秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2026/02

2974/L.Kolakowski著·第18章第3節/経験批判論①。

 Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism(1978)のこの欄ヘ試訳状況を、振り返ってみた。すると、第二部第16章〜第三部第5章+いくつかの章を全部試訳したと思っていたところ、第二部の第17章第3節「経験批判論」、第4節「Bogdanov とロシア経験批判論」、第5節「プロレタリアートの哲学」、第6節「'神建設者」は、概要だけで、きちんと邦訳していないことに気づいた、第7節は「レーニンの哲学への逍遥」。
 第17章第3節「経験批判論」から、試訳を掲載してみる。
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 第17章・ボルシェヴィキ運動の哲学と政治。
 第三節/経験批判主義(Empiriocriticism)①。
 (01) この用語は、主としてドイツとオーストリアの、相当に多数の哲学者と物理学者に関連している。中でも、最も著名な名前は、Ernst Mach とRichard Avenarius だ。
 この二人は、相互に独立して仕事をした。そして、二人の結論は、同一ではない。
 しかし、二人の思考(thinking)は、異なる言葉遣いで表現されているとしても、類似の方向で進められた。
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 (02) Avenarius が設定した目標は、我々が知覚(perceive)する現象とその背後にある「本当の」現実(true reality)の間の差異を前提にすることによって世界を神秘(mystery)に変える、そのような全ての哲学上の観念や説明を、破壊(demolish)することだった。
 彼は、とりわけ、「心的印象」(mental impression)と到達し難い「事物それ自体」の間の区別から生じる認識論的観念論(epistemological idealism)を論駁しようとした。
 彼はまた、全ての不可知論(agnostic)的教理は同じ間違った区別を基礎にしている、と考えた。
 もしも彼の思想が、とくにWundt によるように、「客観主義」の新しい一つの変種だと、あるいは「内在論」(immanentism)だとすら、相当に頻繁に解釈されたとするならば、その理由の一つは、彼の議論にある一定の一貫性の欠如にあり、また一つは、彼の用語法の極端な複雑さにあった。彼の議論は、新造語や、哲学上の伝統的な全ての抽象概念を一掃しようとする努力で、充ち溢れていた。
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 (03) 我々が「心の内容」(contents of mind)と事物それ自体を区別する、あるいは主体の「内部」と客体の間の区別をする原因となっている誤り(error)。—観念論や不可知論(agnosticism)という逸脱(aberrations)につながっているこの誤りは、Avenarius が「取り込み」(introjection)と称する、本能的な過程を理由としている。
 かりに我々が、いかなる哲学上の前提もなくして我々の知覚(perceptions)を検証するならば、我々は、その知覚を神秘的だとは感じない。
 しかしながら、哲学は、我々に対して執拗に、こう主張する。すなわち、我々の「印象」または「感情」(sensation)は、例えば我々が石に触るとき、事物それ自体(この場合は石)とは異なる。問題は、この両者が相互にどういう関係にあるかだ、と。
 そうであるなら、我々は、答えを見出すことができないだろう。なぜなら、原物(the original)との類似性を比較し、その結果が一致しているかどうか、そのことがいったい厳密には何を意味するのか、を判断する方法は存在しないからだ。
 我々は、事物と印象とを別々に扱う必要はない。
 そして、かりに我々が、そのように世界を二分(dichotomize)するならば、我々は、不毛な考察に追い込まれ、感情のベールによって隠された世界の神秘を前にして屈服する、または、世界は「心的状態」の寄せ集めにすぎないという観念論的な錯覚(delusion)を抱く、という帰結にしかならないだろう。
 取り込み(introjection)—換言すると、我々がいわば、「主観的」心象(subjektive image)または反射物という形で物理的な客体を「取り入れる」(take in)心的過程—は、歴史的に不可避だったとしても、世界と我々の関係に関する間違った(false)解釈によっている。
 我々は正しく、他の人々の心的経験は我々のそれとよく似ている、と推測する。また、我々はそうして、他の人々は、自動操作物ではない、経験する主体だ、と推測する。
 そのゆえに、我々は他の人々は、我々自身のそれとよく似た心的な「内部」(mental interior)をもっていると考える。—我々が自分たちで直接には知覚することのできない、彼らの経験についての一種の容器だ。
 他の人々を二分化してしまえば、我々は自分たちについて同じことを行なう。我々自身の知覚を、外からの刺激によって、かつ他の人々とは異なって生じた心的状態だと見なすことになる。
 我々はかくして、世界を「主観的なもの」と「客観的なもの」
に分ける。そして、これら二つがどういう関係にあるのか、について考察する。
 ゆえに、当然のこととして、身体と非物質的な精神(immaterial soul)、そして全ての心霊主義(spiritualists)や宗教的幻想の間の区別も、そうなる。
 しかし、取り込みによる失敗は、回避することができる。
 私は、彼と私の〈内部〉と外部にあるものを区別することなく、他の人は私自身のような認識主体だ、と認めることができる。
 我々は「外部にある客体」が神秘的に存在する、と考える「内部的意識」をもつ、という幻想をいったん振りほどいてしまえば—この客体とは、所与のものだということとは無関係に存在し、我々がどういう方法によっても知る(know)ことができないものだが—、我々は、哲学上の伝統的な諸問題の全てや心霊主義、および実体、有形力、因果関係といった諸観念に内在する解決不能の諸問題から、解放される
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 ②へ。

