 <法令による行政>を軽視している(そして<権威による行政>を行っているのではないか)という感想は、(前回からのつづきで)第二に、「ストレス・テスト」導入をめぐるいきさつからも生じる。
 産経ニュースをたどれば、菅直人は7/07に参議院委員会で、民主党・大久保潔重の「首相自ら再稼働の条件について説明してほしい」との質問(・要求)に対して、次のように答えている。
 「従来の法律でいえば点検中の原子炉の再開は(経済産業省)原子力安全・保安院のチェックで経産相が決められるが、それでは国民の理解を得るのは難しい。少なくとも原子力安全委員会に意見を聞き、ストレステストも含めて基準を設けてチェックすることで国民に理解を得られるか、海江田氏と細野豪志原発事故担当相に仕組みの検討を指示している」。
 玄海原発再稼働にかかる地元町長と佐賀県知事の同意を得られそうになった時点で、菅直人が「ストレス・テスト」なるものの必要性を唐突に(?)かつ独断的に言い出して、<政治的>にも話題になった。また、上の発言に見られるように、「ストレス・テスト」の具体的内容・基準について細かな想定のない抽象的なイメージしか持っていないことも明らかだった。
 ここで問題にしたいのは、あとで自民党・片山さつきがストレステスト(合格)は再稼働の要件かと質問しているが、
海江田万里経産大臣が「今回、佐賀県玄海町の岸本英雄町長には(玄海原発の)安全性が確保されているとして(再稼働の同意を)お願いしたが、そういうわけにいかなくなった」等と述べているように、結果的にまたは実質的には、再稼働の要件を厳しくしていると見てよいことだ。
 ここでも(より十分な)安全性の確保・確認が大義名分とされている。しかし、詳細は知らないが「法律」とはおそらく原子炉規制法〔略称〕およびそれの下位の法令(・運用基準?)を意味するのだろう、菅直人の言うように「従来の法律でいえば点検中の原子炉の再開は(経済産業省)原子力安全・保安院のチェックで経産相が決められる」のだとすれば、そのような法律(・法令)上の定め以上に厳しい基準を再稼働について課すことは、原発・電気事業者からすれば、法令で要求されていないことを内閣総理大臣の思いつき(?)的判断でもって実質的に要求されるに等しい。
 これは関係法律の「誠実な執行」にあたるのだろうか? 「ストレステスト」なるものがかりに客観的にみて必要だとしても、内閣総理大臣の唐突な思いつきで事業者に対して実質的により大きな負担を課すことになるものだ。そうだとすれば、関係法律(または政令等)をきちんと改正して、あるいは関係法律の実施のために厖大な「通達」類があるのかもしれないがその場合は「通達」類をきちんと見直して改訂したうえで、「ストレステスト」なるものを導入すべきだろう。
 菅直人のあまりにも<軽い>あるいは<思いつき>的発言は、個々の関係法律(上の言葉にいう「従来の法律」)をきちんと遵守する必要はない、それに問題があれば内閣総理大臣という地位の<権威>でもって法令以上のことを関係者に要求し実質的に服従させることができる、という思い込みまたは考え方を背景としているのではないか。
 <軽い>・<思いつき>・<唐突>といった論評で済ますことのできない問題がここには含まれている、と思われる。既存の法令類に必ずしも従う必要はなく、それらの改廃をきちんと行っていく必要もない、そして首相の<権威>でもって「行政」は動かすことができる、と菅直人は考えているのではないか。<独裁者>は、法令との関係でも「独裁」するのだ。
 その他の民主党閣僚等も自民党幹部も、このような菅直人の言動の本質的な部分にあるかもしれない問題を、どの程度意識しているだろうか。
 瞥見するかぎりでは、かかる<法的>感覚または<法秩序>感覚にかかわる問題関心・問題意識は、一般全国紙等々のマスメディアにはない。阿比留瑠比(産経)は有能な記者だと思うが、法学部出身者らしいにもかかわらず、<法令と行政>の関係についての問題意識はおそらくほとんどない(少なくとも彼が執筆している文章の中には出てこない)。阿比留瑠比がそうなのだから、他の記者に期待しても無理、とでも言っておこうか。
 まだ、続ける。

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