一 NHKニュース(例えば公示日18日の午後9時台)によると、今次の総選挙の<争点>は「政権選択」らしい。
産経新聞によっても同じで、18日夕刊は「政権選択・決戦の夏」が一面上の大見出し。
だとすると、いちいち確認しないが、朝日新聞・毎日新聞・日経新聞等々はすべて同じことを謳っているに違いない。
だが、「政権選択」が争点だというのは、むろん奇妙なことだ。
なぜなら、内閣総理大臣の指名について優先権をもつ衆議院の議員の選挙(総選挙)はつねに、「政権選択」のための、少なくともそれに直接関係する選挙だからだ。
佐伯啓思も7/22に書いていた。-「これほど奇妙な選挙もめずらしい。政策上の大きな争点が何も提示されず、ただ政権交代だけが争点になってしまった」。
これまでも一貫して総選挙は「政権選択」選挙だったのだが、1955年以降、自由民主党が第一党であることは変わらず、同党が過半数を占めるか、どの程度それを超えるか、過半数を割った場合に第二党以下による連立政権になるか、が現実的な<争点>になることはあった。事前にどの程度予測されていたかは不明だが、1993年には第二党以下による非自民・連立政権になった(第一党は自民党)。
こうした過去とは違って、第一党自体が代わり、民主党中心政権ができるかどうかが争点になっている、とマスメディアは言いたいのだろう。だが、総選挙はつねに「政権選択」選挙なのであり、これを争点とするのは厳密には誤っている。
具体的な政策論議を軽視して(全く無視しているとは言わない)、民主党か自民党か、政権はいずれの党に、ということを争点化すること自体が「政権交代」を第一の旗印とする民主党の戦略に沿ったもので、実際には民主党に有利に働いている。
結果としてそうなっているというより、むしろ意識してそういう争点設定をしているマスメディア等もあるだろう。朝日新聞・同系出版物・出版社しかり、岩波書店の月刊誌しかり。
なお、麻生太郎首相・自民党総裁が「政権」選択ではなく「政策」の選択をと主張しているらしいのは、民主党に有利な土俵設定を避けたいためだろうが、「政策」選択の結果としてやはり「政権」選択につながるのが総選挙で、厳密には正しくはない。
二 産経新聞の「高木桂一」の8/18夕刊の文章(署名記事)も嘆かわしいものだ。
高木桂一は「今回の総選挙」は「投票箱を開けずして勝負あったというムードが広がっている…」と書く。これが選挙・投票日前、しかも公示日にまともな新聞が載せる文章なのだろうか。
またこうも書く-①「保守合同で自民党が誕生してから半世紀余り、有権者は戦後初めて自ら政権を選ぶ機会を手にした。歴史的な意義をもつ政権選択選挙である」。②「二大政党が雌雄を決するリングが用意された。先進国で選挙による政権交代が実現しなかった日本の議会制民主主義が大きな転換期を迎えた」。
朝日新聞の記事かと見紛う。
第一に、日本の有権者はこれまでのほとんどの総選挙において、少なくとも自民党を中心とする「政権」を「自ら…選ぶ」ことをしてきたのだ。何を血迷ったことを書いているのか。1993年総選挙にしても、相対的多数派有権者の選択は「自民党(中心)政権」だっただろう。過半数を下回ったために高木のいう「疑似政権交代」になったが。
第二に、「選挙による政権交代が実現しなかった」ことが「日本の議会制民主主義」の問題点・遅れで、「先進国」並みになっていなかった、と言いたげだが、いったい何を喚いているのか。
欧米「先進国」としてとりあえず米・英・仏・独を念頭に置くが、「左派」政党であっても明確にコミュニズム(共産主義・社会主義)と理論的にも現実的にも離れている<反共・反社会主義>の立場に立ち、上のうちドイツ以外では「左派」政党も自国の核保有を支持する<健全で建設的な>政党だからこそ、「左派」政党にも政権を担わせることができたのだ。
米・民主党、英・労働党、仏・社会党、独・社民党は、日本のかつての社会党とは異なる(仏・社会党はいっとき社共連合を組むなど必ずしも一般化できないがここでは詳細に立ち入らない)。
