秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

音・音楽・音響

2971/伊藤浩介・脳と音楽(2024年)。

  1オクターブ内の音程の(4/3)に対する(3/2)の「比」である(9/8)という数字(数値)に着目して、1オクターブ内に(=1と2のあいだに)①5音、②7音、③12音〈それぞれ最後の2を含めて6音、8音、13音)を設定したことがあった。
 →No.2860・「ドレミ7音・1オクターブ12音の作り方」(2025/04/15)。
 最初の1、(4/3)、(3/2)、2の3音(4音)の音階をかりにAと称するとすると、上の①、②、③はそれぞれ、B、C、Dということになる(これらが上のNo.2680で用いた符号だった)。
 もう一度書くと、つぎのとおり。
 B—1、(9/8)、(4/3)、(3/2)、(27/16)、2。
 C—1、(9/8)、(4/3)、(81/64)、(3/2)、(27/16)、(243/128)、2。
 D—1、(256/243)、(9/8)、(32/27)、(81/64)、(4/3)、(1024/729)、(3/2)、(128/81)、(27/16)、(16/9)、(243/128)、2。
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  上のことを記したあとで、つぎの書物の一部を読んだ。
 伊藤浩介・脳と音楽—基礎から身につく「大人の教養」(世界文化社、2024年10月)。
 有用なことを書いてくれている。
 第一に、周波数比が、例えば1/8、1/4、1/2、1、2、4、8、…と変わっても、2の自乗数比の関係にあるので「同じ音に聴こえる」。これを、どの程度一般化しているのか知らないが、上掲の伊藤著は「オクターブ等価性」と称している。この言葉で表現できるのであれば、面倒な説明が省ける。
 第二に、音階の「螺旋モデル」の説明がある。「音楽的ピッチの螺旋モデルと螺旋階段モデル」とも表現されている。
 すでに秋月瑛二は知っていることだが、分かりやすい。
 但し、「らせん階段」を用いても、<上向型>のほかに<下降型>もあることに、言及されていない。どちらを使うかによって、「ピタゴラス・コンマ」の数値は異なる(+と-の違いすらある)。
 なお、ChatGPT と「議論」してみたが、ChatGPT は、ピタゴラス音律に関連して「螺旋」も<上向>型と<下降>型も知っていて、理解していた。
 第三に、上に記したCの段階で、他にも異なる「数値」を発見できることを秋月は知っているが、その一つ(最も単純で分かりやすいと思った)上のCにはきちんとした名前があるようで、伊藤著によると、この7音階(8音階)(=ピアノでは白腱でのみ弾かれる音階。但し、十二平均律では数値が異なる)は、「アイオニアン」と呼ばれる。他に、ドリアン、フリジアン等もあって、秋月は理解できる。
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  伊藤著は、一般に<ピタゴラス音律>による場合の7音(8音)設定方法に言及しつつ、 <独自の>説明方法も試みている。
 だが、この説明は、出発点自体に、じつは問題がある。
 これは伊藤も、自覚しているようで、あとで「小さなごまかしがありました」と明言している。したがって、伊藤の「新しい」説明の仕方も、完全なものではない。
 伊藤は、(4/3)に対する(3/2)の「比」である(9/8)に着目していつ。
 この点は私と同じで、共感する。
 しかし、上の(9/8)を「全音」と称するのはまだよいが、つぎの前提に立つのが、「小さなごまかし」だ。
 すなわち、1と(4/3)のあいだに全音二つと半音一つがあり、(3/2)と2のあいだにも全音二つと半音一つがある、という前提だ。
 そして、「半音」+「半音」=「全音」と理解したままだと、きれいな(伊藤が図示する)円環にはならない。伊藤も、ごまかし=「矛盾」から「ピタゴラスのコンマ」が生まれる、と自ら書いている(約1.0135のようだ。この数字は通例の計算方法によるのと同じではない)。
 伊藤のさしあたり<独自の>説明に従って計算すると、伊藤も理解しているだろうように、(9/8)の2.5乗は(4/3)にならず、(9/8)の6乗はちょうど2にはならないわけだ。 
 こんなことに気づかせてくれて、その意味では有用で興味深い書物だ。
 なお、秋月瑛二による上記のC(やD)の音階では、「コンマ」は生じない。
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2943/伊藤友計・西洋音楽の正体(2021年)。

  伊藤友計・西洋音楽の正体—調と和声の不思議さを探る—(講談社選書メチエ、2021)
 熟読して読了したのではないから、きちんとした紹介をすることはできない。
 しかし、一瞥のかぎりで、または一瞥した部分には、私自身の関心と結論らしきものと同じことが書かれている。それで、心強く感じて、取り上げたくなった。
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  途中にこんな文章がある。第一部第三章から。
 「もとをたどれば、西洋音楽も半音と全音だけを音楽の構成要素としていたわけではない」。「『音楽』という『音の組織化』を図るのに、その素材が半音と全音だけでならないということはまったくない」。
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 まとめ的部分である<終章>には、こんな文章がある。
 「音階も、和音も、調性も、自然の直接の産物ではない」。
 「西洋音楽は、人間の知的営為が長年の時間の中で、歴史的、文化的、民族的、宗教的等に構築してきた人間の所産である」。
 「西洋音楽は自然と人為、必然と偶然、理解と誤解、共感と反発、論理と非論理といったさまざまな要素が、互いに溶け合い、混ざり合って、それらが見分けのつかなくなるほど渾然一体となってしまったアマルガム/合金のようなものとして、われわれの前にある」。
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  秋月瑛二が関心をもってきたのは、日本にあるらしき、〈十二平均律〉を前提とした「音楽理論」や「楽典」というものは、「音」・「音楽」に関する科学的または自然科学的な、聴覚に関する生物学的・生理学的な探求の結果として出来上がっているものでは全くない、ということだった。
 だから〈十二平均律〉につながった〈ピタゴラス音律〉等にも興味をもったし、一オクターブはなぜ12音(最後を含めて13音)で分割されるのか、ドレミ…はなぜ7音(最後を含めて8音)なのか、と素人ながら考えた。
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 上の著の終章の表題は「音楽と自然」だ。
 ここで「自然」とは、私なりに言い換えると、ヒト・人間の生物的・生理学的本質のことだ。そして、「音」または「音楽」について<当然に>または<自然に>得られる何らかの定式があるだろう、ということを含意している。
 なお、一定の音(基音)の周波数が例えば2倍になると1オクターブの上の音になり二つの音は「同じ」音として重なって聴こえるとか、基音の3/2倍や4/3倍の音はいずれも「協和性」が最も高い音として聴こえる(今日言うドとソ、ドとファの関係にほぼ近い)というのは、「自然」に属するのではないか、と私には思える。
 これがヒト・人間のいつの時代からか、旧石器時代か、日本での縄文時代か弥生時代か、ではなく、もっと古くからだろうと思われるが、私に断定はできない。
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 「音楽」は自然と人為の両面で成り立つ、というのはレヴィ=ストロースも言っていたようで、上の著者は、彼のつぎの文章を引用している(1964年の『神話論理』の中の「生のものと火を通したもの」から)。
 「音楽は二つの格子を使う。ひとつは生理的であって、それゆえ自然のものである。…。もうひとつの格子は文化的である。それは音楽で使われる音の階梯であり、音の数と隔たりは文化によって異なる。
 「音楽の背後には、感覚的経験の自然の組織がある。だからといって音楽が自然の組織の支配下にあるというわけではない。」
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  今日に世界を圧倒している「西洋音楽」は、〈十二平均律〉も含めていうと、旧石器時代やさらにそれ以前から世界に支配的であったのではなく、たかだか19世紀に成立・確立したものだ。
 当時の日本、明治期の日本は、急いで「文明開花」し欧米の科学技術等を「学び、吸収する」過程で、おそらく間違いなく、当時のドイツの「音楽理論」を急いで<輸入>した。
 そして、今日がある。「西洋音楽」の成立・確立過程での種々の対立や論争、19世紀とは異なる音楽状況(ちなみにJ. S. バッハは17世紀)にはほとんど関心を持たれなかった(とりわけ学校教育や芸術系の官学で)。
 そのようにして、日本の「近代音楽」が始まった。国歌・君が代も、日本にいたドイツ人音楽家の採譜(・編曲?)によるとされる。正確には、辻田真佐憲・ふしぎな君が代(幻冬社新書、2015)参照。
 但し、雅楽や三味線・尺八等が演奏する楽曲には、おそらく「西洋音楽」に吸収され得ない「日本」的な音律や旋律等々があるかにも思える。興味深いテーマだ(ここで「日本的」とはいつ頃に起源があるか、は大問題ではあるのだが)。
 とは言え、「西洋音楽」は、〈十二平均律〉や「五線譜」による楽譜表記も含めて世界をほぼ完全に支配していて(日本の演歌・歌謡曲類もその範囲内にある)、「音楽」に関する電子的技術類にも前提として採用されているようだ。とすると、この趨勢は、人類の「文化」あるいは人間の精神的・知的営為の一つの分野で、今後少なくとも数百年は続くのではないか。
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2914/私の音楽ライブラリー059。

 1969年の楽曲。

 130→時には母のない子のように/カルメン・マキ
  作詞・寺山修司、作曲・田中未知 〔Sho Fukamachi〕

 131→何故に二人はここに/Kとブルンネン
  作詞・山上路夫、作曲・鈴木邦彦 〔。おいちゃん〕

 132→涙の季節/ピンキーとキラーズ
  作詞・岩谷時子、作曲・いずみたく 〔四季守〕

 133→ときめき/布施明
  作詞・山上路夫、作曲・村井邦彦 〔Ka Fu〕
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2912/聴覚・音・楽譜について。

