菅野完・日本会議の研究(扶桑社新書、2016)。著者・菅野完、1974年生まれ。
この著は20-30万部売れ、「日本会議」本の先駆になったともされる。
おそらく少なくとも概略は全部読んだ。そして、当時の私はすでにある程度は、この本の叙述内容について知っていたような気がする。
→No.1377(2016/07)、→No.1629(2017/07)、→No.1660(2017/07)。
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当時に気にしていたのは、上の著が扶桑社新書の一つとして刊行されていることの不思議さだった。
当時は<新しい歴史教科書をつくる会>の分裂に関心があった。そして、その名を継承した団体の新教科書の発行元は自由社で、分裂したもう一方の八木秀次らの新団体の教科書の発行元は育鵬社になった、という知識があった。
また、育鵬社の上部会社は「扶桑社」で、かつ産経新聞社グループは、雑誌「月刊正論」も含めて、ときには西尾幹二や藤岡信勝を起用しつつ、主としては新団体=教育再生会議の側の味方をした、という知識もあった。むろん、「日本会議」は明確に後者の側に立った。西尾幹二は、日本会議や日本青年協議会を、少なくとも「分裂」の数年後までは、激しく批判・罵倒していた。
ついでながら、安倍晋三が後者の側に立って八木秀次らを厚遇したのは屋山太郎らの働きかけと安倍の無知・無関心に起因するのだろうと、当時は何となく推測していた。
しかし、当時とその後に書かなかったが、安倍晋三は小泉純一郎に重用され、彼の後継者として登場したのだから、小泉を「狂気の宰相」と称した書物を刊行した(かつ「郵政選挙」で城内実らの<反小泉・造反>グループを支持した)西尾幹二の名を知らなかったはずはなく、良い印象を持っていなかっただろう。むしろ、「日本会議」の支援を受ける自らに対する「敵」だと、西尾幹二・藤岡信勝グループを意識した可能性も高い(安倍晋三と産経グループの日枝久との関係もあったかもしれない)。
余談を挿入したが、ともあれ、菅野完の「日本会議」に関する批判的分析本が、親日本会議と推察されなくもない産経グループの扶桑社から出版されているのは、当時の私には奇妙だった。日本会議批判者=「左翼」だと二元的に判断して、菅野完を「左翼」の一人だと想像したような気もする。
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二 上の時期から10年近く経て、菅野完を「斎藤元彦(兵庫県知事)批判者」として知るようになった。
かつまた、2025年2月24日に神戸市で「県民集会」を成功させた、「兵庫県政を正常に戻す会」の「相談役」は、菅野完だった。
むしろ、「正常化する会」設立の唯一の発起人であり、その会の規約(会則)の草案すら用意していたのは、菅野完だった。したがって、彼自身はかなり遠慮した話し方も設立後はしているが、私には、菅野完はかなりの程度、上記の会(菅野によると「市民」運動団体だとされる)の創設者だと思える。
じつは私は、上記の団体の主張・見解あるいは感覚に、ほとんど賛同している。仔細はむろん省略して、斎藤元彦も、立花孝志も、「異常」だ。だから、菅野完のYouTube発信・投稿も、かなり熱心に視聴してきた(なお、伊東乾のブログでの早くからの斎藤元彦批判・分析も、読んでいる)。
だから、「兵庫県政を正常に戻す会」の今後に、大いなる関心を持っている。一度だけの、2月24日の「県民集会」開催で終わるのではないことが明言されてもいるからだ。
上の関心は、純粋な?「市民」運動、「市民」団体が日本の政治状況(政党・既存の「政治」団体の環境)の中でどの程度成立するのだろう、という関心と幾ばくかの危惧につながっている。
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2025年2月24日の「県民集会」は成功裡に終了したようで、準備会開催からわずか40日でこれができたのは、兵庫県民(および日本国民)の兵庫県政への関心の強さとともに、これを主導した菅野完等々の非凡な能力とこれまでの経験の蓄積によるところが大きいと思われる。
だが、100パーセント、無条件で支持するというのではなく(「反カルト思考」からすると当然だろう)、全国に同時配信されていたこの「県民集会」の内容、とくに登壇者の選定には、奇妙さと懸念を感じるところもある。
菅野完という人物にも、強い興味と関心をもっている。なかなかの人だ。
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