秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

コント

2040/L・コワコフスキ著第三巻第11章第1節②。

 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
 第三巻の試訳のつづき。<第11章・マルクーゼ>へと進んでいる。分冊版、p.399-p.402。
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 第11章・ハーバート・マルクーゼ-新左翼の全体主義的ユートピアとしてのマルクス主義。
 第1節・ヘーゲルとマルクス対実証主義②。
 (5)実証主義というものは、哲学一般はもとより批判的弁証法哲学をさほど否定するものではないのだが(真の意味での哲学はつねに反実証主義的なのだから)、経験による事実を受容すること、そうして現実に生起する全ての状況の有効性を肯定すること、を基礎にしている。
 実証主義の観点からすると、どんな客体であれ、それを合理的に指し示す(designate)のは不可能だ。すなわち、客体は、恣意的な決定の結果であり、理性に基礎があるのではない。
 しかし、真実を探求するのが任務である哲学は、ユートピアを怖れない。なぜならば、真実は、現存する社会秩序では実現することができないかぎり、ユートピアであるのだから。
 批判的哲学は、未来へと訴えなければならない。ゆえに、事実にもとづくのではなく、理性の要求のみを基礎にしなければならない。批判的哲学は、人間の経験的状態ではなくて、人間がそうなることができるもの、人間の本質的な存在にこそ、関係しているのだ。
 実証主義は、対照的に、現存する秩序とのあらゆる妥協を是認し、社会的諸条件を判断する権利を投げ棄てる。//
 (6)実証主義の精神は、社会学によく例証されている。-特定の学派ではなくて、コントの規準に則る知識の一部門としての社会学それ自体だ。
 この種の社会学は、意識的に対象を何も限定せず、社会現象を描写する。そして、共同的生活の法則を考察するまでに進んだとすれば、現実に作動している法則を超えてさらに進むのを拒否する。
 このことから、社会学は、受動的な適応の道具だ。その一方で、批判的合理主義は、理性自体にその力の淵源をもつのであり、その力でもって、世界が理性に従うことを要求する。//
 (7)さらに、実証主義は順応主義と同じであるばかりか、全体主義的教理や社会運動の全てとの同盟者だ。その主要な原理は秩序の原理であり、権威主義的システムが提供する秩序のために自由を犠牲にする用意が、いつでもある。//
 (8)マルクーゼの主張全体が、我々は経験的データとは無関係に合理性がもつ先験的の要求を認識することができる、という信念に依拠していることは明らかだ。その合理性の要求に従って、世界は判断されなければならない。
 そしてまた、人間性の本質を我々は認識している、あるいは、「真の」人間存在は経験的なそれとは真反対のものだろう、という信念にも。
 マルクーゼの哲学は、理性の超越性にもとづいてのみ、理解することができる。但し、理性は歴史的過程のうちでのみ「明らかになる」。 
 しかしながら、この教理は、歴史的誤謬と論理的誤謬の、いずれにももとづいている。//
 (9)ヘーゲルに関するマルクーゼの解釈は、ほとんど正確に、マルクスが攻撃した青年ヘーゲル主義者たちと同じだ。
 ヘーゲルはたんに、事実をそれ自体の規準で評価する、超歴史的理性の主張者だとして提示されている。
 我々は、この点に関するヘーゲルの思考の曖昧さを、一度ならず叙述してきた。
 しかし、反ユートピア的特質を完全に無視して、ヘーゲルの教理を人間に「至福」(happiness)を達成する方途を語る超越的理性への信念へと還元してしまうのは、ヘーゲル思想のパロディだ。
 付け加えるに、マルクスをヘーゲル主義論理の範疇を政治の領域へと変換する哲学者だと叙述するのは、誤導的(misleading)どころではない。
 マルクーゼの議論は、マルクスのヘーゲル、そしてヘーゲル左派に対する批判の本質的特徴の全てを無視している。
 全ての種の権威主義的体制に対する自由の擁護者だとヘーゲルを描こうとマルクーゼは熱中して、マルクスによる、ヘーゲルの主体と叙述されたものの反転(reversal)に対する批判には全く言及していない。その反転によって、個人の生活の諸価値は、普遍的な理性の要件に依存するようになるのだ。
 だがなお、正しい解釈にどの程度に依拠しているかに関係なく、この批判は、マルクスのユートピアにとっての出発地点だった。そして、ヘーゲルからマルクスへの調和的移行を叙述するためにこの点を無視するのは、歴史を侮辱している。
 マルクーゼによる描写は、青年ヘーゲル主義やヘーゲルについての彼らのフィヒテ解釈に対するマルクスの批判を軽視することで、さらに歪んでいる。
 自分自身の哲学上の位置に関するマルクスの説明は、まず第一には、超歴史的理性の至高性への青年ヘーゲルの信念から解放されていることにもとづいていた。-これはまさに、マルクーゼがマルクスに帰そうとしている信念だ。//
 (10)このような歪曲にもとづいて、マルクーゼは、現代の全体主義的教理はヘーゲル的伝統とは何の関係もない、実証主義を具現化したものだ、と主張することができる。
 しかしながら、実証主義にいったい何があるのか?
