「ものの考え方」という表現に厳密に拘泥しなければ、社会のことはたいてい「法」に関係しているので、この表題でほとんど何でも書けるな、ということを後になって気づいた。
 元々予定していた内容ではないが、気になる「法」的問題に触れる。常識的、または基礎的な問題ではない。
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  斎藤元彦(現兵庫県知事)の法的または法学的知識には、問題が多いように見える。表向きは詳しいように見えて、じつはほとんど「無知」なのではないか。この人が「経済学部」出身であることに、今回はとくには注目しない。
 なお、斎藤が総務省出身だからと言って、総務省所管の公職選挙法(法律)のことをよく知っている、ということは、公職選挙法担当部署の経験がない限り、あり得ないだろう。公職選挙法、政治資金規正法あたりを専門とする弁護士も、ほとんど存在しない。
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  さて、2025年3月5日の定例記者会見の中に、斎藤がこう述べている部分がある。
 「懲戒処分に対しては…、もし…不服があれば、これは人事委員会というところに不服申立てができます。そこで審査されて、もしそこで本人の申立てが通らなかったとしても、次は裁判ということでいきますので、ご本人が本当に不服や何か問題があるのであれば、…申立てや裁判をすることができたはずです。ご本人はされなかったということで、それで懲戒処分というものは確定した、というのが今の見解でございます。
 同旨のことを、後でこうも言っている。
 「懲戒処分というものは、手続内容を経てやっているものですから、…処分された方がもし不服があれば不服申立てや裁判をされているということが一つのあり方ですから、そこをされなかったというところで、処分については確定をしているというのが今の見解ですね」。
 以上の趣旨・意味が理解されると、斎藤は想定していたのだろうか。記者会見に出席した記者たちは理解したのだろうか。
 上の部分をとくに取り上げて論評するメディア・マスコミはなかったように思われる。
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  読解すると、つぎのようになる。
 2024年5月に兵庫県知事が行なった、元西播磨県民局長に対する懲戒処分は、行政不服審査法、行政事件訴訟法(いずれも法律)にいう「処分」(広義=「行政庁による処分その他公権力の行使に当たる行為」)に該当する。
 いったんなされた「処分」については<取消訴訟の排他性(排他的管轄)>というものがあり、訴訟の中では、「行政訴訟」の中の「抗告訴訟」の中の「取消訴訟」でもってしか、原則として、争うことができない。原則として、「取消訴訟」によって、当該「処分」の法的効力の「取消し」(=処分時に遡及しての法的効力の否認)を求めなければならない。
 行政不服審査法による「行政不服申立て」もすることができるが、通常は、取消訴訟と行政不服申立てのどちらでもよい。
 但し、公務員に対する懲戒処分については<行政不服申立て前置主義>が個別の法制度上採用されていて、取消訴訟を提起する前に必ず「不服申立て」(本件の場合は人事委員会に対する「審査選挙」)をしなければならず、その結果(=裁決)に不服があるときに、「取消訴訟」という訴訟の提起ができる。
 「行政不服申立て」については「審査請求」も含めて「不服申立て期間」(「審査請求期間」)が定められていて、原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して三月」以内に行なわなければならない。なお、了知日いかんを問わず、「処分があった日の翌日から起算して一年を経過したときは、することができない」(以上、行政不服審査法18条)。
 元西播磨県民局長に対する懲戒処分は2024年5月7日に行われたとされ、その日に同氏が了知したとすると(これは通常は「処分通知書」の受領だ)、不服があれば同年8月7日までは兵庫県人事委員会に対して「審査請求」をすることができた
 その不服申立てについての「裁決」に(一部にせよ)不服があれば、原則として、当該裁決があったことを「知った日」から(の翌日起算で)六箇月」以内であれば、「取消訴訟」を提起することができる(行政事件訴訟法14条)。この場合、原懲戒処分についての取消訴訟というかたちをとる。
 元西播磨県民局長は、2024年7月7日に、自死しているのが発見された、とされる。
 存命であれば、上記のとおり8月7日までは「審査請求」をすることができた。だが、死亡によりこれを行なうことはできなくなった(遺族による損害賠償請求は別だが、本人しか「審査請求」はできない)。
 そうすると、「取消訴訟」の提起は「審査請求」についての「裁決」の存在が必要であるので、「取消訴訟」の提起も不可能になった。
 行なわれた「処分」についての、「取消し」を求める「審査請求」と「取消訴訟」を合わせて「取消争訟」と称することがあり、前者の「前置主義」が採用されている場合にとくに、行なわれた処分についての<取消争訟の排他性(排他的管轄)>が語られることがある。
 本件の場合、被処分者がこの<取消争訟の排他的管轄>を遵守しなかったので、要するに人事委員会に対する「審査請求」を行なわなかったので、被処分者に対する処分(懲戒処分)の法的効力を「取消す」法的手段はもう存在しなくなった、と表現することができる。