  この欄ですでに書いたことがあるように、人間が(耳・鼓膜を通じて)聴くことができる音の範囲(可聴領域)は、20Hz〜20,000(=20k)Hzだと、たいてい記述されている。
 ここでHz は、音の周波数(他に電波等)の単位で、1Hz とは1秒間に1回振動すること(=1周波数)を意味する。
 したがって、20Hzとは1秒間あたり20周波数、20kHzとは20,000周波数を意味する。このHz の数、周波数が大きくなればなるほど、「音」は「高く」なる(大きさ・強さとは別)。
 上記のとおり、どの人間にも全く聴こえないとされる高さ・低さの音もある(20kHz以超、20Hz未満)。生物としてのヒト・人間の限界だろう。
 健康診断での「聴力検査」は左右の耳についてかつ高低二音について行なわれるが、その高低二音は、1,000Hzと4,000Hz(1kHzと4kHz)であるらしい。この範囲(1,000Hz〜4,000Hz)を聴くことができれば、日常生活にほぼ支障はない、ということではないかと思われる。
 この範囲は、上記の20Hz〜20,000Hzと比べると、かなり範囲が狭い。
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  88腱(白鍵の他に黒鍵を含む)のピアノは、腱ごとに叩いて出す音の高さが国際的に決められているようで、その周波数は、最も左の腱は27.5Hz、最も右の腱は4186.009Hzであるらしい。
 最も左の腱による音の高さ(低さ)を「A0」と称しており、その音から右へ12音ごとに1オクターブずつ高くなっていく。
 12番め(最初を含めると13個め)は55.000Hz(A1)、24番め(25個め)は110.000Hz(A2)、36番め(37個め)は220.000Hz(A3)、48番め(49個め)は440.000Hz(A4)、60番め(61個め)は880.000Hz(A5)、72番め(73個め)は1,760Hz(A6)、84番め(85個め)は3,520Hz(A7)になる。
 周波数が2倍になるごとにちょうど1オクターブずつ高くなっていくことは、これまでに何度も触れている。
 まだ87番め(88個め=最右端)まであり、この最右端の腱の高さが上記の4186.009Hzで、「C8」になる。
 27.5Hz〜4186Hz余という範囲も、上記の20Hz〜20.000Hと比べて狭く、だいぶ小さい方に偏っている。また、最低音部もそうだが、カタカタとだけ鳴る最高音部がピアノで弾かれることは、ほとんどなさそうに見える。
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 以上のうち演奏上重要な基準となる音は、中央やや左のA3=220Hzか、中央やや右のA4=440Hzだろう。
 この440Hzは、音の高さ・音程を調整する場合の基本音として使われているようだ。とくに、ピアノを含む、その他の諸楽器との合奏との場合には。
 但し、国際的取決めと言っても、ピアノ一台による単独の演奏の場合には、各音の高さの「関係」は重要だが、中央やや右の「A」を440Hzに厳格に設定することにこだわる必要はない。「調律」の際にやや高い442Hzに設定することも多い、とか言われる所以だ。電子機器による音楽・楽曲の作成等の増加に伴い、「440Hz」が支配化しつつあるともされるけれども。
 A0〜A7というように「A」という符号が使われるのは、それらがいわゆる「イ短調」の基音だからに違いない。例えば、A=「ラ」と仮定すると、A3からA4へと、「白鍵」はラシドレミファソラシドと上がって行く。
 なぜ「C」(=ド)ではなく「A」に区切りのよい数字のHz数が与えられたかは、私には不明だ。もっとも、「A」も音楽上重要ではあることは間違いないだろう。
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  混声合唱曲において男声部と女性部それぞれの楽譜が作られているだろう。その場合、それぞれの楽譜に「A」や「C」等々の音が記載されているとしても、「同じ」高さの音ではない、と考えられる。
 男声と女声とでは、1オクターブ程度の高さの違いがあると思われるからだ。
 そうだとすると、同じ「下のA」に楽譜上は記載されていても、男声の場合は110Hz(A2)、女声の場合は220Hz(A3)の音なのではないだろうか。「上のA」は、それぞれ220Hz(A3)と440Hz(A4)ではないか。
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 楽譜上一定の音として指定されていても、楽器によっては、「下のA」とか「上のA」とかの音が国際的指定どおりに発せられない、演奏されない、ということがある。
 比較的によく知られているのは、理由・経緯を私は知らないが、ブラスバンド(吹奏楽団)だろう。多くの楽器の場合(トランペット、トロンボーン等)、「B♭」で書かれている。
 「B♭」で書かれている、というのは、楽譜上は「C」と記載される音であっても、その楽器を演奏すれば実際には、あるいは「正確には」、「B♭」の音が発せられる、ということをいう。「C」に限らず、全ての音が「C」→「B♭」のように一音ずつ下げられるので、演奏全体に支障はない。
 ブラスバンドの楽器にはホルンのように「E♭」で書かれる楽譜を利用するものもあり、「F」で書かれる楽器もある、と聞いたことがある。
 このように、「楽譜」が示す音というのはかなり便宜的で、融通性があり、相対的なものだ。
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  「楽譜」と言えば、ト音記号のものであれ、へ音記号のものであれ、「五線譜」と言って、左右に五つの線が平行に書かれて、その上または中間に「音符」が記載されるものが、いわば「定番」だ。
 なぜ1オクターブはドレミは7音(8音)で、なぜ全てで12音(13音)なのかと疑問に感じる者である私は、やはり疑問に思う。
 なぜ「楽譜」は「五線譜」なのか
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 この「五線譜」には、じつは奇妙なところがある。
 よく目にするト音記号の楽譜を想定する(へ音記号のものもそうだが)。
 イ短調かハ長調でなければ、♯または♭が用いられる。楽譜内とだけいうよりも、楽譜の冒頭の左上にも記載されて、「調」を指定する働きをする。
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 ドレミ…はイタリア語でCDE…と同じ意味らしいから全く不正確で、厳密には誤りかもしれないが、「絶対音」を表記する場合に「CDE…」を、「相対音」を表記する場合に「ドレミ…」を用いることにしよう。
 上の後者は、各々の音楽・楽曲の「調」の違いごとに揺れ動く相対的音階の一部を表記するものだ。私は「絶対音感」が全くないが、「調」ごとの(相対的)音階はほんの少しは理解できるので、上の区別は重要だ。
 「絶対」音とは別に、各「調」での基音や途中での(相対音としての)例えば「ミ」が分かったりすると、簡単な曲だと、「相対音階」(ドレミ化された旋律)をほぼ理解できることがある。
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 さて、「五線譜」で不思議なのは、ハ長調・イ短調だと、E♯、B♯およびF♭、C♭という音が、五線譜の一番下の線および中央の三番めの線の上で表記されないことだ。また、これら以外の「調」の場合は、「ミ♯」、「ファ♭」、「シ♯」、「ド♭」を線上または線間に表記することができない(又はしない)ということだ。
 その他の音(音符)の場合は、♯と♭のいずれも付かない場合といずれかの一つが付く場合の二つがある。「楽譜」から見ると、楽譜の線上や線間が二つの役割を果たすことが予定されている。
 しかし、上に挙げた場合は、そうではない。
 これは不公平・不平等?ではないだろうか。ともかくも、音(音符)によって扱いが異なっていることは、明確だと考えられる。
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 このようになった背景には、やはり<ピタゴラス音律>以来の、音楽にかかわった人間の歴史がある、と考えられる。私が試みた「ドレミ…7音(8音)の作り方」でも、(ドレミの7-8音に限ると)E-F、B-Cの間が「間差」が最も小さくなる。
 また、音律設定の歴史を継承している<十二平均律>において、E-F、B-Cだけが「半音」になる。
 このような歴史を色濃く反映しているのが、現在に圧倒的支配的な「五線譜」という楽譜だろう。決して、自然の、あるいは必然的に生じたものではない、と思われる。
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 上の点はさて措き、1オクターブ12音(13音)を前提としつつ、「歴史から」全く自由に楽譜の構成方法を探ると、どういうものが考えられるだろうか。
 それは、<六線譜>にすることだ。
 1オクターブに12音(最後を含めて13音)あるのだから、「6線」があると、♯や♭を全く用いることなく、「6線」の線上か線間または線に沿って、全ての音(音符)を指定することができる。
 例えば、一番下の線(第一線)の下に線に沿って「C」の音符を書くと、第一線上はCとDの中間音になり、第一線と第二線の間が「D」になる。こうして上に進むと、第六線の上に線に沿って「上のC」を指定することができる。
 「6線」あれば足りる、と言えないだろうか。
 五線譜の楽譜で冒頭の左上に♯または♭を何個か記すことで、楽譜の途中に♯や♭をいちいち記載するのを省略することはできる。だが、いちいちそれを見たり、思い出したりしなくとも、<六線譜>ならば差し支えないだろう。
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 以上はかなりの「お遊び」だ。
 現在の「五線譜」だと、補助線を下に二つ、上に一つ引けば、何と2オクターブを表現することができる。上に提案?した<六線譜>だと、1オクターブ以上を表記するのはなかなか困難だ(補助線が多くなりすぎる)。
 また、楽曲によって「基音」が同じではないので、あるいは「調」が異なり得るので、そうした「変化」にどう対応するかという問題もある。
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 だがしかし、現在の「五線譜」も決して自然に、または不可避的に誕生したのではなく、<ピタゴラス音律>を含む種々の「音律」の設定の試みに並行して「歴史的に」生まれたものであることに、留意しておきたい。
 音・旋律・楽曲を「紙」・「文書」の上で再現する、表現するのは、決して簡単なことではない。
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2895/私の音楽ライブラリー058。

 私の音楽ライブラリー058。
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 128 →小椋佳・とき—1976年。〔motoko takeuchi〕
  小椋佳・歌唱、同・作詞、同・作曲。

 129 →小柳ルミ子・恋の雪別れ—1973年。〔hirornn728〕
  小柳ルミ子・歌唱、安井かずみ・作詞、平尾昌晃・作曲。

 097〈再〉→五輪真弓・雨宿り—1981年。〔itchelielie〕

 033〈再〉→井上陽水・ジェラシー—1981年。 〔kantarokanna〕
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2888/私の音楽ライブラリー057/クラシック㉗〜㉚。

 クラシック㉗〜㉚。
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 ㉗Tchaikovsky, Symphony No.4 in F-minor, op.53.
 →Herbert von Karajan, Berlin Phil. 〔Arig Sallehuddin〕

 ㉘Tchaikovsky, Violin Concerto in D, op.35.
 →Janie Jansen, Paavo Järvi, Berlin Phil. 〔Torns B.〕

 ㉙Tchaikovsky, Piano Concerto No.1 in B♭-minor, op.23.
 →Anna Fedorova, Yves Abel, Deutsche Nordwest Phil. 〔AVROTROS Klassiek〕

 ㉚Tchaikovsky, Serenade for Strings in C, op.48.
 →Seiji Ozawa, Saito Kinen O. 〔Korean.neri92〕 *第1楽章のみ.
 →Concertgebow Chamber O. 〔AVROTROS Klassiek〕
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 以上で、「クラシック30曲」終わり。

2880/私の音楽ライブラリー055/クラシック㉓〜㉖。

 ライブラリー056/クラシック㉓〜㉖
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 ㉓Schumann, Symphony No.1 in B♭, op.38. 〔Avrotros kiassiek〕
 →Gerald Oskamp, Phil. Südwestfalen.

