秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

小川榮太郎

2262/池田信夫ブログ020。

 池田信夫ブログマガジン2020年12月7日号の<名著再読/資本論の哲学>の中に、つぎの文章がある。
 池田信夫が扱っている主題のうち、こんな点にだけ注目しているのでは全くないが、興味をそそる。
 「価値自体を否定するポスモダンは、社会に何の影響ももたない文芸評論的なおしゃべりにすぎない。問題は、根拠のないはずの価値がなぜ信じられ、特定のイデオロギーが多くの人々に共有されるのかである」。
 とくに面白いのは、「…は、社会に何の影響ももたない文芸評論的なおしゃべりにすぎない」という表現部分だ。
 「社会に何の影響ももたない文芸評論的なおしゃべり」の何と多いことか。文芸評論の意味・価値を認めないのではなく、人間の精神活動の一つとして、音楽や絵画とともにある詩・戯曲・小説を含む文学活動に付随した、あるいはその一部としての「文芸評論」を評価しないわけではない。
 問題は、文学や文芸評論と銘打つことなく、例えば「創作」としての小説だと明言することもなく、政治評論・社会評論を行う者たちがいて、もともとは<自己>(の名誉・顕名)のための表現活動であるにもかかわらず、社会や国家等について真摯に?思索したもののごとく文章や「作品」を発表していることだ。とりわけ世間的には明確に「文芸評論」家として出発したはずの者たちの文章・書物に著しい(古くは西尾幹二から新しくは小川榮太郎まで?)。
 <歴史>もの、<日本>ものの書物の中には、結局は「社会に何の影響ももたない文芸評論的なおしゃべり」にすぎないようなものも多い。

2251/アリストテレスの「学問分類」-西尾幹二批判003。

 
 Newton2020年6月号(ニュートンプレス)の特集は<哲学>で、種々の興味深いことが書かれている。
 中でも、アリストテレスによる<学問分類>を紹介しているところが秋月にはきわめて面白い。
 「アリストテレスは学問分類をつくり、『万学の祖』と呼ばれています」と本文で述べて、その「学問分類」を紹介している(p.32)。
 この特集全体の「監修」はつぎの4名。金山弥平、金山万里子、一ノ瀬正樹、伊勢田哲治。元大学教授、現教授、現准教授だが専門は分からず(私には)、執筆担当または監修責任部分も明記されていない。しかし、かなりの素養のあることは、素人の秋月のせいかもしれないが、よく分かる。
 さて、これによると、アリストテレスは、「学問」をつぎの三種に分けた。
 A/理論的学問、B/実践的学問、C/制作的学問。A~Cの符号は秋月。
 これらを総じてアリストテレスは「哲学」と呼び、「論理学」は「哲学」に含めず、後者のための「道具」と見なした、という。
 先走って筆者なりに表現すると、ここでの「哲学」はほぼ、人間の「知的」営為全体だ。「知」への関心・愛着こそが Philosophy の原意だともされてきた。
 つぎに、上の書によると、上の三種はそれぞれ、さらに次のように分けられる。単純な分類ではなく、次の段階へと発展・展開するもののようにも感じられる(この部分は秋月)
 A/理論的学問→a・数学、b・自然学、c・形而上学
 B/実践的学問→a・倫理学、b・政治学
 C/制作的学問→a・弁論術、b・詩学。a~cの符号は秋月。
 上の7つについて、簡単な説明もあるが、ここでは省略する。
 
 なぜ、上の紹介が関心を惹いたかというと、こうだ。
 第一。<理系>・<文系>の区別、あるいは<自然科学>・<人文学>・<社会科学>(・「医学」)といったよく用いられる「学問」分類は、はたして人間の「知」的営為あるいは一定の意味での「精神」活動の段階・構造あるいは対象を的確に捉えて分類しているのか、という疑問をそもそももつに至っている。
 これは、直接には学校教育制度での「教育」内容・体系や日本での「学問」分野の設定・分類にかかわる。
 しかし、この全体または根本的なところを問題にしている研究者等はいるのだろうか。あるいは、全体・根本の適正さもまた問題にしなければならないのではないか。
 そのうちにいずれ、<幼稚な>西尾幹二の学問体系の認識の仕方には触れるだろう。
 人間の「知」とは何かが、脳科学・脳生理学・生物進化学、遺伝学等々も含めて、問われなければならず、そうしないと、無駄な「知」的作業、悪弊ばかりの「知的」活動も生まれてくる。それ自体が、人間の「知的」活動の必然的成り行きなのかもしれないけれども。
 なお、説明されているように今日にいう「自然科学」に最も近いのは、上の「自然学」だ。「法学」は上の「政治学」の中にかなり入りそうだ。
 第二。上のCのa・「弁論術」について、「聴衆に対するすぐれた説得法を対象」とする、との説明がある。また、「詩学」については、「文芸や演劇を対象」とする、とされる。
 これらも(「制作的学問」とアリストテレスが言ったらしいもの)もまた「知的」活動であり、広義には「学問」であり「哲学」でもあるだろう。「知的」、「精神」活動であることに変わりはない。
 上の二つに関連して、「政治」と「文学」の<二つの論壇>で自分は活躍?しているかのごとき迷言を吐いた小川榮太郎を思い出さなくもない。
 だが、もっとも直感的に想起したのは、西尾幹二がやっていること、やってきたことはアリストテレスのいう「弁論術」に最も適確には該当するだろう、ということだ。
 西尾幹二は文芸評論家でも少なくともかつてはあって、自らを「文学者」と呼ぶことにあるいは躊躇しないかもしれない。その意味では、小川榮太郎とも共通して上の「詩学」にも親近的で、傾斜しているかもしれない。
 しかし、何よりも、西尾幹二本人が明言しているように(002参照)、「理論的」であれ「実践的」であれ、西尾は「学問」をしているとは自己認識していない。
 この「理論的」と「実践的」の区別は、「理論・原理」科学と「政策・応用」科学の区分を想起させるところがあるが、どちらであっても、西尾幹二は追求してきていないし、追求してこなかった、と思われる。論理的・理論的な「筋道」、概念の首尾一貫性等々は、この人にとっては後景に退いている。
 では何を目ざしているのかは、別途ゆっくりと「分析」することとしよう。
 前回に紹介したように、西尾自身の言葉によるとやってきたことの全ては「研究でも評論でも」ない「自己物語」であり、「私小説的な自我のあり方」を-おそらくは本質的・究極的にはという限定つきだろうが-問題にしてきたのだ。
 なお、ついでながら、「詩学」にはさらに、「音楽」・「絵画」等の<言語>によらない表現活動も含めてよいのだろう。これらもまた、人間の「知的」、「精神的」活動であることに変わりはない。これらも含めて、「知」は体系化・構造化される必要があるものと思われる。
 
 当然のこととして、アリストテレスの若干の著作(むろん邦訳書)にあたって確認してみようとしたが、どうもよく分からない。
 アリストテレス=出隆訳・形而上学(岩波文庫、1959)は明らかに「哲学」の種別を問題にしているので、この書で上のような<学問分類>が語られているのかもしれないが、簡潔にまとめてくれているような叙述はないようだ。
 したがって、上のNewton2020年6月号のアリストテレスに関する叙述・紹介の適正さを私自身は保障しかねるのだが、「監修」者たちがとんでもない間違いをしているわけではおそらくないだろう。 

2165/<売文業者か思想家か>。

 竹内洋・メディアと知識人-清水幾太郎の覇権と忘却(中央公論新社、2012)。
 これの中身も、全部かつて読んだはずだ。清水幾太郎の言論活動を批判的にたどっているのだろう。
 読売・吉野作造賞受賞第一作。
 単行本に付いている上の紹介よりも興味深いのは、オビ上のつぎの言葉だ。
 <売文業者か思想家か>(オモテ)。
 <この私にしても、まあ、一種の芸人なのです。まあ、笑わないで下さい>(ウラ)。
 後者は、確認しないが、清水幾太郎が書いたか発した言葉なのだろう。
 しかし、竹内洋自身は、<売文業者か思想家か>。そのどちらでもない、大学教授なのか。少なくとも「思想家」だとは思えない。大学教授だとしても、江崎道朗の本のいい加減さを指摘できないようでは、頼まれ仕事を良心的に行っているとは思えない。
 故西部邁は、<売文業者か思想家か>。自分自身はきっと<思想家>だと思っていたのだろうが、しかし同時に<売文業者>でもあっただろう。
 西尾幹二は、<売文業者か思想家か>。自分自身はきっと<思想家>のつもりでいるだろう。そう自称はしなくても、そう思われていたい、と思っているに違いない。西部邁も江藤淳も、西尾幹二にとっては、「気になる」<保守派知識人>のライバルで、西尾の文章の中にはこの二人に対する<皮肉・嫌み>もある。そして、いかんせん、読者の反応や売れ行きを気にする<売文業者>でもある。
 江崎道朗、櫻井よしこ。明らかに「思想家」ではない。そして政治目的のための<売文業者>にすぎない。
 八幡和郎? 「思想家」ではないのはもちろん、「知識人」ですらない。
 ***
 なぜ<売文業>が成り立つか? 文章・知識・情報に関する「出版・情報産業」が「業」として成立し得るだけの<市場>が、日本にはあるからだ。
 そのような社会または国家は、世界のどこにでもあるのではない。
 たまたま人口や地域の規模、そしてほとんど「日本語」だけによる情報交換が成り立っている、日本は、そのような社会・国家だからだ。決して、世界に一般的でも、普遍的でもない。
 少なくとも江戸時代・幕末までの日本の「知識人」は、自分または所属団体(藩等)の「功名」のために文章を書き本を出版したかもしれないが、金儲け=生業としての「功利」のためには<思索・思想作業>をほとんど行わなかったように見える。相対的には純粋に、自分は<正しい>と考えていることを書いただろう。偽書、売らんがための面白物語の例が全くなかったとは言わないが。
 現在の日本の<評論・思想>界の低迷または堕落は、それがほぼ完全に「商業」の世界に組み込まれてしまっていることにあるだろう。
 その中でうごめいているのが、雑誌や書籍の「編集者」・「編集担当者」という、あまり広くは名前を知られていない、「情報・出版産業」の有力な従事者だ。
 テレビ番組を含めれば、(とくに報道・情報)番組製作の「ディレクター」類になる。
 雑誌・書籍の「編集者」・「編集担当者」(あるいはテレビ番組の「ディレクター」)。これらによって発注され、請け負っているのが、日本の現在の自営・文筆業者あるいは「評論家」たちだ。大学・研究所に所属して、それからいちおうの安定した収入があるか、江崎道朗、小川榮太郎等のように「独立」・「自営」しているかによっても、「売文」の程度とその中身は異なるに違いない。

