再述になるが、新保祐司の産経7/05「正論」欄は、「戦後体制」または「戦後民主主義」を「A」と略記して簡潔にいえば、大震災を機に①Aは終わった、②Aはまだ続いている、③Aは終わるだろう(終わるのは「間違いない」)、④Aを終わらせるべきだ、ということを同時に書いている。レトリックの問題だなどと釈明することはできない、「論理」・「論旨」の破綻を看取すべきだ(私は看取する)。
上の点はともあれ、東日本大震災発生によって「戦後」は終わり、「災後」が始まった、ということを最初に述べたのは、菅直人に嫌われてはいない、東京大学教授・御厨貴だったようだ(月刊文藝春秋?)。
たしかに「災後」ではあるが、「戦後」はまだ終わってはいない、というのが私の認識だ。
井上寿一は産経8/03の「正論」欄の中で、「『8月15日』から始まった戦後日本の歴史のサイクルは『3月11日』に終わった」という一文を挿入している。「戦後日本の歴史のサイクル」という表現の意味が必ずしもよく判らないので断定できないが、3/11を戦後日本の最大の画期の如く(御厨貴と同様に?)理解しているとすれば、支持することはできない。
今年の3/11を語るならば、1993年の細川護煕を首相とする非自民連立内閣の成立も、その翌年94年の村山富市を首相とする自社さ連立政権の成立も、大きな歴史の画期だった。これらよりも重要な画期は、2009年総選挙後の民主党「左翼・売国」政権の誕生だったかもしれない。これらの内閣の変遷から視野を外しても、1995年のオウム事件・サリン事件は、戦後「民主主義と自由主義(個人主義)」の行き着いたところを示した、とも言いうる(当時にそんな論評はたくさんあったのではないか)。
誰でも自分が経験した目下の事象を(たんなる個人的にではない)社会的・歴史的に重要に意味を持つものと理解したがる傾向にあるかもしれないが、今年の3/11をもって「戦後」が終わったなどと論じるのは(あるいはそういう時代認識を示すのは)、「戦後」はまだ続いている、ということを糊塗・隠蔽する機能をもつ、犯罪的な言論だと考える。
1947年日本国憲法はまだ存続している。自衛隊の憲法上の位置づけに関する議論に画期的な変化が生じたわけではない。日米安全保障条約もそのままだ。なぜ、「戦後の終焉」を語ることができるのか。
3/11を機会に、「戦後レジーム」の終焉へと、あるいは憲法改正へとさらに奮闘すべきだ、という議論ならば分かる。
だが、「なすべき」次元の目標と客観的な現実とを混同してはならない。
根拠論考が(今の時点で)定かでないので引用し難いが、佐伯啓思は、この度の大震災を「戦後」の終わりを超えた、<近代>または(原発に象徴される)<近代文明>の終焉を示すもの(それの限界・欠陥を示すもの)と理解しているように見える(とりあえずは関係文献を参照要求できないが)。
かりに上のことがあたっているとすれば、反論は可能だ。
専門家ではないが、ニーチェ、キェルケゴールらは「近代」の限界・欠陥を強く意識したとされる。それは19世紀末だ。グスタフ・クリムトらの<世紀末>芸術運動も時期的には重なっている。何よりも、その後の第一次「世界」大戦こそがすでに、「近代」の終わりの象徴だったのではないか。第二次大戦の勃発も同様かもしれないが、その戦争の最後に「核兵器」が使われて十万人以上が一瞬にして生命を剥奪された、ということはまさしく「近代」(文明)の終わりそのものではなかったのだろうか。もう少し後にずらしても、1989年以降のソビエト解体・東欧「社会主義」諸国の終焉もまた、「近代」の終焉の徴表と理解することが不可能ではない。
「近代(文明)」の終わりなるものは、もう100年にわたって続いているのではないか? ついでながら、アンドロイド・スマートフォンとやらを含む近年のIT技術の深化・変容は、どのように歴史的に(文明史的に)位置づけられるのだろうか。
といったわけで、佐伯啓思のいくつかの文章をまじめに(?)読んではいるが(産経新聞、月刊正論、雑誌「表現者」内のものであれば必ず読む。ウェッジを買ったときまたは東海道新幹線のグリーン・カーを利用したときも読む(但し、連載は最終回を迎えた))、全面的に賛同しているわけではない。
余計ながら、最近のサピオ(小学館)で小林よしのりが、佐伯啓思の産経新聞6/20の佐伯「日の蔭りの中で/原発事故の意味するもの」を、佐伯啓思が<反原発>に立つものとして「さすが」と高く評価している。そのように<反原発>論者に理解されて、佐伯は不満を感じないのだろうか。
災害
菅直人および同内閣の<法的>感覚は少なからず異様であり、その点を問題にしないマスメディアもまたどうかしているのではないか。
前回までの続きで第三に、中西輝政も言及している災害対策基本法にもとづく措置に触れる。