 ㉔Schumann, Cello Concerto in A-minor, op.129.
 →Jacqueline du Pre. 〔Araks Gyulumyan〕
 →Kian Soltani, Christoph Esschenbach, SWR SymphO.〔Kian Soltani〕

 ㉕Schumann, Piano Concerto in A-minor, op.54.
 →Helene Grimaud, Thomas Hengelbrock, NDR Elbphil. 〔ARD Klassik〕

 ㉖Skoryk, Melody (the High Pass).
 →Daniel Hope, Alexey Botvinov. 〔Deutsche Grammophon〕
 →Camille Thomas, Nayden Todorov, Sophia PhilO. 〔Camille Thomas〕
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2860/ドレミ7音・1オクターブ12音の作り方。

 2023年6月〜8月に「『ドレミ』はなぜ『7音』なのか」を連載?していたが、中途で終わっている。
 M・ヴェーバーの『音楽社会学』や「日本音階」研究がすでに明治時代にあって「岩波文庫」に残っていることに気づいて、それらに関心が移ったことにもよる。
 また、丁寧または厳密に音設定の可能性を全て考慮する、ということを試みたからでもあった。
 再開して、一挙に、実際に私なりの「ドレミ…7音」の設定方法を示す。
 さらには、上の1オクターブ7音を基礎にして、1オクターブ12音も私なりに設定する。これらは、ピアノでの7つの「白鍵」と残り5つの「黒鍵」の成立ちもきっと説明するだろう。
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  何度も書いたように、ヒトにとって、ちょうど1オクターブ違う音(音波数比が2または1/2の乗数)の発見に次いで重要だったのは、1に次ぐ2と3の数字を利用して1オクターブのあいだに新しい音を設定することを発見したことだろう。仔細は省略して、つぎの並びの3音が得られる。最後の1オクターブ上の2は〔、2〕と記す。
 A—①1、②4/3、③3/2〔、2〕。*3音(2を含めて4音)。
 以下に共通する<秋月瑛二の音の設定方法>の要点はつぎのとおり。
 01、得られている(隣り合う)各音の間の周波数比を確認する。この差を「間差」と呼ぶことにする。
 02、「間差」が最大の部分の中に新しい音を設定することにする。
 03、最大の「間差」のある下の(低い)音の周波数比に可能なかぎり既出の数値を掛けて、新しい音の周波数比び関する数値とする。
 以上を繰り返す。最大の「間差」部分の発見、下の(低い)音を基準とすること、可能なかぎり既出の数値の選択、の3点が要点だ。
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  実際に、Aから5音設定へと発展させる。「間差」は最後の2との間も含めて3箇所にできる。
 Aでの「間差」。
 01→4/3=4/3÷1
 02→9/8=(3/2)÷(4/3)
 03→4/3=2÷(3/2)
 最大の「間差」は4/3だ。4/3=1.333333、9/8=1.125。
 「間差」4/3のある下の(低い)音に既出の「9/8」を掛けて、新しい音の周波数比とする。すると、つぎの並びが得られる。新しいのは、②と⑤だ。
 B—①1、②9/8(=1x(9/8))、③4/3、④3/2、⑤27/16(=(3/2)x(9/8))〔、2〕。*5音(2を含めて6音)。
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  Bでの「間差」。最後の2との間も含めて5箇所ある。
 01→9/8=(9/8)÷1
 02→32/27=(4/3)÷(9/8)
 03→9/8=(3/2)÷(4/3)
 04→9/8=(27/16)÷(3/2)
 05→32/27=(2)÷(27/16)
 最大の「間差」は32/27だ。32/27=1.185185…、9/8=1.125
 「間差」32/27のある2箇所の下の(低い)音に既出の「9/8」を掛けて、新しい音の周波数比とする。すると、つぎの並びが得られる。新しいのは、③と⑦だ。
 C—①1、②9/8、③81/64=(9/8)x(9/8)、④4/3、⑤3/2、⑥27/16、⑦243/128=(27/16)x(9/8)〔、2〕。*7音(2を含めて8音)。
 以上で、1オクターブ内に、7音(2を含めて8音)が設定できた。
 それぞれに、ドレミの語を当てると、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ(・ド)になる。もちろん、現在に耳にするドレミと同じではない(だがよくは似ている)。
 これが最初に得られる7音(8音)だとすると。これらにのみピアノ・オルガン類でで「白鍵」を与えるのも理由がある、ということになるだろう。
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  7音(2を含めて8音)からさらに12音(2を含めて13音)へと発展させる。
 Cでの「間差」。最後の2との間も含めて7箇所ある。
 01→9/8=(9/8)÷1
 02→9/8=(81/64)÷(9/8)
 03→256/243=(4/3)÷(81/64)
 04→9/8=(3/2)÷(4/3)
 05→9/8=(27/16)÷(3/2)
 06→9/8=(243/128)÷(27/16)
 07→256/243=2÷(243/128)
 最大の「間差」は9/8だ。9/8=1.125、256/243=1.053497…。
 「間差」9/8のある5箇所の下の(低い)音に既出の「256/243」を掛けて、新しい音の周波数比とする。すると、つぎの計12音(13音)の並びが得られる。新しいのは、②、④、⑦、⑨、⑪だ。
 D—①1
 ②256/243
 ③9/8
 ④32/27=(9/8)x(256/243)
 ⑤81/64
 ⑥4/3
 ⑦1024/729=(4/3)x(256/243)
 ⑧3/2
 ⑨128/81=(3/2)x(256/243)
 ⑩27/16
 ⑪16/9=(27/16)x(256/243)
 ⑫243/128
 ⑬2。
 横に並べると、1、256/243、9/8、32/27、81/64、4/3、1024/729、3/2、128/81、27/16、16/9、243/128、2。
 新しい5音は256/243、32/27、1027/729、128/81、16/9で、最も数字が多くても(1027/729)で、32/27、16/9というきわめて簡潔な数字(分数)も出てくる。
 以上で、1オクターブ内に12音(最後の2を含めて13音)が設定できた。自然に作業していくと、11でも13でもなく、12音が得られた。
 これらを、半音記号の一つを用いて、ドレミ…に加えて、つぎのように並べることもできる。
 ド・レ♭・レ・ミ♭・ミ・ファ・ソ♭・ソ・ラ♭・ラ・シ♭・シ(・ド)。
 上のCでの7音が「白鍵」だとすると、上の半音記号(♭)付きの音はピアノ・オルガン類では「黒鍵」とすることが考えられる
 「黒鍵」数は5つだ。
 しかも、ミ・ファ、シ・ドの間には「黒鍵」が入らないので、5つの「黒鍵」は左の2つ、右の3つに分かれることになる。これは、現在のピアノ・オルガン類と同じだ。
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  以上の全ては、A—①1、②4/3、③3/2〔、2〕の3音(2を含めて4音)から出発している。その際に、②と③の「間差」が「9/8」であることに気づいたことが大きい。
 Cでの7音(2を含めて8音)は、意識的に7音になるよう「企てた」のではない。隣り合う各音の「間差」の最大部分を、既出の数値を使って二分して新しい音を増やしていくと、計2回の作業でCへと至った。
 Dでの12音(2を含めて13音)についても全く同じで、12音になるよう意識的に「企てた」のではない。
 Cでの各音の「間差」は同じ数値のものが5カ所あったことから、結果として5音増えて、7+5で12音になったにすぎない。意識的な「操作」は全くない。
 それでも、ある程度は(完全にではないが)均等に分配された7音、12音を1オクターブ内に、素人の秋月瑛二でも設定することができた。
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  以下は「秘密」の暴露ではなく、「偶然」なのかどうか不思議に思っていることだ(但し、F-Gが9/8というのは意識していなかったが、C-Dがピタゴラス音律では9/8だという知識はあった)。
 第一。Cの7音は、最もよく提示されるピタゴラス音律での7音と分数値が完全に一致している。
 第二。Dの12音は、ピタゴラス音律で得られる各音のうち、最初の5音をα方式(上昇型・時計回り型・プラス方式)、残りの7音をβ方式(下降型・反時計回り型・マイナス方式)で設定した場合の分数値と合致している。
 いずれにせよ、つぎのことは言えるだろう。
 ピタゴラス音律とは一定の音の周波数値を2乗・4乗していって1〜2の範囲内になるよう2・4〜で除する(割る)または一定の音の周波数値を1/2乗・1/4乗していって1〜2の範囲内になるよう2・4〜で乗じる(掛ける)ことによって1オクターブ内に12音(2に近い音を含めて13音)を発見しようとするものだ。
 だが、このような複雑な(かつピタゴラス・コンマを残す)作業を行わなくても、今回に秋月瑛二が行った方法によっても、同じような結果を得られのではないだろうか。
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2858/私の音楽ライブラリー052/クラシック⑤〜⑨。

 30の「クラシック」音楽曲の、YouTube へのリンク。⑤〜⑨。
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 ⑤Brahms, Symphony No.1 in C-minor, op.68.
 →Karl Böhm, Wiener PhilO. 〔akise san〕

 ⑥Brahms, Symphony No.4 in E-minor, op.98.
 →Herbert von Karajan, Berliner Phil. 〔karajan 7〕

 ⑦Brahms, Hungarian Dances No.1 in G-minor.
 →Simon Rattle, Berliner Phil. 〔Deutsche Grammophon〕

 ⑧Chopin, Piano Concerto No.1 in E-minor, op.11.
 →Martha Argerich, Franco Mannino, ORTF PhilO. 〔Mc Interz〕

 ⑨Chopin, Nocturn No.20 in C♯-minor, op.posth.
 →Wladyslaw Szpilman. 〔profslump20078〕
 →Nobuyuki Tujii. 〔Classical Vault 1〕
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2853/私の音楽ライブラリー051/クラシック①〜④。

 いくつかの「クラシック」音楽曲について、YouTube にリンクをはる。
 前回に掲載した22曲で「十分」と書いたが、改めて聴き直して、次の8曲を追加し、計30曲とした。
 YouTube の音質は「AAC」らしいので、いわゆる「ハイレゾ」ではない。「ハイレゾ」音質で聞くには、CDかそれに対応した配信かつ「ハイレゾ」対応の聴取・再生装置(スピーカー・イアフォン等)が必要だ。
 Albinoni, Adagio in G-minor.
 Dvorak, Violin Concerto in A-minor, op.53.
 Grieg, Piano Concerto in A-minor, op.56.
 Khachaturyan, Masquerade Suite.
 Liszt, La Campanella.
 Skoryk, Ukrainian Melody.
 Tchaikovsky, Symphony No.4 in F-minor, op.54.
 Tchaikovsky, Violin Concerto in D, op.35.
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 クラシック①〜④。
 ①Albinoni, Adagio in G-minor.
 →Stjepan Hauser. 〔HAUSER〕
 →Lara Fabian. 〔Lala Fabian〕

 ②Bach, Violin Concerto No.1 in A-minor, MWV1041.
 →Hillary Hahn, O. M. Wellber, Deutsche KammerPhil. Bremen.〔Bachology〕

 ③Beethoven, Symphony No.5 in C-minor, op.67.
 →Seiji Ozawa, NHK SymphO. 〔小林一夫〕

 ④Beethoven, Piano Concerto No.5 in Es, op.73.
 →Rosalia Gomez Lasheras, Joseph Bastian, Duisburger Phil.〔Rosalia Gomez Lasheras〕
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2850/私の音楽ライブラリー050/クラシック。

 いわゆる「クラシック」音楽曲を全て渉猟して聴くのは不可能だ。
 私には、以下の22曲を繰り返し聴くので十分だろう。
 Mahler、Shostakovich、Schoenberg は選んでいない。
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 Bach, Violin Concerto No.1 in A-minor, MWV1041.
 Beethoven, Symphony No.5 in C-minor, op.67.
 Beethoven, Piano Concerto No.5 in Es, op.73.
 Brahms, Symphony No.1 in C-minor, op.68.
 Brahms, Symphony No.4 in E-minor, op.98.
 Brahms, Hungarian Dances No.1 in G-minor
 Chopin, Piano Concerto No.1 in E-minor, op.11.
 Chopin, Nocturn No.20 in C♯-minor, op.posth.
 Dvorak, Cello Concerto No.2 in B-minor, op.104.
 Dvorak, Slavonic Dances in E-minor, op.72-2.
 Mozart, Symphony No.40 in G-minor, K.550.
 Mozart, Violin Concerto No.3 in G, K.216.
 Mendelssohn, Symphony No.3 in A-minor, op.56.
 Mendelssohn, Violin Concerto in E-minor, op.64.
 Saint-Saens, Cello Concerto No.1 in A-minor, op.33.
 Saint-Saens, Introduction & Rond Capriccioso, op.28.い
 Schubert, Schwannengasang, D957, IV, Serenade in D-minor.
 Schumann, Symphony No.1 in B♭, op.38.
 Schumann, Cello Concerto in A-minor, op.129.
 Schumann, Piano Concerto in A-minor, op.54.
 Tchaikovsky, Piano Concerto No.1 in B♭-minor, op.23.
 Tchaikovsky, Strings Serenade in C, op.48.
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2795/私の音楽ライブラリー048。