 マルクーゼは、「事実崇拝」というラベルに同意し、その主要な構成者として、Comte、Friedrich Stahl、Lorenz von Stein、を、そしてSchelling すらも、挙げる。
 しかしながら、これは、恣意的で非歴史的な陳述を行うための、諸思想の混乱だ。
 Schelling の「実証主義哲学」は、「歴史的実証主義」と一致する名前以外には何もない。
 Stahl とvon Stein は実際に保守主義者で、ある意味ではComte だった。
 しかし、マルクーゼは所与の秩序の支持者の全てを「実証主義者」だと叙述し始める。そして、明白な事実に逆らって、全ての経験論者は、つまり理論を事実で吟味させようと望む全ての者は、自動的に保守論者だと、主張し始める。
 歴史的意味での実証主義は-Schelling とHume をほとんど区別することができないという意味とは反対に-、とりわけ、知識の認識上の価値はその経験的な背景に依存するという原理を具現化するものだ。したがって、科学はプラトンやヘーゲルのやり方で本質的なものと現象的なものの区別をすることができず、事物の所与の経験的状態はそれら事物の真の観念とは一致していないなどと我々は語ることもできない、ということになる。
 実証主義は「真の」人間存在または「真の」社会の規範を決定する方法を我々に提示してくれない、というのは本当のことだ。
 しかし、経験論は決して、現存する「事実」または社会的諸制度はたんにそれらが存在するという理由だけで支持されなければならない、と我々が結論づけることを強いはしない。それとは反対に、叙述的判断から規範的判断を帰結させるのを我々に禁止するのと同じ根拠でもって、そのような結論づけを論理的に馬鹿げたものだと見なして、明瞭に拒否するのだ。//
 (11)マルクーゼは実証主義と全体主義的制度との間の論理的連結関係を主張する点で間違っているのみならず、歴史的連環に関する彼の主張も、事実に全く反している。
 中世後半以降にイギリスで発展して人気を博した実証主義の思想は、それなくしては我々は現代科学、民主主義的法制あるいは人間の権利に関する考えを持ち得なかったもので、最初から、消極的自由や民主主義的諸制度の観念と分かち難く連結していた。
 経験主義の原理にもとづいて人間の平等という教理を設定して伝搬させたのは、また、法のもとでの個人の自由の価値という教理についてもそうしたのは、ヘーゲルではなく、ロック(Locke)やその継承者たちだった。
 20世紀の実証主義と経験論は、とくに分析学派といわゆる論理経験主義者は、ファシストという動向とは何の関係もないばかりか、例外はあるものの、全く明瞭な用語でもってその動向に反対している。
 かくして、実証主義と全体主義的政治の間には、いかなる論理的連結関係も歴史的連結関係もない。-マルクーゼの若干の言及が示唆するように、「全体主義的」という語が「実証主義」という語のもつ通常の意味とは離れた意味で理解されているのでないかぎりは。
 (12)他方で、論理的および歴史的論拠のいずれも、ヘーゲル主義と全体主義思想との間の積極的関係を、有力に示している。
 もちろん、ヘーゲルの教理は現代の全体主義国家を推奨することになる、と言うのは馬鹿げているだろう。しかし、同じことを実証主義について言うのと比べると、馬鹿さ加減は少ないだろう。
 このような推論は、ヘーゲル主義から多数の重要な特質を剥ぎ取ってこそ行うことができる。しかし、実証主義からは、このような推論を全く行うことができない。
 マルクーゼが行うように証拠を何ら示すことなく主張することができるのは、実証主義とは事実崇拝だ、ゆえにそれは保守的だ、ゆえにそれは全体主義的だ、ということなのだ。
 ヘーゲル主義の伝統が非共産主義的全体主義の哲学上の根拠としては何ら重要な役割を果たさなかった、というのは本当だ(マルクーゼは、この論脈では共産主義の多様さについては何も語らない)。
 しかし、マルクーゼがGiovanni Gentile 〔イタリア哲学者〕の事例に至るとき、彼は単直に、Gentile はヘーゲルの名前を用いたけれども、実際にはヘーゲルと一致するところは何もなく、実証主義者にきわめて近かった、と宣告している。