災害対策基本法24条によると、内閣総理大臣は「非常災害が発生した場合において、当該災害の規模その他の状況により当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」は、「臨時に内閣府に非常災害対策本部を設置することができ」、設置したときはその旨を「直ちに、告示」しなければならず、同法28条の2によると、内閣総理大臣は「著しく異常かつ激甚な非常災害が発生した場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」は、「閣議にかけて、臨時に内閣府に緊急災害対策本部を設置することができ」、設置したときはその旨を「直ちに、告示」しなければならない。後者が設置されたときは、前者は廃止される(28条の2第三項)。
今時の東日本大震災のときは発生日の3/11に、後者の「緊急災害対策本部」が正式に設置されたようだ。
原子力災害対策特別措置法にも同様の規定があり、福島第一原発事故発生後に、同法16条にもとづいて、「原子力災害対策本部」が3/11に設置されたようだ。なお、災害対策基本法の場合と違って、これの設置には前提として内閣総理大臣による「原子力緊急事態宣言」が必要なので(同法16条)、この宣言もなされたものと見られる。
「原子力災害対策本部」が置かれる前提となる「原子力緊急事態宣言」にかかる原子力緊急事態」については、災害対策基本法にもとづく「緊急災害対策本部」に関する諸規定は適用されないので、原子力(原発)災害とこれ以外の地震・津波災害について、「原子力災害対策本部」と「緊急災害対策本部」という二種の<対策本部>があった(今でもある)ことになる。
地震・津波災害にかかる災害対策基本法のシステムと原子力災害対策特別措置法のそれとの大きな違いは、前者には「災害緊急事態」の布告という制度が上記の災害対策本部の設置とは切り離されて存在することだ(原子力災害の場合は、「原子力緊急事態宣言」→「原子力災害対策本部」で、一体化されている)。
すなわち、災害対策基本法105条第一項によると、「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる」。
この布告は「区域」・それを「必要とする事態の概要」・「効力を発する日時」 を明記して行われなければならず(同条第二項)、また、事後的な国会による承認が必要等の定めもある(106条)。
この「災害緊急事態の布告」を、現菅内閣は行なっていない。「当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」に該当しない、との判断をしたことになるが、はたして適切だったのかどうか。安全保障会議の招集・開催に関して書いたことと同様の問題を指摘することができるだろう。
次に述べるように、この布告がいかなる法的意味をもつかが問題であるとはいえ、この布告だけをしておくことも法的には可能だったはずだ。
さて、「災害緊急事態の布告」の重要な法的意味は、それを前提として、いわば<緊急(非常時)政令>を制定することができ、かつその政令(内閣が制定する)は次の事項を定めることができる、とされていることだ。以下は、109条第一項各号。
「一 その供給が特に不足している生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止
これらの制限(権力的規制)に対する違反には罰則を定めることも可能だと定められている(同条第二項)。
中西輝政は、前々回に言及したウェッジ7月号p.9で、次のように書いている。
首相が105条にもとづき「災害緊急事態」を布告すれば、「生活必需品の配給や日本中のガソリンを1カ所に集めて東北に送ることも、物資の買占めを制限することもできたにもかかわらず」、政府は布告せず、不可欠の各種制限をしなかった、と。
だが、このような中西輝政の理解と叙述は誤っている、と考えられる。
以上では意識的に省略したのだが、109条は、いわば<緊急(非常時)政令>を制定することができる場合を、「災害緊急事態に際し国の経済の秩序を維持し、及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合」とするほか、次の限定を加えている。
「…の必要がある場合において、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないとき」。
つまり、国会開会中等の期間には<緊急政令>を発することはできないのだ。3/11から今日まで、国会は開会され続けている。従って、「政府」>内閣かぎりでの判断によって、各種制限をすることはできないことになる。
