一 「正論を堂々と臆することなく述べる人物に対する、メディアという戦後体制側の恐怖と嫌悪感」という表現を、撃論シリ-ズ・従軍慰安婦の真実(2013.08、オ-クラ出版)の中の古谷経衡「”橋下憎し”に歪むテレビ芸人の慰安婦論」は末尾で使っている。
 このタイトルと上の表現の直後の「防御反応としての橋下叩き」という表現でも分かるように、冒頭の表現は橋下徹のいわゆる慰安婦発言に対するマスメディア側の反応についてのものだ。
 二 古谷によると、橋下発言に対する大手メディアの反応はおおむね4・4・2の割合で次に分かれたという。①「強制性」を強調して日本に反省を求める、②一定の理解を示しつつ「タイミングや発言のニュアンス、つまり方法論」に異議を述べる、③平和・議論必要等の美辞麗句を伴う「無知を基底とする思考停止」の反応。
 小倉智昭、田崎史郎、古市憲寿、吉永みち子、みのもんた、等が「歪むテレビ芸人」としてそれらの発言とともに紹介されているが、宮根誠司は「じっくりと議論していく。ちゃんと勉強して、諸外国の方に謝るべきところは謝る。いつまでもこの話を堂々巡りでやっていては日中韓の信頼は築けない」と述べたようで(日テレ系列)、上の③に分類されるだろう。古谷は「手前の無勉強を棚にあげての高みの謝罪推奨説教の美辞麗句」と評している。
 感心し?かつ唖然ともしたのは、紹介されている次の菊川怜の発言だ(フジテレビ系列)。
 「従軍慰安婦の問題で傷ついている人がたくさんいて、私は根本的に戦争とかをなくしていくという方向が気持ちとしてあります。従軍慰安婦について、強制だったとか、日本以外の国もやっていたとか言うのではなくて、それを反省して二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちを持つことだと思います」。

 古谷によると「橋下氏は苦笑いで対応」したらしいが、この菊川怜の発言の仕方・内容は東京大学出身者にふさわしい、<二度と戦争を起こしてはいけない>ということだけはきちんと学んだ?、「戦後教育の優等生」のなれの果て、または「戦後教育の優等生」の、実際の日本が経験した戦争についての「無知蒙昧」のヒドさ、を示しているだろう。橋下徹発言に「戦争反対」とコメントとするのはバカバカしいほど論点がずれていることは言うまでもない。
 クイズ番組には登場できても、現実の歴史や日本社会の諸問題、政治的な諸思想・諸論争には関心を持たず、知らないままで、デレビ界で生き延びるためには、自分がそこそこに目立つためには、どうすればよいかをむしろ熱心に考えているのだろう「無知蒙昧」さを、「テレビ芸人」としての菊川怜は見事に示してくれた、と言うべきだ(むろんそのような者を使っているテレビ界自体により大きな問題があるのだが)。
 三 橋下徹のいわゆる慰安婦発言に対して<保守論壇>は、あるいは自民党はどう対応したのだっただろうか。
 詳細にはフォロ-していないが、橋下徹があとで批判していたように、自民党は<逃げた>のではなかっただろうか。自党の見解とは異なるというだけではなく、また政府見解は強制性を明示的には肯定していない等でお茶を濁すのではなく、橋下発言には支持できる部分もある、というくらいは明言する自民党の政治家・候補者が現れていてもよかったのではないか。
 自民党は公明党とともに<ねじれ解消>を最優先して、減点になりかねないとして重要な<歴史認識>問題の争点化を避けたのではないか。安倍晋三は密かには自民党だけでの過半数獲得を期待し、比例区での当選者が期待的予測よりも数名は少なかったことを嘆いたとも伝えられているが、その原因は<無党派層>を意識するあまりに確実な<保守層>の一部を棄権させたことにあったのではないか、とも思われる。

 四 <保守>派論者では、櫻井よしこは上記二の分類では明らかに②の立場を表明していた。テレビ界にも何人かは(決して「保守」派とは思えないが)存在はしていた、「タイミングや発言のニュアンス、つまり方法論」を批判する立場だった。

 櫻井よしこは、週刊新潮5/30号で橋下発言の要点を11点に整理した上で、7-11の5点を問題視し、自民党の下村博文文科大臣の、「あえて発言をする意味があるのか。党を代表する人の発言ではない。その辺のおじさんではないのですから」というコメントを「まさにそれに尽きる」と全面的に支持した。
 さらには、「歴史問題を巡る状況は本稿執筆中にも日々変化しており、これからの展開には予測し難い面がある。なによりも橋下氏自身が慰安婦問題をより大きく、より烈しく世界に広げていく原因になるのではないか。氏は日本の国益を大きく損ないかねない局面に立っている」と明記し、一部でいわれる「情報戦争」または「歴史認識」戦争の状況下で、橋下徹は「日本の国益を大きく損ないかねない」とまで批判(こきおろして)いる。
 興味深いのは、櫻井よしこは、問題がないとする(と読める)1-6の橋下徹発言については言及せず、正しいことを言ったとも明記せず、むろん褒めてもいないことだ。
 この櫻井よしこの文章は、実質的には<保守>内部での厳しい橋下徹発言批判だっただろう。
 このような櫻井よしこ的風潮が保守派内を覆っていたとしたら、<維新失速>も当然ではあっただろう。

 なお、何度か書いたように、櫻井よしこの<政治的感覚>は必ずしも適切ではない場合がある。
 産経新聞ははたしてどうだったのか。7/04付社説では(自民党は選挙公約には明記しなかったのに対して)憲法96条先行改正を明記した日本維新の会をむしろ肯定的に評価しているようだ。
 但し、先の古谷論考によれば、産経新聞もまた他紙と同じく「当時は」という限定を付けることなく橋下発言につき「慰安婦制度は必要」と見出しを付けたようだし、平然と<維新失速>または<第三局低迷>という客観的または予測記事を流し続けたのではなかったか。真に憲法改正のためには日本維新の会の(実際にそうだったよりも大きい)獲得議席の多さを望んでいたのだったとすれば、多少は実際とは異なる紙面構成・編集の仕方があったのではあるまいか。もっとも、定期購読をしていないので、具体的・実証的な批判または不満にはなり難いのだが。