秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2023/06

2640/中北浩爾・日本共産党(中公新書、2022)①。

 中北浩爾・日本共産党—「革命」を夢見た100年(中公新書、2022)
 出版直後ではなく、数ヶ月あとに読了している。あまり記憶には残っていないが、この書の一部を再読して、日本共産党やこの書自体に関して、感想等を述べておく。
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  上の中北著は「はじめに」で、欧州の「急進左派政党」との比較、「ユーロコミュニズム」と日本共産党の「宮本路線」の異同の検討がその歴史も含めて必要だとし、それら等をふまえて「終章」で現状分析と当面する「選択肢」を論じる、とする。
 矛盾してはいないのだろうが、しかし、「終章」では欧州の「急進左派政党」や「ユーロコミュニズム」に言及することは少ない。但し、「社会民主主義への移行」と著者が推奨するらしき「民主的社会主義への移行」という選択肢の提示に役立っているのかもしれない。
 そうすると「社会民主主義」と「民主的社会主義」の区別が重要になる。そして、日本共産党の現在の綱領の骨格を維持した日本「共産党」という名称のままで可能なのか、も問題になる。中北は後者には論及していないようだ。
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  「ユーロコミュニズム」と日本共産党「宮本路線」が同じではないのは共産主義政党の成立以来の歴史から明瞭なことで、あらためて指摘するまでもない。
 封建制→(絶対主義)→資本主義→社会主義という「歴史の発展法則」が(マルクス・エンゲルスによって提示されたように)存在するとすれば、封建制・絶対主義以降の国家・「革命」政党にはこれらから決別する「(ブルジョア)民主主義革命」とそれはもう遂行されたとみて「社会主義革命」を目指すかの選択が強いられたはずだ。フランスやイタリア等では「社会主義」革命という一段階だけが残っていた。
 日本共産党はいわゆる「講座派」の立場から前者の<二段階>革命論を創立時から採用していたのは、諸テーゼからも明らかだ。
 戦前の綱領的文書は日本共産党が独自に策定したのではなく、ロシア・ソ連の共産党(・コミンテルン)に「押しつけられた」面が決定的だっただろう。ロシア帝制は1917年2月に崩壊したにもかかわらず天皇制がまだ残っている戦前の日本にはまだ「(ブルジョア)民主主義革命」だ必要だ、とロシアのボルシェヴィキたちは容易に判断したのかもしれない。
 もっとも、第一に、レーニン「帝国主義論」(1917年9月刊行)によると、「帝国主義」とは資本主義の「最高の」、「独占主義的」段階のようなのだが、そうすると、日本は「半封建的絶対主義天皇制」のもとで「帝国主義」戦争を遂行していたことにになる。これは、概念または語義に矛盾をきたしていたのではなかろうか?
 第二に、帝政崩壊を招来したロシア「二月革命」が、「(ブルジョア)民主主義革命」だったかは、疑わしい。
 それ以降も、来たるべき「革命」の性格や担うべき政党・運動の性格や共産党とプロレタリアートや農民の役割分担等々について、メンシェヴィキとボルシェヴィキの間等で、議論があった。
 中核にいるべきは「自分(たち)」だという点でレーニンは一貫していただろう。しかし、上の点に関するレーニンの主張・理解が明瞭だったとはいえない。「全ての権力をソヴェトへ!」とのスローガンを1917年四月から「十月」までずっと掲げたのでもない。
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 中北著もまた、100年間で日本共産党が「変わらない部分」は、「日本が当面、目指すべき革命の内容として民主主義革命を位置づけ、その後に社会主義革命を実現するという、二段階革命論をほぼ一貫して採用してきてこと」だ、と明記している。この点は現在の同党綱領を読んでも明らかだ。
 戦前の労農諸派、戦後の日本社会党との対抗の意味もあっただろうが、中北も頻繁にこの概念を用いているらしき「二段階革命論」の採用こそが、欧州のかつての共産党のほとんどとの違いであり、1991年12月以降も日本共産党がなおも勢力を残存できた根本的な「理論的」背景だったと考えられる。そしてまた、「民主主義」科学者協会法律部会(民科)の会員のような、「民主主義」のかぎりで一致する者たちを党(・日本共産党員学者)の周囲に置くことができた原因でもあった。
 なお、ロシアでのこの問題に関する事情の判断は容易ではないが、連続する(永続的)「二段階革命」論というのはトロツキーのほか、「革命の商人」とのちに言われた、レーニン・ボルシェヴィキへのドイツ帝国からの資金援助を媒介したともされるパルヴス(Parvus)によって唱えられていた、ともされている。トロツキーは1917年7月に遅れて入党したボルシェヴィキで、弁舌に秀でていたともに「理論家」でもあったようだ。
