中島岳志は月刊論座2006年10月号(朝日新聞社)の<安倍晋三「美しい日本へ」を読む>特集の中で、安倍晋三著の文春新書の内容を批判し、「多くの国民の心を揺さぶる作品を利用し、論理的な飛躍を通じてナショナリズムを煽る手法に、我々は今後、注意深くならなければならない」と結んでいた(p.33)。
中島岳志はしかし、自称「保守」派でもあるらしく、西部邁・佐伯啓思ら編・「文明」の宿命(NTT出版、2012)の中で、「保守思想に依拠して思考している」がゆえに「漸進的に脱原発を進めていくへきだ」と主張し(p.143-144)、「左翼が反原発」を唱えているのでそれに反対するのが「保守」だという論理を超えるべきだ、とも述べている(p.162)。
中島岳志はまた、西部邁と佐伯啓思を顧問とする、自民党の西田昌司もときどき登場する隔月刊雑誌「表現者」39号(ジョルダン、2011)に、「橋下徹大阪府知事こそ保守派の敵である」と題する論考を書き、「大阪市を解体し、国家まで解体しようとする」「自称改革派」の橋下徹を「保守派」は支持すべきではない、と主張する。結論的に月刊正論(産経)編集長・桑原聡と似たようなことを先んじて書いていたわけだ。
すでに言及したこともあるが、またここでこれ以上長く紹介したり論じたりしないが、上のような中島の主張内容から、中島岳志の「保守派」性に疑問を持っても不思議ではないと思われる。
これまたごく簡単に言及したことがあるが、中島岳志は、月刊論座2008年10月号(朝日新聞社)の座談会の中で、現憲法9条改正反対論を述べている。すなわち、「今は間違いなく、9条を保守すべきだ」と「保守に向かって」言っている、と発言している。
憲法9条に限ってではあるが、憲法改正に反対なのであり、結論的には、社民党・日本共産党等の「左翼」と変わりはない。
中島は、つぎのように理由・根拠を語っている(p.37)。
「なぜならいま9条を変えると、日本の主権を失うことに近づくからです。これだけ強力な日米安保体制の下で、アメリカの要求を拒否できるような主権の論理は、今や9条しかないと言ってもいい。アメリカへの全面的な追従を余儀なくされる9条改正は、保守本来の道から最も逸れると思います」。
原発問題ほどには大きな根拠としていないようだが、やはり「保守の道」から逸れないためには憲法9条を保守すべきだと言っており、「保守」の立場かららしき憲法改正反対論だ。
ますます中島岳志というのは奇矯な論者だと感じるとともに、上のような理由づけ自体も理解することができない。
憲法9条2項を削除して国防軍を正規に持つことが、なぜ「主権を失うことに近づく」のか、9条があるからこそ「アメリカの要求を拒否できる」というのは、いかなる理屈なのか、がよく分からないからだ。
中島は上の雑誌・論座では上のように述べるにとどまる。不思議な理屈だと感じていたが、論座編集部編・リベラルからの反撃(朝日新聞社、2006)を見ていて、中島と同じ理由づけを、中島よりは詳しく書いてある論考にでくわした。
その論考は典型的な「左翼」ではなくとも「保守派」の論者では決してない者によって書かれており、中島岳志も読んでいる、そして参照しているように思われた。
そして、朝日新聞社発行の雑誌や書物であること(だけ)を理由にするのではないが、やはり中島岳志は「保守派」ではない、と感じられる。中島も自らについて称したことのあるように、朝日新聞または「論座」的概念・用語法によると、せいぜい「保守リベラル」という、ヌエ的な存在なのだろうと思われる。中島はそこに、論壇における自らの「売り」を見出し、最近に読んだ竹内洋の本の中の言葉を借りると、論壇における自らの「差別化」を図っているのだろう、と思われる。
西部邁らは中島岳志を「飼う」ことをやめるべきだ、と再び言いたい。
それはともあれ、憲法改正反対=憲法護持論者は、いろいろな理屈を考えつくものだと感心する。論座編集部編・リベラルからの反撃(朝日新聞社)の中の一論考にはつぎの機会に論及する。
2012/09
短いコラムのごときものだが、ジャパニズム08号(2012.08、青林堂)の、中書島亘の文章(p.174-5)には同感する。
「主に8月になると日本に限局して流行し、NHKやTBSあたりが感染源になることで知られる」感染症を「広島型平和熱」と呼んでいる。そして、この病気が慢性化すると「自虐史観症候群」という「根治不能な重病」に移行するので、この危険性を厚労省や国立感染症研究所は一刻も早く国民に周知徹底させるべきだ、と結んでいる。
