秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

レヴィ=ストロース

2943/伊藤友計・西洋音楽の正体(2021年)。

  伊藤友計・西洋音楽の正体—調と和声の不思議さを探る—(講談社選書メチエ、2021)
 熟読して読了したのではないから、きちんとした紹介をすることはできない。
 しかし、一瞥のかぎりで、または一瞥した部分には、私自身の関心と結論らしきものと同じことが書かれている。それで、心強く感じて、取り上げたくなった。
 --------
  途中にこんな文章がある。第一部第三章から。
 「もとをたどれば、西洋音楽も半音と全音だけを音楽の構成要素としていたわけではない」。「『音楽』という『音の組織化』を図るのに、その素材が半音と全音だけでならないということはまったくない」。
 ----
 まとめ的部分である<終章>には、こんな文章がある。
 「音階も、和音も、調性も、自然の直接の産物ではない」。
 「西洋音楽は、人間の知的営為が長年の時間の中で、歴史的、文化的、民族的、宗教的等に構築してきた人間の所産である」。
 「西洋音楽は自然と人為、必然と偶然、理解と誤解、共感と反発、論理と非論理といったさまざまな要素が、互いに溶け合い、混ざり合って、それらが見分けのつかなくなるほど渾然一体となってしまったアマルガム/合金のようなものとして、われわれの前にある」。
 --------
  秋月瑛二が関心をもってきたのは、日本にあるらしき、〈十二平均律〉を前提とした「音楽理論」や「楽典」というものは、「音」・「音楽」に関する科学的または自然科学的な、聴覚に関する生物学的・生理学的な探求の結果として出来上がっているものでは全くない、ということだった。
 だから〈十二平均律〉につながった〈ピタゴラス音律〉等にも興味をもったし、一オクターブはなぜ12音(最後を含めて13音)で分割されるのか、ドレミ…はなぜ7音(最後を含めて8音)なのか、と素人ながら考えた。
 ----
 上の著の終章の表題は「音楽と自然」だ。
 ここで「自然」とは、私なりに言い換えると、ヒト・人間の生物的・生理学的本質のことだ。そして、「音」または「音楽」について<当然に>または<自然に>得られる何らかの定式があるだろう、ということを含意している。
 なお、一定の音(基音)の周波数が例えば2倍になると1オクターブの上の音になり二つの音は「同じ」音として重なって聴こえるとか、基音の3/2倍や4/3倍の音はいずれも「協和性」が最も高い音として聴こえる(今日言うドとソ、ドとファの関係にほぼ近い)というのは、「自然」に属するのではないか、と私には思える。
 これがヒト・人間のいつの時代からか、旧石器時代か、日本での縄文時代か弥生時代か、ではなく、もっと古くからだろうと思われるが、私に断定はできない。
 ----
 「音楽」は自然と人為の両面で成り立つ、というのはレヴィ=ストロースも言っていたようで、上の著者は、彼のつぎの文章を引用している(1964年の『神話論理』の中の「生のものと火を通したもの」から)。
 「音楽は二つの格子を使う。ひとつは生理的であって、それゆえ自然のものである。…。もうひとつの格子は文化的である。それは音楽で使われる音の階梯であり、音の数と隔たりは文化によって異なる。
 「音楽の背後には、感覚的経験の自然の組織がある。だからといって音楽が自然の組織の支配下にあるというわけではない。」
 --------
  今日に世界を圧倒している「西洋音楽」は、〈十二平均律〉も含めていうと、旧石器時代やさらにそれ以前から世界に支配的であったのではなく、たかだか19世紀に成立・確立したものだ。
 当時の日本、明治期の日本は、急いで「文明開花」し欧米の科学技術等を「学び、吸収する」過程で、おそらく間違いなく、当時のドイツの「音楽理論」を急いで<輸入>した。
 そして、今日がある。「西洋音楽」の成立・確立過程での種々の対立や論争、19世紀とは異なる音楽状況(ちなみにJ. S. バッハは17世紀)にはほとんど関心を持たれなかった(とりわけ学校教育や芸術系の官学で)。
 そのようにして、日本の「近代音楽」が始まった。国歌・君が代も、日本にいたドイツ人音楽家の採譜(・編曲?)によるとされる。正確には、辻田真佐憲・ふしぎな君が代(幻冬社新書、2015)参照。
 但し、雅楽や三味線・尺八等が演奏する楽曲には、おそらく「西洋音楽」に吸収され得ない「日本」的な音律や旋律等々があるかにも思える。興味深いテーマだ(ここで「日本的」とはいつ頃に起源があるか、は大問題ではあるのだが)。
 とは言え、「西洋音楽」は、〈十二平均律〉や「五線譜」による楽譜表記も含めて世界をほぼ完全に支配していて(日本の演歌・歌謡曲類もその範囲内にある)、「音楽」に関する電子的技術類にも前提として採用されているようだ。とすると、この趨勢は、人類の「文化」あるいは人間の精神的・知的営為の一つの分野で、今後少なくとも数百年は続くのではないか。
 ————