 音楽ライブラリー048。
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 Saint-Saens, Introduction & Rondo Capricciso op.28.
 010〈再掲〉→Natsuho Murata, 2019. 〔International Music & Arts〕
 010-02 →Kristine Balanas, Latvian National SO, 2023. 〔Kristine Balanas〕

 Vi Iz Dus Gesele.  〈=あの娘の家はどこに?〉
 051-01〈再掲〉→The Barry Sisters, Vi iz dus geseleh ?, 2010.〔Albertdiner〕
 051-09 →The Alibi Sisters, Vi Iz Dus Gesele ?, 2023. 〔The Alibi Sisters〕
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2794/私の音楽ライブラリー047。

 音楽ライブラリー047。
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 030(再)→小椋佳・冬木立、作詞·作曲/小椋佳、1978年。〔eisin555〕
 125 →小椋佳・忍ぶ草、作詞·作曲/小椋佳、1978年。〔濱田将司〕

 126 →愛田健二・京都の夜、作詞/水島哲・作曲/中島安敏、1967年。〔京都いろは通信〕
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2793/私の音楽ライブラリー046。

 音楽ライブラリー046。
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 123 →NSP・八十八夜 作詞=作曲/天野滋、1978年。〔Hisaki Tube〕
 124 →柴田淳・誰にも言わない 作詞=作曲/柴田淳、2017年。〔柴田淳〕
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2792/私の音楽ライブラリー045。

 音楽ライブラリー045。
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 119 →シグナル・二十歳のめぐり逢い 作詞=作曲/田村功夫、1975。〔Nostalgic Melody〕
 120 →谷山浩子・河のほとりに 作詞=作曲/谷山浩子、1977。〔Nostalgic Melody〕
 121 →NSP・面影橋 作詞=作曲/天野滋、1979。〔penchanotohime〕
 122 →長渕剛・順子 作詞=作曲/長渕剛、1980。〔長渕本人〕
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2776/私の音楽ライブラリー044。

 音楽ライブラリー044。
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 117 Katie Melua, Fields of Gold, 2016. 〔Official〕

 118 Billie Eilish, No Time to Die, 2020. 〔Official〕
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2751/私の音楽ライブラリー043。

 私の音楽ライブラリー043。
 君をのせて/Castle in the Sky.(作詞・宮崎駿、作曲・久石譲)
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 116-01 →井上あずみ .〔SeanNorth公式〕
 116-02 →Sarah Alainn. 〔Taro Canned〕
 116-03 →Trillme Festival 2022. 〔Trillme Festival〕
 116-041→Concert Paris/Behind the Scenes. 〔Timothee Wurth〕
 116-042 →Concert Paris 2024. 〔nabii_Lise〕
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2749/私の音楽ライブラリー042。

 私の音楽ライブラリー042。
 再掲。046-07だけが新規。
 Kvitka Cysik, 1953,04〜1998,03, An Americn Singer from Ukraine.
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 046-06 Elena Yerevan, →Moonlit Night. 〔Ashot Sargsyan〕
 046-07 Kvitka Cysik, →Starry Night. 〔- Topic〕

 086-01a Kvitka Cysik, →Cheremsyna. 〔Vasil Nikolaevich〕
 086-01d Kvitka Cysik, →Spring’s Song.〔- Topic〕
 086-03b Elena Yerevan, →Cheremsyna. 〔Ashot Sargsyan〕

 105-01a Kvitka Cysik, →Where are you now ? 〔- Topic〕

 111a Kvitka Cysik, →Youth does not return. 〔- Topic〕

 112-01b Kvitka Cysik, →You light up my life. 〔Yulia Radova〕
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2733/私の音楽ライブラリー041。

 私の音楽ライブラリー041。
 Frederic Chopin, Nocturn No.20 in C-sharp Minor, op.posth.
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 003<再掲> →Nobuyuki Tsujii. 〔Classical Vault 1〕
 003-02 →Alice Sara Ott. 〔音楽の灯〕
 003-03 →Maria J. Pires.〔- Topic〕
 003-04 →Wladyslaw Szpilman. 〔profslump20〕
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2726/私の音楽ライブラリー040。

 私の音楽ライブラリー040。
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 Robert Schumann, Cello Concerto in A-minor op.129.
 001<再掲> →Jacqueline du Pre. 〔Araks Gyulumyan〕
 001-02 →Mischa Maisky, L. Bernstein, WienerPhO. 〔Classical Vault 1〕
 001-03 →Kian Soltani, C. Eschenbach, Stuttgart-Freiburg SWR-SO. 〔Kian Soltani〕
 001-04 →J.-G. Queyras, P. Heras-Casado, Freiburger BarrockO. 〔DW Classical Music〕
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2722/私の音楽ライブラリー039。

 F. Mendelssohn, Symphony No.3 in A-minor op.56. 1830〜42.

 002 (既)→No.2639—Karajan, Berlin Pho. 〔Berlin PhilharmonicOrchestre-Topic〕

 002-02 →Claudio Abbado, London SO. 〔The Just Sound〕

 002-03 →Paavo Järvi, Tonhalle O Zürich. 〔Tonhalle-Orchester Zürich〕

 002-04 →Kurt Masur, Leibzig GewandthausO. 〔EuroArtChannel〕
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2719/私の音楽ライブラリー038。

 A. Mozart は〈純正律〉をさらに修正した〈中全音律〉で自らの曲を弾いていた、と書いている文献もある。
 以下のBach の曲はMozart より前で、1708年に作曲されたとされる。
 この時期には〈十二平均律〉はまだ支配的でなかった(支配的になるのは19世紀以降)。楽譜は残っていても「録音」は残っていない。
 興味をそそられるのは、どのような音律、音階だったか、だ。
 以下は全て〈十二平均律〉によっているだろう(それでも、ピアノと弦楽器では少しだけ違って感じるのは気のせいだろうか)。J. S. Bach 自身の旋律では、より透明で、和音も〈より美しい〉ものだった、という可能性はないのだろうか。
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 J. S. Bach, Adagio from Conzert in D-minor, BWV924-II.
 038 〈再〉→Khatia Buniatshvili.〔Marcia M.〕
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 038-02 →Glenn Gould. 〔Irina Bazhovka〕
 038-03 →Irina Lankova. 〔Official Channel〕
 038-04 →Mstislav Rostropovich. 〔Topic〕
 038-05 →Mischa & Lily Maisky. 〔Mischa Maisky〕
 038-06 →Stringspace String Quartet. 〔StringspaceLive〕
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2717/私の音楽ライブラリー37。

 私の音楽ライブラリー37。
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 097<再>→五輪真弓, 雨宿り, 1983. 〔hgwctu〕

 113 →五輪真弓, 運命, 1981.〔キッキ --〕
 114 →五輪真弓, 時計, 1983.〔Janet Lee〕
 115 →五輪真弓, 密会, 1985.〔Kurume Kuru〕
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2716/M·ウェーバー叙述へのコメントの詳述。

