つづき。Cady は夫妻の幼い子ども(8ヶ月)。
——
「それとも、ここに家を再現できないかしら?
BiPAP が空気を送り込む合間に、彼は答えた。
『Cady』。/
友人…がすぐに家からCady を連れてきてくれた。
Cady はPaul の右腕に居心地よさそうに抱かれ、そしてCady らしい無頓着さでご機嫌な付き添いを始めた。
空気を送りつづけ、Paul の命をつないでいるBiPAPの機械など気にも留めずに、Cady は小さな靴下を引っぱったり、病院の毛布を叩いたり、にこにこしたり、喉を鳴らして喜んだりした。」
「Paul の急性呼吸不全はがんの急速な進行によるものと思われた。
血液中の二酸化炭素濃度はいまだに上昇しつづけており、挿管の必要を揺るぎないものにしていた。
家族の意見は分かれた。」
「わたしは、急速に悪化した彼の容態を改善できる可能性を少しでも信じているなら、そう言ってほしいと医師たちに懇願した。/
『Paul は奇跡の大逆転にかけたいとは思っていません』とわたしは言った。
『意味のある時間を過ごせる可能性が残されていないのなら、マスクを取ってCady を抱きしめたいと思っています』。/
わたしはPaul のベッド脇に戻った。
彼はわたしを見て、はっきりと言った。
BiPAPのマスクの上の目は鋭く、その声は静かだけれど揺るぎなかった。
『用意ができたよ』(I 'm ready)。
呼吸器を外す用意が、モルヒネ(morphine)を開始する用意が、死ぬ用意ができたということだった。/
家族が集まった。
Paul の決意のあとの貴重な時間に、わたしたちはみんな、愛と尊敬を彼に伝えた。
Paul の目に涙が光った。」
--------
「一時間後、マスクが外されてモニターが切られ、モルヒネの点滴が始まった。
Paul の呼吸は安定していたものの、浅かった。
苦しそうな様子はなかったけれど、わたしがモルヒネを増やしてほしいかと訊くと、彼は目を閉じたままうなづいた。…。
そして、とうとう、Paul は意識を失っていった。」
--------
「Paul の両親、兄弟、義理の姉、娘とわたしは9時間以上、彼のそばを離れずにいた。」
「親しいいとこと叔父、そして司祭が到着した。」
「北西向きの窓から暖かな夕陽が斜めに差し込むころ、Paul の呼吸はさらに静かになった。
寝る時間が近づくと、Cady はぽっちゃりとした拳で目をさすり、彼女を家に連れて帰ってくれる友人がやってきた。
わたしはCady の頬をPaul の頬につけた。
ふたりのそっくりな黒髪には同じような寝ぐせがついていた。
Paul の表情は静かで、Cady の表情は不思議そうだけれどもおだやかだった。
彼の愛する娘はこれが別れの瞬間だとは思ってもいなかった。」
「部屋が暗くなって夜が訪れ、低い位置の壁灯が暖かな光を放つころ、Paul の呼吸は弱々しく、そして、途切れがちになった。
体は休んでいるように見え、四肢に力ははいっていなかった。
もうすぐ9時だった。
Paul は目を閉じて唇を開いたまま、息を吸い、そして、最後の、深い息を吐いた。」
——
死亡日、2015年03月09日。37歳。
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「それとも、ここに家を再現できないかしら?
BiPAP が空気を送り込む合間に、彼は答えた。
『Cady』。/
友人…がすぐに家からCady を連れてきてくれた。
Cady はPaul の右腕に居心地よさそうに抱かれ、そしてCady らしい無頓着さでご機嫌な付き添いを始めた。
空気を送りつづけ、Paul の命をつないでいるBiPAPの機械など気にも留めずに、Cady は小さな靴下を引っぱったり、病院の毛布を叩いたり、にこにこしたり、喉を鳴らして喜んだりした。」
「Paul の急性呼吸不全はがんの急速な進行によるものと思われた。
血液中の二酸化炭素濃度はいまだに上昇しつづけており、挿管の必要を揺るぎないものにしていた。
家族の意見は分かれた。」
「わたしは、急速に悪化した彼の容態を改善できる可能性を少しでも信じているなら、そう言ってほしいと医師たちに懇願した。/
『Paul は奇跡の大逆転にかけたいとは思っていません』とわたしは言った。
『意味のある時間を過ごせる可能性が残されていないのなら、マスクを取ってCady を抱きしめたいと思っています』。/
わたしはPaul のベッド脇に戻った。
彼はわたしを見て、はっきりと言った。
BiPAPのマスクの上の目は鋭く、その声は静かだけれど揺るぎなかった。
『用意ができたよ』(I 'm ready)。
呼吸器を外す用意が、モルヒネ(morphine)を開始する用意が、死ぬ用意ができたということだった。/
家族が集まった。
Paul の決意のあとの貴重な時間に、わたしたちはみんな、愛と尊敬を彼に伝えた。
Paul の目に涙が光った。」
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「一時間後、マスクが外されてモニターが切られ、モルヒネの点滴が始まった。
Paul の呼吸は安定していたものの、浅かった。
苦しそうな様子はなかったけれど、わたしがモルヒネを増やしてほしいかと訊くと、彼は目を閉じたままうなづいた。…。
そして、とうとう、Paul は意識を失っていった。」
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「Paul の両親、兄弟、義理の姉、娘とわたしは9時間以上、彼のそばを離れずにいた。」
「親しいいとこと叔父、そして司祭が到着した。」
「北西向きの窓から暖かな夕陽が斜めに差し込むころ、Paul の呼吸はさらに静かになった。
寝る時間が近づくと、Cady はぽっちゃりとした拳で目をさすり、彼女を家に連れて帰ってくれる友人がやってきた。
わたしはCady の頬をPaul の頬につけた。
ふたりのそっくりな黒髪には同じような寝ぐせがついていた。
Paul の表情は静かで、Cady の表情は不思議そうだけれどもおだやかだった。
彼の愛する娘はこれが別れの瞬間だとは思ってもいなかった。」
「部屋が暗くなって夜が訪れ、低い位置の壁灯が暖かな光を放つころ、Paul の呼吸は弱々しく、そして、途切れがちになった。
体は休んでいるように見え、四肢に力ははいっていなかった。
もうすぐ9時だった。
Paul は目を閉じて唇を開いたまま、息を吸い、そして、最後の、深い息を吐いた。」
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死亡日、2015年03月09日。37歳。