秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

中央大学出版部

2324/H.J·バーマン/宮島直機訳・法と革命I(2011)②。

 ハロルド·J·バーマン/宮島直機訳・法と革命I-欧米の法制度とキリスト教の教義(中央大学出版部、2011/原書1983)。
 つづき
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  L·コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(ポーランド語版、1976)の英訳書は1978年に三巻揃って刊行された(なお、第一巻のドイツ語訳書は1977年に出ている)。
 そして第三巻はなぜか?フランスでは出版されなかったというが、それを除くフランス語訳書も含めて、英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語等々の翻訳書が世界中で広く刊行された。
 しかし、この欄でしきりと書いたことだが、L·コワコフスキの大著の日本語訳書(邦訳書)は出版されなかった。
 英語が読める関係学界の学者、とくに1970年代後半以降にヨーロッパに留学経験のある者はポーランドを出てOxford にいたコワコフスキとその大著を全く知らなかったとは考え難い。しかし、それでも、邦訳書は出なかった。今後も永遠に出版されないかもしれない。
 今後のことはともかく、1978年以降の日本で、なぜ邦訳書が出なかったのか。
 要するに、その<反マルクス主義>性・<反共産主義>性によって、日本の出版社・出版業界、関係学者(とくにアカデミズム内にいる者)は、国家による<検閲>ではなく、<自主検閲>をしたのだと考えられる。その内容を、日本の学界や読者に知らせたくなかったのだ。
 なお、<反マルクス主義>等と書いたが、一片の「反マルクス」の呼号をしているのではなく、第一巻のほとんどはマルクスに充てられているなど、コワコフスキはマルクスを読んで、マルクス主義研究をしている。彼は、若いときはワルシャワ大学の「思想史」講座の正教授だったのであり、当然にマルクスやレーニン等を読んで、それらを用いて<正統な>?講義もしたことがあったと思われる。それだけの蓄積が早くからあったのだ。
  かなり似た感想をもつのは、上掲のハロルド·J·バーマンの著だ。
 1983年には母語・英語で刊行されたようだが、すみやかに邦訳書が出たわけではない。上の邦訳書は2011年刊行で、30年近く経過している。
 コワコフスキの著もバーマンの著も1991年のソ連解体前に出版されている。
 その時代に、明確な<反共産主義>の書物を日本で日本語訳として出版するのがいかに困難で、危険?だったかが、分かろうというものだ。
 むろん、<反ファシズム>・<反ナツィス>・<ヒトラー批判>の書物ならば、岩波書店のものを中心に多数刊行されていただろう(日本共産党系出版社ではもちろん)。
 上の邦訳書の訳者である宮島直機(1942〜)は、マルクス主義・共産主義というよりも、むしろ「キリスト教」との関係に着目して(この方がこの書の読み方としてはおそらく適切だろう)、「訳者あとがき」で、こう書いている。キリスト教との関係という意味では、秋月瑛二もまたきわめて納得でき、了解することのできる感想だ。一文ごとに改行。p.709。
 「再度、強調しておきたいのは、30年近くまえに出版された本書が、ヨーロッパ各国語のみならず中国語にまで訳されながら、日本語に訳されなかったことである。
 我々はキリスト教の教義に無関心なのだろうか。
 それとも、欧米の法制度がキリスト教の教義を前提にしていることを認めたくないのだろうか迷信としか思えないものが自分たちの継受した法制度を作ったなんて !!)。」
  じつに重たい主題だ。
 池田信夫が最近、「個人主義」発生の基礎には「キリスト教」や欧州領域内での長い「戦争」があった、日本では欧米的「個人主義」は根づかなかった旨を数回書いていることにもかかわる。
 上の著や池田の指摘は、日本の(とくに戦後の)法学界・法学者に重要なかつ厳しい批判を含むことになると考えられる。
 しかし、何と言っても、日本国憲法自体が、直接にはアメリカかもしれないが、その背景にある<ヨーロッパ>の法思想を基礎にしていることの影響は甚大だ。
 「西欧近代立憲主義の基本的約束ごと」をキリスト教には触れることなく無条件に擁護したいらしい樋口陽一(元東京大学教授、元日本公法学会理事長)は、1989年の岩波新書で、日本人は「…力づくで『個人』をつかみ出したルソー=ジャコバン型個人主義の意義を、その痛みとともに追体験する」必要がある、と明言した(No.0524/2008.05.30)。→No.0524
 つぎの現行憲法の条項は、秋月が(理論的には)最も改正・削除すべきものとして、この欄で何回か書いたことがある。こんなに単純には語りえない、と考えるからだ。むろん、憲法の一条項でありながら、「法的」意味の希薄性も問題だ(この条項が現在の人権条項の「改正」をいっさい認めない趣旨だとは一般には解釈されていないと思われる)。
 日本国憲法97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」。
  現在も残る<自主検閲>とその主謀?学者、一方で、共産主義・「宗教」についてまるできちんとした知識・素養がなく(「左翼」も似たようなものかもしれないが)、まともな議論をする能力のない、とくに(西尾幹二を含む)「いわゆる保守」の悲惨さ、といった論点もある。
 **