 以下、No.2715に再掲したかつてのコメントを詳しくしたもの。
 ——
  前々回のNo.2714に再掲したM·ウェーバーの叙述を、秋月瑛二はたぶんほぼ正確に理解することができた。M·ウェーバー<音楽社会学>に接する前に、ピタゴラス音律、純正律、十二等分平均律について、すでにかなり知っていたからだ。
 だが、日本の音楽大学出身者も含めて、いかほど容易にM·ウェーバーの、1911年〜12年に執筆されたとされる文章(のまさに冒頭)〔前々回に再掲〕の意味を理解することができるか、かなり怪しいと思っている。
 上のコメントをさらに詳しくしておこう。
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   n/(n+1)では(前者が分母だと理解しないかぎりは)「過分数」にならないから(この点、M·ウェーバーは「逆数」で語っているとの説明もある)、(n+1)/nのことだと理解しておこう。
 M·ウェーバーはこう叙述する。「いま或る開始音から出発して、まず最初はオクターヴで、次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で「圏」状に上行または下行すると、この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 「最初はオクターブで」とは、「ある開始音」の音波数(周波数)を2倍、4倍、〜、1/2倍、1/4倍、〜、としてみることだろう。これらの場合、音の(絶対的)「高さ」は変わっても、「オクターブ」の位置が変わるだけで、ヒトの通常の聴感覚では、きわめてよく「調和」・「協和」する<同じ>音に聴こえる。これは、ホモ・サピエンス(人類)の生来の<聴覚>からして、自然のことだろう。
 だが、「同じ」音ではなく、「異なる」音を一オクターブの中に設定しようとする場合に、種々の問題が出てくる。
 M·ウェーバーが「次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で」という場合の「5度」とは<3/2>を、「4度」とは<4/3>を、意味していると解される。
 脱線するが、興味深いことに今日の〈十二平均律〉の場合でも、日本の音楽大学出身者ならよく知っているだろうが、「完全5度」、「完全4度」という概念・言葉が用いられている(「完全2度」や「完全3度」等々はない)。しかし、その数値は「完全1度」(=従前と同じ音)の音波数の<3/2>や<4/3>ではない。もっとも、このような用語法が残っているということ自体、〈ピタゴラス音律〉が果たした歴史的意味の大きさを示しているだろう、と考えられる。
 M·ウェーバーがつづけて「過分数によって規定された他の何らかの関係で」というのは、上の(n+1)/nのn が2、3の場合が<3/2>、<4/3>だから、nを増やしていって、<5/4>、<6/5>等々を意味しているのだろう。但し、主要な場合として<3/2>、<4/3>を、とくに<3/2>を、想定していると見られる。
 さて、M·ウェーバーによると、これらの新しい数値を選んで、①<「圏」状に上行または下行すると>、②「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 この①の明記が、日本でよく見られる〈ピタゴラス音律〉に関する説明には欠けている観点だ。
 だからこそ、「何らかの関係で『圏』状に上行または下行すると…」との部分は「今日の日本でのピタゴラス音律の説明について秋月瑛二が不満を感じてきたところを衝いていると思える」、とNo.2641で記した。
 その趣旨を詳しく記述しなかったのだが、以下のようなことだ。
 わが国で通常に見られる〈ピタゴラス音律〉に関する説明は、ほぼもっぱら「上行」の場合のみで説明をし、「下行」の場合をほとんど記述していない。
 上の②にあるように、「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」のだが、「『圏』状」での「上行」の場合は「ピタゴラス・コンマ」は必ずプラスの数値になる。「圏」という語を使うと、「圏」または「円環」上の位置が進みすぎて、元の音よりも(例えばちょうど1オクターブ上の音よりも)少し「高く」なる。
 したがって、日本でのほとんどの説明では、「ピタゴラス・コンマ」はつねにプラスの数値になる。
 しかし、「『圏』状」での「下行」の場合は「ピタゴラス・コンマ」は必ずマイナスの数値になる。すなわち、「圏」または「円環」上の位置が元の音よりも(例えばちょうど1オクターブ上の音よりも)少し「低く」なる。「圏」または「円環」上の位置が進み「すぎる」のではなく、進み方が少し「足らない」のだ。
 なお、今回は立ち入らないが(すでに本欄で言及してはいるのだが)、「上行」と「下行」の区別が明確でないと、「ある開始音」をC=1とした場合のFの音の数値を明確に語ることができない。「下行」を用いてこそFは4/3になるのであり、「上行」では4/3という簡素な数値には絶対にならない。
 **「下行」の場合の計算過程と「マイナスのピタゴラス・コンマ」について、→No.2656/2023-08-04
 ——
  M·ウェーバーはこう叙述した。「例えば、(2/3)12乗にあたる第十二番目の純正5度は、(1/2)7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである」。
 上の「(2/3)12乗」は<3/2>の12乗のこと、「(1/2)7乗」は<2/1=2>の7乗のこと、だと考えられる。また「第七番目の8度」とは<7オクターブ上の同じ音>だと解される。たんに「8度」上の音とは1オクターブだけ上の「同じ」音を意味するからだ(こういう「8度」の用語法は、〈十二平均律〉が支配する今日でも見られる)。
 こう理解して、実際に上の計算を行ってみよう。本当に「…よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きい」のか。
 ここで先に、秋月がすでに行っている、(プラスの)ピタゴラス・コンマの計算結果を示しておく。
 昨2023年年の8月に、この欄に示したものだ。そのまま引用はせず(×(3/2)ではなく×3÷2という表記の仕方をしていることにもよる)、表記の仕方をやや変更する(計算結果はむろん同じ)。参照、→No.2655/2023-08-03
 M·ウェーバーの叙述の仕方と異なり、わが国で通常のように、(3/2)を乗じつつ、<1と2の間の数値になるように>、必要な場合にはx(1/2)の計算を追加する。但し、⑫は2を少しだけ超えるが、ほとんど2だとして、そのままにする。
 ********
 ⓪ 1。
 ① 1x(3/2)=3/2。
 ② 3/2x(3/2)x(1/2)=9/8。
 ③ 9/8x(3/2)=27/16。
 ④ 27/16x(3/2)x(1/2)=81/64。
 ⑤ 81/64x(3/2) =243/128。
 ⑥ 243/128x(3/2)x(1/2)=729/512。
 ⑦ 729/512x(3/2)x(1/2)=2187/2048。
 ⑧ 2187/2048x(3/2)=6561/4096。
 ⑨ 6581/4096x(3/2)x(1/2)=19683/16384。
 ⑩ 19683/16384x(3/2)=59049/32768。
 ⑪ 59049/32768x(3/2)x(1/2)=177147/131072。
 ⑫ 177147/131073x(3/2)=531441/262144。
 ********
 この⑫が、「(3/2)の12乗にあたる『第十二番目の純正5度』」の数値に該当する。
 ところで、迂回してしまうが、上のような計算の過程で、ほぼ1オクターブ(1とほぼ2)のあいだに、異なる高さの12個の音が発見されていることになる。⓪〜⑪の12個、または①〜⑫の12個だ。このことこそが、1オクターブは12の異なる音から成る、という、今日でも変わっていないことの、出発点だった。
 その異なる12個の音は任意の符号・言語で表現できる。⓪=1を今日によく用いられるC〜G,A,BのCとし、さらに(説明としては飛躍するが)C〜G,A,Bの7「幹音」以外の5音を♯を付けて表現すると、つぎのようになる。以下のアルファベット符号(+♯)が示す音の高さ(音波数)は、今日で支配的な〈十二平均律〉による場合と(C=1を除いて)一致していない。また、以下は〈上行〉系または〈♯〉系の12音階だ。
 ⓪=C、⑦=C♯、②=D、⑨=D♯、④=E、⑪=F〔注:♯系だと4/3ではない〕、⑥=F♯、①=G、⑧=G♯、③=A、⑩=A♯、⑤=B、⑫=C'
 *********
 迂回してしまったが、あらためて、⓪と⑫の比、同じことだが上に記したCとC'の比、を求めてみよう。
 分数形の数字はすでに出ている。つまり、531441/262144
 これを電卓で計算すると、小数点以下10桁までで、こうなる。2.0272865295
 2にほぼ近く、2と「見なして」よいかもしれない。しかし、正確には少し大きい。
 ちょうど2との比は、小数点以下10桁までで(以下切り捨て)、2.0272865295/2=1.0136432647.
 これの端数、つまり 0.0136432647 が、プラスのピタゴラス・コンマだ。
 M·ウェーバーにおける①「(3/2)の12乗にあたる『第十二番目の純正5度』」と②「第七番目の8度」という表現の仕方に忠実に従うと、つぎのようになる。 
 小数点以下9桁までで区切る。
 ①「(3/2)12乗」=3の12乗/2の12乗=531441/4096=129.746337891.
 ②「第七番目の8度」=「2/1(=2)の7乗」=128.
 これら①と②は、相当に近似しているが同一ではない。
 差異または比は、つぎのとおり。小数点以下10桁まで(以下切り捨て)。
 129.746337891/128=1.0136432647.
 端数は、0.0136432647. これは、上での計算の結果と合致している。
 ——
  以上のとおりで、「5度」=(3/2)の乗数音は2(1オクターブ)の乗数音とは、「手続をたとえどこまで続けても、…同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 そして、「〔3/2の〕12乗にあたる第十二番目の純正5度は、〔2の〕7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである」(M·ウェーバー)。
 だがしかし、(3/2)の12乗数が2の7乗数に相当に近づくことも確かだ。
 言い換えると、1と2の範囲内に、またはほぼ2になるように、(3/2)の乗数に1/2を掛ける、ということを続けると、12乗めで、2に相当に近づく。
 このことが、繰り返しになるが、1オクターブは異なる12音で構成される、ということの、「12」という数字の魔力・魅力に助けられての、出発点になった。10音でも、15音でもない
 ——
  以上では、引用した(再掲した)M·ウェーバーの叙述の三分の一ほどを扱ったにすぎない。
 彼はつづけてこう叙述する。
  「西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法は、オクターヴを5度と4度に、次に4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割することである。
 以上の音程は、いずれも、2、3、5という数を基にした分数によって構成されている。」
 さて、「4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割する」とは、いったいどういうことか。
 No.2641のコメントでは、こう触れた。「純正律は『2と3』の世界であるピタゴラス音律に対して『5』という数字を新たに持ち込むものだ。そして、今日にいう<C-E-G>等の和音については、ピタゴラス音律よりも(<十二平均律>よりも)、協和性・調和性の高い音階または『和音』を形成することができる」。
 つまり、上のM·ウェーバーの叙述は、(1を除けば)2と3という数字のみを用いていた〈ピタゴラス音律〉に対して「『5』という数字を新たに持ち込む」ことでさらなる「合理化」を図る方法が発展した、と言っている。
 この「西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法」とは、M·ウェーバーはこの用語を用いていないが、〈純正律〉という音律のことだ。
 M·ウェーバーは詳しく、こう説明している。
 「5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割する」。
 さらに、つぎのようにも補足している。
 「まず『主音』と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な『三和音』を構成する。
 そして次に、三和音を構成する諸音(ないしそれらの8度音)を一オクターヴ内に配列すれば、当該の主音を出発点とする『自然的』全音階の全素材を、残らず手に入れることになる。」
 --------
  以上の叙述の意味を詳細に説明することは必ずしも容易ではない。
 ここでは、つぎのようにコメントしておこう。
 「4度はいちおうどけておいて」とは、とりあえず(4/3)には拘泥しないで、という意味だ。
 そして、この〈純正律〉では、あくまで今日によく用いれれている符号を利用するだけだが、C-E-G(ド-ミ-ソ)の和音を重視する。
 なぜそうしたかの理由は、秋月の推測になるが、〈ピタゴラス音律〉でのC-E-G(ド-ミ-ソ)の和音に満足できなかった人々も多かった、ということだろう。
 〈ピタゴラス音律〉でC-E-G(ド-ミ-ソ)の和音の三音は、上に示した表から導けば、つぎのような音波数(高さ)の並びになる。①C(ド)=1、②E(ミ)=81/64、③G(ソ)=3/2
 とくに②E(ミ)について、これ以上に簡潔に表現される数値にすることができない。
 これに対して、〈純正律〉は、これら三音を、つぎのように構成する。
 ①C(ド)=1、②E(ミ)=80/64=10/8=5/4、③G(ソ)=3/2
 ①と③は変わらないが、②を、81/64ではなく、80/64=10/8=5/4へと、1/64だけ小さくする。
 そうすると、①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)の三音は、①1、②5/4、③3/2、という並びになる。
 各音の比に着目すると、②5/4=①1×(5/4)、③3/2=②5/4×(6/5)、だ。三音はそれぞれ、1、1×(5/4)、(5/4)×(6/5)。
 つまり、①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)の三音は、4-5-6という前者比関係に立つことになる。
 これが、秋月のかつてのコメントで、「純正律は『2と3』の世界であるピタゴラス音律に対して「5」という数字を新たに持ち込むものだ」と記したことの意味だ。
 この4-5-6という三音関係は、〈純正律〉では、α①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)のみならず、β①F(ファ)、②A(ラ)、③C(上のド)、θ①G(ソ)、②B(シ)、③D(上のレ)へも適用される。
 余談ながら、秋月が学んだかつての音楽教科書には、ドミソ・ドファラ・シレソが<長調の三大和音>だとされていた。
 だが、上に記したように、この「三大和音」は実質的には同じ三音関係だ。すなわち、4-5-6の三音関係の順番を少し変更しただけのことだ(ファラド→ドファラ、ソシレ→シレソ)。
 M·ウェーバーは、「5度音」を「二種類の3度で算術的に分割された5度」という叙述の仕方をし、「二種類の3度」を「長3度」と「短3度」と称している。
 ここで、「長3度」=5/4「短3度」=6/5、であることが明らかだ。
 もう一度、M·ウェーバーの叙述を引用しておこう。
 「和音和声法は、まず『主音』と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な『三和音』を構成する」。
 これは、「下方5度音」を前提にする場合の「短調」の場合に関する叙述を含んでいる。
 「長調」の場合は、要するに、4、4×(5/4)=5、4×(5/4)×(6/5)=6の三音が「和音」となる。
 この三音から成る「和音」は〈ピタゴラス音律〉の場合と同じではない。
 既述のように、〈ピタゴラス音律〉では、C-E-G(ド-ミ-ソ)三音は、1、81/64、3/2。
 これに対して〈純正律〉では、1、5/4、3/2。
 どちらが「美しい」かは主観的な感性の問題だが、どちらが「調和的」・「協和的」かと問えば、答えは通常は〈純正律〉になるだろう。音波(周波数)比がより簡潔だからだ(なお、同じことはますます、〈十二平均律〉と比べても、言える)。
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 このような長所、優れた点を〈純正律〉はもつが、欠点も大きい。
 この欠点を、かつての秋月のコメントはこう書いた。
 「純正律では、全音には大全音と小全音の二種ができ、それらを二分割してその片方を(純正律での)『半音』で埋めるとしても、大全音での残余、小全音での残余、元来の(純正律での)「半音」という少なくとも三種の半音が生まれる。このような音階は(かりに『幹音』に限るとしても)、<十二平均律>はもちろん、ピタゴラス音律よりも簡潔ではなく、複雑きわまりない。」
 上の趣旨をM·ウェーバーがかつて淡々と述べていたと見られるのが、引用(・再掲)したつぎの文章だ。
 「オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在し、いずれの場合にも、二番目の全音が小全音で、それ以外はすべて大全音である」。
 「オクターヴの内部に次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの『半音階的』音程が生ずる」。
 「全音には二種類あるので、二つの半音階音のあいだには、大きさの異なる二種類の剰余音程が生ずる。
 しかも、全音階的半音と小半音の差は、さらに別の音程になるのであるから、ディエシスは、いずれも2、3、5という数から構成されているとはいえ、三通りのきわめて複雑な数値になる」。
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 現在のわれわれのほとんどは、「半音」、つまり〈十二平均律〉では全12音の隣り合う音のあいだの間隔は一種類の「半音」だ、ということを当たり前のことと考えている。「全音」は半音二つで成るのであって、これも一種類しかない、ということも同様だろう。
 したがって、「全音」には二種がある、「半音」には①「大全音での残余」、②「小全音での残余」、③「元来の〔純正律での〕半音」という三種類がある、という音階・音律を想像すらできないかもしれない。
 しかし、これが、「5」という数字を導入し、かつC-E-G(・F-A-C・G-B-D)という三音関係の「調和」性・「協和」性を重視した(ある意味では「執着した」)結果でもある。
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 二種の「全音」、三種の「半音」の発生の〈仕組み〉、計算過程を説明することは不可能ではないが、立ち入らないことにしよう。
 また、〈純正律〉はまったく使いものにならない、というのでもない。
 移調や転調をする必要がない場合、ということはおそらく間違いなく、ピアノやバイオリンによる一曲だけの独奏の場合、発声による独唱の場合は、むろん事前の調律・調整が必要だが、使うことができる。また、訓練次第で、そのような独奏や独唱の集合としての合奏や合唱もまた可能だと思われる。
 現に、〈純正律〉(や〈十二平均律〉以外)による楽曲はCDになって販売されているし、YouTube でも流れている。
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 以上。