2078/秋月瑛二の想念⑦-2019年11月。

 「自由」、「平等」、「正義」あるいは「日本(民族)精神」、<真・善・美>でも何でもよい、こうしたものに関する<思考>・<思想>の実体はいったい何なのか?
 なぜ人々はこうしたものに関して考え、かつ人によって差異や対立があるのか、あるいはなぜ、どのようにして、日本でも欧米でも、<左翼>と<右翼>等々の差異や対立があるのか、を問う前に、そもそも、「思考する」、「哲学する」等の人間の<行動>の実体は何か?
 精神的自由、その中でも「内心の自由」なのかもしれないが、その「内心の自由」によって形成される「意思」・「意図」・一定の「思想」・「哲学」等は、人間の、論者によれば生物の中で人間にしかない<理性>の働きかもしれない。
 <(個人的)人格の形成・陶冶・完成>を目標とするような(旧制高校的・教養主義的)人にとっては、以上で十分なのかもしれない。
 自分個人の「理性」の発現体である言葉・文章・論考・書物によって、他ならぬ自己の「考え」・「思想」等の<立派さ・偉大さ>が表明され、実証される(はずな)のだ。そうした人々にとっては。
 しかし、そうした人々も他ならぬ生物の個体であり、ヒトの一員であるからには「死」を迎えざるをえず、それ以降は、「考え」も「思想」も、その基礎にある「理性」も、その(かつて生きていた)人間には、なくなってしまう。
 自己の<霊魂>・<魂魄>の永生を真に「信じる」ならば、別だ。
 「考え」・「思想」等も、それらの表明のために用いられる言葉・文章等も、「理性」なるものも、よく考えれば、少しでも<事実>に向き合う気持ちがあれば、それぞれの人間・ヒトの「精神」作用であり、「脳内」作業の所産であることが分かる。悲しいかな、自分を高い「人格」をもって「思索」していると自負している人の「理性」による行為も、他者と本質的には異ならない、生物が行う種々の営為の一つにすぎないことが分かる。
 強い「思い込み」・「偏執」というのは(<左翼>であれ<右翼>であれ)、脳細胞の、あるいは神経回路の一定の、独特な絡まり具合によって生じる。
 生物・ヒトに関する自然科学または「科学」に接すると、かつての「文科」系人間には見えていなかった世界が、新鮮に立ち現れてくる。「観念」・「思索」こそが<人間>なのだ、と「思い込んで」いる<文学的>人々は、むろん江崎道朗や小川榮太郎も含めて、ほんの少しは、秋月瑛二の程度には、生物・ヒトに関する自然科学または「科学」を知った方がよい。
 「言葉」・「観念」を弄ぶだけでは、虚しい。何の意味もない。たんなる「自己満足」だ。しかし、拡散されるそうした空しい「言葉」・「観念」に酔ってしまう人々が生じるのも、またそのような陶酔によってこそ<食って生きて>いくことができる人々が生じるのも、人間という生物の種の<弱さ>・<不十分さ>であり、そして人間世界の<はかなさ>なのだろう。
 あるいはまた、<食って生きて>いくことはできるようになってきた人間の<文化>による、日本社会も含めての、贅沢な<遊び>なのかもしれない。
 <余暇>が生じてこそ、種々の「娯楽」・「エンターテイメント」産業も成立するのだが、「評論」・「言論」もまた相当程度に産業化・商業化してきているので(「情報産業」、広義の「エンターテイメント」産業)、「言葉」・「観念」(・「観念体系」)に陶酔した人々によって書かれる文章や書物もまた、それらを「気晴らし」として必要とする人々によって読まれるのだろう。需要が、一定程度はあるのだ。
 そこにはしかし、「自由」、「正義」あるいは<真・善・美>とかの高尚な?理念はない。「売れれば」よい。「売れる」ことは「じっくりと読まれる」ことを意味せず、また、「読まれる」ことは、著者が尊敬されたり敬愛されたりすることをむろん全く意味しないのだけれども。
 侮蔑の対象にしかならないような書物が、依然として多数出版されている。それに関係して(出版社も編集者も)<食って生きている>または<生活の足し>にしている人々がいる。
 これはどの程度「日本的」現象なのだろうか。日本語という世界的には一般的ではない「閉鎖的」な言葉で、しかし相当程度の規模の「市場」をもつ日本社会で発表される、多数の日本語による雑誌・書物。これらは、世界的な規模・視野での批判に晒されることはほとんどない。侮蔑の対象にしかならないような書物が依然として多数出版されているのは、ある程度は、ヒト・人間の一種である「日本人」が形成する社会の特殊「日本的」現象なのだろう。

2047/茂木健一郎・脳とクオリア(1997)②。

 茂木健一郎・脳とクオリア-なぜ脳に心が生まれるのか(日経サイエンス社、1997)。
 9/12に全読了。計313頁。出版担当者は、松尾義之。
 <第10章・私は「自由」なのか?>、p.282~。
 まえがき的部分によると、「万能の神」のもとでも人間に自由意思があることは自明のことだったが、いわゆる「人間機械論」がこの「幻想」を打ち砕き、<人間的価値>の危機感からニーチェやサルトルの哲学も生まれた。
 ここで「人間機械論」とは、茂木によると、人間の肉体は脳を含めて「自然法則に従って動く機械」にすぎないとする論で、彼によるとさらに、「私たち人間が、タンパク質や核酸、それに脂質などでできた精巧な分子機械であるという考えは、現在では常識と言えるだろう」とされる。
 「心」も「自由意思」も、「自然法則の一部であるということを前提として」、茂木は論述する。
 単純な「文科」系人間、あるいは人間(とくに自分の?)の「精神」を物質・外界とは区別される最高位に置きたい「文学的」人間にとって、回答は上でもう十分かもしれず、以降を読んでも意味がないのかもしれない。茂木健一郎とは<考えていることがまるで違う>のだ。
 しかし、同じ人間の(しかも同じ日本人の)思考作業だ。
 読んで悪いことはない。かつまた、その<発想方法>の、「人間の悪、業を忌憚なく検討する事も文学の機能だ」と喚いていた小川榮太郎とはまるで異質な発想と思考の方法の存在を知るだけでも、新鮮なことだ。
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 茂木健一郎の設定する最初の問いはこうだ。p.285。
 「果たして、自然法則は、自由意思を許容するか?」
 この問題は、「自然法則が、決定論的か、非決定論的か」と同じだ。
とすると、「私たちの意思決定のプロセスを制御している神経生理学的な過程、すなわちニューロンの発火の時間発展を支配する自然法則が、決定論的か、非決定論的か」ということになる。
 「ニューロンの時間発展を支配」する自然法則が「決定論的」であれば、「自由意思」はなく、「非決定論的」であれば、「自由意思」はある。p.286。
 なお、「自然法則が決定論的」であるということは、その自然法則にもとづいて私たちが将来を「知る」ことができることを必ずしも意味しない。p.287。
 現在の状態を完全に「知る」のは不可能なので、将来の状態の予測にも誤差が生じる。「カオス」だ。しかし、「カオスの見られる力学系は、時間発展としては、あくまでも決定論的」なのだ。p.288。
 このあと茂木は、「量子力学」への参照に移る。
 量子力学上は、「ある系の現在の状態から、次の瞬間の状態を完全に予測することはできない」。計算可能なのは「確率」だけで、この「不確定性」は「系自体の持つ、本来的な性質」であって、「量子力学は、本質的な非決定性を含んでいる」。
 しかし、「電子、光子」などの「ミクロな世界」について意味がある量子力学の「非決定性」を、ニューロン発火過程に適用できるのか?
 このあとの論述は「文科」系人間には専門的すぎるが、第一に「シナプスの開口放出に含まれる量子力学的な不確定性」が「自由意思」形成に関係するとする学者もいるとしつつ、茂木はそれに賛同はせず、かつ量子力学の参照の必要性は肯定したままにする。
 第二に、量子力学にいう「非決定性」というものの「性質」が問題にされる。p.292-。
 そして、茂木健一郎が導くとりあえずの、大きな論脈の一つでの結論らしきものは、つぎのとおりだ。
 ・量子力学の「非決定性」といっても、それには「アンサンブル〔集合〕のレベルでは決定論的」だ、という制限がつく。
 ・「量子力学が、自由意思の起源にはなり得たとしても、その自由意思は、本当の意味では『自由』ではない。なぜならば、量子力学は、個々の選択機会の結果は確かに予想できないが、アンサンブルのレベルでは、完全に決定論的な法則だからだ。」p.294。
 ・「アンサンブル限定=個々の選択機会において、その結果をあらかじめ予想することはできない。しかし、…全体としての振る舞いは、決定論的な法則で記述される。」
・「個々の選択機会」について「その結果を完全には予測できない」という意味で、「自由意思」が存在するように「見える」が、同じような「選択機会の集合」を考えると、「決定論的な法則が存在し、選択結果は完全に予測できる。」
 ・「現在のあなたの脳の状態をいくら精密に測定したとしても、予想するのは不可能」だ、というのが量子力学の「非決定性」だ。しかし、「あなた」のコピーから成る集合〔アンサンブル)全体としての挙措は、「完全に決定論的な法則で予測することができる。」p.295。
 というわけで、分かったような、そうではないような。
 「個々の選択機会においては、自由があるように見えるのに、そのような選択機会の集合をとってくると、その振る舞いは決定論的で、自由ではない」(p.296.)と再度まとめられても、「自由」や「決定」ということの意味の問題なのではないか、という気もしてくる。
 もっとも、茂木健一郎は、より厳密に、つぎのようにも語る。
 ・選択機会の集合(アンサンブル)に関していうと、「現実の宇宙においては、可能なアンサンブルがすべては実現しないことが、事実上の自由意思が実現する余地をもたらすという可能性」がある。p.297。
 ・「宇宙の全歴史の中で」、「まったく同じ遺伝子配列と、まったく同じ経験」をもつ人間が「二度現れる確率は、極めて少ない」。このような「個性」ある人間による選択なのだから、ある「選択機会が宇宙の歴史の中で再び繰り返される確率は低い」。こうして、私たちの「選択」は生涯一度のみならず「宇宙の歴史の中でただ一回という性質を持つ」。とすれば、選択機会のアンサンブルの結果は「厳密に決定論的な法則」で決定されるとしても、その「選択機会が宇宙の全歴史の中でたった一回しか実現しない」のでその結果は「偏り」をもつ。しかもこれは「量子力学が許容する偏り」であり、この「偏り」を通じて、「事実上の自由意思が実現される可能性」がある。
 このあと、茂木は、現在の(1997年の)量子力学の不完全さを指摘し、今後さらに解明されていく余地がある、とする。
 さらに、もう一つの大きな論脈、<認識論的自由意思論>が続く。p.302-。
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 ここで区切る。小川榮太郎はもちろんのこと、西尾幹二とも全く異なる、人間の「自由」に関する考察があるだろう。
 1997年の著だから茂木自身の考えも、脳科学も、さらに進展しているかもしれない。
 まだ、紹介途上ではあるものの、しかし、秋月瑛二の想定する方向と矛盾するものではない。
 簡単に言えば、自然科学、生物科学、脳科学等によって、人間の「心」、「感情」、「(自由)意思」についてさらに詳細な解明が進んでいくことだろうが、人間一人一人の脳内の「自由」はなお残る、ということだ。あるいは少なくとも、いかに科学が進展しても、生存する数十億の人間の全員について、その「思考」している内容とその生成過程を完璧に把握しトレースすることは、「誰も」することができない、ということだ。
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2007/松下祥子・阿児和成・近藤富美子①。