 なお、以下を参照。R・パイプスの著(試訳)→No.1453→No.1551L・コワコフスキの著(試訳)→No.1610→No.1661
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 つづく。
  

2639/私の音楽ライブラリー①。


 音楽を味合うにもコンサート等のライブと録音再生 とでは違い、アナログレコードとCDでも違う。配信される音源にも通常のCDの音質を超えるとされる「ハイレゾ」(Hi-Rez)またはFLacやWav様式のものもある。私は、PCに向かうときは(下の03追以外は)、Hi-Rez対応のスピーカ(と再生機)を用い、またはHi-Rez 同等以上とされるApple-Lossles でSSDにコピーしたものを聴いている。
 だが、以下は全て、Youtube にリンクさせる。Youtube の音質は最高でふつうの「AAC」とされていて、Hi-Rez、Apple-Lossles に及ばない(AppleがLossles に対応したAirPods-Proを売っていないのは不思議だ。iPad 経由でもHi-Rez対応のSony 製イアフォンとAirPods-Proとでは明らかに前者で聴く方が精細さで優る。iPhone もAACなので、高音質にするにはLDacが必要)。
 したがって、満足はしないが、Apple-Music に直接にリンクさせることは困難なようなので、Youtube を利用させていただく。〔〕内は、upload してくれている人・団体の名。
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 01 →Schumann, Cello Concerto op.129 (Jacqueline du Pre)、〔Araks Gyulumysn〕
 冒頭の和音三つで、あっさりと虜になった。相対音で、ミ·ラ·ドは三音のそれぞれに入っているだろうが、不思議な和音だ。そのあとも好ましく、ミラシドラファレファミ·ミレ♯…も美しい。
 もともとピアノ曲よりもバイオリン曲の方がどちらかと言うと好みだが、弦楽器ではチェロも同等にに好きになる契機になった。低音の重厚さはバイオリンでは出し難く、チェロはけっこう高い音も出る。
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 02 →Mendelssohn, Symphony No.3 (Karajan, Berlin PhO)。〔Berlin PhiharmonicOrchestra-Topic〕
 最初の、ミラシドシレラシ·ラドミミレラドシララソ♯という主題はゆっくりと単純で、郷愁を誘うかのようだ。こんな旋律を基調にして交響曲が作られているとは、素晴らしい。
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 03 →Chopin, Nocturn No.20 in C♯-minor, Op Posth (Nobuyuki Tsujii)。〔Classical Vault 1〕
 どちらかというとバイオリンやチェロ曲の方が好きだが、ショパンのピアノ曲にはやはり良いものがある。
 とりわけ、辻井伸行が弾くこの曲は、この曲の演奏の中でも最も秀逸ではないか。
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 03追 辻井伸行といえば、以下にリンクを張りたくなった。
 →Nobuyuki Tujii, La Campanella。〔KogumaMischa〕
 場所はロンドン。本来の演奏が終わったあとに続くアンコールをいったん辞退して舞台から消えるが、それでも鳴りやまないアンコールの拍手に応えて再登場して<ラ·カンパネラ>を弾く。すでに疲れているからか、聴衆の熱気に押されてか、辻井のこの演奏は「激しい」。ウィーンでの同曲の演奏よりも魅かれる。
 辻井伸行が「born blind」、生まれながらに盲目であることについては、「言葉もない」。
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 04 →映画·砂の器-菅野光亮「宿命」-シネマ·コンサート2022。〔PROMAX〕
 この映画を1974年に観た。原作と主題がやや異なるが、音楽の美しさは強く印象に残った。
 そのサウンド·トラックの生演奏の一部を加藤剛がピアノを弾く姿とともに視聴できて、懐かしい。
 冒頭の旋律は、ラシドドミシララ…か。
 映画音楽ですぐに思い出すのは、ドクトル·ジバゴ(1965年)の「ララのテーマ」だ。ほとんどロシアの大自然と音楽(と主人公等の容姿)だけが記憶に残り、当時は「ロシア革命」について何も知らなかったけれども。
