生命・細胞・遺伝—08。
 細胞や個体・人間の「死」についてまず書こうと漠然と想定していたが、<Y染色体論>なるものをふと思い出して、染色体や遺伝子等に進んでしまった。「細胞死」と個体の「寿命死」の差異や関連についてがまだ触れていない。「読書ノート」のようなものを、行きがかり上、さらに進める。
 ——
 生命体・細胞の(とくに遺伝子関連の)研究の発展史のようなものに05でごく簡単に触れた。以下、重なるところもある。
 1860年代のメンデルによるほとんどの生物に共通する遺伝関係「因子」と遺伝にかかる「法則」の発見から20世紀になってからの(ドイツのW·ヨハンセンによるドイツ語を経ての)「遺伝子(gene)」という言葉の出現や若きサットンの研究までの間に重要だったのは、「染色体(chromosome)」の発見とこの言葉の定着だった。
 なぜ「染色体」が遺伝子やDNAに先行したかの理由は、まずはその「大きさ」と「染色」されやすさ、にあっただろう。
 遺伝子やDNAよりもサイズが大きいために、当時の顕微鏡による「細胞」観察でもより容易に発見することができた。
 加えて、「染色体」は青い「アニリン染料」によく「染まる」性質を持ち、その大きさとともに明瞭に「目立つ」ものだった。
 「染色体」という呼称は、1888年に始まった、とされる。その「染色」性に由来していることは間違いない。
 このように「染色体」が目立った重要な背景には、しかし、<細胞分裂>の際の「挙動」こそがあった。
 1882年に、ドイツのW·フレミングは、<細胞分裂>の各段階ごとに、「よく染まる構造体」の「奇妙で特徴的な挙動」の「精緻なスケッチ」を残した(「」引用は、中屋敷均・遺伝子とは何か(2022)から)。このスケッチは現在でも利用されている。
 大きさも、「染色」性も、じつは、<細胞分裂>の過程での不思議な「挙動」によってこそ明らかになったものだった。
 --------
 1875年にヘルトヴィヒが、ウニの「生殖」過程で「核」内の精子が別の核内に入っていって二つの「核」が融合する、ということを発見した。
 そんなこともあって、二つの「核」の融合を経る(狭義の)「遺伝」には「核」内の(その他の物質や構造体ではなく)「染色体」が重要な役割を果たしていることを、20世紀初頭にサットンが発見し、主張するに至る(既述、05)。
 こうして、メンデルによる「遺伝」に関する「因子」は「染色体」に該当する、またはこの二つは重要な関連がある、と考えられた。そしてまた、同時期にドイツのW·ヨハンセンの造語を経て「遺伝子」(gene)という語・観念も作られていた。サットンは、「染色体」=「遺伝子」と見なすとメンデルの「法則」をうまく説明できる、と気づいた、という(この部分、小林武彦・DNAの98%は謎(2017)による)。
 だが、「遺伝子」の正体・「性質」については、「染色体」との関連も含めてまだ不明確だった。
 一方ですでに1869年に、細胞内、とくに「核」内には「DNA」という物質があることが知られていた(スイスのF·ミーシャによる)。
 だが、「遺伝子」は「タンパク質」なのか「DNA」なのか、といった議論があり、「DNA」等の単純な成分をもつ「核酸」(nucleic acid)ではないとする説も有力だった。多数説だった、ともされる。人体を構成する主要な高分子化合物(生体高分子)は20種類のアミノ酸が複雑に結合した種々の「タンパク質」だから、「遺伝」・生存の基本を形成するのも「タンパク質」だろう、というわけだ。
 その後、1928年、その物質は「タンパク質」以外の何かだと判った(グリフィスの実験)。
 ついで1944年(第二次大戦中)、「遺伝子」の正体・本体または物質的性格は「DNA」だと解明された(アベリーの実験)。
 では、「DNA」はどのような形態・構造をしているのか。これが明らかにされたのが、1953年。J·ワトソンとF·クリックによる。その年から、まだ70余年しか経っていない。
 なお、「二重らせん」構造という結論に影響を与えたのはロザリンド·フランクリンという女性による観察・解析だった、という。この人はのちに38歳で夭折した(中屋敷・上掲書等々)。
 ----
 以上の最後の方ですでに、「遺伝子」の本体または物質的性格が「DNA」だ、という旨を叙述した。これは、両者の差異に関する、つぎの説明の仕方に符号しているだろう。「視座」の違いによるとも言える。
 すなわち、「遺伝子」とは<情報>(を記載したもの)であり、「DNA」とはその<物質>(的性格)だ。
 だが、種々の説明の仕方があるようだが、すでに(<八木秀次の「Y染色体論」②>)で触れたように、「核」内のDNAのむしろ広い範囲は、「遺伝子」が示す情報(・設計図)を持たないようだ。「染色体」が出現する「細胞分裂」の過程でも同じ。
 したがって、「遺伝子」とDNAの関係・差異については、さらにもう少し立ち入る必要がある。
 ——