 佐川宣寿(元財務省理財局長)に対する衆議院・参議院各予算委員会の「証人喚問」があったのは2018年(昨平成30年)3月末で、いわゆる決裁文書の改竄・書換えについて検察(大阪地検)が不起訴としたのは同年5月だった。まだ1年余しか経っていないが、この問題は(も?)今やすっかり忘れられているかもしれない。
 不起訴の報を受けて野村修也(弁護士・中央大学法科大学院教授)は、日本テレビ系番組の中で、つぎの旨を言った。正確な引用ではないが、趣旨は間違いない。
 <違法でない(違法だと断じがたい)というのは、道義的に問題がなかったということを意味しないのだから、その点は注意していただきたい。>
野村修也は会社法(・商法)専門だと紹介されている。また基本的諸法律しか勉強していなくとも弁護士になれるのだから、弁護士一般にもしばしば見られることだが、上の発言内容には大きな問題がある。
 上の一般論はそのとおりだろうが、これを公務員による<決裁文書改竄・書換え>に当てはめるのは間違っている。
 野村修也も知っているように、刑法上の犯罪の構成要件と民事法上の不法行為の成立要件は異なり、それらにおける「違法」の意味も同一ではない。
 書くのが恥ずかしいほどの常識だろう(もっとも麻生太郎が担当する財務大臣が「国」という行政執行団体(法人だ)の「機関」だという認識がなく、政治家としての麻生太郎とごっちゃにしている藤原かずえ(kazue fgeewara)は知らないかもしれない)。
 さらにまた、刑法・民法との関係以外でも「違法」を語ることはできる(憲法との関係での「違憲」もその一種だろうが、ここでは別に措く)。
 つまり、国の行政省庁・地方自治体の職員の大多数を規律し拘束する<公務員法>(国家公務員法・地方公務員法という法律)に、<決裁文書改竄・書換え>は間違いなく違反しており、道義的には問題があるというのみならず、明確に「違法」な行為だ。
 いったん成立した決裁文書を、それに誤記等のごく軽微な瑕疵があるという場合ではなく、内容的にも変更するために遡って取消し、別途新しい決裁をする(新しい決裁文書を作成する)というのは通常よくあることではないだろうが、法的には可能であるし、何ら違法ではない。
 しかし、いったん成立した決裁文書を決裁そのものがなかったかのごとく「抹消」して、おそらくは時期・期日も同じにして内容的には別の文書に「差し替える」というのは、条項名の逐一の確認を避けるが、明らかに違法だ。公務員としてしてはならないことになっている、禁止されているに決まっている。
 いったん成立した決裁文書を「改竄・書換え」してはならないことは、かりに明文規定がなくとも、公務員としての根本規範だろう。
 だからこそ、佐川宣寿らは国家公務員法にもとづく正規の「懲戒処分」を受けているのであり、これは刑法上の「違法」にかりに至らなくとも、公務員法上「違法」であることを前提にしている(なお、法令ではない行政内部基準に従わないことも、後者が上司の職務命令にあたるかぎりは、公務員担当職員の「違法」な行為だ(国家公務員法の関係条項参照))。
 ところで、こう書きつつ思い出した。
 第一に、決裁裁文書等の「行政文書」の保存期間は「三ヶ月」だ等の佐川答弁等を鵜呑みにして、これをそのまま肯定的に叙述していたのが、小川榮太郎だった。
 小川榮太郎は自らが代表を務める研究所らしきものの、光熱水費にかかる請求書も領収書も、三ヶ月経過しないうちに廃棄してしまう(のを許す)のだろうか。
 小川は、「文学」的に、<政治文書>と<行政文書>を勝手に?区別して、後者は重要でない文書だと思い込んだのだろうか? 「行政文書」とは正規の法制上の概念だ。
 しかしそれでも、佐川宣寿らが関係した文書の保存期間が「三ヶ月」とは短かすぎると思わなかったのか。いや、そう感じた可能性はある。但し、制度上そうなっているから問題はない、という趣旨も書いて、財務省側を擁護していた。
 要するに、この小川榮太郎という、どの分野が中心かよく分からない「評論家」には、<社会常識>が決定的に足りないのだ。
 <政治的に>判断して、合理性・正常性・社会常識に関係なく、財務省(ひいては安倍晋三・安倍内閣)を擁護し、杉田水脈も擁護する。
 一定の<政治グループ>の(締め切りを守って文章を書いてくれる)「お抱え文章書き」に堕していることに気づく必要がある。
 第二。この欄に書かなかったが、冒頭の国会答弁(証人喚問)で佐川宣寿(元財務省理財局長)は、籠池泰典・森友学園側への土地売却価額につき、<専門家による第三者的鑑定を経ている>から問題がない(安すぎることはない)と何度か答弁していた。
 国会議員(および政界・行政関係マスメディア担当記者)の無知・無能さは限りなく知っているので別に驚くほどのことではないが、上の答弁を疑問視した、質問者・国会議員は、与野党ともに一人もいなかった。
 正確な引用ではないが、<専門家による第三者的鑑定>とは不動産鑑定士によるものを意味するのだろうが、(かりに複数の鑑定意見があってそれの平均をとったのだとしても)それで<問題がない>ことの証拠には全くならない。
 不動産鑑定士による鑑定価格はそれなりの「権威」をもつのは知っているが、決して「正しい」ものではなく、<考慮要素>をどう見るかによって相当程度に可変的なことは、ほとんど常識だろう。とくに問題の土地には、通常の土地価格鑑定の方法・基準・技術はあてはまらなかったように見える。
 それでも佐川宣寿の答弁をそのままやり過ごして、「それでなぜ問題がない(正当な)ことの根拠になるのか」と突っ込む国会議員がいなかったのだから、呆れ返った。
 <議会・国会による行政に対する統制>。これは相当に幻影になっている。
 ***
 もともと書き記す予定の内容にまで、前書きを書いていて、到達しなかった。
 恐るべき「行政」の実態、「国と地方」の関係の実態。
 こうしたことに(も)、政治評論家でも行政評論家でも全くないが、言及していくことにする。

1983/池田信夫のブログ006。

 池田信夫ブログマガジン6月17日号「『ブログ経済学』が政治を変えた」。
 池田のおそらく意図ではない箇所で、あるいは意図していない態様で、その文章に「引っかかる」ことが多い。「引っかかる」というのは刺激される、連想を生じさせるという意味なので、ここでは消極的で悪い意味ではない。
 「物理学では学界で認められることがすべてだが、経済理論は政策を実行する政治家や官僚に認められないと意味がないのだ」。
 十分に引っかかる、または面白い。
 後の方には、こんな文章もある。
 「主流経済学者が…といった警告を繰り返しても、政権にとって痛くもかゆくもない。そういう批判を理解できる国民は1%もいないからだ。」
 学校教育の場では各「科目」の性質の差違、学術分野では各「学問・科学」の性質の差違は間違いなくあるだろう。
 理系・文系の区別はいかほどに役立つのか。自然科学・社会科学・人文科学といった三分類はいかほどに有効なのか。
 文系学部廃止とか人文社会系学部・学問の閉塞ぶりの指摘は、何を意味しているのか。
 経済学(・-理論、-政策)に特化しないでいうと、近年に感じるのは、<現実>と<理論・記述>の区別が明確な、または当然のものとして前提とされている学問分野と、<現実>と<理論・記述>のうち前者は遠のいて、<理論・記述>に該当する叙述が「文学」または「物語」化していく学問?分野だ。
 文学部に配置されている諸科目・分野でいうと、地理学・心理学は最初から別論としたい。ついで、歴史学は理系ないし自然科学に関する知見も本来は!必要な、総合的学問分野だろう。<歴史的事実>と<歴史叙述>が一致しないことがある、ということは古文献にせよ、今日の学者・研究者が執筆する文章にせよ、当然のことだろう。
 法学というのは「法規範」と「現実」は合致するわけではないことを当然の前提にしている。規範の意味内容の「解釈」を論じてひいては何がしかの「現実」に影響を与えようとする分野と、法史学とか法社会学とかの、直接には「法解釈」の議論・作業を行うのではない分野の違いはあるけれども。
 池田信夫もおそらく前提とするように、「経済」に関する「理論」とそれが現実に「政策」として政権・国家によって採用されるかは別の問題だ。さらには、特定の「理論」が「経済政策」として採用されても、それが「現実に」社会または国民生活にどういう影響を与えるかは、さらに別の話、別に検証を要する主題だろう。
 なお、日本では法学部内に置かれていることが多い政治学は、少なくとも<法解釈学>よりは経済学に近いような気がする。もちろん、「政治」と「経済」で対象は異なるけれども。よって、「政経学部」という学部があるようであるのも十分に理解できる。
 上に言及したような文学部内の科目・分野を除くと、<現実>と<物語化する記述>が曖昧になってくる傾向があるのは、狭義での「文学」や「哲学(・思想)」の分野だろう。
 そして、こうした分野で学部や大学院で勉強して、大学教授・「名誉教授」として、または種々の評論家として文章を書いたり発言をしたりしている者たちが、戦後日本を「悪く」してきた、というのが、近年の私の持論だ。
 なぜそうなるのだろうか。「事実」ないし「経験」によって論証するという姿勢、「事実」・「現実」にどう関係しているかという問題意識が、もちろん総体的・相対的にかもしれないが、希薄で、<よくできた>、<よくまとまった>、<読者に何らかの感動を与える>まとまりのある文章を作成することを仕事としている人々の基礎的な学修・研究の対象が「文学」だったり哲学者の「哲学書」だったり、本居宣長等々の「作品」だったりして、そしてそれら<著作物>の意味内容の理解や内在的分析(むろん書き手・読み手両方についての「他者」との比較を含む)だったりして、直接には<事実>・<歴史的現実>を問題にしなくとも、あるいはこれらを意識しなくとも仕事ができ(報酬が貰え)、評価もされる、ということにあるだろう。
 適切な例かどうかは怪しいが、「狭義」の文学とはいったいいかなる意味で「学問」なのだろう。
 ある外国(語)の「文学」に関する論考が大学の紀要類に掲載されていて、それを読んだとき、これは「学問」か?と強く感じたことがある。
 その論考は要するに、ある外国(語)の「文学」作品を原外国語で読んで、邦訳し(日本語化し)、そのあとでコメントないし「感想」を記したものだった。
 こんな作業は、中学生・高校生が日本語の「文学」作品について行う「読書感想文」の記述と、本質的にいったいどこが違うのか。
 外国語を日本語に訳すること自体が容易でないことは分かるが、翻訳それだけでは一種の「技術」であり、あるいはせいぜい「知識」であって、とても「学問」とは言い難いのではないか。
 唐突だが、小川榮太郎が産経新聞社系のオピニオン・サイトに昨2018年9月28日に、書いていたことが印象に残った。表題は、「私を非難した新潮社とリベラル諸氏へ」。
 毎日新聞に求められて原稿を書いたが、掲載されなかった。その内容は、以下だった、という。以下、引用。一文ずつ改行。
 「署名原稿に出版社が独断で陳謝コメントを出すなど言語道断。
 マイノリティーなるイデオロギー的立場に拝跪するなど文学でも何でもない。
 …に個の立場で立ち向かい人間の悪、業を忌憚なく検討する事も文学の機能だ。
 新潮社よ、『同調圧力に乾杯、全体主義よこんにちは』などという墓碑銘を自ら書くなかれ」。