2973/「ピタゴラス音階」と<秋月音階>の5音・7音。

 一 「2と3を要素とする数字の世界」。
 一 いわば<秋月音階>づくりは、ピタゴラス音律または「ピタゴラス音階」の設定方法とは無関係に行なわれた。なぜなら、ある音の周波数比に3または(3/2)を掛けて(または割って)…という作業を全く行なっていないからだ。
 したがって、最後に6とおりの「12音」(1オクターブ上を含めて「13音」)を設定し終えたとき(P01,Q01,R01,P02,Q02,R02)、その一つは明らかに、「ピタゴラス音階」の12音(13音)としてあり得る12音(13音)の配列と各数値が全く同じだ、ということを知ったときは、少々驚いた。
 シロウトがほとんど数値遊びのような感覚で始めた1オクターブ内「12音(13音)」音の発見作業によって、あの有名な「ピタゴラス音階」のあり得る「12音(13音)」音階と同じ配列が生まれたわけだ(各数値はまだこの欄に記載していない)。
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 二 ピタゴラス音律での「音階」設定作業の際に用いる数字(数値)と似たようなそれを、結果としては<秋月音階>も生み出した、ということの理由は、以下のことにあるだろう。
 第一に、1(、2)に次ぐ2音を(3/2)と(4/3)にした。4=2の2乗であって、1以外に用いる数字(数値)は「2と3の世界」の中にある。
 第二に、①3音(4音)から5音(6音)に増やす場合、②5音(6音)から7音(8音)に増やす場合、に用いた数字(数値)は、いずれの場合も(9/8)だった(この数字を恣意的に選んだのではないことは既述)。余計ながら、1オクターブ7音(8音)とは、いわゆる〈ドレミファソラシ(ド)〉またはそれに近い配列に該当する。
 そして、(9/8)=(3の2乗/2の3乗)であって、この(9/8)という数字も、「2と3の世界」の中にある。
 第三に、①7音(8音)から12音(13音)に増やす場合に、用いたのは、(256/243)だった(この数字も、恣意的に選んだのはないことは、既述)。
 そして、(256/243)=(2の8乗/3の5乗)であって、この数字も、「2と3の世界」の中にある。
 つまりは、<秋月音階>の設定の過程で出てくる数字(数値)は、上の二つに限らず、全て、「2と3という数字の世界」の中にある、と思われる。
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 三 ピタゴラス音律での「ピタゴラス音階」の設定作業は、前回に記したように、一定の数値に3または(3/2)を掛けて(1とほぼ2のあいだの範囲内に収まるように)2または4(2の2乗)で割る(A型)、または、一定の数値を3または(3/2)で割って(1とほぼ2のあいだの範囲内に収まるように)2または4(2の2乗)で掛ける(B型)、というものだった。
 従って、計算の途中の過程で出てくる数字であっても、全て、「2と3の世界」の中にある。そして、計算結果の分数値は、A型の場合は全て(3の乗数/2の乗数)、B型の場合は全て(2の乗数/3の乗数)、だ。
 このように「2と3という数字の世界」にある数字(数値)〔=「5」や「7」等を要素にしない数字(数値)〕だけを扱っているために、<秋月音階>と「ピタゴラス音階」での具体的数値も、かなり似たものになった、と考えられる。