 ここで我々は、「正当性に関する疑問」と「事実に関する疑問」について混乱する。なぜならば、マルクーゼは、ヘーゲル主義は事実の問題としてファシズムを正当化するものとして利用された、というあり得る異論に対して反駁しようとしているのだから。
 ヘーゲル主義は不適切に利用されたと語るのは、この異論に対する回答になっていない。//
 (13)簡潔に言えば、実証主義に対するマルクーゼの批判全体は、そしてヘーゲルとマルクスに関する彼の解釈のほとんどは、論理的にも歴史的にも、恣意的な言明の寄せ集め(farrago)だ。
 さらに加えて、これらの言明は、人類の地球的解放に関するマルクーゼの明確な見解や至福、自由および革命に関する彼の思想と統合して、結び合わされている。
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 第1節は終わり。第2節の表題は、<現代文明批判>。

1851/L・コワコフスキ・マルクス主義/第一巻第一章・弁証法の起源「はしがき」。

 L・コワコフスキの文章の中で2009年にトニー・ジャットが引用していた一つは、つぎだった。
 「現実には全ての事情(事態、境遇)が一つの世界観の形成に寄与しており、全ての現象は、尽きることのない無数の原因に由来している」(Leszek Kolakowski, Marxism, 3. The Break Down(英訳、1978)p.339. この欄の№.1834)。
 L・コワコフスキはまた、全巻の緒言(Preface, Vorwort)の中で、つぎのようにも書いていた。
 「いかなる主題に関する著作者であっても、完全には自己充足的でも自立してもいない分離した断片を全体(living whole)から切り出すことを余儀なくされる」(この欄の№.1839)。
 以下の試訳部分は、どちらかと言えば、上の後者の叙述に関係しているところが多いだろう。
 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976-78年)の第一巻の第一章の最初に「第一節」に当たる「1.人間存在の偶然性」よりも前にある、実質的に(第一巻ではなく)第一章の「まえがき」または「緒言」を試訳する。英訳書・第一巻9-11頁、独訳書23-25頁。一文ごとに改行し、段落の冒頭には原書にはない数字を付した。
 第一節の「1.人間存在の偶然性」という項にはその内容に関心をもち、試訳しておきたくなったので、その前にある、原書には見出しのない「はじめに(緒言)」部分も訳しておくことにした。
 哲学文献を英語(または独語)で読むことに習熟している専門家(哲学と英語・独語邦訳の両方の専門家が望ましい)によって全体が邦訳されて日本で刊行されることがもちろんよいが、その状況ではないとすれば、「しろうと」の秋月瑛二の蛮勇で試訳してこの欄でささやかに「公に」しても非難されることはないだろう。
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 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976-78)。
 第一巻・創始者(・生成)。
 第一章・弁証法の起源(・発生)(The Origins(・Die Entstehung))。
 (はじめに)
 (1) 生きている現代哲学の全ての潮流には、記録された哲学的思索のほとんど最初に遡ることのできる、それら自体の前史がある。
 それら前史には、結果として、諸潮流の呼称よりも古くてかつ明瞭に区別できる態様がある。
 すなわち、Comte 以前の実証主義(positivism)、Jaspers 以前の実存哲学(existential philosophy, Existenzphilosophie)について語るのは意味があることだ。
 マルクス主義の場合は状況が異なるように、最初は思える。その呼称は全く単純に、その創始者の名前に由来しているのだから。
 「マルクス以前のマルクス主義」なる句は、「Descartes 以前のデカルト主義」あるいは「キリスト以前のキリスト教」という矛盾した言辞(paradox)と同じだと思えるかもしれない。
