François Furet, Lies, Passions & Illusions —The Democtratic Imagination in the 20 th Century.
(The University of Chicago Press/Chicago & London、2014/原仏語書、2012) 第5章・革命の過去と未来①。
本文はつぎの9の主題・表題からなる。順に、①思想と情動、②世界の終わり?、③ネイション—普遍的なものと個別的なもの、④社会主義運動・ネイション・戦争、⑤革命の過去と未来、⑥歴史家による追求、⑦ボルシェヴィズムの魅惑、⑧全体主義論、⑨過去から学ぶ。
連続しているのではないが、便宜的に各「章」として、さしあたりまず、第5章を試訳する。2回で完了の予定。
——
第5章・革命の過去と未来①。
(序)ロシアの社会は、1917年と1921年の間に粉々に破壊された。
テロルと強制収容所を考案したのは、スターリンではなかった。
党内の分派が禁止されたのは、1921年の第10回党大会でだった。
我々は、レーニンがほとんど絶望の中で死んだことを、知っている。
このことは、彼の著作物、最後の論考、病気が緩和していた間の考えから知られる。
つまり、レーニンは状況を多大なる悲しさをもって見ていた。そして、たしかに、レーニンとスターリンとの間には、違いがあった。
しかし、レーニンが先にいなかったとするなら、いったい誰がスターリンのことを考え得るだろうか。
(1)「うそ」という言葉の意味について、一致はない。
ソヴィエトのうそについて語るとき、私は、レーニンまたはトロツキーにあるどんな積極的なうそについても語ってはいない。
私は、客観的なうそについて語っている。
ソヴィエトと労働者の権力に関するうそは、ソヴィエトはいやしくも労働者の権力だとか、あるいは民主主義的な権力ですらあるという、間違った考え(false idea)だ。
このうそは、言葉と事実のあいだの、公式に裁可された矛盾を指し示す。//
(2)ジャコバン主義(Jacobinism)は、ソヴィエトに先行した超革命的経験だった。しかし、ソヴィエトは、まるで自分たち自身の革命の初期の形態のごとく、それを取り込んだ。
ボルシェヴィズムの魔術の一つは、ブルジョアジーを廃絶したがゆえに急進的で新しい革命は、革命的主意主義(voluntarism)の歴史に先行者を持つ、というものだった。
そうして、ボルシェヴィキは両面の役割を果たした。まず、過激で新しいけれども、伝統に則っていると主張する。そして、ジャコバン主義は独裁、テロル、主意主義、新しい人間の称揚、等々をボルシェヴィキが見出したところだったので、その伝統はジャコバン主義にのみあり得た、と主張する。
魅惑的なことは、フランス革命以降の革命は政治的な伝統になってもいた、ということだ。それは、1917年十月のために役立った。//
(3)十月とレーニンは復活するだろうと、私は思う。
スターリンは消滅し、捨てられるだろう。
しかし、レーニンはなおも、輝かしい将来を当てにすることができる。とくに、トロツキストの途を通じて。トロツキーは、スターリンの犠牲者としての立場によって—最終的には—利益を得た。
テロルの犠牲となったテロリストたちの処刑は、処刑者としての彼らの役割を拭い去ることだろう。
フランス革命期のダントン(Danton)に、少し似ている。
我々はいま、彼らが再生されるのを見ている。彼らは、最終的にスターリニストたることを免れ、神話を再び新しく作っているがゆえに、姿を大きくしている瞬間にある。
十月はつねに、その最初にあった魔術の何がしかを維持し続けるだろう、と私は思う。そして、創建の契機、夢、歴史から引き裂かれた一瞬にとどまり続けるだろう。//
(4)これら全ての背後には構築主義思想(constructivist idea)があることを、忘れてはいけない。
永続的に作出される対象としての社会、という考え方。
驚くべきことは、この思想はその起源をロシアにもったに違いない、ということだ。驚くべきというのは、ロシアは、その思想が具現化されるのに最も適していない国だからだ。
これはロシアの異質性(foreignness)に関係がある、と私は思う。
西側は数世紀にわたって、ロシアは何かが出現しそうな、神秘的な国だという考えを抱いて生きてきた。
このような感覚は、近代の始まりの時期にあった。
ソヴィエトの神話が誕生するに際して、この神秘さは少なからぬ役割を果たした。
全ての出来事ははるか遠くで起きた、奇妙なものだった。
西側には、ロシアについての、一種の終末論的見方があった。共産主義よりも古い見方だ。//
(5)もっと注目すべきなのは、多数の人々が共産主義思想を理由として、ロシアはヨーロッパの一国であるばかりかヨーロッパ文明の前衛(avant-garde)だと想像している、ということだ。
ロシアが共産主義の覆面を剥ぎ取られた今日ですら、ヨーロッパの人々にはロシアをどう理解すればよいかが分からない。
ヨーロッパ人は、習慣と対比の両方から、もう共産主義でないのだから「リベラル」だ、と見なす。
これは明らかに、馬鹿げている。
我々が痛々しく再発見しているのは、ロシアはヨーロッパにとっていかに異質(foreign)か、ということだ。//
——
第5章①、終わり。英訳書本文、p.31〜p.34。