 この文章は昨年夏の新潮45(新潮社)上の杉田水脈論考をきっかけとし生じた「事件」の当事者によるものだ。
 きわめて違和感をもつのは、どうやら小川榮太郎は自分の「文学」の仕事として、杉田水脈を応援し?、防衛?しようとしたようであることだ。
 杉田水脈論考は国会議員の文章で、「政治的・行政的」なものだ。
 そして、小川榮太郎がこれを支持する、少なくともリベラル派の批判に全面的には賛同しない、という立場を明らかにすることもまた、「政治的」な行動だ。
 執筆して雑誌に掲載されるよりも前にすでに、新潮45編集部からの(一定の意味合いの)執筆依頼を受諾したということ自体が、「政治的」行動だ。
 小川榮太郎は「文学」と「政治」の二つの「論壇」で自分は活動していると思っているらしく、これもまたきわめて怪しい。
 主題がやや別なのだが、「論壇」人とは要するに、少なくとも現在の日本にとくに注目すれば、いくつかの何らかの雑誌類への執筆という注文を受けて、文章という「生産物」を販売し、原稿料というかたちで対価を受け取っている、「文章執筆自営業者」にすぎない。
 大学・研究所その他ら所属していれば、副業かもしれないが、小川榮太郎のような者にとっては、「本業」としての「文章(執筆)請負・販売業」なのだ。
 企業である出版業者が<経営>を考慮するのは当然のことで、新潮社の社長の権限や内部手続の点はよく知らないのでともあれ、小川榮太郎が<表現の自由>の剥奪とか新潮社の<全体主義>化とかと騒いでいるのは、根本的に倒錯している
 元に戻ると、小川榮太郎が新潮45に掲載した論考が彼の「文学」だとは、ほとんど誰も考えなかったのではないか。
 今回に書きたかったことは、強いていえばここにある。つまり、「文学」と「政治」の混同・混淆で、自分の文章を「文学的」に理解しようとしないとは怪しからん、自分の「文学亅を理解していない、などという開き直りの仕方の異様さだ。
 もともと小川榮太郎は「文芸」評論の延長で「政治」評論もしているつもりなのだろう。
だから、文学・政治の両「論壇」で、などと書くにいたっている。
 そして、安倍晋三に関するこの人の「作品」は「文芸」評論の延長で「政治」にも関係した典型のもので、ある種の感動・関心を惹いたのだとしても、その内容は「物語」だ。
 現実・事実を最初から「物語」化してはいけない。あるいは「文学」化してはいけない。
 それらの基礎にある、何らかの「思い込み」、「妄想体系」の<優劣>でもって勝負あるいは<美しさ>、<作品の評価>が決まってしまう、というようなことをしてはいけない。
 それは狭い「文学」の世界では大切なことなのかも知れないが、事実・現実に関係する世界に安易に、あるいは幼稚に持ち込んではならないだろう。
 というわけで、ひいては、「文学」の<学問>性や他人の文章ばかり読んでいる「哲学研究者」なるものの「哲学」性を、ひどく疑っているわけだ。
 池田信夫の文章に関連して、さらに書きたくなること、連想の湧くことは数多いが、今回はここまで。

1909/言葉・文章と「現実」②。

 観念-現実、という主題のはずが、「文学部」・大学論へとすでに(いったん)逸れている。
 逸れついでに言うと、昨年に話題の一つになった<大学スポーツ>または<大学とスポーツ>も、奇妙な問題を含んでいた。
 体育やスポーツに関する学問の必要を否定しないし、そのような研究・教育のための大学や学部の存在を否定するものではない。しかし、元来は「文学」、「法学」、「経済学」等を勉強している、又はそうするために大学生になった(はずの)者たちにとってのスポーツとかサークル活動とは何なのだろう。
 あれこれと書くと長くなるので適当に切り上げるが、テレビ「報道」を見ていて不思議だったのは、以下だ。すなわち、同世代の半分程度に少なくなったとはいえ、大学に進学しないで、または進学することができないで(これは本人の「学力」・「かしこさ」とはしばしば関係がない)、<大学で(余暇に?)スポーツ活動をする>ことなどがそもそもできない、かつすでに勤労者となって自分で生活しているだろう、多くの高校出身者のことを、どう考えているのか?
 特定の大学生等々を問題にしているのではない。いろいろな論点、問題はあるだろう。しかし、<何と贅沢な>話題だろう、<何と贅沢な>批判だろう、という気がしてならなかった。
 それだけ、いまの日本がまだ<平和で豊か>なのかもしれない。
 大学もすでに<教育企業体>であり、<教育産業>の一角だ、という当たり前かもしれないことにも気づく。その企業体の被雇用者としての事務職員もいるし、被雇用者の中には、表向きは「学問・研究者」である大学教師という「教育(・研究)労働者」もいる。
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 「教養」がある、「知識」が多い、というだけで、なぜエライのか。教養や知識は「現実」に対して何らかの意味で<有用>であって初めて、有意味なものになる。
 こう前回に書いた。だがさらに、<何らかの意味での有用性>の意味も、むろん問われる。
 つまり、「教養」・「知識」、あるいはそれがより形式的に具現化されているとみられることがある「学歴」や現時点での<知識人>ふうの肩書き、といったものは、それだけでは本当は何の「有用な価値」もないのだと思われる。
 これは「有用」性の意味の問題でもあるが、「無用」である場合だけではなく、「有害」である場合もあり得る。
 つまり、「教養」・「知識」あるいは「知識人」が多数の人々または「社会」あるいは「歴史」に対して、<悪い>影響を与える(与えた)こともある、という明瞭な事実に目を塞ぐことはできない。
 物理学等の研究は大量殺戮兵器を生み出してしまった、という例でもよいかもしれない。
 あるいは、レーニンも、スターリンも、それなりに、あるいはきわめて、「賢かった」人物だつただろう。
 「教養」も「知識」も、それ以上の「学問研究」も、<現実>に対して与えた影響・効果でもって最終的には評価されなければならない。
 「知識人」ふうであることが、それ自体で有用な「価値」をもつわけではない。
 この辺りを勘違いしている人が少なくないような気がする。
 急にまた逸れるが、かつて清水幾太郎は<左>から<右>へと大旋回を遂げたようだ。<保守>派に転じた頃のこの人物の文章を読んだこともある。
 しかし、大旋回したとはいえ、清水幾太郎にとっては「知識人」として遇されることが最も重要なことで、「知識人」として目立ち、話題にされれば、その思考・発言内容は<左>でも<右>でもどうでもよかった、少なくとも第二次的なものではなかっただろうか。
 そのような「知識人」ふうの人々は、右にも左にも、斜め右上であれ斜め左であれ、手前にも奥にも、現在の日本にも多数棲息しているように見える。
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 多少とも「現実」に向き合わざるをえない学問研究分野と、直接的・経験的な「事実」そのものよりも「言葉・観念」を第一次的な研究対象とする学問研究分野がある。
 大雑把であることは十分に自覚して書いているが、経済学や法学は前者で、少なくとも狭い意味での「文学」は後者だ。
 法学部出身者(の多く)には当たり前のことを、以下に書く。
 「法」は規範の一種であって「現実」そのものではない、ということは、どの入門書でも最初の方に記述されていることだろう。
 「法」と「現実」が乖離していることがあることなど、当然の前提だ。
 また、「現実」が一定の「法」規範群に照らして正当な(または「適法な」)ものであるか否かを判断するためにこそ、「法解釈」論・学という<実用性>の高い議論も必要になってくる。
 もとより「法」規範の内容は変化するもので、それは「社会の現実」が要求することが多い。一方でまた、法」規範はそれに適合するように「社会の現実」が変化することを要求する機能も持っている。
 さらにもう一段階進んで言うと、「法」規範の内容はさしあたりほとんどの場合は<言葉・概念>で明文化されている(不文法に対する成文法)。
 この成文法自体が用いる言葉・概念・観念は一義的にその意味内容が明瞭であるとは限らない(そうでない場合がほとんどだろう)ために、上にいう「法の解釈」も必要になる。
 言葉・言語それ自体と「現実」の関係は、哲学的または理論的あるいは認識論的にいうと相当にややこしい議論があるようでもある。
 早い話が、「現実」そのものも、「直感」されないかぎりは「言葉」で叙述せざるをえない。「言葉」でこそ、「現実」に関する主体の「認識」も伝達することができる。
 法規範上の「言葉」と「現実」の関係は、F・ソシュールのいう<表現形式>(signifiant)と<意味内容>(signifié)の区別に単純に対応するのではないだろう。
 規範は特定の物・事象のみを表現しようとするものではない。それが持つ意味も幾層の段階があり、系統的な「構造」をもち得るもので、それらが同時にまた「現実」に関する何らかの意味づけをさらに前提にしている可能性がある。
 言語学・言語哲学あるいは法哲学の「しろうと」として書いている。
 しかし、よく言われるようにsollen とsein の違いを法学は当然の前提にしている。このような説明自体が、何らかの哲学・認識論を前提にしているのかもしれないのだが。
 いずれにせよしかし、「規範」ばかりでもない、事実を叙述するものも多い、「言葉・文章」を第一次には研究対象としている学問分野があって、それは不可避的に、生々しい「現実」からは遊離してしまう危険性・可能性がある、と考えられる。「文学」畑の人は注意しなければならない。
 この「現実」の中には「歴史的事実」、つまり「過去の現実」も含まれる。
 前回に名を掲げたような人々をじつは念頭に置いているのだが、この人たちには、「言葉・観念」があればそれが「現実」的な実体をもつと、あるいは新しい「言葉・観念」を作り出せば(正確には脳内作業にすぎなくとも)それは何らかの「現実」的な実体を持ち得るとでも誤解しているところがないだろうか。
 江崎道朗において、「保守自由主義」とは何か。
 櫻井よしこ、小川榮太郎において、(あるいは<日本会議>のいう)「日本」とは何か。
 これらは「歴史的事実」にも密接に関係する観念・概念だが、いかなる<実体>を持たせているつもりなのだろうか。
 これらの「意味内容」を明瞭にしないままで、たんに「歴史と伝統」とか言っても、ほとんど空論だ。少なくとも、自分たちで自己満足はできても、他者と議論できるようなものには決してならない。
 ある程度は、またはかなりの程度は、言葉・概念の用い方に関する厳密さ・丁寧さの<程度>の問題に大きくはなるのかもしれない。
 「歴史的事実」の認定とその評価について、際限もなく議論は発生し得るからだ。
 しかし、そうではあっても<度を超えて>はならないだろう。
 その部分を「精神論」だまたは「文学」だ、「物語」だなどと称して、曖昧にしてはならない。
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 L・コワコフスキの造語らしいのだが、彼はたぶん面白がって?、<保守的自由主義的社会主義>(conservative liberal socialism)という概念を使ったことがあるらしい。
 ナツィス党は<国家(国民)社会主義労働者党>。これでもnationalとsocial を併存させてかなり広そうだが、conservative 、liberal、socialの三語・三観念を包括する政党または主義・思想は、ほとんど何でも包括してしまうように見える。多種、多様、雑多な、異なる次元の、諸概念がある。
 再び、法学における言葉・文章と「現実」との関係に戻って、多少は具体的に散文つづりを続けてみよう。