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2638/「ドレミ…」の7音と白鍵・黒鍵。

  1オクターブ12(13)音のうち主要なのは、ドレミファソラシ(ド)という7音(8音)だ。あるいは、ABCDEFGの7音だ。
 ピアノ・オルガン類でこれらだけが白鍵で弾かれ これら以外の「派生音」は#または♭が付き、ピアノ・オルガン類では黒鍵で弾かれるのは、いったいなぜだろうか。
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  YouTubeを含むネット上に、「音大卒が教える〜」と称するサイトがある。その他にも、音楽または「音楽理論」の「専門家」の(又はそれらしき)人々が書いた、または語った、「音楽理論」に関する情報が溢れている。
 「現在の音階は古代ギリシャの哲学者・ピタゴラスが作った」と無邪気な間違いを堂々と語っている人がいた。それでも、総じては、役立つ、参考になるものがある。
 しかし、物足りないと感じたり、そのような説明に何の意味があるのか、と疑問に思ったりすることも多い。
 そして、上のに掲げた問題にどのように解答しているかに関心をもつが、この疑問を解消してくれる説明を読んだり見たりしたことはない。
 「幹音」7つと「派生音」5つで1オクターブが構成される。ピアノ等の鍵盤楽器では前者は白鍵で、後者は黒鍵で弾かれる。これらはいったいなぜか、なぜそうなったのか、という問題だ。
 1オクターブは12音で構成されるということと「ドレミファソラシ(ド)」の幹音7つによる音階設定を自然現象のごとく当然視していたのでは、解答することができないだろう。
 なお、「幹音」と「派生音」という用語とこれらの区別が日本の「専門」音楽教育で一般的に定着しているのかは、私は知らない。
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  <音楽情報サイト🎵ハルモニア>が、「ピアノの黒鍵はなぜあの位置に?鍵盤楽器の黒鍵・白鍵の並び方の意味」をつぎのようにまとめている)。
 ①「白鍵と黒鍵の独特な配置により、12種の音の位置が視覚で瞬時にわかる」。
 ②「黒鍵を奥に配置して浮かび上がらせることにより、離れた音でも片手で同時に弾いたり、行き来したりすることができる」。
 納得できるのは後者だけだ。ヒト・人間の手・てのひら・指の大きさからする条件が、鍵盤楽器には課せられるだろう。だが、両手を用いて弾くのなら、この限界は問題でなくなるかもしれない。
 また、この説明では1オクターブ12音と白鍵7音が前提とされているのだろうが、この前提自体に関する説明はない。
 前者は、「独特な配置」の根拠・背景に触れていないので、何も語っていないのとほとんど同じだ。白鍵と黒鍵が交互に並んでいたのでは音の適切な位置が分かりずらい等だけでは不十分だろう。
 なぜ白鍵7つで黒鍵5つなのか、
 加えて、黒鍵5つはなぜ左側に白鍵に挟まれて二つ、右側に白鍵に挟まれて三つ配置されているのか。
 なぜ左側に三つ・右側に二つではないのか。
 あるいは、左側に黒鍵一つだけ、右側に黒鍵四つ(またはその反対)でも、黒鍵5つ、白鍵7つを構成できるのではないか。
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 この問題に適切に回答するためには、「ドレミ〜」の7音の音階の特徴を語る必要がある。以下、いわゆる「長調」に話題を限る。
 すなわち、その重要な特質は、<十二平均律>でもそうなのだが、残る他の7音の間の関係と異なり、E-FとB-Cの間だけは「半音」関係だ、ということだ。
 「全音」と「半音」の厳密な意味(周波数または周波数比の違い)は同一ではないが、ピタゴラス音律でも純正律等でも、幹音相互の関係に、「全音」と「半音」の区別があった(純正律では二種の「全音」があった)。whole-half、ganz-halb の区別があった。
 そして、厳密な高さ(周波数比)は違うが、E-F、B-C の間は「半音」だった。 
 これが<十二平均律>でも維持されている。だから、E-F、B-Cの間には、「全音」を分割する「半音」=黒鍵が置かれないのだ。
 なお、「全音」一つの分割方法は<十二平均律>では単純だが、歴史的にはかなり複雑だ(単純な周波数比ましてや周波数の数値の中間値ではなかった。純正律の場合は「派生音」の周波数の数値自体に諸説があるようだ)。
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  ピタゴラス音律、純正律等(中全音律=ミーントーン等々)において、なぜE-F、B-Cだけは「半音」とされたのかに、さらに立ち戻らなければならない。
 唐突だが、この問題は、<十二平均律>での音階が説明される中でネット上でもしばしば言及される「五度圏」に関係している。