「広島型平和熱」とか「自虐史観症候群」とかの造語が面白い。
今年はロンドン五輪のおかげで、例年ほどには感じなかったが、毎年8月が近づき、あるいは8月になると、NHKは「戦争」ものや「原爆」もののドキュメンタリーを多く放送するので、うんざりしてきた。もちろん、これらを扱っていることが理由ではなく、<扱い方>に理由がある。上の言葉を借用すれば、<自虐史観症候群>に陥るような番組作りがされているからだ。
「平和」それ自体にむろん反対しないが、あの戦争について、<日本が悪かった>、<日本は(道徳的・道義的にも)間違ったことをした>という「史観」を基礎にして、国家系放送機関が、特定のイメージを撒き散らしてほしくないものだ。
見ないようにしているから具体的な疑問を示せないが、戦争を体験した現在の老人(旧軍人を含む)の記憶を映像・録音に残そうとしても、現在のまたは<戦後の>戦争観(特定の、あの戦争についての見方)に影響されて、事実についての記憶やその評価は語られることになるのであり、戦争の経験者が語っているから、その評価も含めて、すべて<真実だ>ということには全くならない。
NHKの中には、長井暁のような「極左過激派」もいたし、現在もいて、「広島型平和熱」を発症させ、蔓延させようとしているようだ。NHKはましな番組も作っているが、とくに、こと「戦争」がテーマになると、公正・中立ではなくなる。
だからといって、民間テレビ局の方がマシというわけでもない。NHKのように金をかけて同種の番組を作り難いだけのことで、別の面では、NHKよりもはるかにタチが悪い。
ところで、「広島型平和熱」でも、文章を読めば意味はわかるが、とくに説明を施さなくとも、8月を中心にNHKが放送している「反戦・反原爆」ドキュメンタリー類の悪弊を表現できる、もっと的確な用語はないものだろうか。
月刊正論9月号(産経)の「編集者から」(p.327)の文章で驚いたのはつぎの言葉だ。
一読者が「いたずらに異見を責めるのではなくて、国民の落着点を求め」る姿勢が大切ではないかと(前回に紹介にしたことを書いて)「編集者へ」述べたことに答えて、それが「必要な場合もあるでしょうが…」と述べているのは一般論としては誤っていないだろうが、問題は、それに続くつぎの文章だ。
「それ〔異なる意見〕が日本と日本人を間違った方向に導くと判断した時には、我々は異見を潰しにかかります」。
月刊正論編集部は「日本と日本人を間違った方向に導くと判断し時には」「潰しにかかる」、そういう編集方針を明らかにしたわけだ。
善意に解釈して、その気分ないし意気込み?は理解できなくもないが、ただちに、次のような疑問が生じる。
第一。「日本と日本人を間違った方向に導く」意見かどうかを判断するのは、明らかに月刊正論編集部(「我々」)だとされている。
しかして、そもそも月刊正論編集部に、諸意見・考え方等々のいずれが「日本と日本人を間違った方向に導く」か否かを適切に判断する資格または能力があるのだろうか。
主観的に、そのような気概?を持って何らかの「判断」をするのは結構だし、妨げることもできないだろうが、そもそもその「判断」が正しいまたは適切か否かの客観性は何ら保障されていない。
奥付?によると月刊正論「編集部」には、「編集人」の桑原聡のほかに「小島新一・永井優子・川瀬弘至・上島嘉郎」の4名しかいない。政治・社会系の研究者・学者としても、政治・社会系評論家としても何らその地位を確立しているとは思えない、長の桑原を含めてこれら5名に、「日本と日本人を間違った方向に導く」か否かの判断を、読者は委ねることができるだろうか。一般論として、とても不可能だ、と考えられる。
「我々」が「日本と日本人を間違った方向に導くと判断した時には」、という書き方は、まるで「我々」がその判断を客観的ないし的確に行うことができるということを前提にしているごとくで、誤っている可能性がきわめて高く、ひどく<傲慢>だ。
読者は、「日本と日本人を間違った方向に導く」意見・考え方か否かの判断を、上の5名が客観的にかつ適切になしうるとは考えていないし、期待もしていないだろう。
そもそも月間発行部数2万程度の雑誌の、たった5名の「編集者」にそのようなことができるわけがない、と考える方が常識的だ。
百歩譲って、編集者としての気分・気概を宣明しただけだ、と理解するとしても、そのような気分・気概は、ある意味では、すべての政治・社会系雑誌の編集者が持っていても不思議ではないもので、わざわざ文章にし、活字にしておくような類のものではない。