1908/言葉・文章と「現実」①-「文学部」出身者。

 言葉・観念・文章・修辞と「現実」について、書こうと思う。
 そして、両者の違いについての意識・感覚が少ないかほとんど全くない場合があるのは、大学の出身学部でいうと相対的には(経済学・経営学・法学・政治学)ではなく「文学部」(・外国語学部または一部の「教育学」)の出身者であり、そういう人々がかなり多く日本の<(知的)情報産業界>の要職に就いているらしいがゆえに、必要だったまたは不可避だった以上に戦後日本は<悪くなった>、という面があることも、 書こうと思う。
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 渡部昇三(故人)、櫻井よしこ、小川榮太郎、江崎道朗、平川祐弘、加地伸行、長谷川三千子、花田紀凱
 こう並べただけで一定の<主張・思考>の傾向がある。(櫻井よしこが外国の「歴史」卒業とされている以外は)全て日本の大学の「文学部」出身者だ。外国語学部出身者を含む。
 文学部にもいろいろあるが、哲学/思想・(狭い)文学系に著しいかもしれない。
 本来は「社会学」は社会系のはずだし、「歴史学」も総合的な社会系のように思われるが、しかし、日本の悪しき<文学部>系の影響を、これらも受けている可能性がある(心理学、地理学は、理・文の両者にかかわるだろう)。
 いつぞや池田信夫が日本の人文社会系学部の廃止を主張しており、共感するところがある(極論としてはいったん指導教師-学生の関係を全て断ち切るべきだ)。しかし、では司法・行政の官僚または人文社会系の「専門家」・「技術者」をどう養成するかという重要な問題は残る。
 しかし、上に上げたような「文学」関係分野は、そもそも大学という「高等」教育機関には不要ではないか。人文社会系学部全体とはいえなくとも、人文系学部くらいは原則廃止くらいの方が、日本のためになる。
 これは「素養」・「教養」のようなものにかかわる。大学で本来、「素養」・「教養」のごときものを教育する必要があるのか?
 現実には通用しない主張であり、議論であることは承知している。
 より大きな問題は、「大学」なるものに、同世代人口の今や半分近くが進学しているという「現実」そのものにあるのだろう。
 この数は、-時期によって異なるが-戦前の「旧制中学」への進学者よりもはるかに多く、従ってまた、現代日本の「大学教授」様たちは、戦前の「中学」の教師たちよりもはるかに(相対的な)知的等のレベルは劣っている。大学の大衆化は、大学教師の大衆化・劣化でもある。
 それにそもそも、明治以降の「教養」重視教育も関係があるものと思われる。
 「教養」がある、「知識」が多い、というだけで、なぜエライのか??
 教養や知識は「現実」に対して何らかの意味で<有用>であって初めて、有意味なものになる。
 それでもしかし、(すぐに役立たなくとも)長期的に有益であればよい、あるいは、<役立たない学問にこそ意味がある>というような主張をする人がいるだろう。
 しかし、日本のいわゆる<リベラル・アーツ>教育・研究のあり方は、根本的に再検討されるべきだろう。
 本当に「何ら役に立たない」のであれば、存在しても無意味だと考えられる。
 役に立っているのは、某大学であれ、某々大学であれ、その「文学部」であれ、そこを卒業している、という<レッテル付け>でしか、もはやないのではなかろうか。
 しかし、似たようなことは、50パーセント近い大学進学率となると、経済学部や法学部についても、もちろん言える。
 しばしば思うのだが、現在の学校・教育制度の根本的な変化がないかぎりは、<戦後レジーム>の終焉はない、と考えられる。矛盾しているようでもあるが、逆に、<戦後レジーム>の終焉があってはじめて、六三三四制という学校・教育制度の変化も生じるのではないか、と思われる。
 しかし、ほとんど誰もそれを口にしないのは、いつか触れたが、右であれ左であれ、斜め右上であれ斜め左下であれ、手前であれ奥であれ、<戦後レジーム>の受益者たち(またはそう「感じて」または「思い込んで」いる者たち)が、日本の既成権益階層(establishment)を形成しているからだ、と思われる。
 その中には、少なくとも中堅以上の、新聞社、放送局、雑誌・書籍等の出版会社、簡単に言って<情報産業界>の社員等も含まれる。これらに登場したり、執筆したりしている者も含まれる。
 なお、別の論点だが、情報産業の中では「広告・宣伝」がむしろ最重要の業務であって、新聞社、放送会社のほとんどは、かなり、又はほとんど「広告・宣伝」業者でもある。「広告・宣伝」企業の一員であるにもかかわらず、<ジャーナリスト>などと自分を考えない方がよいと感じる者もいっぱいいる。
 一度誰かが調査・研究すればよいと思われる。
 テレビ番組の制作者・構成作家、新聞の論説委員・記者、雑誌の編集者等々には、かりに大学出身者だとして、いったいどの学部出身者が多いか? 「文学部」ではなかろうか。
 表向きのテレビ・コメンテイター類や論壇?雑誌の執筆者ではなくて、日本の「知的」雰囲気を形成しているのは、じつは、テレビ番組の制作者・構成者、雑誌の編集者等々、だろう。

1896/小川榮太郎の「文学」・杉田水脈の「コミンテルン」②。

 まず、前回の余録。 
 杉田水脈は語る-「子供を家庭から引き離し、保育所などの施設で洗脳する」という「旧ソ連が共産主義体制の中で取り組み、失敗したモデル」。
 たしかに、たぶんレーニンではなくスターリンのもとで、子どもに両親(二人またはいずれか)の「ブルジョア」的言動を学校の教師とか党少年団の幹部とかに<告げ口>させるというようなことがあったようだ。
 どの程度徹底されたのかは知らない。しかし、東ドイツでも第二次大戦後に、夫婦のいずれかが片方の言動を国家保安省=シュタージに「報告」=「密告」していることも少なくなかったというのだから、現在日本では<想像を超える>。
 しかし、「ブルジョア」的言動か否かを判断できるのは日本でいうと小学生くらい以上だろうから、「保育所」の児童ではまだそこまでの能力はないのではないか。
 これはそもそも、産まれたヒト・人間を「社会」・「環境」がどの程度「変化」させうるのか、という基本問題にかかわる。だが、ともあれ、「保育所」の児童の「洗脳」を語る場合に、杉田水脈は具体的にどういうことを想定したのだろうか。
 さる大阪府豊中市内の保育園か幼稚園で、子どもたちにそのときの総理大臣に感謝する言葉を一斉に連呼させていた例も平成日本であったようだから、スターリン(様?)に対してか共産党体制に対してか、感謝を捧げ、スターリン・ソ連万歳!と言わせるくらいの「洗脳」はできるだろうが、杉田水脈はそれ以上に、何を想定していたのだろう。
 保育所児童がマルクス=レーニン主義を理解するのはまだ無理で、<歴史的唯物論>はむつかしすぎるのではないか?
 そうだとすると、ソ連が日本でいう小学生程度未満の「子供を家庭から引き離し」た目的は、その母親を労働力として利用するために「家庭」に置かない、「育児」のために「家庭で子どもにかかりきりにさせる」のではなく「外」=社会に出て、男性(子どもにとっての父親を含む)と同様に「労働」力として使うことにあったのではないか、と思われる。
 1917年末の立憲会議選挙(ボルシェヴィキ獲得票24%、招集後に議論なく解散)は男女を含むいわゆる普通選挙で、かつ比例代表制的な「理想」に近いほどの?方式の選挙だったともいわれる。
 したがってもともと、「社会主義」には男女平等の主張は強かったのかもしれないが、その重要な帰結の一つは、「(社会的)労働」も男女が対等に行う、ということだったと考えられる。
 かつまた、当時のソ連の経済状態からして、男性を中心とする「労働」だけでは決定的に足りなかった。囚人たちも「捕虜」たちも、労働に動員しなければならなかった。
 そのような状況では、子どもを生んだ女性たちの力を「家庭内で育児にほとんど費やさせる」余裕など、ソ連にはなかった、と思われる。
 100人の女性が多く見積もって200人の幼児・児童の「子育て」に各家庭で関与するよりも、20人の「保育士」が200人の幼児・児童を世話をする方が、5倍ほども「効率」がよい。-各家庭または母親等の「個性的」子育て・しつけはできないとしても。
 以上のようなことから、「子供を家庭から引き離し、保育所などの施設」で受け入れる必要がまずあったのであって、「洗脳」は、幼児や保育園児童については二次的、三次的なものでなかっただろうか。
 私はソ連史、ヒトの乳幼児時期や育児論、に詳しくはないし、上の数字も適当なものだ。
 しかし、女性の「労働」環境がソ連と現在の日本とでは出発点から異なることを無視してはいけないように思われる。
 多数の女性が「社会」に進出して?「工場」等で「労働」するようになると、それなりの(女性の特有性に配慮した)「女性福祉」の必要が、ソ連においてすら?必要になる。
 一般的にソ連または社会主義体制は「福祉に厚い(厚かった)」という宣伝を、資本主義諸国の状況と単純に比較して、前者を「讃美」・「称揚」することはできないのだ。-このトリックをいまだに語る日本人は少なくない。
 ともあれ、杉田水脈の「思考」はまだ不足しているのではないか、ということだ。
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 かつて、つぎの本があり、上下二巻を私は面白く読んだ。
 遠藤浩一・福田恆存と三島由紀夫 1945-1970/上・下(麗澤大学出版会、2010)。
 文学または文芸分野の著作かにも感じられるが、しかし、著者は法学部出身で政党活動にも関係していたからでもあろう、タイトルの二人の言説の比較、経緯等をときどきの「政治」の世界とその歴史の中で位置づけ、論述していたのが興味深くて、かなり一挙に読み終えた。当時の自分の関心にも適合していたのだろう。
 だが翻って感じるのは、この遠藤浩一(故人)の仕事・著作は、いったいいかなる性格の知的営為であって、無理やり分けるとしていかなる<ジャンル>のものなのだろう、ということだ。
 日本戦後史の一部の「歴史研究」という意図があるいはあったかにも見える。「文芸」も「文芸評論」も作家の「小説」類も、歴史的叙述の対象に、それらを対象に限ったとしても、なりうる。しかし、著者は正面からその旨を謳ってはいなかった。
 むしろ、記憶に残る印象は、二人の文芸・文学「知識人」を素材にした、戦後の「政治」とその歴史の一端についての、遠藤による<物語>または<作品>だった、ということだ。
 最近までも含めて、「歴史」に関する書き物での、いったいいかなるレベルの叙述なのかが曖昧なものがきわめて多いように見える。
 単純に二分すると、歴史「研究」書又は歴史「研究」を基礎にした一般向け書物なのか、それとも歴史に関する「お話」、個人的に思いつきや思い込みを含めて書いた「物語」、あるいは後者を含む意味での、要するに歴史叙述に名を借りた「作品」か。(これらとは、最初から歴史「小説」と明言されているものはー「時代小説」も含めてー、史料を踏まえていても、もちろん区別され、別論だ。)
 むろん、このように単純化はできない。前者を歴史「学界」または「アカデミズム」の一員によるものに限るのもおそらくやや狭すぎる。
 井沢元彦の<歴史研究>をアカデミズムは無視するかもしれないが、単なるマニア、歴史好きのしろうと(私のような)では、この井沢はないだろう。
 しろうとよりは多数の知識をもっていて「専門家」とすら自己認識している可能性すらあるようにも見える八幡和郎は、しかし、日本史の「専門家」では全くないだろう。歴史好きの平均的なしろうと(私のような)よりは「かなりよく知っている」程度にとどまると思われる。
 長々と余計なことを書いているようでもあるが、「歴史」に関する話題に収斂させたいのではない。
 小川榮太郎の文章を読んでいて興味深く思うのは、「文論壇」とか「文・論壇」とかのあまり見たことがない言葉が用いられていて、どうやら「文壇と論壇」を合わせたものを意味させているようであることだ。
 小川はどうも主観的には、「文壇」と「論壇」の両方で活躍??しているつもりらしい。
 先に遠藤浩一の著について感じた、これはいかなる性質の、どの分野の言述なのか、が小川榮太郎についても問題になりうる。
 いかほどに深く、この点を小川榮太郎が思考しているかは、疑わしい。
 <文学的に政治を語る>のは、より正確には<文学・文芸評論家の感覚で政治そのものを論じようとする>のは、そもそも間違っているのではないか。
 いや、小林秀雄も、福田恆存も、あるいは三島由紀夫も、とか小川は言い出すかもしれない。しかし、あくまで現時点での個人的な印象・感覚だが、これら三人は、<文学・文芸>の分限とでもいうべきものを弁えており、<政治そのもの>に没入はしなかった。
 むろん三島由紀夫の自衛隊・市ヶ谷での1970年の行動は、<政治そのもの>であって、<文学・文芸>の分限を超えるものであることを三島自身は深く自覚・意識していたに違いない。このような意味で、同じ人間が時機や特定の言動について、二つの異なる世界を生きることはあるが、同じ人間が同じ時機と同じ言動によって異なる二つの世界を生きることを(三島由紀夫はかりに別論としても)、小林秀雄も福田恆存も慎重に避けていたのではないだろうか。
 小川榮太郎が<文学的に政治を語る>のは、より正確には<文学・文芸評論家の感覚で政治そのものを論じようとする>のは、間違っているのではないか。
 むろん、「文学・文芸評論家」ではなく、「政治評論家」あるいはさらに「政治活動家」として自分は言動している、と言うのであれぱ、それでよい。それで一貫はしている。
 (つづく)

