司馬遼太郎が「街道をゆく」を長期にわたって連載したのは、週刊朝日だった。朝日新聞本紙には、彼は連載小説は書かず、多くは産経新聞紙上で連載していた筈だ(「竜馬がゆく」も「坂の上の雲」も)。
 朝日新聞社は上のことを最大限利用して、さも司馬遼太郎が朝日と関係が深かったかの如く、没後にいろいろな出版物を刊行して「商売」に利用している。最近では週刊・司馬遼太郎とやらも出しており、かりに朝日が版元でなければ、私は毎週買う可能性が高い。
 その週刊朝日が、さすがに朝日新聞社発行だけあって、虚報によって安倍首相を攻撃した。同5/4+5/11号だ。
 私が見た見出しは<山口組水心会と安倍首相の「関係」を-警察庁幹部が激白>だったが、産経の阿比留瑠比によると、昨日の朝日朝刊上の週刊朝日の広告では「総力特集 長崎市長射殺事件と安倍首相秘書との『接点』-城尾容疑者所属の山口組系水心会と背後にある『闇』を警察庁幹部が激白!」だったらしい。
 内容も通読したが、「警視庁幹部の一人」、「水心社の関係者」、「長崎県警の関係者」の話をつなげて、某元秘書に関する問題を介して、安倍首相と暴力団が何がしかの「関係」があると<疑わせる>又はそういう<印象>になっていた。
 週刊朝日は汚い。この記事を書いたのは「ジャーナリスト・時任兼作今西憲之+本誌・中村裕」だ。このうち、今西憲之は京都大学教授だった今西錦司の孫の筈で、こんなゴロツキ記事又はヨタ記事の作成に関与しているとあっては、今西錦司の(あるとすればだが)「名声」を傷つけるのではないか。あとの二人の氏名もきっちりと記憶しておこう。
 安倍首相の「怒り」の反応に応じてか、朝日新聞は今日4/25の朝刊に「山口一臣・週刊朝日編集長の話 一部広告の見出しに安倍首相が射殺犯と関係があるかのような不適切な表現がありました。おわびいたします。」と掲載したらしい。
 一国の内閣総理大臣に関して少なくとも広告上に「不適切な表現」を用いたことについて、「おわびいたします」とだけとは、何たる言い草だろう。せめて、<謹んでお詫び申し上げます>くらいにはしろ、と言いたい。
 しかも、「不適切な」のは広告上の表現だけだろうか。実際に販売されている出版物に全く問題はないのか。おそらくは、聞いたことをそのまま活字にしただけ、安倍事務所にも公平に取材した、と釈明するのだろう。だが、この記事の目的は、上記のように、安倍首相と暴力団が何がしかの「関係」があると<疑わせる>又はそういう<印象>を与えることにある。そして、朝日新聞の読者やもともと反安倍首相の立場の人々はそう信じてしまいかねない記事になっている。
 このように、安倍首相を何か材料があれば<信憑性がきわめて乏しくても>それを使って批判してやろうという姿勢そのものが、朝日新聞社および週刊朝日編集部が報道機関としての資格をもっていないことを示している、と考える。
 安倍首相も明確に述べたようだ。産経本紙によると、「言論のテロ」、「(倒閣をめざす)政治運動」だ、と。私も、何度も、朝日新聞は報道機関ではなく「(政治)運動団体」だと書いてきた。2年前には安倍晋三・中川昭一両氏を「貶める」ためにNHKを利用した<策略>を行った。昨年の今頃からは、安倍氏を首相にさせないための<運動>を社説や記事を使って行っていた。そして現在は、参院選で与党を敗北させて安倍首相を退陣させるために<運動>している(いずれも首尾良くいかなかったし、いかないようだが)。
 繰り返すが、朝日新聞は「ふつうの」新聞社、「ふつうの」報道機関ではない。上に述べたこと以外のことを挙げればきりがない。媚中(屈中)・自虐・国籍不明・「左翼」・「反日」等々のいろいろなレッテルが貼れそうな(そうすることは私の趣味ではないが)、実質的には(「政治団体」として政治資金規正法上の登録していなくとも)「(政治)運動団体」に他ならない。
 不思議なのは、産経を除いて、この問題を報道しているメディアが殆どないことだ。産経の阿比留によると、「読売、日経両紙はミニ・ニュース扱い」ということらしいが、読売の読者の私は気づかなかった。NHKは一切とり上げていないのでないか。週刊朝日の記事だけでとり上げる必要はないかもしれないが、阿比留によると、朝日批判につき「首相になってからこれだけ激しいのは初めて」らしいのに、首相発言を無視する(スルーする、と言うらしい)とはどういう神経を各メディアはしているのだろうか。
 阿比留のブログの中に安倍首相の発言が全文掲載されているので、ここでもそれをコピーしておく。
 「私はこの週刊朝日の広告を見まして愕然としました。まるで私や私の秘書が、あの卑劣な凶行を行った犯人、あるいはその彼が所属している暴力団と関係があるかのごとくの記事です。一切関係がありませんし、これは全くのでっち上げで、ねつ造ですね。私は驚きとともに憤りを感じています。全くこれは私や私の秘書に対する中傷でしかない記事です。私にも私の秘書にも家族や親族もいますし、その中には子供もいるわけです。この記事を書いた朝日の記者、あるいは朝日の皆さん、恥ずかしくないですかと、このように申し上げたい。いくら私が憎くて、私の内閣を倒そうということであったとしても、これはもう全く事実に基づいてないのであれば、これはいわば言論によるテロではないかと、このように思います。これは報道ではなくて、むしろ政治運動ではないかとすら申し上げたくなります。私や私の秘書が、犯人や暴力団の組織と関係があるのであれば、私は直ちに総理大臣を、衆議院議員もやめる考えです。そのことを、関係を証明できないのであれば、謝罪を、潔く謝罪をしてもらいたい。」/法的措置を検討するかの問いに対して「これはもう、法的措置、私は週刊誌も読みませんし、相手にしない姿勢でありました。しかし、いくらなんでもあのような凶行をした犯人、あるいは凶行そのものと関係していると、こんなことを言われたら、これはやはりいくら何でも黙っているわけにはいかないと思います。」
 阿比留によると、「安倍は、朝日のわずか5行程度のお詫びで話を終わりにする気はさらさらないよう」だ。どういう適切な方法があるのかはよく分からないが(訴訟提起してもよいが、長期間がかかりそのうち忘れられてしまう)、安倍首相には断固として頑張っていただきたい。
 少なくとも朝日新聞社(又は週刊朝日編集部)に要求できるのは、新聞紙上で「わび」の言葉を掲載することのみならず、「詫び」(本当は「謝罪」と言うべきだが)の文書を官邸まで持って来させ、対面して「詫び」(「謝罪」)の言葉を述べさせるとともに、何故「不適切な」表現になったのかについての釈明を求めることだ。
 朝日新聞社(・週刊朝日編集部)が「まとも」な感覚の人々で構成されているならば、上記の程度のことはできる筈だ。安倍首相は最低でも上のことを公の場で(記者会見等の機会に)要求できるはずだ。
 週刊朝日編集長(又は朝日新聞社々長)は、少なくとも、官邸で「謝罪」文を安倍首相に手渡せ。