だからといって、「災害緊急事態の布告」をしない、という決定的な理由になるわけではないだろう。また、上記のような諸事項(各種制限)は、<緊急政令>によってではなく開会中の国会による法律制定によって行うことができるのは当然で、内閣はいうまでもなく法律案を作成して国会に提出することはできた。
法的性格のあいまいな要請・お願い等々の弱腰の(?)措置を多用するのではなく、必要ならば、きちんと法律を改廃したり、新法律を制定すればよかったのだ。
はたして、それだけの見識と十分な意欲があったのかどうか、はなはだ疑わしい。そういう状況になった理由・背景の大きな一つはおそらく、<政治主導>とやらで、行政官僚が有している関係法令についての専門的知識とそれにもとづく「補助」を、菅直人らが嫌悪し忌避したからではないかと思われる。行政官僚を軽視した、彼らの意欲をそぐ<政治主導>とやらは、大災害に際して、国民をより<不幸な>状態に追いやってしまっているのではないか。
一 よく分からないことが多すぎる。菅直人は、あるいは民主党内閣そのものが、そもそも<法律にもとづく又は法律にしたがった>行政活動という考え方を理解していないか、無視する傾向にあるように感じる。法律(やそれ以下の政令等)の制定・改廃そのものが<政治>でもあるが、法律や政令等(以下、法令)があるかぎりは、それを内閣総理大臣をはじめとする行政部は遵守し、きちんと実施・執行すべきものだろう。また、既存の法令に不備・不都合があれば、淡々と改正や新法令の制定をすべきものだろう。
現憲法73条は、「内閣」の事務の一つとして「法律を誠実に執行」することを明記している(第一号)。
はたして菅内閣は「法律を誠実に執行」しているのだろうか、あるいはそもそも、そういう姿勢・感覚を身につけているのだろうか。菅直人にあるのは、<法的権限にもとづく政治・行政>よりも<権威による政治・行政>をより重視しようという感覚ではないかと思われる。法律は「国家」権力そのものなので、それをできるだけ忌避したいという<反国家>=<反法律>心情を有しているのではないかとすら疑いたくなる。あるいは、何となく国家中枢が溶融していて、シマリがないように感じてしまうのは、法令を遵守した行政とそうではない政治的に自由な(具体的な法令が存在しないために法令から自由な)行政との区別がきちんとついていない、ということにも原因があるのではないだろうか。
以下、専門的な議論に立ち入る能力はないが、いくつかの具体例を紹介し、またはそれらに言及する。こうした諸問題があるにもかかわらず、テレビの報道系番組はもちろんのこと、一般全国紙もまた、以下のような<法的>議論・問題についてほとんど論及することがないのは、いったい何故なのだろうか、というのも、最近感じる不思議なことでもある。
二 安倍晋三らもすでに批判的に指摘していることだが、今時の大震災・原発事故に関して、法律上の「安全保障会議」が召集・開催されなかった、という問題がある。
安全保障会議設置法(法律)によると、同会議は内閣に設置され、議長と議員で組織され、議長を内閣総理大臣、「議員」を総務・外務・財務・経済産業・国土交通大臣・防衛の各大臣、内閣官房長官、国家公安委員会委員長およびこれら以外に内閣総理大臣の臨時の職務代理者(内閣法10条)があるときはその者、が担当する(4条・5条)。
内閣総理大臣は、次に記す事項については、この会議に「諮らなければならない」と定められている(2条1項。 また、諮問なしにでも「意見を述べる」ことができる-2条2項)。
その法定の事項のすべてを列挙するのは省略して、今時の震災・事故が該当する(または、その可能性がきわめて高い)のは、9つの事項のうち最後に明記されている以下の事項だ。
「九 内閣総理大臣が必要と認める重大緊急事態(武力攻撃事態等、周辺事態及び前二号の規定によりこれらの規定に掲げる重要事項としてその対処措置につき諮るべき事態以外の緊急事態であつて、我が国の安全に重大な影響を及ぼすおそれがあるもののうち、通常の緊急事態対処体制によつては適切に対処することが困難な事態をいう。以下同じ。)への対処に関する重要事項 」。
一~八に列挙されているのは大雑把には国防(・防衛)の基本方針・大綱類あるいは「武力攻撃事態」・「武力攻撃予測事態」、「周辺事態」に関する重要事項であり、今時の大震災・原発事故に直接の関係はなさそうだ(但し、この災害を奇貨としてのテロ・内乱等が予想されれば、全くの無関係ともいえないことになろう)。