2323/H.J.バーマン/宮島直機訳・法と革命I(2011)①。

  Harold J. Berman, Law and Revolution -The Foundation of the Western Legal Tradition(1983).
 =ハロルド·J·バーマン/宮島直機訳・法と革命I-欧米の法制度とキリスト教の教義(中央大学出版部、2011)。
 No.2291/2021.02.13はむしろ西尾幹二・ニーチェとの関係でこの書で触れた。→No.2291
 そこでは著者について「宗教史ないし法制史の学者・研究者」と書いた。しかし、より正確には主専門は「ソヴィエト法」だったようだ。
  この書物の熟読までには至っていないが、すでに重要な感想はある。
 この著で「革命」=Revolutionと称されるのは、つぎの6つだと見られる(邦訳書p.6, p.22-)。「」を付けない。ここでは年代・時期にも触れない。
 ①教皇革命、②イギリス革命、③アメリカ革命、④フランス革命、⑤ドイツ革命、⑥ロシア革命。
 秋月の文章になるが、これらは全て、第一に<ヨーロッパ>世界のものと捉えられていること(アメリカもロシアもヨーロッパの延長ないし辺境だとは言える—秋月)、かつ第二に(ロシア革命を含めて)<キリスト教>とその展開の中で位置づけられていること、が注目される。
 後者につき—「ヨーロッパの革命に共通しているのは、千年王国の実現を目指していたことである」(p.29)等々。
 この<ヨーロッパ>(ないし「欧米」)や<キリスト教>の文明・文化の中に日本はもともとはいなかったこと、明治以降にその「一部」を、あるいはその「表面」を吸収・継受してきたのだということに、深い感慨を感じないでもない。
  従って、以上の部分もすでにきわめて関心を惹く。しかし、それ以上に、さしあたりは強く印象に残ったことがある。
 それは著者=ハロルド·J·バーマンが「ロシア革命」を冷静にかつきわめて批判的に見ていることだ。
 ロシア革命がキリスト教の影響下での「ヨーロッパの革命」の一つであることについて、例えば以下。p.30-31。
 「アメリカ革命、フランス革命、ロシア革命では、千年王国は『地上の国』に実現するはずであった」。
 「6つの革命はキリスト教の終末論が前提になっていたが、キリスト教の終末論は、もともとは…ユダヤ教に特有の歴史観に基づいている」。
 また、「ロシア革命」に対する冷静かつ批判的な見方は、とりあえずはつぎに顕著なようだ。p.38-9。やや長く引用しておく。一文ずつ改行。
 「最初に登場してきた宗教的なイデオロギー、つまりキリスト教とは無縁な装いを凝らしながら、同時に宗教的な聖性・価値を主張した最初のイデオロギーは自由民主主義であった。
 そして、これに対抗して登場してきたのが、もう一つの宗教的イデオロギーである共産主義であった。
 1917年にロシアで共産主義体制が登場してくると、共産主義は宗教的な教義と変わらないものになった。
 また共産党は、まるで修道院のようになった組織になった。
 第二次大戦後のソ連で粛清の嵐が吹き荒れたとき、ある共産党員が口にした言葉は象徴的である。
 『救いは共産党のなかにしかない』。」
 「共産主義が主張する『法的な原則』と自由民主主義が主張する『法的な原則』は違っていたが、いずれも出自はキリスト教の教義である。
 たとえば『共産主義者の道徳指針』には、つぎのようなことが謳われていた。<略>」
 「さらにソ連の法制度では、法律に教育的な役割を期待しており、職場や近隣組織による『同志裁判』や『人民パトロール隊』などを使って、民衆を裁判に参加させたりもしていた。
 それも共産主義の理想が実現した暁には、すべての法制度と強制は消滅し、だれもがお互いに『同志となり、友人となり、兄弟となる』(これも『道徳指針』からの引用である)というような『黙示録』的な予言によって正当化されていた。
 ユートピア的な未来と強圧的な体制は、決して矛盾するとは考えられていなかったのである。」
 **
 引用、終わり。さらにへとつづける。