2715/M·ウェーバー・音楽社会学(No.2641)—部分的再掲②。


 No.2641での秋月の「若干のコメント」の再掲。
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 若干のコメント
  〔No.2715において省略〕
  「音楽理論」との関係に限定すれば、つぎのことが興味深く、かつ驚かされる。すなわち、この人は、ピタゴラス音律および純正律または「2,3,5」という数字を基礎とする音律の詳細を相当に知っている。
 そして、上掲論文(未完)の冒頭で指摘しているのは、ピタゴラス音律および「2,3,5」という数字を基礎とする音律が決して「合理的でない」ことだ。
  ピタゴラス音律に関連して、3/2または2/3をいくら自乗・自除し続けても「永遠に」ちょうど2にならないことは、この欄で触れたことがある。
 M・ウェーバーの言葉では、「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」、「12乗にあたる第十二番目」の音は1オクターブ上の音よりも「ピュタゴラス・コンマの差だけ大きい」。
 さらに、以下の語句は、今日の日本でのピタゴラス音律の説明について秋月瑛二が不満を感じてきたところを衝いていると思える
 「何らかの関係で『圏』状に上行または下行すると…」。
 この「上行・下行」は、ここでは立ち入らないが、「五度圏(表)」における「時計(右)まわり」と「反時計(左)まわり」に対応し、「♯系」の12音と「♭系」の12音の区別に対応していると考えられる。
 さらに、螺旋上に巻いたコイルを真上(・真下)から見た場合の「上旋回」上の12音と「下旋回」上の12音に対応しているだろう。
 そして、M・ウェーバーが言うように「二つの音程は必ず大きさの違うものになる」であり、以下は秋月の言葉だが、「#系」の6番めの音(便宜的にF♯)と「♭」系の6番めの音(便宜的にG♭)は同じ音ではない(異名異音)。このことに、今日のピタゴラス音律に関する説明文はほとんど触れたがらない。
  <純正律>、<中全音律>等に、この欄で多少とも詳しく触れたことはない。
 だが、上記引用部分での後半は、これらへの批判になっている。
 純正律は「2と3」の世界であるピタゴラス音律に対して「5」という数字を新たに持ち込むものだ。そして、今日にいう<C-E-G>等の和音については、ピタゴラス音律よりも(<十二平均律>よりも)、協和性・調和性の高い音階または「和音」を形成することができる。
 しかし、M・ウェーバーが指摘するように、純正律では、全音には大全音と小全音の二種ができ、それらを二分割してその片方を(純正律での)「半音」で埋めるとしても、大全音での残余、小全音での残余、元来の(純正律での)「半音」という少なくとも三種の半音が生まれる。このような音階は(かりに「幹音」に限るとしても)、<十二平均律>はもちろん、ピタゴラス音律よりも簡潔ではなく、複雑きわまりない。
 なお、「オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在」する、という叙述は、つぎのことも意味していることになるだろう。すなわち、鍵盤楽器において、CとEの間には二個の全音が(そしてピアノではそれらの中間の二個の黒鍵)があり、Fと上ののCの間には三個の全音(そしてピアノではそれらの中間の三個の黒鍵)がある、反面ではE-F、B-Cの間は「半音」関係にある(ピアノでは中間に黒鍵がない)、ということだ。
 彼は別にいわく、「次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの『半音階的』音程が生ずる」。二個というのは、純正律でもピタゴラス音律でも同じ。
 また、長調と短調の区別の生成根拠・背景に関心があるが、この人によると、「長3度が上に置かれるか下に置かれるかによって、それぞれ『長』音列か『短』音列のいずれかが得られる」。これは一つの説明かもしれない。
 ——
 以上。

2714/M·ウェーバー・音楽社会学(No.2641)—部分的再掲①。

 マックス·ウェーバー・音楽社会学=安藤英治·池宮英才·門倉一朗解題(創文社、1967)
 この邦訳書での、M·ウェーバー自身による叙述の冒頭すぐからの文章を、先に紹介した。→No.2641/2023/07/01。その一部の再掲。
 ——
 一〔=第一章冒頭—秋月〕
 和声的に合理化された音楽は、すべてオクターヴ(振動数比1:2)を出発点ととしながら、このオクターヴを5度(2:3)と4度(3:4)という二つの音程に分割する。
 つまり、n/(n+1)という式で表される二つの分数—いわゆる過分数—によって分割するわけで、この過分数はまた、5度より小さい西欧のすべての音程の基礎でもある。
 ところが、いま或る開始音から出発して、まず最初はオクターヴで、次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で「圏」状に上行または下行すると、この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない。
 例えば、(2/3)12乗にあたる第十二番目の純正5度は、(1/2)7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである。
 このいかんとも成し難い事態と、さらには、オクターヴを過分数によって分ければそこに生じる二つの音程は必ず大きさの違うものになるという事情が、あらゆる音楽合理化の根本を成す事実である。
 この基本的事実から見るとき近代の音楽がいかなる姿を呈しているか、われわれはまず最初にそれを思い起こしてみよう。
 ****〔一行あけ—秋月〕
 西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法は、オクターヴを5度と4度に、次に4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割することである。
 以上の音程は、いずれも、2、3、5という数を基にした分数によって構成されている。
 和音和声法は、まず「主音」と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な「三和音」を構成する。
 そして次に、三和音を構成する諸音(ないしそれらの8度音)を一オクターヴ内に配列すれば、当該の主音を出発点とする「自然的」全音階の全素材を、残らず手に入れることになる。
 しかも、長3度が上に置かれるか下に置かれるかによって、それぞれ「長」音列か「短」音列のいずれが得られる。
 オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在し、いずれの場合にも、二番目の全音が小全音で、それ以外はすべて大全音である。
 ----〔改行—秋月〕
 音階の各音を出発点としてその上下に3度と5度を形成し、それによってオクターヴの内部に次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの「半音階的」音程が生ずる。
 それらは、上下の全音階音からそれぞれ小半音だけ隔たり、二つの半音階音相互のあいだは、それぞれ「エンハーモニー的」剰余音程(「ディエシス」)によって分け隔てられている。
 全音には二種類あるので、二つの半音階音のあいだには、大きさの異なる二種類の剰余音程が生ずる。
 しかも、全音階的半音と小半音の差は、さらに別の音程になるのであるから、ディエシスは、いずれも2、3、5という数から構成されているとはいえ、三通りのきわめて複雑な数値になる。
 2、3、5という数から成る過分数によって和声的に分割する可能性が、一方では、7の助けを借りてはじめて過分数に分割できる4度において、また他方では大全音と二種類の半音において、その限界に達するわけである。
 ----〔改行、この段落終わり—秋月〕。
 (以下、省略)
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2713/私の音楽ライブラリー36。

 私の音楽ライブラリー36。
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 110-01 →Kvitka Cisyk, We will go to the hills. 〔macleon1978〕
 110-02 →Oksana Mukha, We will go to the hills.〔sergmt777〕

 111a →Kvitka Cisyk, Youth doesn’t return. 〔- トピック〕
 111b →Kvitka Cisyk, Youth doesn’t return.〔Tatiana〕

 112-1a →Kvitka Cisyk, You light up my life. 〔oksana **〕
 112-1b →Kvitka Cisyk, You light up my life. 〔Yulia Radova〕
 112-2 →Debby Boone, You light up my life.〔SONIDOS RETRO〕
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2711/私の音楽ライブラリー35。

 私の音楽ライブラリー35。
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 106 →永井龍雲, 小さな愛, 1979.〔風の風来坊〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
 107 →永井龍雲, つまさき坂, 1979. 〔ジェームズ政則〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
 108 →永井龍雲, 暮色, 1980. 〔アニマルライフな—〕
   作詞=作曲/永井龍雲
 109 →永井龍雲, めぐりあわせ, 2017. 〔風の風来坊〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
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2710/私の音楽ライブラリー㉞。

 Where Are You Now ?