 だが、特定のある人物に出発点をもつ知的潮流であっても、それら自体の前史があるのであり、それは、浮かび上がってきた諸問題や、傑出した知性によって単一の全体へと編み込まれ、新しい文化現象へと変換された諸回答の中に具現化されている。
 もちろん、「キリスト以前のキリスト教」なる句は、「キリスト教」という概念が通常はもつのとは異なる意味で「キリスト教」という語を用いており、たんなる言葉上での遊びでもありうる。
 それにもかかわらず、一般的な合意があるように、何と言っても、キリスト降臨の直前の時期でのユダ(Judaea)の霊的生活に関して懸命に集められた知識なくしては、初期キリスト教の歴史を理解することができない。
 同じことはマルクス主義についても当てはまる、と断じてよいだろう。
 「マルクス以前のマルクス主義」という句に意味はないが、しかし、マルクスの思想(thought, Denken)は、それをヨーロッパ文化史全体の中で、かつ哲学者たちがが数世紀にわたってあれこれと発している一定の根本的問題に対する回答だと理解して、そう位置づけて考察しないとすれば、内容が空虚なものになるだろう。
 そうした根本的問題やその進展および定式化のされ方の多様性に関係づけてのみ、マルクスの哲学を、その歴史的特殊性やそのもつ価値の永続性とともに理解することができる。//
 (2) 多数のマルクス主義に関する歴史家は、この四半世紀の間に、古典的ドイツ哲学がマルクスに提示し、マルクスが新しい回答を用意した諸問題を研究する貴重な仕事をしてきた。
 しかし、古典的ドイツ哲学自体は-Kant からHegel まで-、根本的でかつ太古からある諸問題について、新しい概念上(conceptual, begrifflich)の形式を考案する試みだった。
 確かにその根本諸問題が彼らによって完全に研究され尽くされたのではないけれども、そのような諸問題の見地からする以外は、意味を成さない。-かりに平準化が可能であるとすれば、全ての哲学の発展がその固有の時期との特殊な関係を奪われてしまうにつれて、哲学の歴史は存在することをやめてしまうだろう。
 一般的に言って、哲学の歴史は、互いに制限し合う二つの原理(principles, Regeln)に服している。
 一方で、どの哲学者にとっても基本的な関心を惹く諸問題は、変わらない境遇であるにもかかわらず、それでもって人間生活が向かい合っている人間の知性に生じる同一の知識欲(curiosity)に関する様相だと見なされなければならない。
 他方で、我々は全ての知的潮流または観察し得る事実の歴史的特殊性(uniqueness, Besonderheit)に光を照射し、まさしく当の哲学者たちを生み、哲学者になるのに役立つ重要な事象に可能なかぎり綿密に言及する必要がある。
 これら二つの原則を同時に遵守するのは困難だ。なぜなら、我々はそれらは相互に制限し合わざるを得ないことを知っているけれども、どういう態様で制限し合うのかを正確に知りはしない。したがって我々は、誤りに陥りやすい直感へと立ち戻ってしまうからだ。
 かくして、二つの原理は、科学的実験や資料の識別を行う方法のように信頼できかつ明瞭であるとは全く言い難い。しかし、それにもかかわらず、二つの態様での歴史的ニヒリズム(historical nihilism)に陥るのを避ける指針および手段として、これらは有用だ。
 歴史的ニヒリズムの第一が基礎にするのは、全ての哲学的努力を永遠に繰り返されるワンセットの諸問題へと系統的に格下げをして、人類の文化的進化の全景(panorama, Panorama)を無視し、一般的には人類の文化的進化を蔑視する、ということだ。
 それの第二が構成要素とするのは、全ての現象または文化的事象の特殊な性質を把握するので満足してしまう、ということだ。それが明示的であれ黙示的であれ前提としている考え方は、いずれが個々の歴史的複合体(complex, Ganzheit)の特殊性を構成していようと、それらの現象や事象の重要性の唯一の要素はつぎのことにある、つまりその歴史的複合体の全ての細部の諸事項はその複合体との関係でのみ新しい意味を獲得するということにあり、他の態様においてはもはや意義深いものではない、ということだ。-その細部の諸事項は争う余地もなく従前の諸観念を反復したものであるかもしれないけれども-。
