生命・細胞・遺伝—11。
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 生殖細胞である精子と卵子は、それぞれ順調に成長した男子と女子の体内で、「減数分裂」によって作られる。但し、突如としてそうなるのではなく、<始原生殖細胞>をヒトは備えて生まれてくるらしい。この始原生殖細胞(前精原細胞・卵原細胞)をiPS細胞から作り出す方法の開発に日本で成功したとかのニュースが2024年5月にあった。
 「減数分裂」と称されるように、細胞の一種ではあるが、精子・卵子は「体細胞」と違って、その半分の23本の「染色体」しか持たない。両者が結合して「受精卵」となって、元の?46本に戻る。
 精子・卵子の23本の染色体は、既述のように、22本の「常染色体」と1本の「性染色体」に分けられる。精子のもつ「性染色体」にはX型とY型の2種がある。1本しかないので、あらかじめ、このいずれであるかが決められている。卵子の「性染色体」はつねにX型だ。したがって、受精卵が「常染色体」以外にもつ「性染色体」にはXY型とXX型があることになる。
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 「染色体」は、「常〜」にしても「性〜」にしても、それ自体が<遺伝情報>を持つものではない。<遺伝情報>は、個々の「遺伝子」がもつ。多数の「遺伝子」を一部に取り込んで、長い2本の「らせん」状になった鎖が「DNA」だ。
 染色体は、細胞分裂時に凝固した(遺伝子・)DNAを保護するかのごとく「くるんで」いる。この点について、以下の叙述は異なる理解・説明をしているようだが(DNAを「くるむ」物体とDNAが「形をかえる」物体とではたぶん意味が違うだろう)、一般的または多数でもないように思われるので、無視しておく。一時的に出現する「別の」構造体か、それとも「同じ」一体のDNAが変形したものか?
 細胞が「分裂をはじめるときになると、DNAのひもはぎゅっと凝縮されて、何本もの棒状の物体へと形をかえる」。「この棒状の物体は『染色体』とよばれており、ヒトの場合は一つの細胞につき、46本あらわれる」。
 雑誌ニュートン別冊・知りたい!遺伝のしくみ(ニュートンプレス、2010)
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 染色体でもDNAでもなく「遺伝子」がヒトの「性」を決定するした場合、その遺伝子は特定されているのか。一個体の一細胞がもつ遺伝子の数は、つぎのように数多い。「(ヒト)ゲノム」という語にはまだ立ち入らない。
 「ヒトゲノムにはヒトをつくり、修復し、維持するための主な情報を提供する2万1000から2万3000個の遺伝子が含まれている」(S·ムカジー・下掲書の「プロローグ」)。
 この数字は、この欄ですでに紹介したものと、全く同じではない。
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 「遺伝子」(gene)という概念自体が、20世紀の10年代に生まれた。ダーウィンもメンデルも、この概念を知らなかった。
 相当に観念的で抽象的な概念でもあった。誰も、「遺伝子」なるものを「見る」ことがなかった。
 そんな状況で、ヒトの「性」が遺伝子によって決められる、または遺伝子から大きな影響を受ける、という考え自体が確立していなかった。染色体に関する研究を発展させた、1933年のノーベル賞受賞者のモーガンもまた、<性決定の遺伝理論>を否定していた、という。
 モーガンが否定していたのと同じころ、アメリカの若手研究者・N·スティーヴンスの発想にもとづいて協力学者のE·ウィルソンが、「染色体という観点からは、雄の細胞はXYで、雌の細胞はXXであり、卵子は一本のX染色体を持っている」、「Y染色体を持つ持つ精子が卵子と結合すると、XYの組み合わせができ、『雄化』が決定する」と考えた。
 1980年代に入って、イギリスのP·グッドフェローがY染色体上の「性決定遺伝子」を探し始めた。
 1989年にアメリカのD·ペイジが「ZFY」を見つけて接近し、同年の後半にグッドフェローが「性決定」遺伝子を見つけて「SRY」遺伝子と名づけた。なお、この過程で、「XY型」染色体を持ちながら(遺伝子的には「男性」だが)「女性」である人々も発見され、研究に少なくとも結果としては貢献した。この現象をめぐる仔細は省略する。
 以上、S·ムカジー=田中文訳・遺伝子—親密なる人類史/下(早川書房、2018/文庫化2021)。
 Y染色体上に「性決定」遺伝子(「SRY」)が特定されたのは1989年、2024年からわずか35年前だ。第二次大戦後も40年間以上、「Y染色体」による「性決定」という不正確な通念がまかりとおっていた。
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 「生殖細胞」の染色体は「減数分裂」で23本。受精卵になると染色体数は元に戻って46本(うち2本が「性染色体」)。
 上のことよりも<神秘さ>を秋月は感じるのは、「体細胞」の分裂過程で、DNAも遺伝子も、そして染色体も「二倍化」することだ。
 つまり、DNAは塩基対の中央で二つに(一塩基ごと・一ヌクレオチドごとに)ー切り裂かれ、紡錘体(紡錘糸)に引っ張られて極方に集まるのだが、その片割れ(もはや「らせん状」ではない1本だけのDNAの鎖・ひも)に、相補的に<新しい>塩基群(新しい1本の鎖・ひも)が付着することだ。
 こうしてこそ、細胞は(遺伝子もDNAも)「複製」され、かつ二倍に「増える」(元の細胞は「死ぬ」)。
 この新しい塩基群(新しいDNAの片割れ)の出現による「複製」(新しい塩基対群の完成)・「増殖」こそが、「細胞」の、そして「生命体」の、<神秘>だと、秋月は感じる。
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