1895/小川榮太郎の「文学」・杉田水脈の「コミンテルン」①。

 2018年9月の新潮45<騒動>の出発点となったのは杉田水脈の文章で、それを大きくして決着をつけた?のは、小川榮太郎の文章。
 2年近く前の小林よしのり、ちょうど1年前の篠田英朗。タイミングを失して、この欄に書こうと思いつつ果たしていないテーマがある。
 新潮45問題に関して気になっていたことを、ようやく書く。時機に後れていることは、当欄の性格からして、何ら問題ではない。
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 原書・原紙で読んだわけではないが、杉田水脈はこう書いている。ネット上で今でも読める。
 産経新聞2016年7月4日付、杉田・なでしこリポート(8)。
 「保育所を義務化すべきだ」との主張の「背後に潜む大きな危険に誰も気づいていない」。
 「子供を家庭から引き離し、保育所などの施設で洗脳する。旧ソ連が共産主義体制の中で取り組み、失敗したモデルを21世紀の日本で実践しようとしている」。
 一部かと思っていたら「数年でここまで一般的な思想に変わってしまう」とは驚きだ。
 「旧ソ連崩壊後、弱体化したと思われていたコミンテルンは息を吹き返しつつあります。その活動の温床になっているのが日本であり、彼らの一番のターゲットが日本なのです」。
 「これまでも、夫婦別姓、ジェンダーフリー、LGBT支援-などの考えを広め、…『家族』を崩壊させようと仕掛けてきました。…保育所問題もその一環ではないでしょうか」。
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 2018年の「生産性」うんぬんの議論の芽は、ここにすでに見えている。
 この言葉とこれに直接に関係する論脈自体は別として、秋月瑛二は上のような議論の趣旨が分からなくはない。また、一方で、「保守」派はすぐに伝統的「家族」の擁護、<左翼>によるその破壊と言い出す、という<左>の側からの反発がすぐに出るだろうことも知っている。
 戦後日本の男女「対等」等の<平等>観念の肥大を、私は懸念はしている。
 しかし、上のようなかたちでしか国会議員が論述することができないということ自体ですでに、「知的」劣化を感じざるをえない。
 第一に、現在日本での「保育所」問題あるいはとくに女性の労働問題と「子供を家庭から引き離し、保育所などの施設で洗脳する。旧ソ連が共産主義体制の中で取り組み、失敗したモデル」とを、あまりに短絡に結びつけているだろう。
 百歩譲ってこの「直感」が当たっているとしても、その感覚の正当性をもっと論証するためには、幾十倍化の論述が必要だ。旧ソ連の「子育て」・労働法制(または仕組み・イデオロギー)と日本の現下の保育所を含む児童福祉・労働法制等の比較・検討が必要だ。
 そのかぎりで、杉田水脈は一定の「観念」にもとづいて、「思いつき」でこの文章を書いている。
 第二に、唐突に「コミンテルン」が出てくる。これはいったい何のことか。
 杉田水脈が「旧ソ連崩壊後、弱体化したと思われていたコミンテルンは息を吹き返しつつあります。その活動の温床になっているのが日本であり、彼らの一番のターゲットが日本なのです」と明記するには、それなりの根拠あるいは参照文献があるに違いない。
 いったい何を読んでいるのだろうか。また、その際の「コミンテルン」とはいかなる意味か。
 「コミンテルン」を表題に使う新書本に、この欄でまだ論及するつもりの、以下があった。
 江崎道朗・コミンテルンの謀略と日本の敗戦(PHP新書、2017.08)。
 この本で江崎は戦争中の「コミンテルンの謀略」を描きたかったようだが、そして中西輝政が本当に読んだのかが決定的に疑われるほどに(オビで)絶賛しているが、江崎自身が中で明記しているように、「コミンテルンの謀略」とはつまるところ「共産主義(・マルクス主義)の影響」の意味でしかない。タイトルは不当・不正な表示だ。
 「謀略」としてはせいぜいスパイ・ゾルゲや尾崎秀実の「工作」が挙げられる程度で、江崎自身が、無意識にせよ、客観的にはソ連・共産党を助けることとなった言論等々を含むときちんと?明記している。
 上の本は正式には<共産主義と日本の敗戦>という程度のものだ。しかも、延々と明治期からの叙述、聖徳太子に関する叙述等々があって、コミンテルンを含むソ連の「共産主義者」に関する叙述は三分の一すらない。
 さて、杉田水脈における「コミンテルン」も、何を表示したいのだろうか。
 しかも、これは「弱体化したと思われていた」が「息を吹き返しつつあ」るもので、しかも、「一番のターゲットが日本」なのだとすると、本拠?は日本以外にあり、かつ日本以外にも攻撃対象になっている国はある、ということのようだ。本部は中国・ペキンか、それともロシア・モスクワか。ひょっとしてアメリカ・ニューヨークにあるのか。
 これは、「コミンテルン」=共産主義インターナショナルという言葉に限ると、<デマ>宣伝にすぎない。この人の「頭の中」には存在するのだろう。
 左にも右にもよくある、<陰謀>論もどきだ。
 ロシア革命が「原因」でヒトラー・ナツィスの政権奪取があったとする説がある。なお、レーニン・十月革命(10月蜂起成功)ー1917年、ヒトラー・ミュンヘン蜂起失敗ー1923年。
 両者の<因果関係>は、間違いなくある。ほんの少し立ち入ると、両者をつなぐものとしてリチャード・パイプス(Richard Pipes)もかなり言及していたのは<シオン賢人の議定書>だ。記憶に頼って大まかにしか書けないが、これは当時に刊行のもので、ロシア・十月革命の原因・主導力を「ユダヤの陰謀」に求める。又はそのような解釈を積極的に許す。かつ、その影響を受けたドイツを含む欧州人は「反ユダヤ人」意識を従来以上に強くもつに至り、ヒトラーもこれを利用した、また実践した、とされる(なお、いつぞや目にした中川八洋ブログも、この議定書(プロトコル)に言及していた)。
 理屈・理性ではない感情・情念の力を無視することはできないのであり、中世の<魔女狩り>もまた、理性・理屈を超えた「情念」あるいは「思い込み」の恐ろしさの表れかもしれない。
 現在の日本の悪弊または消極的に評価する点の全てまたは基本的な原因を、存在してはいない「コミンテルン」なるものに求めてはいけない。もっときちんと、背景・原因を、そして戦後日本の政治史と社会史等々を論述すべきだ。
 <左翼>は右翼・ファシスト・軍国主義者の策謀(ときにはアメリカ・CIAも出てくる)を怖れて警戒の言葉を発し、<右翼・保守>は左翼の「陰謀」に原因を求めて警戒と非難の言葉を繰り返す。
 要するに、そういう<保守と左翼>の二項対立的な発想の中で、左翼またはその中の社会主義・共産主義「思想」を代言するものとして、おそらく杉田水脈は(まだ好意的に解釈したとしてだが)、「コミンテルン」が息を吹き返しつつある、などと書いたのだろう。
 産経新聞編集部もまた、これを簡単にスルーしたと思われる。産経新聞社もまた、江崎道朗と同様に?、「コミンテルンの陰謀」史観に立っているとするならば、当然のことだ。
 共産主義あるいはマルクス主義・社会主義に関心を寄せるのは結構なことだが、簡単にこれらを「観念」化、「符号」化してはならない。
 歴史と政治は多様で、その因果関係もまた複雑多岐で、「程度・範囲・濃度」が様々にある。
 幼稚な戦後および現在の「知的」議論の実態を、杉田水脈の文章も、示しているように思われる。