 「五度圏」という術語自体がピタゴラス音律の歴史を引き摺っていると私には思える。
 それはともかく、「五度圏(表)」は相当に興味深いもので、1オクターブ12音自体を疑問視しない限りは、「音楽理論」と多様な関係がある。
 例えば、五線譜での楽譜上で調を発見するのに役立つともされる。
 しかし、(長調の場合は)「シミラレソドファ」または逆の「ファドソレラミシ」を「覚えなさい」という説き方だけでは、音楽「理論」をつまらない知識の集合にしてしまうだろう。
 さて、上の並びは、<調>の探索に際して、楽譜上の最初に付されている調号記号の♭(フラット)が楽譜上の「シ」の位置に一つあればヘ長調、「シとミ」に二つあれば変ロ長調、…、#(シャープ)が楽譜上の「ファ」の位置に一つあればト長調、「ファとド」の位置に二つあればニ長調、…、ということを示す、という意味がある(旋律自体を弾けば又は歌えば容易に判明するので、こんな面倒なことをする人がいるのだろうか、とも思うが)。
 しかし、より重要なのは、上で得られる長調の順序は(#を優先すると)「トニイホロ」になり、その前に調号記号が何も付かない「ハ」長調、とさらにその前に♭が1つだけ付く「へ」長調を加えると、「ヘハトニイホロ」の順序になる、ということだ。
 これは、「ドレミ…」を相対音の表記にのみ用い、絶対音を「ABC…」で表記するとすると、F-C-G-D-A-E-Bの各長調(major、dur)を意味する。つまり、これらを「主音」とする長調の並びを意味する。
 そして、ピタゴラス音律での各音設定過程での出発点である一定の音をかりにFとすると、上の7音はつぎつぎと3/2を乗じて(1-2の範囲内になるよう1/2又はその乗数を掛けて)得られる、ピタゴラス音律での各音に合致している。
 F=1、C=3/2、G=9/8、D=27/16、A=81/64、E=243/128、B=729/512。
 これをC=1にして書き換えると、つぎのとおり。
 F=2/3、C=1、G=3/2、D=9/8、A=27/16、E=81/64、B=243/128。
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 上の7音は全て、♯や♭の付かない「幹音」だ。順序を変えて、小さい順に並べると(但し、1-2の範囲内になるよう、F=4/3とする)、つぎのようになる。
 C(1)、D(9/8)、E(81/64)、F(4/3)、G(3/2)、A(27/16)、B(243/128)。
 これはCをかりに「ド」と言うと、ピタゴラス音律での「ド〜シ」の音階だ。1オクターブ上のCを加えると、「ドレミファソラシド」になる。
 このピタゴラス音律での音階において、各音の差異(周波数比)は、こうなる。
 E-F、4/3÷(81/64)=256/243
 B-C、2÷(243/128)=256/243
 これら以外の、隣り合う各音の差異(周波数比)は、計算過程を示さないが、全て、9/8だ。
 ピタゴラス音律における「全音」は対前音比9/8(=1.125)で、「半音」は対前音比256/243(=約1.0535)ということになる。
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 繰り返す。
 第一。ピタゴラス音律の各音設定過程での(一定の基音の設定を一回と数えて)7回の計算作業で生じる7音は、全てが現在に言う「幹音」で、「ドレミファソラシ(ド)」を構成できる。12音のうち、最初に設定できる7音こそが、現在にいう「幹音」であり、その後の計算作業で残る5音の「派生音」が生まれたのだ。
 第二。7つの幹音の相互関係を吟味すると、E-FとB-Cの差異(周波数比)だけが「半音」で、これら以外は、同じ大きさの「全音」だ。
 これらは、ピアノの白鍵と黒鍵の配置関係にすでに対応している、と言えないか? 例えば、E-F、B-C の間には黒鍵は存在しないことになる。これは、ピタゴラス音律であってもすでに見られる現象だ。現在の<十二平均律>は、具体的数値を変更はしたが、これらを継承しているのではないか。E-F、B-Cの間には黒鍵を置かず、それら以外の「幹音」の間には黒鍵を挿入すると、現在に一般的なピアノ等の白鍵(7)・黒鍵(5)の配置になる。
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2637/月刊正論(産経新聞社)と皇室。

  月刊正論(産経新聞社)という雑誌のすごいところは、いや凄まじいところは、<祝・令和—改元特大号>と謳った同2019年6月号の<記念特集・新天皇陛下にお伝えしたいこと>に西尾幹二と加地伸行の文章を掲載していることだ。