さて、今時の大震災・原発事故は、その地域的な広さおよび原発事故の深刻さの程度からみて、上にいう「我が国の安全に重大な影響を及ぼすおそれがあるもののうち、通常の緊急事態対処体制によつては適切に対処することが困難な事態」に該当するように考えられる。一~八号は別としても、今時のような災害発生が上の九号に該当しないとすれば、そもそもいかなる事態が九号に該当することになるのか(何のために九号があるのか)、きわめて疑わしいものと思われる。
たしかに上の事項には「内閣総理大臣が必要と認める~」という限定が付いており、内閣総理大臣の判断の<裁量>性が認められ、内閣総理大臣が「必要と認め」なければ安全保障会議に諮るべき事項ではないということに形式的にはなりそうだ。
しかし、今時の大震災・原発事故は、「我が国の安全に重大な影響を及ぼすおそれがあるもののうち、通常の緊急事態対処体制によつては適切に対処することが困難な事態」だと、内閣総理大臣が認めてしかるべき事態ではないかと思われる。すべてが内閣総理大臣の<政治的・政策的>な、自由な判断に委ねられている、とは考え難い。
そうだとすると、安全保障会議が招集・開催されず、「重要事項」についてその会議に諮ることなく震災や原発事故への対処がなされたことは、菅直人首相による「必要と認める」ことの懈怠を原因とする、安全保障会議設置法の基本的な趣旨に違反した違法な対応だったのではないか、と考えられる。
むろんその「違法」が法的にまたは裁判上どのように、またはどのような形で問題にされることになるのかはむつかしい問題があるだろう。だが、かりに訴訟・裁判上の問題に直結しなくとも、たんなる<政治>領域に押しやることができず、客観的には<違法=法律違反>を語ることができる場合のあることを承認しなければならないだろう。
まだあるが、長くなったので、第二点以降は、次回へと委ねる。
なお、上記法律7条には、「議長は、必要があると認めるときは、統合幕僚長その他の関係者を会議に出席させ、意見を述べさせることができる」とも定められている。
<保守>派に限られるわけでもないのだろうが、ときに奇妙な<法的>言説を読んでしまうことがある。
表現者37号(ジョルダン、2011年7月)の中の座談会で、柴山桂太(1974~、経済学部卒)は、こんな発言をしている(以下、p.46)。
「今回の大震災に関しても、…、復旧に関しては、ある程度超法規的措置をとらなければいけない。本来であれば国家が、非常事態で一時的に憲法を停止して…それで対応しなければいけないんだけれども、日本ではそれが出てこない。そもそも戦後憲法に『非常事態』というものに対する規定がないからです」。「日本は近代憲法を受け入れたんだけれども…、平時が崩れた時にどうするかという国家論の大事な部分を見落としてきたという問題も出てきている…」。
問題関心は分からなくはないが、俗受けしそうな謬論だ。この柴山という人物は憲法と法律を区別しているのか(その区別を理解しているのか)、「超法規的措置」という場合の「法規」に憲法は含まれるのか否か、といった疑問が直ちに生じる。
そして、「一時的に憲法を停止」しなければ非常事態に対処できないという趣旨が明らかに語られているが、これは誤りだ。
憲法に非常事態(あるいは「有事」)に関する規定がなくとも、あるいは憲法を一時的に「停止」しなくとも、憲法とは区別されるその下位法である法律のレベルで、<非常事態>に対処することはできる。
なるほど日本国憲法は「非常事態」に関する規定を持たないが、1947年時点の産物とあればやむをえないところだろうし、ドイツ(西)の憲法(基本法)もまた、当初から非常事態(Notstand)に関する規定を持ってはいなかった(彼我の現在の違いは改正の容易さ-いわゆる硬性憲法か否かによるところも大きいだろう)。
憲法が非常事態に対処するための法律を制定することを国会に禁止しているとは解せられないので(実際に、いくつかの「有事」立法=法律およびそれ以下の政令等が日本にも存在している。但し、いわゆる「有事立法」は自然災害を念頭には置いていない)、自然災害についても、現行法制に不備があれば法律を改正したり新法律を制定すれば済むことなのだ。
ともあれ、憲法に不備があるから非常事態に対応できない、というのは(不備は是正されるのが望ましいとは言えても)、真っ赤なウソだ。
JR系の薄い月刊誌であるウェッジ7月号(2011)の中西輝政「平時の論理で有事に対処/日本は破綻の回路へ」も、今回のような大災害に遭遇したとき、本来は「国家非常事態」を宣言して「平時の法体系とは別の体系」に移行すべきだったが、戦後日本の憲法には「そんな条項」はなく、「従って非常法体系も備わってはいなかった」と、柴山桂太と似たようなことを書いている(p.9)。
しかし、<憲法の一時停止>に(正しく)言及してはおらず、「平時の法体系とは別の体系」・「非常法体系」とは法律レベルのものを排除していない、と解される点で(日本国憲法に触れているために少し紛らわしくなってはいるが)、基本的には誤っていない。