日本社会党の少なくとも有力な部分が<容共・親社会主義>だったからこそ(そして党として日米安保に反対だったからこそ)、日本の有権者は同党に政権を委ねることができず、結果として自由民主党(中心)の政権が続いた、従って「政権交代」はなかったのだ。
高木桂一は長く新聞記者をしていると思われ、上の程度の知識くらい、持っているだろう。しかるに何故、上のような幼稚な、かつ朝日新聞のごとき<事実の捏造をするに近い>文章しか書けないのか。
高木はまたこうも書く-「国民が政権交代という未体験の果実で議会制民主主義のダイナミズムを味わい、政権交代定着への道筋をつけられるチャンスだ」。
上の文章は「政権交代」のために民主党に投票しようと主張しているに等しい。1993年の「疑似政権交代」ではない、正式・本来の「政権交代」をこの人は(そして産経新聞も?)望んでいるようだ。何と朝日新聞的で表面的かつ幼稚な(しかしとりあえずは時代迎合で何とか通用しそうな)主張だろうか。
また、投票日前の新聞記事にしては<公正・公平さ>を欠くもので、一般的な<新聞倫理>の観点からすら問題視できるものだ(「意見」・「主張」・「論壇」等ではなく、一般の報道記事の中の文章だ)。高木桂一は自ら、ヒドいと思わないか?
世論調査でほぼ明らかになっているようでもある「民意」を尊重するのが「民主主義」だ(そしてそれに沿って投票をするのが<KYではない>行動だ)と主張しそうな、そして二年前に朝日新聞等の報道ぶりを異様に感じず自社のそれを疑問視していた記者・山本雄史が民主党を担当して同党に関する記事を書き、保阪正康の本を半藤一利が評する書評記事を載せる産経新聞。
上の高木桂一の文章を読んで、ますます、産経新聞の購読を止めようという気持ちになってきている。
政権選択
朝日新聞が<民主党候補に投票を>とか<民主党政権を誕生させよう>とかと明記しはしないが、そうした趣旨で論じ、報道していることは明瞭だ。
社説だからまだ温和しくなってはいるが、2009年総選挙にかかる民主党・自民党の各マニフェスト発表後の各社説を比べて読んでも上のことは明らか。すでに<歴史的>意味がある。下線は、コメント代わりに掲載者による。
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資料・史料-2009.07.28「民主党マニフェスト」朝日新聞社説
平成21年7月28日//朝日新聞社説
「民主党の公約―「歴史的転換」に説得力を」
民主党が政権をとれば、どんな政策を、どんな体制で実行していくのか。それを具体的に有権者に約束するマニフェストを民主党が発表した。
税金のムダ遣いを徹底的になくすことで、子ども手当の創設や農家への戸別所得補償制度など新規の目玉政策の財源を生み出していく。それが民主党マニフェストの金看板である。
ダムなど不要不急の公共事業の中止や見直しで1.3兆円、人件費の削減で1.1兆円、天下り団体への支出の見直しなどで6.1兆円……。
節約だけで9兆円もの財源を生み出すという民主党の財源論を、与党は「夢物語だ」と攻め立ててきた。有権者にも不安や懸念があるだろう。
そうした声に答えようと、所要額や導入時期、財源手当てなどを大まかではあるが、具体的に示そうとしたものだ。政権担当の経験がなく、政府の歳出歳入の詳細なデータも得にくい野党には限界がある。それでも何とか肉薄したい。そんな苦心がうかがえる。
さらに注目すべきは、政権の意思決定の仕組みや手法を大きく変える構想を打ち出したことだ。
族議員と官僚機構が持ちつ持たれつで繰り広げる予算ぶんどり合戦。省ごとに、局ごとに固定された予算枠。国会の目がなかなか届かない特別会計の数々。その揚げ句に、800兆円を優に超す財政赤字が将来世代の負担として積み上がった。
この半世紀というもの、自民党政権が当たり前のように続けてきた税金の分配システムである。これを抜本的に組み替えることで、公約実現を図る。政策と、実行する体制を一体で変えようということだ。