 105-01a →Kvitka Cisyk, Where are you now ? 〔- トピック〕
 105-01b →Kvitka Cisyk, Where are you now ? 〔Nastia Kusimo〕


 105-02 →Katarzyna Klosowska, Where are you now ? 〔Katarzyna Klosowska -〕

 105-03 →Oksana Mukha, Where are you now ? 〔OksanaMukhaMusic〕

 105-04 →Marta Shpak, Where are you now ? 〔Marta Shpak〕
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2707/私の音楽ライブラリー㉝。

 私の音楽ライブラリー㉝。
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 101 →柴田淳, ハーブティー, 2011. 〔NoticesdByYou〕
   柴田淳/作詞・作曲。

 102 →柴田淳, 紅蓮の月, 2006. 〔aki0619〕
   柴田淳/作者・作曲。

 103 →柴田淳(cover),東京. 〔昌〕
   森田貢/作詞・作曲。

 104 →柴田淳(cover),卒業写真.〔yuki kari〕
   松任谷由実/作詞・作曲。
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2702/私の音楽ライブラリー㉜。

 私の音楽ライブラリー㉜。
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 100-xx →カルメン·マキ, マキの子守唄(スペイン民謡) 1969.〔音楽の奇跡〕
  寺山修司/作詞で、「スペイン民謡」とされている。しかし、原曲は明らかに、下の、Yiddish Song である’Havenu shalem’だ。日本でかつて「ロシア民謡」とされてきたものの中にも、厳密にはウクライナやユダヤの人の「民謡」があるものと思われる。

 100-01 →Helmut Lotti, Havenu Shalom Aleichem. 〔Terezia Kormos〕

 100-02 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Trad./Arr. Nachum Heiman -トピック〕

 100-03 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Kerplankistaan Radio〕

 100-04 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Jerusalem Academy〕
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2700/私の音楽ライブラリー㉛。

 私の音楽ライブラリー㉛。
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 094 →来生たかお·井上陽水·小椋佳, 少しは私に愛をください、1974年.〔hikari mayu〕
  小椋佳/作詞・作曲。

 095 →井上忠夫, 水中花, 1976.〔GSiloveyou〕
  阿久悠/作詞、井上忠夫/作曲。

 096 →久保田早紀, 憧憬、1980. 〔Sayuri Kume -Topic〕
  久保田早紀=山川啓介/作詞、久保田早紀/作曲。

 097 →五輪真弓, 雨宿り、1983. 〔Itchelielie〕
   五輪真弓/作詞・作曲。

 098 →石川優子, 風のセレナーデ. 1984.〔石川優子-トピック〕
  石川優子/作詞、樋口康博/作曲。

 099 →藤田恵美, 七月の感傷、1995. 〔Le Couple -Topic〕
  Le Couple/作詞・作曲。
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2699/私の音楽ライブラリー㉚—Katie Melua-02。

 私の音楽ライブラリー㉚。
 Katie Melua (1984年9月, ジョージア生まれ)②。
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 087 →Spider Webb, 2006. 〔DramaticoMusic〕

 088 →It's only Pain, 2006. 〔Katie Melua〕

 089 →If You were a Saiboat, 2007. 〔Katie Melua〕

 090 →What I miss about you, 2007. 〔Katie Melua〕

 091 →The One I love is Gone, 2010. 〔Alya Escapist〕

 092 →The Wall of the World, 2012. 〔Katie Melua〕

 093 →I will be there, 2013. 〔Katie Melua〕
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2698/私の音楽ライブラリー㉙—Cheremsyna。

 私の音楽ライブラリー㉙—チェレムシーナ、Cheremsyna
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 何度も聴いていると最初の印象が薄れてしまうが、とくに、以下の3段めの旋律は、日本の音楽やクラシックで聴いたことがないような気がする。
 ララララドドミソ/ソファ/ソソソソソファミレ/ファミ/
 ファファファファシラファレ/ファミ/レレレレソファミレ/ミラ/
 ドドドラソ♯ラシラ/ファレ/シシシソ♯ファミシド/レド/
 ララファレララ/レファミレファミ/レドシミ/ラ
 Kvitka Cisyk(Tsicyk)、1953.04〜1998.03。ウクライナからの移民だった両親のもとでアメリカ・ニューヨークに生まれ、主としてアメリカで活動。下の曲を含むウクライナ語での諸アルバムは本人の強い希望で作られたともされる。満44歳で癌のため死去。下の02は、この人への追悼のための音楽会の動画の一部だと思われる。
 Cheremsyna(チェレムシーナ、サクラの花の一種)。ウクライナの民謡・フォークソングではなく、1965年に、Music/Vasil Mikhailyuk、Lyriks/Mykola Yuriychuk で発表。最初の歌い手はKvitka ではなかった。Kvitka Cisyk, Two Coulors, 1989, の2曲めに、Spring’s Song のタイトルで収載されている。
 086-03 のElena Yelevan は、アルメニア人のようだ。
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 086-01a →Kvitka Cisyk, 〔Vasil Nikolaevich〕
 086-01b →Kvitka Cisyk, 〔Hrygorya Shzabarovshbky〕
 086-01c →Kvitka Cisyk. 〔Yuliya Radona〕

 086-02 →Nina Matbyanko.〔OksanaMukhaMusic〕

 086-03a →Elena Yerevan-a. 〔Ashot Sargsyan〕
 086-03b →Elena Yerevan-b. 〔Ashot Sargsyan〕

 086-04a →Stella Djanni. 〔ClipOnem -〕
 086-04b →Stella Djanni. 〔Karina N.〕

 086-05 →B&B Project. 〔Serhij〕

 086-06 →ロイヤル·ナイツ.〔Somewhat Obscure Songs〕
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2697/私の音楽ライブラリー㉘—Djelem Djelem。

 Djelem Djelem/A Yiddish Song.
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 085-01 →Barcelona Gipsy Klezmer Orchestra. 〔BGKO〕
 085-02 →Gitana. 〔Übermensch Magician〕

 085-03 →Tamara Jokic.〔Akustikhane〕
 085-04 →Jihan.〔Jihan〕

 085-05 →Esma Redzepova.〔Vid Mak〕
 085-06 →Himno Gitano.〔faga cv〕
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2696/私の音楽ライブラリー㉗—Flatbush Waltz。

 私の音楽ライブラリー㉗。
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 Flatbush Waltz—A Yiddish Music.
 084-01 →Andy Statman(楽譜).〔Eugen Baer〕
 
 084-02 →〔Lutz Elias-Cassel &Massel Klezmorim〕

 084-03 →I. Perlman. 〔itzhakperlman〕

 084-04 →Baraban. 〔Mirati Umaner〕

 084-05  →Oktopus. 〔Oktopus〕

 084-06 →Yaeko M. Elmaleh &M. McLaughlin.〔Yaeko Miranda Elmaleh〕
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 Lovely Moonlit Night (⑩のつづき).
 046-05 →〔Valeriy Dnipro〕

 046-06 →Elena Yerevan. 〔Ashot Satgsyan〕
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2695/私の音楽ライブラリー㉖—日本の唱歌。

 私の音楽ライブラリー㉖—日本の唱歌。
 日本の「唱歌」類は、日本古来の伝統的音楽ではない。明治維新以降に「西洋音楽」を(当時の文部省を先頭にして)積極的に学び吸収して学校教育の場に提供した楽曲類だと思われる。日本的風味を導入したり、(七五調などの)日本語文に適応したりするなどの努力がなされている。しかし、明治改元以降の30年〜50余年のあいだに(下の081まで)、「西洋音楽」を吸収した作曲家たちが育っていたことに、むしろ感心すべきだろう。基礎となる「音律」はすでに、全て〈十二平均律〉だったと見られる。
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 076 →荒城の月、1901、小林一男ら. 〔hinanohi〕
     土井晩翠/作詞、滝廉太郎/作曲。
 076-02 →Andre Rieu, Kojo No Tsuki. 〔adam4jp〕

 077  →青葉の笛、1906、小鳩くるみ. 〔sumomonga9〕
     大和田建樹/作詞、田村虎蔵/作曲。

 078 →冬景色、1914、NHK東京放送児童合唱団. 〔eisin555〕

 079  →ふるさと(故郷)、1915、八千代少年少女合唱団. 〔KAZEKOZOU6〕
     高野辰之/作詞、岡野貞一/作曲。

 080  →赤い靴、1922、ひまわり. 〔ひまわり〕
     野口雨情/作詞、本居長世/作曲。

 081 →赤とんぼ、1927、合唱団TOKIO. 〔長井道延〕
     三木露風/作詞、山田耕筰/作曲。

 082  →牧場の朝、1932、NHK東京放送児童合唱団. 〔童謡・唱歌〕
     杉村楚人冠/作詞、船橋栄吉/作曲。

 083  →この土、1959、三浦洸一.〔rocky8 懐メロチャンネル〕
     丸野セキ/歌詞、團伊玖磨/作曲。
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2694/私の音楽ライブラリー㉕—Tumbalalaika。

 私の音楽ライブラリー㉕。
 Tumbalalaika /A Yiddish Song.
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 075-01 →Beklava Klezmer Soul. 〔-〕

 075-02 →Faye Nepon.〔Tati Cañas …〕

 075-03 →Larisa Mondrus. 〔Topic〕

 075-04 →Maxwell Street Klezmer Band.〔-〕

 075-05 →The Barry Sisters. 〔Alif Luna〕

 075-06 →Passage Klezmer. 〔-〕

 075-07 →Einat Betzalel.〔Meinrad Koch〕

 075-08 →Andrea Guerra.〔olaboga 58〕
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2693/私の音楽ライブラリー㉔—Katie Melua-01。

 私の音楽ライブラリー㉔。
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 Katie Melua、Singer-songwriter、1984年9月, ジョージア生まれ、ロンドン在住。
 この人の歌は、なぜか、<安心して、聴ける>。
 なお、Pianist のKhatia Buniatishvili もジョージア出身(パリ在住)。

 070 →The Closest Thing to Crazy, 2003. 〔Katie Melua〕

 071-01 →Nine Million Bycicles, 2005. 〔Katie Melua〕
 071-02 →Nine Million Bycicles, 2005. 〔Gala〕
 071-03 →Nine Million Bycicles, In Berlin, 2005. 〔Katie Melua〕

 072 →I Cried For You, 2005. 〔Katie Melua〕

 073 →Just Lilke Heaven, 2005. 〔Julienleery66〕

 074-01 →What a Wonderful World, 2007. 〔Katie Melua〕
 074-02 →What a Wonderful World, 2007. 〔Wolfganf Duchkowitsch〕
 

2692/私の音楽ライブラリー㉓—Avinu Malkeinu。

 私の音楽ライブラリー㉓。
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 Avinu Malkeinu—A Yiddish Music.
 Avinu Malkeinuは「我が父よ、我が王よ」の意味だとされる。

 069-01a B. Streisand, Avinu Malkeinu. 〔Barbra S-.〕
 069-01b →B. Streisand, Avinu Malkeinu. 〔Abner Zarabi〕
 069-01c →B. Streisand, Avenu Malkeinu. 〔Paulo Dias〕
 069-01d →B. Streisand, Avinu Malkeinu. Live in Israel.〔Themichael1972〕

 069-02 →Lior, Sydney SO, Avinu Malkeinu. 〔liormusic〕

 069-03 →Chutney, Avinu Malkeinu. 〔CHUTNEY band〕

 069-04 →Motty Shteinmetz, Avinu Malkeinu. 〔Motty Steinmetz official〕
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2691/私の音楽ライブラリー㉒—Bublitschki。

 私の音楽ライブラリー㉒。
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 Bublitschki—A Yiddish Music.
  (ミラシドシラ/レドレドシラ/ラドミラソ♯ラ/ドシラミ…)