1815/レーニン・ロシア革命「幻想」と日本の右派。

 いくつかを、覚書ふうに記す。
 一 欧米人と日本人にとっての<冷戦(終焉)>の意味の違い。
 欧米人にとって<冷戦終結>とは、世界的な冷戦の終焉と感じられても不思議ではなかっただろう。
 なぜなら、彼らにとって欧米がすでに<世界>なのであって、ソ連・東欧に対する勝利あるいはソ連・共産主義圏の解体は、1989-1991年までの<冷戦>がもう終わったに等しかったと思われる。
 欧州に滞在したわずかな経験からもある程度は理解できるが、東方すぐに地続きで隣接していた、ソ連・共産主義圏の消滅は、まさに<世界的な冷戦の終焉>と受け止められても不思議ではなかった。
 しかし、正確に理解している「知識人」はいるもので、R・パイプスはアジアに「共産主義」国が残っていることをきちんと記していたし(<同・共産主義の歴史>、フランソワ・フュレの大著<幻想の終わり>も冒頭で、欧米だけを視野に入れている、という限定を明記している。
 <冷戦が終わった>としきりと報道し、かつそう思考してしまったのは日本のメディアや多くの知識人で、それこそこの点では表向きだけは欧米に依存した<情報環境>と<思考方法>が日本に強いことを明らかにした。
 二 日本にとって<冷戦>は終わり、それ以降の新時代に入っているのか。 
 日本のメディアや多くの知識人は、共産主義・資本主義(自由主義)の対立は終わった、あるいは勝負がついた、これからは各国のそれぞれの<国家の力>が各<国益>のために戦い合う新しい時代に入っている、などという<新しいかもしれないが、しかし間違った>考え方を広く言い募った。
 しかし、L・コワコフスキの大著にある<潮流(流れ)>という語を使えば、現在のチャイナ(中国)も北朝鮮も、そして日本にある日本共産党等も、れっきとした<マルクス主義の潮流(流れ)>の中にある。
 マルクス主義がなければレーニン・ロシア革命もなく、コミンテルンはなく、中国共産党、日本共産党等もなかった。例えば、L・コワコフスキが<潮流(流れ)>最終章で毛沢東に論及しているとすれば、現在の習近平もまたその<潮流(流れ)>の末にあることは明瞭だろう。
 1990年代以降も日本共産党は国政選挙で500-600万の票を獲得しつづけ、しかも近隣に北朝鮮や共産・中国が現にあるというのに、日本近辺でも<冷戦は終わった>などという基本的発想をしてしまうのは、日本共産党や北朝鮮や共産・中国が<望む>ところだろう。共産主義に対する<警戒心>を解いてくれるのだから。
 三 <冷戦後>の新時代に漂流する右派と<冷戦後>意識を利用して喜ぶ左派。
 そういう趨勢の中に明確にいるのは1997年設立の右派・「日本会議」で、この団体やこの組織の影響を受けている者たちは、共産主義あるいはマルクス主義に関する<勉強・研究>などもうしなくてよい、と考えたように見える。
 <マルクシズムの過ちは余すところなく明らかになった>(同・設立趣意書)のだから、彼らにとって、共産主義・マルクス主義に拘泥して?、ソ連解体の意味も含めて、共産主義・マルクス主義を歴史的・理論的に分析・研究しておく必要はもうなくなったのだ。
 こうした<日本>を掲げる精神運動団体などを、日本共産党や日本の<容共・左翼>は、プロパガンダ団体として以上には、怖れていないだろう。むしろ、その単純な、非論理的、非歴史的な観念的主張は、<ほら右翼はやはりアホだ>という形で、日本の「左翼」が利用し、ある程度の範囲の知的に誠実な日本国民を正当で理性的な反共産主義・「自由主義」から遠ざける役割を果たしている、と見られる。
 そのかぎりで、「日本会議」は、日本共産党を助ける<別働隊>だ。
 四 産経新聞主流派とは何か。
 産経新聞主流派もその「日本会議」的立場にあるようで、元月刊正論編集代表・桑原聡に典型的に見られるが、共産主義や日本共産党についてまともに分析する書物の一つも刊行せず、もっぱら「日本」を、あるいは<反・反日>、したがって民族的意味での<反中国や反韓国>を主張するのを基調としている。
 この人たちにとっての「日本」とは、別言すれば皇紀2600年有余に及ぶ、観念上の「天皇」だ。
 これは、かなりの程度は「商売」上の考慮からでもある。
 日本会議やそれを支える神社本庁傘下の神社神道世界の<堅い>読者、購買者を失いたくないわけだ。
 したがって、産経新聞は、コミンテルンや共産主義よりも、<神武東征>とか<楠木正成>とかに熱を上げ、そしてまた、聖徳太子(なぜか不思議だ)、明治天皇、明治維新とそれを担った「明治の元勲」たちを高く評価し(吉田松陰も五箇条の御誓文も同じ)、明治憲法の限界・欠点よりは良かったとする点を強調する。
 小川榮太郞は、その範囲内にある、れっきとした<産経(または右派)文化人>になってしまったようだ。
 なお、江崎道朗との対談で、江崎が「100年冷戦史観」というものを語ると、「なるほど」と初めて気づいたように反応していたのだから、この人の知的または教養または政治感覚のレベルも分かる。
 いつかきちんと、出所を明記し、引用して、小川榮太郞の幼稚さ・過ちを指摘しようとは思っているのだが。
 五 以上、要するに、反共・自由主義/共産主義の対立に、日本/反日という本質的でない対立点を持ち込んで、真の対立から逃げている、真の争点を曖昧にしているのが、日本会議であり、産経新聞主流派だ。
 六 <民主主義・ファシズム>と<容共・反共産主義>
 <民主主義・対・ファシズム>という、左(中?)と右に一線上に対比させる思考(二項対立的思考でもある)が、依然として、強く残っている。
 何度も書くが、この定式・対比のミソは、共産主義(・社会主義)を前者の側に含めることだ。(「民主主義」者は、共産主義者・社会主義者に対しても「寛容」でなければならないのだ)。
 そして、とくに前者の側の中核にいるふりをしている日本共産党は、F・フュレも指摘していたことだが、つねに<ファシズムの兆し>への警戒を国民に訴える。
 日本では「軍国主義」と言い換えられることも多い。
<ファシズム・軍国主義の兆し>への警戒を訴えるために現時点で格好の攻撃対象になっているのは、安倍晋三であり「アベ政治」だ。
 この定式・対比自体が、基本的に、<容共と反共の対立>の言い換えであることを、きちんと理解しておかなければならない。
 また、<民主主義・対・ファシズム>(容共・対・反共)は日本国憲法についていうと、とくに同九条(とくに現二項)の改正(・現二項の削除)に反対するか(護憲)と賛成するか(改憲)となって現れている。二項存置のままの「自衛隊」明記という愚案?は、本当の争点の線上にあるものでは全くない。
 七 再び「日本・天皇」主義-<あっち向いてホイ>遊び
 共産主義・マルクス主義への警戒心をなくし、<日本・対・反日>を対立軸として設定しているようでは、日本の共産主義者と「左翼」は喜ぶ。<日本・対・反日>で対立軸を設定するのは、かつてあった遊びでいうと、<あっち向けホイ>をさせられているようなものだ。
 産経新聞主流派、小川榮太郞、日本会議、同会関係の長谷川三千子、櫻井よしこらはみんな、きちんと「敵」を見分けられないで、<あっち向いてホイ>と、あらぬ方向を向いている。あるいは客観的には、向かされている。
 八 残るレーニン・ロシア革命「幻想」。
 そうした「右」のものたちに惑わされることなく、日本共産党や「左翼」は、後者については人によって異なるだろうが、程度はあれ、レーニンとロシア革命に対する<幻想>をもっており、かりに結果としてソ連は解体しても、レーニンとロシア革命に「責任」があったのではないとし、あるいは彼とロシア革命が掲げた理念・理想は全く誤ったものではないとする。そのような、マルクス主義・共産主義あるいはレーニン・ロシア革命に対する<幻想>は、まだ強く日本に残っている、と理解しておかなければならない。
 不破哲三が某新書のタイトルにしたように、<マルクスは生きている>のだ。
 この日本の雰囲気は、詳細には知らないが、明らかにアメリカ、イギリス、カナダと比べると異質であり、イタリアやドイツとも異なると思われる。おそらくフランスよりも強いのではないか。そしてこの日本の状況は、韓国の「左翼」の存在も助けている。
 先日に日本の知的環境・知的情報界の<独特さ>を述べたが、それは、先進諸国(と言われる国々)にはない、独特の<容共>の雰囲気・環境だ。共産主義・社会主義あるいはそのような主張をする者に対して厳しく対処しない、という日本の「甘さ」だ。
 日本に固有の問題は日本人だけで議論してもよいのだが、マルクス主義・共産主義、ファシズム、全体主義あるいは日本にも関係する世界史の動きを、-出版業やメディアの「独特」さのゆえに-狭隘な入り口を入ってきた欧米に関する特定の、または特定の欧米人の主張だけを参照して、それだけが世界の「風潮」だとして、日本列島でだけで通じるかもしれないような議論をしているように思われる。
 また、容共の、あるいはレーニン・ロシア革命「幻想」を残しているとみられる出版社・編集者の求めに応じて、同じく「幻想」を抱く内田樹、白井聡、佐高信らのまだ多数の者が<反安倍・左翼>の立場で「全くふつう人として、とくに奇矯な者とも思われないで」堂々と<知的情報>界で生きているのは、その範囲と程度の広さと強さにおいて、日本に独特の現象ではないか、と思われる。
 むろん、その基礎的背景として、日刊紙を発行し月刊誌も発行している日本共産党の存在があることも忘れてはいけない。
 九 イギリスのクリストファー・ヒル(Christopher Hill)
 イギリスあたりは日本に比べて、<取り憑かれたような左翼>はきわめて少ないのかとも思っていたが、レーニンとロシア革命への「幻想」をもつ者はまだいるようだ。
 17世紀イギリスの歴史家とされるクリストファー・ヒル(Christopher Hill)だ。次回は、この人物の1994年(ソ連解体後)の文章を紹介する予定。

1488/日本の保守-小川榮太郎とその日本の「保守」批判。

 小川榮太郎は、かなり、又はきわめて、鋭敏な「保守主義」者だ。
 小川が、ほとんど適切に平川祐弘の天皇論・譲位制度反対論を批判し、「日本の保守はじつに危うい」と的確に指摘していることは、すでに言及した。
 月刊正論3月号(産経、1917年)では小川は、<「保守主義」者宣言>と題して、つぎのように書く。保守とは何か、自分にとっての保守、というのがおそらく執筆依頼された主題なので、このような批判的叙述をするのは少しは勇気が必要だっただろう。p.76-。旧かな遣いは勝手ながら現代かな遣いに変えた。
 ---
 「戦後イデオロギーは、今や完全に全日本人の遺伝子に浸透し、保守的な『生き方ないし考え方の根本』そのものが、日本人から失われてしまった。保守を自称する人達も例外ではない」。
 安倍支持保守・安倍批判保守、熱烈天皇主義者、理論派保守(反リベラリズム・バーク・福田恆存・アメリカ共和党に依拠)等々、「様々な自称・他称保守」を見ても、保守的な『生き方ないし考え方の根本』を体現する人は「殆ど見当たらない」。
 「天皇陛下万歳を唱えながら、排他主義のはけ口にしているだけなのかもしれない」。
 蓮舫を批判しつつ「職場では権利の主張に余念がない」かもしれない。等々。
 要するに、「近年保守的な標語が世上に乱舞している状況は、ネットの断片的な情報によって過激化したナショナリズムと評すべきであって、保守的な人間像、保守的なエートスの蘇りではない」。
 「ナショナリズムを否定するつもりは毛頭ない」が、「本当に日本の核になるもの」を「保守」したいのなら「その奥に踏み込まねばならぬ」。「本当に消えつつあるのは、日本人が歴史の持続の中で鍛えあげてきた人間像そのものなのだ」。
 日本が失われるのは「反日勢力に否定された」からではない。「真に侵され、危機に瀕しているのは日本の外被ではない、我々の内側に息づいているべき日本の方なのだ」。「その記憶を取り戻す事こそが『保守』でなくて何なのだろう」。 
 ---
 自分であればこのような表現の仕方はしない、又はできない、と感じはする。
 しかし、小川榮太郎が単純な「安倍支持保守」や「熱烈な天皇主義者」を<保守主義>者と見ていないことはよく分かる。
 秋月瑛二にとつては、「保守」という言葉で自分を意識するか自体も大した問題ではない。がともあれ、「反共産主義」や「反左翼」の意味では<保守>なのだろうという思いはある。
 そのような<保守>感情からすれば、渡部昇一・櫻井よしこらのアホの4人組、加地伸行を含めるとアホの5人組らの「観念保守」は、平川祐弘・八木秀次を含めて、批判されるべき、危険視されるべき人物たちだ。
 そのような気持ちと、小川榮太郎が述べている「保守主義」には、少なくとも部分的には、合致点があるように考えられる。