(The University of Chicago Press/Chicago & London、2014/原仏語書、2012) 第5章・革命の過去と未来①。
本文はつぎの9の主題・表題からなる。順に、①思想と情動、②世界の終わり?、③ネイション—普遍的なものと個別的なもの、④社会主義運動・ネイション・戦争、⑤革命の過去と未来、⑥歴史家による追求、⑦ボルシェヴィズムの魅惑、⑧全体主義論、⑨過去から学ぶ。
連続しているのではないが、便宜的に各「章」として、さしあたりまず、第5章を試訳する。2回で完了の予定。
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第5章・革命の過去と未来①。
(序)ロシアの社会は、1917年と1921年の間に粉々に破壊された。
テロルと強制収容所を考案したのは、スターリンではなかった。
党内の分派が禁止されたのは、1921年の第10回党大会でだった。
我々は、レーニンがほとんど絶望の中で死んだことを、知っている。
このことは、彼の著作物、最後の論考、病気が緩和していた間の考えから知られる。
つまり、レーニンは状況を多大なる悲しさをもって見ていた。そして、たしかに、レーニンとスターリンとの間には、違いがあった。
しかし、レーニンが先にいなかったとするなら、いったい誰がスターリンのことを考え得るだろうか。
(1)「うそ」という言葉の意味について、一致はない。
ソヴィエトのうそについて語るとき、私は、レーニンまたはトロツキーにあるどんな積極的なうそについても語ってはいない。
私は、客観的なうそについて語っている。
ソヴィエトと労働者の権力に関するうそは、ソヴィエトはいやしくも労働者の権力だとか、あるいは民主主義的な権力ですらあるという、間違った考え(false idea)だ。
このうそは、言葉と事実のあいだの、公式に裁可された矛盾を指し示す。//
(2)ジャコバン主義(Jacobinism)は、ソヴィエトに先行した超革命的経験だった。しかし、ソヴィエトは、まるで自分たち自身の革命の初期の形態のごとく、それを取り込んだ。
ボルシェヴィズムの魔術の一つは、ブルジョアジーを廃絶したがゆえに急進的で新しい革命は、革命的主意主義(voluntarism)の歴史に先行者を持つ、というものだった。
そうして、ボルシェヴィキは両面の役割を果たした。まず、過激で新しいけれども、伝統に則っていると主張する。そして、ジャコバン主義は独裁、テロル、主意主義、新しい人間の称揚、等々をボルシェヴィキが見出したところだったので、その伝統はジャコバン主義にのみあり得た、と主張する。
魅惑的なことは、フランス革命以降の革命は政治的な伝統になってもいた、ということだ。それは、1917年十月のために役立った。//
(3)十月とレーニンは復活するだろうと、私は思う。
スターリンは消滅し、捨てられるだろう。
しかし、レーニンはなおも、輝かしい将来を当てにすることができる。とくに、トロツキストの途を通じて。トロツキーは、スターリンの犠牲者としての立場によって—最終的には—利益を得た。
テロルの犠牲となったテロリストたちの処刑は、処刑者としての彼らの役割を拭い去ることだろう。
フランス革命期のダントン(Danton)に、少し似ている。
我々はいま、彼らが再生されるのを見ている。彼らは、最終的にスターリニストたることを免れ、神話を再び新しく作っているがゆえに、姿を大きくしている瞬間にある。
十月はつねに、その最初にあった魔術の何がしかを維持し続けるだろう、と私は思う。そして、創建の契機、夢、歴史から引き裂かれた一瞬にとどまり続けるだろう。//
(4)これら全ての背後には構築主義思想(constructivist idea)があることを、忘れてはいけない。
永続的に作出される対象としての社会、という考え方。
驚くべきことは、この思想はその起源をロシアにもったに違いない、ということだ。驚くべきというのは、ロシアは、その思想が具現化されるのに最も適していない国だからだ。
これはロシアの異質性(foreignness)に関係がある、と私は思う。
西側は数世紀にわたって、ロシアは何かが出現しそうな、神秘的な国だという考えを抱いて生きてきた。
このような感覚は、近代の始まりの時期にあった。
ソヴィエトの神話が誕生するに際して、この神秘さは少なからぬ役割を果たした。
全ての出来事ははるか遠くで起きた、奇妙なものだった。
西側には、ロシアについての、一種の終末論的見方があった。共産主義よりも古い見方だ。//
(5)もっと注目すべきなのは、多数の人々が共産主義思想を理由として、ロシアはヨーロッパの一国であるばかりかヨーロッパ文明の前衛(avant-garde)だと想像している、ということだ。
ロシアが共産主義の覆面を剥ぎ取られた今日ですら、ヨーロッパの人々にはロシアをどう理解すればよいかが分からない。
ヨーロッパ人は、習慣と対比の両方から、もう共産主義でないのだから「リベラル」だ、と見なす。
これは明らかに、馬鹿げている。
我々が痛々しく再発見しているのは、ロシアはヨーロッパにとっていかに異質(foreign)か、ということだ。//
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第5章①、終わり。英訳書本文、p.31〜p.34。