上のことは、中西輝政が「現行法にもある災害対策基本法第105条」に(正しく)言及していることでも明らかだ。
次の機会に、「現行法」制度の若干を紹介し、それを菅直人内閣が適切に執行・運用しているかどうかという問題に言及する。これは、 阿比留瑠比も含む「政治部」記者が―法学部出身であっても―十分には意識していない(または十分な知識がない)問題・論点であり、震災に関するマス・メディアの報道に「法的」議論がほとんど登場してこない、という現代日本の異様な状態にも関係するだろう。
佐伯啓思が1775年にリスボンで大地震があり、カントが影響を受けて著書まで書いた〔『美と崇高の感情の観察』→『判断力批判』)、ということを初めて記したのはおそらく新潮45(新潮社)5月号だ(p.231-)。最近の表現者37号(ジョルダン、2011.07)の座談会「文明内部の危機」でも、同旨のことが語られている(p.39-)。
佐伯によると、ヴォルテールはアウグスティヌスやライプニッツの<神の創造した世界は最善>とかの「神学的」世界観を疑う契機とした。また、カントは、壮大な自然現象の恐怖・脅威を人間は理性と構想力で克服しようとし、そのような人間は「人格性」をもち、かつ「崇高」だ、と論じた。これは「近代的な理性中心の発想」に連なるもので、「ちょっと極端にいえば」、「リスボン大地震を一つのきっかけ」にして「自然を人間がコントロールできる」、そこに人間の「素晴らしさ、崇高さがある、という近代的なヒューマニズムのようなものが力を得てくる」。要するに、リスボン大地震はそういう(「近代」に向けての)「大きな価値観の転換をもたらした」。そして、佐伯啓思によると、今回の日本の大震災は、かかる「近代的な考え方」が限界を迎えたことを意味する、という(表現者37号p.40)。また、新潮45の5月号では、カントのような欧州近代(またはそれを用意した欧州啓蒙主義)の自然観とは異なるものとして、宮沢賢治の詩に見られる(日本の)自然観・死生観に言及している(p.234-)。
なかなか興味深いし、別のどこかで誰かが、ルソーの人間不平等起源論の「自然に帰れ」との反文明観の吐露もリスボン大地震の影響があったと書いていたこともついでに思い出す。
だがむろん、完全に釈然としているわけではない。ヴォルテールとカントだけを持ち出して、「欧州近代」へのリスボン大地震の影響は論証できるのだろうか、という疑問がある。「一つのきっかけ」程度で、リスボン大地震の影響を過大評価してはいけないとの議論もできそうだ。
また、自然災害を前にして自然と闘おうとする欧米(西洋)「近代」思想と、自然と「共生」しようとする日本的自然観・死生観との対比も上の佐伯啓思の論調には見られるようだが、そもそも「自然」環境そのものが、欧州と日本では異なる、ということが出発点なのではないか、という気もする。すなわち、自然観・死生観が異なるから大地震等々の「自然」現象への対処・対応が異なるのではなく、逆に「自然」環境が異質だからこそ、欧州と日本では自然観・死生観も異なるに至ったのではないだろうか。
1775年といえば明治維新から100年近く前の江戸時代・安永年間。その頃以降も日本ではいくたびも大地震・津波を経験したのだが、欧州については1775年の大地震まで遡らなければならないということ自体に、自然<大災害>の多寡が示されているようにも見える。
地域によって違うだろうが、土地の肥沃度では日本の方が総じて豊かなような気もする。しかし、地震、津波、台風といった自然現象による災禍は、古代からして欧州よりも日本の方がはるかに多く、そこから、日本(・日本人)には欧州とは異なる独自の自然観・死生観が育まれてきたのではないだろうか。
というようなことを考えていると、なかなかに面白い。
・この欄1/27に紹介したが、今年1月中に執筆したとみられる屋山太郎の月刊WiLL3月号(ワック、2011)の連載で屋山はこう書いていた。
「…総選挙をやって、自民党が政権を取れば、ましな政府ができるのか。…自民党は国民から見離されて大敗し、野党に転落したのである。一年四ヶ月の間に、大いに反省して生まれ変わったという証拠もない。/一方、『解散しろ』という建前論に従って、民主党が大敗必至の総選挙に打って出るわけがない。…」(p.22)。
屋山太郎は、しかし、2カ月ほどのちの 産経新聞3/15付「正論」欄でこう書く。
「民主党の命脈は6月までと考えていた。…失政で政局は行き詰まり、菅直人首相は総選挙を打つ構えだった」。
解散・総選挙をすべきではないし、するはずもないという趣旨の1月(菅直人改造内閣発足後)から3月半ばまでの間に、屋山の認識・見解を変えさせるような何があったのか?