 二 「ピタゴラス音階」と<秋月音階>の対比。
 上のことを意識しつつ、二つの方式?の結果を対比させてみよう。12音(13音)については、次回以降に行なう。その際、「分かりやすさ」を考慮して、元々は避けてきた「ドレミ…」を用い、「ド」=1と仮定する。十二平均律における各音の各数値とは近くても同一ではない。
  
 一 5音(6音)。
 ピタゴラス音階の5音(6音)—A型。
 A01。1、(9/8)、(4/3)、(3/2)、(27/16)、2
 これは、ド、レ、ファ、ソ、ラ、ド、に該当する。
 ピタゴラス音階の5音(6音)—B型。
 B01。1、(32/27)、(4/3)、128/81)、(16/9)、2
 これは、ド、ミ♭、ファ、ラ♭、シ♭、ド、に該当する。

 <秋月音階>の5音(6音)。
 M01。1、(9/8)、(4/3)、(3/2)、(27/16)、2。
   これは、ド、レ、ファ、ソ、ラ、ド、に該当する。   
 N01。1、(32/27)、(4/3)、(3/2)、(16/9)、2
   これは、ド、ミ♭、ファ、ソ、シ♭、ド、に該当する。

 二 若干のコメント—その一。
 第一。上記のとおり、A01とM01は同一だ。ド-レ-ファ-ソ-ラ-ド。
 第二。M01とN01について、「ドレミ…7音・1オクターブ12音を『設定』する③」(2025年10月28日投稿)で、つぎのように書いた。
 「上の二つによる(五音による)音階は、日本の『伝統的音階』のうち、M01は『陽音階』(または『律音階』)、N01は『陰音階』(または『民謡音階』)に、『かなり似ている』ように秋月には感じられる。」
 この時点で、日本の「伝統的音階」と言われるもののうち、「陽音階」・「陰音階」、「民謡音階」、「田舎節」・「都節」等の詳細を十分に知って書いていたのではない。
 ネット上の知識によると、小泉文夫は日本の「伝統音楽」における音階を、「民謡音階」・「律音階」・「都節音階」・「琉球音階」の4つに分けている。楽譜も付されている。
 これによると、M01(ドレファソラド)はずばり「律音階」だ。
 また、N01(ドミ♭ファソシ♭ド)はずばり「民謡音階」だ。
 「…ように秋月には感じられる」と遠慮がちに記さなくてもよかった。
 一方で、小泉文夫は、「陽音階」・「隂音階」には言及していない。
 私が中学生時代の音楽教科書には、上の両者が楽譜付きでこう記されていた。
 陽音階—レ、ミ、ソ、ラ、ド、レ。
 隂音階—ミ、ファ、ラ、シ、レ、ミ(下向は、レがドに変わる)。
 ところで、上のA01=M01の「ド-レ-ファ-ソ-ラ-ド」という音階は、「レ-ファ-ソ-ラ-ド-レ」という音階と同一視することができる。そして、この後者と上の陽音階は、第2音が「レ」と「ミ」で異なるにすぎない。よく似ているとは言えるだろう。なお、この陽音階は、明治初年に作曲された<君が代>の音階だと考えられる。また、「ド-レ-ミ-ソ-ラ-ド」は、坂本九「上を向いて歩こう」の基本的な音階(五音音階)としても使われた。
 なお、日本の伝統的(民俗的)音階は小泉文夫とは異なって説明される、ということは充分にあり得るので、「陽」音階・「隂」音階、「都節」や「田舎節」等も含めて、さらに「調査」し、検討してみたい。
 もともとは、「日本」音階での「5音」が、ピタゴラス音律や十二平均律等々が用意する12音の中のいずれかの「5音」にあたるはずだと、西欧音楽での「音階」を中心にして考察する必要はない、ということにも留意しておいてよいだろう。
 第三。N01(民謡音階)とピタゴラス音階のB型によるB01の5音(6音)は、1つの音が異なるだけで、よく似ている。