1471/平川祐弘・天皇譲位問題-「観念保守」批判、つづき④。

 ○ 小川榮太郎「平川祐弘氏に反論する-譲位の制度化がなぜ必要なのか」月刊Hanada5月号p.303-による、おそらく同誌4月号の平川祐弘「誰が論点をすり替えたか-天皇陛下『譲位』問題の核心」p.30-に対する批判は、平川批判として優れている。
 書いていることに即しての譲位問題に関する平川祐弘批判は秋月もする予定だったが、小川の言述の紹介でもってほぼ代替させることができるかもしれない。
 もっとも、櫻井よしこらと親交があるらしい編集長・花田凱紀の意向だと思われるが、平川論考のタイトルは4月号の表紙の右側に最も大きく掲載されているのに対して、小川榮太郎の上記については表紙の中になく、目次の中でも目立ってはいない。
 月刊正論、月刊WiLL、月刊Hanadaは、同人誌的サークルが別の名前で、似たような人が似たようなことを順番に書く雑誌に堕してしまっている観がある。ときにはこの小川榮太郎論考のようなものや、西尾幹二や中西輝政のものを載せて、ゴマカしているけれども。
 ○ 小川榮太郎に同意できない部分はあるが、そこはさておき、以下は平川批判。
 ・最後の、「…日本の保守は実に危うい」。p.315。平川を読んでの結論的感想のようだ。そのとおりだ。とくに「観念保守」の精神的頽廃は著しい。もっとも、「…」の「…させねば」の部分には同意できない。
 ・まん中あたりの、「そもそも平川氏-および保守系論客の多数-が、そんなに摂政に固執することが私には寧ろ理解できません」。p.311。そのとおり。かりに本当に「保守系論客の多数」だとすれば、日本の保守はすでに死んでいる。つぎの根拠づけも適切だ。
 「皇太子による摂政の制は、明治の典範で初めて定められたものに過ぎず、本来の天皇伝統ではない」。p.311。
 ・平川祐弘は、今上の「お言葉」は<天皇の役割を拡大する「個人的解釈」・「拡大解釈」>だと理解して、「我が儘を言っておられるだけ」だとし、「祀り主として存在することに最大の意義がある」と言うが、「そもそもが陛下のお言葉への反論になっていない」。p.305。
 ・存在するだけでよいとは、観念的詭弁(秋月の言葉)。「極論すれば」、「植物人間状態で全く『機能』していなくとも、『存在』が継承されれば天皇伝統は続いたか」。p.306。
 ・平川は譲位の問題を縷々述べるが「体系的網羅的懸念」でない。制度又は慣習化で防止できる。p.310。また、例えば以下。
 ①上皇と新天皇の各周辺の「人間関係がうまくいく保証はない」というが、同様のことが「摂政と天皇の間にも」「起こるに違いない」。p.310。
 ②エドワード八世の退位後のヒトラー接近というのは、「失礼極まる」「拡大解釈」だ。p.310。
 ・平川は源氏物語を持ち出して「高齢化」への配慮は不要だとする。しかし、現在の「高齢化」社会の出現は突然のもので、「世襲の制度にとって、この突然の平均寿命の倍増は、根底的な制度設計の変更を要求するものだと考えるのは、寧ろ当然ではないでしょうか」。p.311。
 以下は秋月瑛二による追記。源氏物語がかりに50-100年間の天皇の実態を反映して(物語だが史実に即して)書かれていたとしても、たかだか50-100年間の天皇の歴史にすぎない。なぜこれが、現在の議論の根拠になるのか。源氏物語が描いていない、平安期以前、平安期の残り、鎌倉以降の武家・幕府時代等についての根拠になるはずはない。平川祐弘の言及の仕方は、思いつくままの(限られた個人的な知識にのみ頼った)恣意的なものにすぎない。「バカ(アホ)」なのだ。
 ・小川の論述はさらに進む。「終身在位に固執する弊のほうが、遙かに実際的な危機ではないでしょうか」。p.312。
 (明治皇室典範の摂政位継承順位の定めに関する小川の理解p.311-312は、適切だろう。つまり、摂関時代のように、皇太子等の皇族以外が摂政になることを禁止し、天皇家・摂政家(これにつながる皇族)の対立、後者による「明治新政府を転覆する可能性」を摘み取ったのだ。ちなみに、1989年・明治皇室典範は、1877年・西南戦争のわずか12年後、1968年・新政府樹立の21年あと。)
 皇太子が摂政につくとすると、「事実上、六十代以降に即位した老齢天皇が、八十代で摂政を立てるというのが基本的な天皇のあり方になってしまいます」。p.312。
 ・「宮中祭祀七つに関しては摂政は代行できません」。p.312。
 これについて調べる必要があると感じていたところ、珍しくこの問題に論及している<保守>の人の文章を見た。現在の皇室典範によれば、摂政は天皇の「国事行為」のみを代行できる。また、国事行為委任法(略称)も、名前のとおり、「国事行為」のみを委任できる。八木秀次もいるはずなのに、これについての言及がなかったのは不思議だった。
 いわゆる<公的(象徴的)行為>や祭祀を含む<私的行為>について、どこまで摂政が代替できるかは、本来はきわめて重要な論点だったはずなのだ。
 ・平川祐弘ら「保守派」はただ宮中でお祈りしていただければよいとの議論が多いが、「天皇の祈り」は「そんな気楽なもの」ではない。p.312-3。
 以上にとどめる。小川の批判は、平川祐弘に対してのみならず、、渡部昇一、櫻井よしこ、八木秀次にも、そしてその他の、月刊Hanada、月刊WiLL、月刊正論の関係者やこれらの愛読者に対しても、相当程度にあてはまるだろう。
 昨年の文藝春秋スペシャルの天皇特集号でも、そこにあった八木秀次よりも遙かに柔軟でかつ制度もよく理解していた文章を、小川榮太郎は書いていた。
 ○ 八木秀次を除けば、渡部昇一、平川祐弘、櫻井よしこはすべて<文学部>出身者。「アホ」になるのはどちらかというと文学部系に多い、というのが秋月の見立てだ。
 しかし、小川榮太郎は格段に優れている。話がかなり通じそうな気がする。
 もっとも、先に記載のとおり、小川が天皇について一般論として記していることについては、かなり違和感をもつ部分もある。だが、それは今回のテーマではない。

1152/安倍晋三と朝日新聞-小川榮太郎著・阿比留瑠比書評。

 一 今秋は安倍晋三自民党総裁就任、週刊朝日橋下徹攻撃事件、日本維新の会発足、衆議院解散、石原新党設立と維新への合流等々、いろいろなことがあった。
 産経新聞や月刊正論への信頼を落としていることも一因となって、この欄(最初は産経新聞運営だとは知らなかった)に書くのも億劫になり、それぞれについて、逐一言及しないできている。
 それにしても、三年と4月もよく民主党政権下で我慢してきたものだ。いずれ<近いうちに>、3年余前に「左翼・反日」政権とこの欄で評した民主党政権から解放されることになるだうと思うと、精神衛生にはすこぶるよろしい。
 小川榮太郎・約束の日-安倍晋三試論(幻冬舎)は、たぶん安倍晋三がまだ候補のときだっただろう、新刊書を一日で読了した。
 2006-7年の安倍晋三内閣時の朝日新聞のいやらしさ・悪辣さを思い出すとともに、とくに安倍晋三の総裁選当選後には、朝日新聞による批判・攻撃が再び予想される中で、安倍晋三は大変な、過酷な挑戦を行っている、と感じた。
 民主党は「世襲」批判を行って、争点の一つにしたいごとくだが、同党立党の祖?でもある鳩山由紀夫は堂々たる世襲者で、その「お子さま手当」から民主党議員のほとんどが経済的な恩恵を受けたのではないか。世襲批判をよく言えたものだ。
 安倍晋三も世襲者かもしれないが、過酷な挑戦を再び行うには、世襲・血統あるいは「生育環境」が大きく働いているに違いない。上の本を読んでも感じる安倍晋三の(一種孤独で悲壮な)「使命感」的なものは、非世襲のありふれた政治家は会得していないものだろう。
 いずれにせよ、「世襲」一般の是非を主張するのは愚かなことだ。
 二 産経新聞の記者の中では、奇妙なことを書いているとほとんど感じたことのない阿比留瑠比は、産経新聞9/09で、上の小川著の書評を書いている。
 すでによく知られているとは思うが、紹介・引用の部分をここでさらに紹介・引用しておく。
 *安倍晋三内閣当時の朝日新聞幹部の言葉-「安倍の葬式はうちで出す」。
 *三宅久之と朝日新聞・若宮啓文の対話
 三宅「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、いいところはきちんと認めるような報道はできないものなのか」

 若宮「できません」

 三宅「何故だ」

 若宮「社是だからです」
 *朝日新聞は「安倍内閣の松岡利勝農水相の政治資金問題の関連記事は125件も掲載した半面、民主党の小沢一郎代表の政治資金問題は14件のみ。安倍が推進した教育基本法改正に関して反対運動の記事70件を掲載したが、賛成派の動きは3件だけ」だったという。
 三 安倍晋三首相の誕生を予想する向きが多い。これは同時に、朝日新聞を先頭とする「左翼」の安倍攻撃が激しくなるだろうことも意味する。その兆しはすでに指摘されているし、「自主憲法」制定という政権公約に関する報道ぶり等には、公平ではないと感じられる報道ぶりもすでにある。
 肝心の安倍晋三または自民党幹部のこの点に関する説明又は発言ぶりは何ら報道しないまま、「危険さ」を指摘する一般国民や識者コメントを紹介しているNHKのニュ-スもあった。
 NHKはいつぞやのたしか火曜日に初めて国政選挙権を行使することとなるドナルド・キ-ンを登場させていたが、安倍・自民党の見解に触れることなく、キ-ンの、<戦争に近づく>ことへの懸念、<平和>願望を語らせていた(語りをそのまま放送していた)。むろん、改憲派は<戦争をしたがっている>のではない。
 NHKですら?こうなのだから、朝日新聞らの報道姿勢は明らかだろう。但し、「経営」に支障を及ぼさないかぎりで、という条件がついているのだから、大阪市顧問の上山信一もツイッタ-で指摘していたように、朝日新聞への広告出稿を停止する企業がもっと多くなれば、朝日新聞の報道姿勢あるいは「社是」も変わるかもしれない。
 若宮啓文ら朝日新聞幹部と、まともに話しても無駄だ。正論、まともな議論が通じるような相手ではない。<兵糧攻め>が一番効くだろう。そのような大きな戦略を立てて実践できる戦略家・戦術家は、<保守>派の中にはいないのか。

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  • 2136/京都の神社-所功・京都の三大祭(1996)。
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  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
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  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
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  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
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