 このことを一般に、一定の「処分」は「確定した」、より正確には「形式的に確定した」という。形式的確定力が生じた」とも言う。この<形式的確定>は審査請求期間や「取消訴訟」の「出訴期間」の<徒過>によって生じる。
 斎藤元彦が「ご本人」が「不服申立てや裁判」をしなかったので本件の懲戒処分は「確定した(確定している)」と言っているのは、以上のような法制を前提にしている。
 そして、今さら懲戒処分の適法性や有効性を議論しても無駄だ、相手が「法的手続」をとらなかったから、すでに法的には有効なものとして「確定」しているのだ、と言いたいのだろう。
 なお、客観的には「違法な」処分であっても<取消争訟の排他性(排他的管轄)>があるゆえに、一定期間の<徒過>によって、有効なものとして「通用」してしまう、という現象が生じ得ることを現行法制度が容認していることは、否定できない。(以上は法的「効力」に関する叙述であり、損害賠償や刑事法上の問題は別論。)
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  しかし、司法試験の必須科目である「行政法」を勉強した者や国家公務員試験で「行政法」という科目を選択して勉強した者であれば、さらに、つぎのことも知っていなければならない。
 のうのうと「確定した(している)」というのが今の「見解」ですね、と言っている斎藤元彦の「法的知識」は中途半端だ。おそらくは、上記の<取消争訟の排他性>のことを総務省入省後に知っていて、そのことだけを「振りかざして」いるのだろう
 斎藤元彦の言明にはない重要な点は、以下のとおりだ。
 「違法な」処分と「瑕疵のある」処分を同じ意味で用いるとすると(「瑕疵」概念の用法には必ずしも絶対的な一致はない)、そこでの「瑕疵」には、つぎの二種がある(「軽微な瑕疵」という論点を省く)。
 「取消しうべき瑕疵」と「無効の瑕疵」だ。この区別は、民法(学)上もある。むしろ民法(学)上の概念と議論が行政上の「処分」についても応用されている、と言える。より簡単に「取消しの瑕疵」と「無効の瑕疵」の区別とも言う。
 しかして、上記の取消争訟の排他性(排他的管轄)>が適用されるのは、「取消しうべき瑕疵」をもつ「処分」に限られ、「無効の瑕疵をもつ」、つまり「無効な」処分は、この<排他性>の制約を受けない。
 要するに、「無効」である処分は、行政不服申立て制度や「取消訴訟」制度を利用しなくとも、当然に、あるいは当初から、「無効」であって、法的「効力を有しない」のだ。

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  2025年3月16日に発表された兵庫県の「第三者委員会」(第一)の報告書は、こう明記している。まずは、「第10章・公益通報などの観点から見た場合の県の対応の問題点について/第3・本件文書の作成・配布行為に対する兵庫県の対応の適否/6・本件懲戒処分の適法性/(4)・処分理由①について/イ・通報対象事実とそうでない事実の混在について」にある。
 「本件文書を作成して配布した行為を懲戒処分の対象とすることは、公益通報該当性が認められない部分、真実相当性が認められない部分を含め、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、濫用するものであるから、違法であり、その部分について行われた懲戒処分は効力を有しないと判断する」。
 また、上は公益通報者保護法の観点からと見られるのに対し、続く「ウ・斎藤知事のパワハラ行為に着目した検討」は最終的には「違法」とまとめているが、前提としてこう書いている。
 斎藤知事にパワハラがあったとの指摘・通報が懲戒処分の理由となるか否かという観点から検討して「懲戒処分を行うべきではないという判断に至れば、保護法の観点とは別に、パワハラを指摘した部分については、その効力が否定されることになる」。
 これらにおける「効力を有しない」、「効力が否定される」とは、<無効だ>と言っているに等しいだろう。
 とすると、「第三者委員会(第一)」の報告書によると、上のかぎりで、「ご本人」が取消争訟を提起しなかったので「確定した(している)」と、のうのうと(偉そうに?)言って済ますことはできない。
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  斎藤元彦は十分に正確には「知って」いないのであり、そのことを自覚しないまま、記者会見という公の場で恥ずかしい「見解」を披歴していることになる。
 法的問題に関連する斎藤元彦の発言には、他にも問題の多い、または間違っているものがある。回を改める。
 また、上記<第三者委員会>報告書では、理由の一部(①)について違法とされ「無効」とされたがその他の理由(本件での②〜④)については「違法」が断定されておらず、「効力を有しない」との明記もない。このような場合、一体としての一つの懲戒処分の法的「効力」はどうなるのか、少なくとも「停職三月」は維持されないだろうというのは確実だが、ではどうなるかはやや困難な問題だ。
 上記<第三者委員会>報告は「判決」ではなく、本件懲戒処分の丁寧な司法審査をしているわけでもない。これらにものちに、論及するかもしれない・
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