政府に与党の議員100人以上を配置し、政策決定を内閣のもとに一元化する。予算の骨格は財務省ではなく首相直属の「国家戦略局」で練る。予算や制度のムダや不正に切り込む「行政刷新会議」を置く。閣議で決定する事柄を官僚が事前に調整する事務次官会議は廃止する……。
実現すれば、いまの「官僚主導」の予算や政策づくりのシステムは様変わりする。「歴史的転換」を掲げる鳩山代表の気負いは分からないではない。だが、権限を失う官僚機構は抵抗するだろう。民主党政権がそれをはね返せるパワーを持てるか。「政治主導」の力量が十分あるかどうか。
それでも、それが政権が交代することだと民主党は言う。
自民党は、ここに今回の総選挙で問われる焦点の一つがあることを受け止めるべきだ。税金の使い方にしても、それを決めるシステムにしても、これまでの惰性を続けるのか、改革するのか。自民党の真剣な答えを聞きたい。
投票日まで1カ月余り。説得力を競い合う時間はたっぷりある。//
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資料・史料-2009.08.01「自民党マニフェスト」朝日新聞社説
平成21年8月1日//朝日新聞社説
「自民党の公約―気迫が伝わってこない」
自民党が総選挙のマニフェストを発表し、各政党の公約が出そろった。
「マニフェスト」という政治の手法が、有権者の支持を背に市民権を得たのは6年前の総選挙だった。こんどの総選挙は、それから5回目の大型国政選挙。完成度が高まってきていいころだが、自民党のマニフェストにはがっかりさせられた。
読んでみよう。具体的な予算額や手順などはほとんど書かれていない。
たとえば「10年で家庭の手取りを100万円増やし、1人当たり国民所得を世界トップクラスに引き上げる」という目標。では、そのために4年の任期でどこまで達成するのか、どんな手をどの時期に打ち、予算をいくら使うのか、具体的な記述はない。
景気が回復すれば消費税率を引き上げる、それまでは国債発行でしのぐしかない、ということのようだ。だとすれば、おおづかみでも工程表の形で財源調達の見通しを示し、国民を説得すべきではないのか。
盛り込まれたのは内政から外交、自主憲法の制定まで68の項目だ。07年の参院選では155項目もあったから、それなりに政策の優先順位に気を配ったと見えなくもない。
だが、それでも自民党の訴える政策像ははっきりしない。税収は伸び悩み、財政赤字は膨らむばかり。どの政策を優先し、何を省くのか、その絞り込みこそが肝心なのに、そこがぼやけていては責任ある公約とは言い難い。
政府の歳入や歳出のデータを十分持っていない野党の民主党でさえ、子ども手当など8分野を最優先と位置づけ、所要額や達成時期を明記した工程表をマニフェストの柱に掲げている。
それに比べて、自民党マニフェストのあいまいさは政権党として恥ずかしい。これでは民主党を「財源が不明確」と攻撃はできまい。
詰まるところ、自民党はこれまでの政策、財政運営を「基本的に継続する」と言いたいのかもしれない。麻生首相は「改めるべきは改め、伸ばすべきは伸ばす」と記者会見で語った。細かなことはいい、引き続き自民党に任せてくれということなら、有権者の理解を得るのはかえって難しかろう。
自民党は長く政権党であり続けた。800兆円を超す途方もない借金はその結果だ。さらに、この2年でふたりの首相が政権を放り出した。自民党の政権担当能力そのものに疑問符が突きつけられている。なのに、その危機感も反省も伝わってこない。
有権者に具体的に政策の実現を約束し、政権選択を問う。それがマニフェスト選挙の一丁目一番地だ。だとすれば、自民党はまだスタート台にも立っていないということになりはしないか。これからの論戦でよほど性根を据えて補強するしかあるまい。//
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