1958/池田信夫のブログ004。

 「池田信夫(の)ブログ」を表題の一部にして、昨2018年の09/27、10/29、12/07と三回投稿しているので、今回をを№004として、続ける。
 原則的に毎日または毎夕に読んではいるので、感想めいたことを書き出すとキリがない。
 かと言って、少しでもメモしておかないと、そのうち忘れてしまって、<貴重な>知的体験類を再現できなくなる。
 ----
 池田信夫ブログマガジンレヴィ=ストロースの「美しい文章」を、たぶん紹介している邦訳書から引用していたのは、(もっと最近かと感じていたが)2019年3/11号だった。
 ここでは、一文ごとに改行。「名著再読」の項の一つ。
 「人は未来もずっとここにいることはできず、この惑星の表面から消えることは避けられないが、その惑星も死ぬ運命にある。
 人の労働や悲しみや喜びや希望など、はかない現象の記憶を保持する意識も生き残りえず、やがて人類のわずかな証拠も地球の表面から消されるだろう。
 --まるでそれは最初から存在しなかったように。

 フランスの哲学者らしき者には関心もほとんどなかったが、読んでみてもよいかな、と思わせた。
 個々の人間が生まれていつか必ず死ぬように、ヒトという「種」(ヒト科・ヒト属)もまたいつか必ず消滅するのだろう。
 始まりまたは誕生があるとすれば、終わりまたは死滅も必ずある。
 それどころか、ヒトその他の動物、さらに生物を生んだこの地球もまた、いずれ、何らかのかたちで消滅するだろうと、「科学的」に予知されている。
 それどころか、そもそも太陽自体が、いずれ燃え尽きるか、大爆発して消滅するだろうとされている。
 太陽に生成があったとすれば、いずれ消失もある。
 私は、このかけがえのない自分は、いったいどこから来たのか。ヒトの一個体として、たまたまこの時期に、地球上のある地域(日本列島)に、生まれた。
 その「意識」もいずれ近いうちになくなり、私にとっての「悲しみや喜びや希望など」の全ては消失するが、同じことは「人類」自体について、そうであるに違いない。
 ヒトの個体とその意識・感情が死滅を避けられないように、人類自体もまた、そうだと思われる。
 決して、何らかの「よい」方向へと、試行錯誤しつつも「進歩」しているのではない。
 何らかの、一定の前提、<約束事>の中で藻掻いているにすぎない。
 「知識人」?、「言論人」? 「論壇人」? /どの(日本の)大学?、学歴?
 そのような、それに関する、自意識をもって世俗的に生きているらしき多数の人々(もちろん日本人を含む)の<底の浅さ>を、「深いレベル」での感受性の欠如を、感じさせざるを得ないだろう。
ギャラリー
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
  • 2564/O.ファイジズ・NEP/新経済政策④。
  • 2546/A.アプルボーム著(2017)-ウクライナのHolodomor③。
  • 2488/R・パイプスの自伝(2003年)④。
  • 2422/F.フュレ、うそ・熱情・幻想(英訳2014)④。
  • 2400/L·コワコフスキ・Modernity—第一章④。
  • 2385/L・コワコフスキ「退屈について」(1999)②。
  • 2354/音・音楽・音響⑤—ロシアの歌「つる(Zhuravli)」。
  • 2333/Orlando Figes·人民の悲劇(1996)・第16章第1節③。
  • 2333/Orlando Figes·人民の悲劇(1996)・第16章第1節③。
  • 2320/レフとスヴェトラーナ27—第7章③。
  • 2317/J. Brahms, Hungarian Dances,No.4。
  • 2317/J. Brahms, Hungarian Dances,No.4。
  • 2309/Itzhak Perlman plays ‘A Jewish Mother’.
  • 2309/Itzhak Perlman plays ‘A Jewish Mother’.
  • 2305/レフとスヴェトラーナ24—第6章④。
  • 2305/レフとスヴェトラーナ24—第6章④。
  • 2293/レフとスヴェトラーナ18—第5章①。
  • 2293/レフとスヴェトラーナ18—第5章①。
  • 2286/辻井伸行・EXILE ATSUSHI 「それでも、生きてゆく」。
  • 2286/辻井伸行・EXILE ATSUSHI 「それでも、生きてゆく」。
  • 2283/レフとスヴェトラーナ・序言(Orlando Figes 著)。
  • 2283/レフとスヴェトラーナ・序言(Orlando Figes 著)。
  • 2277/「わたし」とは何か(10)。
  • 2230/L・コワコフスキ著第一巻第6章②・第2節①。
  • 2222/L・Engelstein, Russia in Flames(2018)第6部第2章第1節。
  • 2222/L・Engelstein, Russia in Flames(2018)第6部第2章第1節。
  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
  • 2179/R・パイプス・ロシア革命第12章第1節。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
  • 2136/京都の神社-所功・京都の三大祭(1996)。
  • 2136/京都の神社-所功・京都の三大祭(1996)。
  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
アーカイブ
記事検索
カテゴリー