 このように解説的に仮説を立てることは、明らかにそれ自体の歴史的ニヒリズムへと至る。全ての細部事項を共時的な全体(synchronic whole, synchrone Ganzheit)へと排他的に関係させることを強く主張することによって、解釈の継続性を全て排除し、連続している一つの閉じられた単一項的な実在物(monadic entities)の一つだと精神や事象(mind, epoch)を見なすことを我々に強いることになるからだ。
 それは予め、そのような実在物の間には情報伝達の可能性はないと、また、それらを集合的(collectively)に描写することが可能な言語はないと、決めてしまっている。すなわち、全ての概念はそれが用いられる複合体に応じて異なる意味をもつのであり、上位のまたは非歴史的な範疇は探求の根本的原理と矛盾するものとして閉め出されるのだ。//,
 (3) 以下の考究では、これら二つの極端なニヒリズムに陥るのをを避けようとする。そして、哲学者たちの知性を鍛えてきた諸問題に対する回答としてマルクスの根本思想を理解し、同時に、マルクスの天才性を発露したものおよび彼の時代の特異性のいずれとしてもある、その特殊性(uniqueness, Besonderheit)に着目してそれらを包括的に論述ことを目的とする。
 このような自らへの要求を明確に語るのは、それを実際に成功裡に行うよりもはるかに容易だ。
 そのように実際に行って完璧さにまで至るためには、哲学の完全な歴史を、あるいはじつに人間の文明の完全な歴史を、執筆しなければならないだろう。
 そのような不可能な作業を穏便に埋め合わせて補うものとして、マルクス主義がそれらに関してはヨーロッパの哲学の展開の中で新しい一歩を形成したものとして叙述することができる、そのような諸問題の簡単な説明をすることから始めよう。//

0083/カール・ポパーの本の扉裏-「コミュニストの犠牲になった、無数の男女に捧ぐ」。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(1996)の次の読書のベースは、同・保守主義の哲学(PHP、2004)だ。すでに1月末に100頁以上読んでいたが、96年の上掲書を入手したので、年代的に古いその方に途中から切り替えて、前者は過日読み終えた。
 後者の保守主義の哲学は読了しておらず、全読了してから何かを書こうと思っていたのだが、引用・紹介したい部分が出てきた。
 カール・ポパーという人の名を、またこの人が反共産主義・保守主義の(中川によれば「バークとハイエクに次ぐ、偉大な功績を遺した」)思想家であることを、いかほどの日本人が知っているだろうか。
 科学方法論の分野でむしろ著名らしいが、中川によると1.(ヘーゲルの)弁証法批判、2.歴史(法則)主義批判、3.「全体主義」批判>共産主義批判の3点こそが、中核だ、という。
 ポパーはヘーゲル、コント、ミルそしてマルクスの思惟方法をhistoricism(「歴史(法則)主義」)と呼んで、『歴史(法則)主義の貧困』という本を1944年に刊行した。この本は翌1945年の『開かれた社会とその敵』および1958年の講演録「西洋は何を信じるか」とともに、代表作とされる。
 なぜか不思議にも卒然と引用・紹介したくなったのは、この本の次の「献詞」だ。
 「歴史的命運という峻厳な法則を信じたファシストやコミュニストの犠牲になった、あらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女への追憶に献ぐ。」(中川著p.236。「献ぐ」は「捧げる」と同じ意味だろう。)
 「犠牲になった」とは意図的にであれ結果的にであれ「殺戮」されたということを意味するのだろう。そうした「無数の男女」を想って、彼らのためにこの本を書いた、というのだ。
 1944年であれば、毛沢東の中国共産党の「犠牲」者はまだ少なかっただろう。それよりも、レーニン・スターリンのソ連「社会主義」への幻想がまだ強く存在していただろう。そういう時期に反ファシズムとともに反共産主義の立場を明確にしていたわけだ。
 そのことの偉大さもあるが、引用したくなったのは、「
コミュニストの犠牲になった、あらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女に想いを馳せたからに違いない
 
