岡崎久彦・教養のすすめ(青春出版社、2005) を捲っていたら、陸奥宗光(1844-97)が1878~93の獄中で書いた資治性理談という著書の中で「コムミュニズム」という訳語を用いて既に共産主義批判をしたとの記述が目に入った。
陸奥は「コムミュニズム」を財産公有・職業共営・私有権力排除の派と理解し、「この学徒は…妄想を起すに至った。この徒は…欧州文明の中にあって…迷妄を免れず、一笑にも値しないものである。…これ(公平・平等)を強制して、かえって人類の幸福を損ない、快楽を制限するようならば、本来の効果を期待できない」と書いた、という。
こんな本を読んでいる岡崎もすごいが、前々世紀末に共産主義を批判していた陸奥宗光も「偉い」人だ。陸奥は荻生徂徠やベンサムを読み、のちにはウィーンでフォン・シュタインに学んで明治日本の立憲体制を樹立した一人となった。
何かに役立つだろうと桑原武夫編・日本の名著(中公新書、1962)を古書で買っていたのだが、丸山真男まで50人の著書を挙げ、「なぜこの50の本を読まねばならぬか」との脅迫文的なまえがきを桑原が付している。明治時代の「知の巨人」として岡崎の上掲書が挙げていた5人のうち、桑原編書と共通するのは陸奥宗光と福沢諭吉の2人。岡崎は西郷、勝、安岡正篤を挙げ、桑原編書は田口卯吉、中江兆民らを挙げる。
単純に比較したいのではない。桑原編の上の本には、何と、50人の中に、アナーキスト・幸徳秋水、大杉栄、マルキスト・河上肇、野呂栄太郎、山田盛太郎、羽仁五郎、中野重治らを含めている。丸山真男、大塚久雄ら親マルクス主義者まで含めると15人程にはなるだろう。「選定はあたうかぎり幅広く、多様性をもたせたいと願った」と桑原の脅迫文は書いているが、日本の国家、社会、国民にとって「危険」な、「破壊」と「破滅」へと導く思想家等は不要で、ゼロでも構わなかった。一方、例えば、林達夫・共産主義的人間は1951年刊だが、選択されていない。
1962年という時期にはマルクス主義者に敬意を払っておかないと学界・出版界では「処世」できなかったのかもしれず、また桑原自身がマルキストであったのかもしれないが、戦後の親マルクス主義の雰囲気が分かる。また、河野健二は、上に挙げたうち秋水、河上、野呂、山田、羽仁、大塚の項を担当して紹介の記述をしているが、彼らへの批判的言辞を(精読したわけでないので、おそらく、と言っておくが)一切、述べていない。
桑原武夫、河野健二という二人は党派臭のない知識人というイメージもあったが、上で述べたことから少なくとも二つのことを感じる。
一つは、戦後のマルクス主義の影響の大きさだ。彼らがそれに影響を受けたとともに、上の中公新書に見られるように、彼ら自体がマルクス主義の宣伝者だった。かりに「党派臭」がなくとも、客観的には日本社会党、日本共産党を利していた学者だった。京都大学人文研に集った「京都学派」などというという呼び方は実質を隠蔽するものだ。
二つは、彼らはいずれもフランス革命の研究者だった。桑原は中公の世界の名著の、ミシュレ・フランス革命史の訳者でもある。そして、いずれもフランス革命を<近代>を切り拓いた「市民革命」の典型又は模範として肯定的に評価し、論述した。彼らに代表される<フランス革命観>の適切さは、中川八洋氏の本によるまでもなく、大きく疑問視されてされてよい。
<戦後体制からの脱却>とは桑原・河野によるマルクス主義把握のイメージ、彼らの示したフランス革命のイメージからの脱却でもあるのでないか。
幸徳秋水
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