 西尾幹二は2008年に〈皇太子さまへの御忠言〉(ワック)を出版し、2012年にそれに加筆して文庫(新書?)化して再刊した。また同年には別途『歴史通』に「『雅子妃問題』の核心」という文章を書いて、現在の天皇(当時の皇太子)は「…と言ってのけた」と表現するなどし、現在の皇后(当時の皇太子妃)を「地上に滅多に存在しない『自由』の実験劇場の舞台を浮遊するように、幻のように生きている不可解な存在」表現し、離婚せよの旨を明確に出張した。さらに、2008年8月のテレビ番組で西尾は、雅子妃は「仮病」だから「一年ぐらい以内にケロッと治る」だろう、雅子妃は「キャリアウーマンとしても能力の非常に低い人。低いのははっきりしている」、「実は大したことない女」と発言したらしい。
 加地伸行の当時の皇太子・同妃に対する主張も似たようなものだった。
 しかるに、二人のこうした主張・見解を知っていたはずだが、菅原慎一郎を編集代表とする月刊正論2019年6月号は、当時の皇太子・同妃が天皇・皇后に即位する時点で、「新しい天皇陛下にお伝えしたいこと」の原稿執筆を依頼した。そして、この二人は、文章執筆請負業の「本能」からか?、原稿を寄せた。
 西尾幹二、加地伸行は、かつてのそれぞれ自身の発言・文章に明確には言及しておらず、むろん取消しも撤回もせず、当然のこととして「詫び」もしていない。
 よくぞ、「新天皇陛下にお伝えしたいこと」と題して執筆できたものだ。
 二人の「神経」の正常さを疑うとともに、月刊正論(・菅原慎一郎)の編集方針(原稿執筆依頼者の選定を含む)もまた、「異常」だと感じられる。
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  月刊正論の元編集代表(2010年12月号〜2013年11月号)だった桑原聡は、「天皇陛下を戴く国のありようを何よりも尊い、と感じることに変わりはない」旨を編集代表としての最後の文章の中で書いた。
 これは、いわば<ビジネス保守>の言葉だけの表現ではないか、との疑問はある。
 上の点はともかく、月刊正論、そして産経新聞社、産経グループ全体が読売新聞社系メディアよりも<より親天皇(天皇制度)>的立場にあった(ある)、という印象はあるだろう。
 しかし、現在の天皇・皇后、上皇・上皇后各陛下等々の皇室の方々は、月刊正論・産経新聞社・産経グループを「最も支持し、最も後援してくれる」最大の味方だと感じておられるだろうか。
 すでに誰かが書いているだろうように、また書かずとも広く理解されてしているだろうように、桑原聡の上の言葉とは違って、月刊正論(・産経新聞社)は全体として皇室の「味方」だとは思えない。
 前天皇の「退位」に反対した(終身「天皇」でいるべきだと主張した)櫻井よしこ、平川祐弘、八木秀次、加地伸行らは月刊正論や産経新聞「正論」欄への主要な執筆者だった(秋月による「あほ」の人たち)。当時の天皇はこの議論に「不快」感をもったとも報道されたようだが、その真否を確言できないとしても、当時の天皇の意向とはまるで異なっていたことは明確だった。
 現在の皇后、雅子妃、前皇太子妃を最も厳しく攻撃し、批判したのは、西尾幹二だっただろう
 その西尾幹二はまた、月刊正論や産経新聞「正論」欄への継続的な執筆者だった(2023年時点でどうかは知らない)。
 現在の皇后、雅子妃も、現在の天皇、前皇太子も、西尾幹二が自分たちについてどのように書き、どのように主張していたかを、よくご存知だったと思われる。
 皇居内の「私的」空間にはおそらく主要な新聞紙が置かれ、それらのうちいくつかには西尾幹二のものも含む単行本の宣伝広告も掲載されていただろう。そして、皇族であっても「私的に」本や雑誌を購入することは可能だ。
 西尾幹二によって、小和田家まで持ち出されて攻撃された雅子妃は、ひどく傷つかれただろう。西尾幹二の言い分は、「病気」治癒を却って遅らせるものだった。前皇太子も、激しい怒りを感じられたに違いない。
 西尾幹二は前皇太子・同妃が2019年(5月)に新天皇・新皇后として即位するとは思いもしていなかっただろう。2016年に「意向」表面化、2017年にいわゆる退位特例法成立だったが、西尾は早くとも2012年まで、皇太子等を批判し続けた。「不確定の時代を切り拓く洞察と予言」の力(西尾・国家の行方(産経新聞出版、2020)のオビ)が、彼にはなかったのだ。
 西尾幹二は2008年に、自分の文章を「一番喜んでおられるのは皇太子殿下その方です。私は確信を持っています」と発言したようだが、いったいどういう「神経」があれば、こういう態度がとれたのだろう。
 現在の天皇・皇后にとって、西尾幹二は「最大の敵」ではなかったか、と思われる。
 その人物を、改元=新天皇・新皇后即位の記念号の執筆者の一人として起用した月刊正論(編集部)もまた、「異様」だ。
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 参考→Yoshiki, 即位10年奉祝曲・Piano Concerto "Anniversary"
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