コミュニズム(共産主義、マルクス主義)のために、いったいなぜ多数の人々が生命を奪われなければならなかったのか。現在も某国や某国では続いているのだが、なぜこんな「悪魔の思想」のために貴重な生命が無為に奪われなければならないのか。
 死に至らなくとも、そして主観的には「幸福」で、主観的には「敵(=資本家階級・独占資本・帝国主義・反動勢力等)と闘った(闘っている)」と思っている人々も、客観的に見れば、無駄な、無為なエネルギーを、彼らのいう「闘い」や「運動」に注ぎ込んでいることは間違いない。一度しかない人生を、宗教の如き「ホラの大系」、宗教の如き「夢想的予言」を信じて送らなくてもよいではないか。
 本当は、日本共産党員をはじめとする共産主義「信奉」者全員に、早く今の「闘い」や「運動」から離れて、「組織」からも離れて、まっとうな、いや「ふつうの」生活をし人生を全うしてほしい、と呼びかけたい。ここでこんなこと書いても殆ど役に立たないことは解っているのだが…。
 繰り返せば、たった一度しかない、それも数十年間しかない人生を、「悪魔の思想」に取り憑かれて過ごしている人々は(日本にはまだまだたくさんいる)、残酷な言い方だろうが、本当に気の毒だ。やや感傷的にすらなってしまう。

0008/マルクス主義・社会主義国は何故簡単に大量殺戮するのか。

 20世紀は二つの大戦を経験して「戦争の世紀」とも言われる。しかし、第一次・第二次を合わせた大戦による死亡者(戦闘員・一般国民ともに含む)よりも多数の死亡者を出したものがある。共産主義であり、「社会主義国家」だ。中川八洋・正統の哲学…(徳間、1996)p.284は、根拠資料を示すことなく「総計で約二億人の殺害」と記す。その中にはカンボジアでのポル・ボトによる自国民の殺戮も当然含まれ、中川著p.237は「スターリンだけでも四千万~七千万の大量殺戮」とも書く。
 とすると、二〇世紀は「戦争の世紀」よりも、社会主義による殺戮の世紀と言った方がより適切ではなかろうか。ロシア革命により「社会主義国」が生れ、社会主義国の国家権力によって少なくとも1億人の国民が殺戮され(処刑・暗殺の他、収容所送り又は政策失敗が原因の飢餓によるものも含む)、社会主義国の大部分が1990年以降に崩壊した、というのが、20世紀の歴史の最も重要な流れ・基本線と見るべきではないか。従って、研究対象としては、ドイツ・ファシズムや日本軍国主義よりも共産主義と社会主義家こそが重要だ。
 なぜ共産主義が生れ、一時期は成功し、ほとんどの国で失敗に終わったのか、また何よりも、なぜに社会主義国において自国の政府によって少なくとも1億人の人々が殺戮されなければならなかったのか。
 スターリン、毛沢東、ポル・ポト等々の「人柄」・「性格」によるのではないことは間違いない。そして、依拠した思想、すなわちマルクス(・レーニン)主義が原因であることは明確だ。だが、なぜマルクス主義はかくも人命を軽視する(した)のか、というのはなかなか難しい問題だ。「全体主義」だから(この概念も使い方がかなり難しい)、国家・公共を個人よりも優先するから、というだけでは解り難い。中川・上掲書p.280-1は、簡単にコントを使って説明している。彼によると、「コントとヘーゲルを読めば誰でも「マルクス」になる」らしいのだが(p.279)、コントは、人の知性の発展により社会が「進歩」するのは「哲学的な大法則」に従うもので、かつ「社会的進化が主として死(=世代交替)を基礎」とする、と理解した。そして、人類全体の進歩又は社会の進歩には「世代交替を一定のスピードで」行う必要があり、人類全体・社会の進歩が絶対的価値をもつために「個々人の人間的配慮はなく個々人はこの価値実現の単なる手段に堕されている」。かかるコント哲学を継承したがゆえにマルクス主義は「個々人の生命について一顧だにしない、大量殺戮をためらわない非人間性」をもつ、という。
 なおも不分明さは残るが、ルソーの「自由」が「立法者」・「一般意思」への全面的帰依、死(=じつは「自由」の全剥奪)をも躊躇しない自己犠牲、を意味することも思い出すと、「狂気」の思想が少しは解った気になる。
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