 068-01a →P. Mauriat, Bublitschki. 〔kemal demirkol〕
 068-01b →P. Mauriat, Bublitschki. 〔montvertjp1〕

 068-02 →Sharon Brauner, Bublitschki. 〔sharonbrauner〕

 068-03 →Ivan Rubroff, Bublitschki. 〔Slawnikowic〕

 068-04 →The Alibi Sisters, Bublichki. 〔The Alibi Sisters〕

 068-05 →Ziggy Elamans Orch., Bublitschki. 1938.〔240252〕

 068-06 Vagabondoj, Bublitschki. 〔Klezmer Frankfurt Balkan -〕

 068-07 →Moritz Weiss Klezmer Trio, Bublitschki. 〔 - 〕

 068-08 →Ron Goodwin, Bublitschki. 〔R. Goodwin &His Orchestra〕

 068-補 →Bublitschki (楽譜). 〔Music Man〕
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2690/私の音楽ライブラリー㉑。

 私のライブラリー㉑。
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 063 →八神純子, 思い出は美しすぎて, 1978. 〔曲〕
      八神純子/作詞・作曲。

 064 →大橋純子, シルエット·ロマンス, 1981.〔cross over〕
      来生えつこ/歌詞、来生たかお/作曲。

 065-01 →Barbra Streisand, Memory, 1981. 〔 - 〕
 065-02 →新妻聖子, Memory, 2008. 〔Seiko Niizuma -Topic〕

 066 →竹内まりや, 駅, 1987. 〔竹内まりや-トピック〕
      竹内まりや/作詞・作曲。

 067 →今井美樹, Pride, 1996. 〔Imai Miki〕
      布袋寅泰/作詞・作曲。
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2689/私の音楽ライブラリー⑳。

 私の音楽ライブラリー⑳。
 つぎの三つも、<(むかしの)日本の歌謡曲>の旋律に、ある程度は似ていないか。
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 060-01 →I. Perlman, Sholom Aleykhem. 〔itzhakperlman〕
 060-02 →Maayan Band, Shalom Aleichem. 〔Maayan Band〕
 060-03 →Barry &Batya Segal, Shalom Aleichem. 〔-〕
 060-04 →G. y Oxana, Shalom Aleijem. 〔Gaston y Oxana en Israel〕
 060-05 →Danielle, Shalom Alechem. 〔Dani Elle〕

 061-01 →Adam Aston, Graj skrzypku graj, 1935. 〔240252〕
 061-02 →Graj skrzypku graj (Old Polish tango). 〔Olga Mieleszczuk〕
 061-03 →Marian Demar, Graj skrzypku graj, 1936. 〔Jurek46pink〕
 061-04 →M. Fogg, Graj skrzypku graj. 〔TWGrzegorz〕
 061-05 →M. Politowsky, Graj skrzypku graj.〔Alicia Malkowska 〕

 062 →Olga Avigail, Rebeka Yiddish Tango. 〔Olga Mieleszczuk〕
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2688/私の音楽ライブラリー⑲。

 私の音楽ライブラリー⑲。
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 056-01 →Papirosen. 〔myzeidi〕 <Yiddish>
 056-02 →Zully Goldfarb, Papirosen. 〔Jurek46pink〕
 056-03 →Boris Savchuk, Papirosen. 〔The Sound of Jewish Music〕
 056-04 →Iruna Stefanyuk, Papirosn. 2012 in Poland. 〔Michel van der Burg〕

 057  →The Alibi Sisters, Yanchiku-Podolyanchiku. 〔Alibi Sisters〕 <Ukranian Klezmer>

 058 →Olga Mieleszczuk, Goodbye Odessa. 〔Olga Mieleszczuk〕 <Yiddish>

 059 →Chava Alberstein, Songs of the Vilna Ghetto, etc, 1969. 〔Dan M〕
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2687/私の音楽ライブラリー⑱。

 私の音楽ライブラリー⑱。
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 053 →Carpenters, Superstar, 1971. 〔Carpenters〕

 054 →Olivia Newton-John, Have you never been mellow, 1975. 〔Olivia Newton-John〕
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 055-01 →Raimonds Pauls, Aija Kukule, Davaja Marina, 1981.〔アニマルライフな—〕
 055-02 →Dominique Moisan. Million de Roses. 〔yendoful TITO〕
 055-03 →久保田早紀, 百万本のバラの花, 1988. 〔jayline357j〕
       訳詞・松山善三。 
 055-04 →菅原奈月, 百万本のバラ, 2019.〔Deai〕
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2686/私の音楽ライブラリー⑰。

 私の音楽ライブラリー⑰。
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 Where is the little Street ? (A Yiddish Song)
 Wikipedia によると、051-08のチェロ奏者のKristina Reiko Cooper はアメリカ・イスラエル文化財団の理事で、作曲家・池内友次郎の孫、俳人・高浜虚子の曾孫(2023年9月末の時点)。
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 051-01 →The Barry Sisters, Vi iz Dus geseleh ?. 〔albertdiner〕

 051-02 →Shmully Blesofsky, Vi iz Dus Geseleh. 〔-〕

 051-03 →Jay Black, Vi iz dus geseleh?. 〔albertdiner〕

 051-04 →Jan Peerce, Vi Iz Dus Gesele. 〔- Topic〕

 051-05 →Jan Peerce, Vi Iz dos Gesele. 〔Eduard Frenkel〕

 051-06 →Mark Berman, Vi Iz Dos Gesele. 〔Cantor Classics〕

 051-07 →Gefilte Drive, Vu Iz Dos Gesele.〔Alexander Kotler &G. Drive〕

 051-08 →K. R. Cooper, Vu is dos Gesele.〔Kristina Reiko Cooper〕
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 以下の052-01は、上の051 にきわめてよく似ている。各音が全て一致しているのでないが、三拍子、旋律の上昇・下降、そして「調子」は同じではないか。但し、より直接の「原曲」があるようだ。下の052-02, 052--03 を参照。これらと、上の051とどちらが「古い」のかは、私には分からない。
 052-01 →スリー·グレイセス, 山のロザリア, 1961.
  「ロシア民謡」とされる。作詞/丘灯至夫。
 052-02 →Alexandrovsky. 〔Michael Wuchnik〕
 052-03 →Alexandrovsky. 〔cdbpdx〕 
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2685/私の音楽ライブラリー⑯。

 私の音楽ライブラリー⑯。
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 047-01 →Paul Anka, You are my Destiny, 1957.〔PaulAnkaTV〕
 047-02 →アン·ルイス, 君はわが運命, 1976. 〔Ann Lewis -Topic〕

 048-01 →Janis Ian, I love you best, 1976. 〔Janis Ian〕
 048-02 →南沙織, 哀しい妖精, 1976. 〔南沙織 Topic〕
        作詞・松本隆。

 049-01 →Janis Ian, You are love, 映画「復活の日」ST, 1980. 〔8823 macaron〕
 049-02 →前野曜子, 「復活の日」テーマ, 1980. 〔Flendyshelty5〕
        作詞・なかにし礼。

 050-01 →Bette Midler, The Rose, 1980.〔Leona2288〕
 050-02 →手嶌葵, The Rose, 2008.〔Tony Pineapple〕
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2683/私の音楽ライブラリー⑮。

 私の音楽ライブラリー⑮。
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 Turkey Folk Song、Uskurada.
   「ラ—ミミミ/ファミファソミミ/レレレドレ/ミ…」
 045-01 →The Youth Chamber O. 〔Assem Kalman〕

 045-02 →Katharina Nohl. 〔Katharina Nohl〕

 045-03 →〔Arany Zoltan〕.

 045-04 →〔Kaan Ozorman〕.
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 Ukraine Folk Song、Lovely Moonlit Night.
   「ミレドドシラ/シシシシソ♯ミ/ミソ♯シレドシ/ラ…」
 046-01 →Gymnazija Kranj SyO(Slovenia). 〔zevnikov〕

 046-02 →Anna Reker, A. Rieu. 2022.〔Magmar〕

 046-03 →〔Ludmila Konstantinova〕.

 046-04 →Tempei Nakamura. 2019.〔Tempei Nakamura〕
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2680/私の音楽ライブラリー⑭・M. Skoryk。

 私の音楽ライブラリー⑭。
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 Myaslav Skoryk(1938〜2020)、Lviv(Lwow, Lemberg)生れ。Lvivは今はUkraine、かつてはPoland。

 042-01 M. Skoryk, Norwegian Chamber O, Melody.
 042-02 M. Skoryk, Lviv National O, Melody.
 042-03 M. Skoryk, G. Capuçon, Melody. 〔francois paris〕
 042-04 M. Skoryk, C. Thomas, Sofia PhO, Melody.

 043 M. Skoryk, Carpathian Rhapsody. 〔Artem Lohninov〕

 044 M. Skoryk, Spanish Dance. 〔Cadenza European Art〕
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2678/私の音楽ライブラリー⑬。

 私の音楽ライブラリー⑬。
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 039-01 M. Legrand, Parapluies de Cherbourg. 〔Sound Track, 8823 macaron〕 <シェルブールの雨傘>

 039-02 M. Legrand, M. Oppert, Parapluies de Cherbourg. 〔Warner Classics〕 <シェルブールの雨傘>
 
 040 Maurice Jarre, Lala's Theme from Dr. Zhivago. 〔Muchahit Icek〕 <ドクトル·ジバゴ—「ララ」のテーマ>
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 041 B. Smetana, Prague City PhO, Ma Vlast Moldau, 〔EMHClassicalMusic〕 <スメタナ・モルダウ>
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ギャラリー
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
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  • 2564/O.ファイジズ・NEP/新経済政策④。
  • 2546/A.アプルボーム著(2017)-ウクライナのHolodomor③。
  • 2488/R・パイプスの自伝(2003年)④。
  • 2422/F.フュレ、うそ・熱情・幻想(英訳2014)④。
  • 2400/L·コワコフスキ・Modernity—第一章④。
  • 2385/L・コワコフスキ「退屈について」(1999)②。
  • 2354/音・音楽・音響⑤—ロシアの歌「つる(Zhuravli)」。
  • 2333/Orlando Figes·人民の悲劇(1996)・第16章第1節③。
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  • 2320/レフとスヴェトラーナ27—第7章③。
  • 2317/J. Brahms, Hungarian Dances,No.4。
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  • 2309/Itzhak Perlman plays ‘A Jewish Mother’.
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  • 2305/レフとスヴェトラーナ24—第6章④。
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  • 2293/レフとスヴェトラーナ18—第5章①。
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  • 2286/辻井伸行・EXILE ATSUSHI 「それでも、生きてゆく」。
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  • 2283/レフとスヴェトラーナ・序言(Orlando Figes 著)。
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  • 2277/「わたし」とは何か(10)。
  • 2230/L・コワコフスキ著第一巻第6章②・第2節①。
  • 2222/L・Engelstein, Russia in Flames(2018)第6部第2章第1節。
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  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
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  • 2179/R・パイプス・ロシア革命第12章第1節。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
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  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
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  • 2136/京都の神社-所功・京都の三大祭(1996)。
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  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
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  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
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  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
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  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
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