 三 7音(8音)。
 ピタゴラス音階の7音(8音)—A型。
 A02。1、(9/8)、(81/64)、(4/3*)、(3/2)、(27/16)、(243/128)、2。
 これは、ド、レ、ミ、ファ*、ソ、ラ、シ、ド、に該当する。但し、「ファ」だけはB型を利用している。
 ピタゴラス音階の7音(8音)—B型 。
 B02。1、(256/243)、(32/27)、(4/3)、(1024/729)、(128/81)、(16/9)、2。
 これは、ド、レ♭、ミ♭、ファ、ソ♭、ラ♭、シ♭、ド、に該当する。
 
 <秋月音階>の7音(8音)。3とおり得られた。以下で「*」が付いている数値は、ピタゴラス音階では「B型」によって得られるもの。
 P。1、(9/8)、(81/64)、(4/3)*、(3/2)、(27/16)、(243/126)、2.
  これは、ド、レ、ミ、ファ*、ソ、ラ、シ、ド、に該当する。
 Q。1、(9/8)、(32/27)*、(4/3)*、(3/2)、(27/16)、(16/9)*、2.
  これは、ド、レ、ミ♭* 、ファ*、ソ、ラ、シ♭* 、ド、に該当する。
 R。1、(256/243)*、(32/27)*、(4/3)*、(3/2)、(128/81)*、(16/9)*、2.
  これは、ド、レ♭* 、ミ♭* 、ファ*、ソ、ラ♭* 、シ♭* 、ド、に該当する。

 四 若干のコメント—その二。
 第一。上記のとおり、A02とPは同一だ。ド-レ-ミ-ファ-ソ-ラ-シ-ド。
 ピタゴラス音階での7音(8音)と同じ配列が、<秋月音階>でも、(12音(13音)の設定過程で)得られていることになる。
 第二。上のP、Q、Rに出てくる全ての音を、小さい順に並べると、つぎのようになる。
 1,(256/243)*,(9/8),(32/27)*,(81/64),(4/3)*,(3/2),(128/81)*,(27/16),(16/9)*,(243/126),2.
 これは、ド、レ♭*、レ、ミ♭*、ミ、ファ*、ソ、ラ♭*、ラ、シ♭*、シ、ド、に該当する。
 上には11音があるので、7音(8音)設定の段階ですでに、12音(13音)のうち11音(12音)が得られていることになる。
 欠落しているのは、ファとソの間、ファ♯またはソ♭だけだ。
 第三。上の最後に触れた、「ファ♯」と「ソ♭」のいずれを採用するするかで、いわゆる「ピタゴラス・コンマ」の解消の仕方が異なる、ということになるのかもしれない。「ファ♯」=(729/512)、「ソ♭」=(1024/729)。
 B02では、すでに、ソ♭*(1024/729)が登場している。これを利用すると、1オクターブ12音(13音)をすでに設定できることになる。
 第四。しかし、「ピタゴラス音階」での12音(13音)設定(ピタゴラス・コンマの解消を含む)は、そのように単純なものではない。
 なぜなら、ド♯=レ♭、レ♯=ミ♭、ファ♯=ソ♭、ソ♯=ラ♭、ラ♯=シ♭、ではないからだ。A型とB型の計算過程の全体(前回に記載)を参照。
 A型で得られる音(上の等号の左・前者)をどこまで採用し、B型で得られる音(右・後者)をどこまで採用するか、という問題が残っている。
 ピタゴラス音律または「ピタゴラス音階」を説明する、「音大卒」の方々のものを含む文献や文章は、上の問題を厳密には叙述していないように思えるのだが。
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