屋山の論述は、こうつづく。
「菅氏のこれまでの政治には全く不満だが、当分この人物に大仕事を任せるしかない」。「非常時だから解散は求めない。その代わり…間違った路線の転換も同時並行的に進めなければならない」。
「間違った路線」とは、屋山にとってはまずは公務員制度改革の懈怠にあるのだろうから、この点でもじつは「お笑い」(重点・優先順序の判断の誤り)だ。だが、それよりも、屋山太郎は「菅氏のこれまでの政治には全く不満」だと言いつつも、「国民から見離されて大敗」した「自民党が政権を取」るよりは<マシ>だと考えていたのだろう。その旨が、この3/15付文章では伝わってこない。
また、「非常時だから解散は求めない」と書くが、それでは、「非常時」ではなかったら、屋山太郎は「解散」を求めたのか? 1月には「『解散しろ』という建前論に従って、民主党が大敗必至の総選挙に打って出るわけがない」と書いていたにもかかわらず、3/15付では「民主党の命脈は6月までと考えていた。…」と書いている。
この人の頭の中には、どこかに誤魔化し、自己撞着があるかに見える。結局のところ、「非常時だから解散は求めない」というあたりで後づけ的に自己の見解の矛盾を隠蔽しているかに見える。
このような感覚は、つぎの東京大学教授・御厨貴のそれと大きくは異なっていないようだ。御厨はむろん<保守派>ではない、<親民主党>のイデオローグ(デマゴーグ)だ。
・朝日新聞3/17付で御厨貴はこう発言している。
「あの日、大きな揺れに立ちつくしながら思ったのは、『これで菅直人政権は続く』だった。政治休戦は当然だ。…野党が与党の足を引っ張ることは許されない」。
とりわけ今回の大震災の被災者には、とくに上の太字部分の、東京大学現役教授の言葉をしかと憶えておいていただきたい。
・しかし、こんな見解もある。産経新聞3/16付「正論」欄で、佐々淳行はこう書く。
「野党の良識ある『政治休戦』で、土肥隆一…の…も、菅首相の…献金問題も吹き飛んだ感があり、『これで菅政権の寿命が延びた』との声もあるが、とんでもない話だ。菅氏は、ある程度、落ち着いたところで、東日本大震災の危機管理の失敗の責任を取って、総辞職すべきである」。
「『これで菅政権の寿命が延びた』との声」の中には、屋山太郎や御厨貴の<便乗的>な声も実質的・結果的には含まれているのではないか。
「東日本大震災の危機管理」の実態についてはなおも検証が必要かもしれない。しかし、大震災以前の政治的問題が消えてしまったと考えるのは、むろん誤りだ。
どのような時点で「ある程度、落ち着いた」と言えるかはむつかしいかもしれない。しかし、佐々淳行の言っていることはまさに「正論」だろう。
・それにしても、村山富市社会党委員長が首相になった翌年に1995年の阪神淡路大震災は起きた。自民党所属の経験のない、かつ与党に自民党がいない初めての首相である菅直人政権発足の翌年に今回の大震災は起きた。
理性的・合理的ではないことはよく分かっているつもりだが、これははたして偶然なのか?
被災者から見れば不適切な発言なのだろうが、石原慎太郎東京都知事が言ったという<日本に対する天罰>というのは、当たっているような気もする。日本人の「我欲」(戦後「個人主義」→エゴイストの大群の発生)が原因であるとともに、<左翼化>する日本に対する大自然の<警告>なのではないか。
週刊新潮3/24号の連載記事を、高山正之はこう締め括っている。
「二昔前の村山富市政権…。/今回の菅政権…。/単なる偶然とも思えない。罪深い政権はもうこれきりにしろという暗示か」(p.154)。
上の「正論」中で、佐々淳行は、より合理的に、湾岸戦争(海部俊樹首相)、サリン事件(村山富市首相)も含めてこう書いている。心して記憶しておいてよいものと思われる。
「…のように、弱い首相の時に、大事件が起きるという危機管理ジンクスがまたまた当たってしまった」。
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