2291/西尾幹二批判014+池田信夫ブログ023。

 西尾幹二におけるレトリック・<概念の揺れ>の一例を挙げる。
 2017年、「つくる会」創立20周年記念集会での挨拶。全集第17巻p.714。
 ひと続きの文だが、一文ごとに改行。
 「ですから江戸時代は『前近代』でも『初期近代』でもないのです。
 『近代』そのものなのです。
 むしろ明治以後において、われわれは『近代』を再び失っているのかもしれません。
 そういうとびっくりされるてしょうが、『近代』は動く概念です」。
 そのあと、「近代」概念を用いる、つぎの二つの文もある。
 ・「漢唐時代の官僚制度に私は、『近代』を認めるのにやぶさかではありません」。
 ・「中国や韓国のようになぜいつまでも日本のように近代文明を手に入れることができないのかを、…」。
 以上。 
 「そういうとびっくりされるでしょうが」と書いて、文字通り「びっくりさせる」、あるいは意表をつく、常人?とは異なる表現方法を意識的に使う、というのは、西尾幹二の文章にときにみられる、その特徴の一つだ。
 しかし、何やら意味深いことを言っているつもりなのかもしれないが、このような概念の「揺れ」を用い、「〜」は「動く概念です」と明認していけば、<何とでも言える>。
 秋月でも、こんな文章を<作る>ことができる。
 「最も美しいものの中にこそ、最も醜いものがあるのではないでしょうか」。
 「正義の中にこそ、本当の不正義が含まれているのです」。
 「賢者と言われる者こそ、本当は愚者でしょう」。
 「〜での前近代とは、まさに近代そのものであったのです」。
 等々。
 詩・小説等は<創作>であり、フィクションであり、言ってみれば全編にわたって<建て前としては>「捏造」なのだから、何とでも言え、何とでも書ける。
 しかし、西尾幹二は小説家(・フィクション作家)ではない(はずだ)。
 そのような西尾がフィクション作家のようにして歴史・社会・政治を「評論」してはならないだろう。とくに同じ文章の中では、同じ言葉、「概念」を上のように「揺らして」はいけないのではないか。
 この人において、自分が用いる言葉・概念の「意味を明確にしておく」という姿勢は相当に乏しい。上の「近代」もそうかもしれないが、「歴史・神話」の意味もそうだ。
 ——
 池田信夫ブログマガジン2021年2月1日号の中に<名著再読/法と革命>があり、H・J・バーマン『法と革命』(邦訳書)をとり上げている。
 この本では「近代」または「近代西欧に特有の契約社会」の成立の背景等を、宗教史ないし法制史の学者・研究者が論述しているらしい(日本の「法学」界では、自分たちの「基礎」を疑わしめるものであるためかどうか、ほとんど読まれていないと思われる)。
 「近代」についてではない。西尾幹二批判との関係で注目を惹いたのは、池田の紹介に誘われて入手した上の邦訳書/宮島直機訳・法と革命I—欧米の法制度とキリスト教の教義(中央大学出版部、2011)の冒頭(・序論)すぐに、ニーチェのつぎの言葉が引用されていることだ。ニーチェのどの書のどの部分のどのような論脈の中でのものかは分からない。
 「歴史のなかにあって、たえず変化しているものは意味を定義できない」。 
 「たえず変化しているものは意味を定義できない」—西尾幹二はニーチェのこの言葉または文章を知っているのではないか。
 そうだとしても、西尾幹二は自分をニーチェと同等の「思想家」だと考えているのか?
 そもそも、「意味を定義できない」「たえず変化しているもの」とは何か?
 上の言葉は、西尾幹二における「概念の揺れ」、「定義のなさ」を正当化するか?
 こんな関心を惹き、疑問をもたらしたニーチェの言葉だった。
 ところで、著者・バーマンは、前後をもう少し引用すると、つぎのような論脈の中で、ニーチェの言葉を用いている。一文ずつ改行する。
 「ヨーロッパ」、「法制度」、「伝統」、「革命」という「4つのキーワードの意味は、歴史に言及するなかで説明して行くことにして、いま、その意味を定義することはしない
 なぜなら、ニーチェ Friedrich Nietzsche がいっているように、『歴史のなかにあって、たえず変化しているものは意味を定義できない』からである。
 ただ誤解を避けるために、つぎのことだけは、あらかじめ断っておくことにする。」
 このあと、「ヨーロッパ」について邦訳書で3頁余の論及があり、「法制度」と「伝統」について5頁余の論及がある(まだ「序論」)。
 さすがに、学者・研究者だと思われる。提示する主題で用いる概念の「意味」、「定義」が問題になることを十分に弁えた上で、そのことを知った上で、「意味」の確定、全体的定義をするのを先に延ばしつつ、すでにある程度の叙述をかなり詳しく行なっているわけだ。 
 「歴史のなかにあって、たえず変化しているものは意味を定義できない」とかりにしても、西尾幹二の叙述・発言の姿勢とは、まるで異なるだろう。西尾には、レトリックとして?、あえて言葉の意味を「曖昧に」しておく、「一次的・暫定的な定義も行わない」で、意表をつく?論述をする、という傾向がある。
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