あえて上のようなことを活字にしていること自体が、やはりどこかおかしい、と感じざるをえない。
第二。「日本と日本人を間違った方向に導く」意見・考え方を「我々」は「潰しにかか」る、という。
その前提的判断の客観性・適切性に疑問がありうることは上に記したが、そのような前提的判断に立っての、上のような「異見」は「潰しにかかります」、という表現は尋常ではない。
具体的には、そのような「異見」は掲載せず(執筆を依頼せず)、それを批判・攻撃する論考のみを掲載していく、という編集方針を宣言していることになるのだろう。
一般論として、何らかの編集方針を持つことはありえ、それに基づいて具体的な雑誌編集を行うことはむろんあるだろう。どの雑誌もそうしている、とも言える。
だが、上のような「異見」は「潰しにかかります」、という表現は、穏やかではない。
客観的にまたは結果的にそのような機能を持つことがあっても、あるいは持つことを意図していたとしても、ふつうは、上のように「潰しにかかります」とまでは、文章化しない、活字にはしない、のではないか。
この点でも、現在の月刊正論編集部は、やはり、どこかおかしい。
それにまず、自分(たち)の気にくわない意見は「潰しにかかる」という姿勢・態度を明らかにすることは、多分に気味が悪いものだ。月刊正論編集部は、政治・社会問題にかんする諸意見についての<思想警察>のつもりなのだろうか。そういう立場に立つつもりなのだろうか。右向きか左向きか知らないが、どこか<ファシスト>的匂いを感じる表現であることに、実際の書き手は注意した方がよいと思われる。
つぎに、そもそも、月刊正論という雑誌の力で、「日本と日本人を間違った方向に導く」意見を同誌編集部が「潰しにかかる」ことができると本当に考えているのだろうか。
そうだとすれば、尋常ではないし、やはりひどく<傲慢>だ。
月間発行部数2万程度の雑誌に、朝日新聞の数分の1しか読者のない産経新聞のさらに100分の1程度の読者数の雑誌に、その雑誌編集部の「判断」と異なる意見を<潰す>ことができるとはとても思えない。<潰せる>と考えているとすれば、その自信過剰さは、尋常な感覚ではないだろう。
実際問題として、月刊正論(編集部)が「日本と日本人を間違った方向に導く」意見だと判断するかもしれない諸意見は種々の、別の雑誌に溢れているし、今日ではブログやツイッター等の表現手段もある。
月間発行部数2万程度の雑誌の「編集者」が、気にくわない「異見」を「潰しにかかります」などと、かりに内部でそう考えていたとしても、正規に、雑誌上に文章とし、活字にするようなことはしない方がよいだろう。
ごく常識的な感想を書いたつもりだ。内容的にも疑問があり、「潰しにかかる」という言葉には<思想警察>的な気味悪さを感じる。と同時に、そのような文章を平気で活字にし、正規に残しておく、という姿勢・態度・感覚に、尋常ではない、戦慄すべき<怖ろしさ>を感じる。
余計ながら、ひょっとして具体的には皇位継承問題(女系天皇の是非)を念頭に置いて「編集者」の上の文章は書かれたのかもしれない。しかし、そのような特定・限定はなく、一般的な宣明のかたちで、上の文章は書かれている。
さらに余計ながら、「日本と日本人を間違った方向に導く」、日本国内のマルクス主義者・親マルクス主義者あるいは「左翼」の諸意見・考え方を「潰しにかかる」という編集方針を、月刊正論編集部は採っているのだろうか?、かりに採っているとしても、それは十分なものだろうか?、という疑問がある。
「保守」派内の「内ゲバ」に主要な関心を向けたり、その一方に加担することに熱心な月刊雑誌は、少なくとも「保守」派一般の、またはその代表的な雑誌になることすらできないだろう。ましてや、憲法改正に必要な国民・有権者の過半数に支持される、あるいは関心をもたれる雑誌に成長することは決してないだろうと思われる。
月刊正論の親会社の発行する産経新聞8/14の加地伸行と竹内洋の対談中に、こんな部分があった。
「加地 今の保守系は論壇というよりも、悪口を言うことで終わってしまっている。……
竹内 それと内ゲバ。左翼…が、保守論壇も。仲間内でやるのが一番見苦しい」。
この秋月の文章も一種の「内ゲバ」かもしれないが、秋月瑛二のブログにそのようなものの一方当事者となる資格(・読者数)はないものと自覚している。
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