〇佐伯啓思は、新潮45/3月号で「橋下現象」に「イヤなもの」・「嫌悪感」を覚えるとし、それは近年の日本の「必然的帰結」・今日の日本の「象徴」だという。そして、「一歩間違えば、とんでもない事態にわれわれを導きかね」ないと警戒視する(p.323)。このような基本的論調は三点に分けられてより詳しく論述されているが、直感的にこれは誤っている、単純化しすぎていると思われたのは、佐伯のいう第一点だ。第二、第三点の叙述も疑問はあるが、橋下徹の「姿勢」・「手法」への違和感が示されているだけ(?)なので、とりあえず、以下では触れない。
佐伯啓思によると、以下のとおり。
①橋下徹の基本的な「政策」は、90年代以降の「行政の無駄の削減、財政再建、福祉の見直し、地方分権、政治的リーダーシップの強化など」という「改革」論そのもので、それを「とことん徹底したもの」だ。
②「徹底した成果主義」・「実力主義、業績主義、強力な指導力」による「徹底した『改革』」こそ、90年代以降の日本を覆ったもので、「民主党現象」もそうだった。「改革」は官僚や既得権者を敵対者と見なした。
③これまでの民主党を含む「改革」が不十分だった(と感じられた)ために橋下徹が期待された。
④90年代以降の「改革」論は「成果主義や能力主義や財政再建化や自由競争」等の「いわゆる新自由主義政策」だったが、「橋下改革もきわめて新自由主義的傾向の強い」もので、大阪市の場合も「新自由主義によって社会に活を入れるというショック療法が施されている」(p.323-4)。
おおむね叙述順に要約的に紹介したが、かかる議論あるいは分析は正鵠を射ているのだろうか?
第一に、上にも出てくる「新自由主義」を筆頭に、「財政再建、福祉の見直し、地方分権」というより具体的でもなおも抽象度の高い諸概念の意味がきちんと明らかにされていないと、よほど忠実にこれまでの佐伯の議論を読んできた者以外には、ほとんど理解不可能だろう。
第二に、かりにより高いレベルの読者が読んだとしても、にわかに賛同することはできないだろう。それはまずは、90年代以降の「改革」(論)という一色の歴史理解(時代認識)のもとに「橋下現象」を位置づけよう、把握しようとしていることによる。
佐伯の言うほどに単純なものではなかろう。自民党(末期?)の「小泉」改革・民主党の「改革」・橋下「改革」と、同じ「改革」(論)だと一括りにしてよいものなのか?
佐伯の時代認識は、学者・「思想家」らしく、抽象度が高すぎる。「左翼(=容共)・反日」政権として登場した民主党政権による「改革」を従来の「改革」路線の延長と捉えるのは妥当ではあるまい。なるほど民主党も「改革」を唱えたようだが、「戦後民主主義」のなれの果てと言える「左翼(=容共)・反日」政権による改革論を自民党のそれと本質的に同一視することはできないと思われる。
実際にも、労働組合によって支持され、現在は日教組の「親分」が幹事長をしている政党が、いかほどの「改革」を行いえてきているかはきわめて疑問だ。その「民主党現象」と「橋下現象」が似たようなもので、したがって橋下改革も「おおよそロクな結果をもたせさないでしょう」とまで佐伯は断言するのだから、呆れてしまう。
「地方分権」論といっても、自民党・民主党そして「大阪維新の会」とでは中身が異なる。立ち入らないが、「維新八策」における「国」・「地方」の役割分担に関する叙述を見ても、民主党の曖昧な「地域主権」論よりもまともだと思われる。
佐伯は「成果主義」等々を批判するが、これを一概に批判することができないことくらいは佐伯だから分かっているだろう。また、佐伯は「新自由主義的」と橋下徹の政策を論定しているが、報道されている大阪市西成区に対する施策の方向を知ると、とても「新自由主義主義的」などと論難できるものではないように思える。
交通事業の民営化方針も佐伯によると「成果主義や能力主義や財政再建化や自由競争」等の「いわゆる新自由主義政策」なのかもしれないが、大阪市営交通事業の経営主体等の問題は、抽象度の高い、「新自由主義」的か否かといったレベルで決せられるものではあるまい。
「財政再建」も「福祉の見直し」も、似たようなことが言える。
いっさいの「改革」が悪だ、いっさいの「変化」を許さない、という立場に立たないかぎり、佐伯啓思の議論は支持できるものではない。
第三に、以上とほぼ同旨だが、そもそも90年代以降の「改革」(論)を否定し批判する佐伯啓思の立論の内容および立脚点自体が、十分に説明されていないし、十分に肯定されるものなのかという問題があるだろう。
佐伯啓思は、「改革」論の帰結は「地域格差」・「所得格差」・「地方のコミュニティの崩壊」・「医療現場の崩壊」・「労働と雇用の不安定化」・「教員や家庭の崩壊」だったとし、「何よりも経済はちっともよくはなせなかった」と、社民党や2009年選挙以前の民主党のようなまとめ方を簡単にしてしまっている(p.324)。
このような「帰結」をもたらした「改革」論と橋下改革は同じなのかという問題のあることは先に述べたとおりだが、これらの原因をあげて「改革」論に求めることは、きわめて粗雑だと思われる。
問題は「改革」の具体的中身、その達成手法、そして「改革」論議と実際になされた「改革」の区別、をきちんとふまえて論じられなければならないだろう。
佐伯啓思は産経新聞2/20付で、「『改革』についての功罪」をこう述べている。
「グローバル化の功罪、金融自由化の功罪、日本的経営の崩壊の意味、二大政党政治の功罪、小選挙区制やマニフェストの問題、これらを自民も民主も整理できていない。むろん、マスメディアもジャーナリズムとて同様である」。
<改革の功罪>を誰も整理できていない、というのだ。いやおそらく、佐伯啓思自身は「整理」しているつもりなのだろう。だが、佐伯自自身の「整理」が、つまりは「改革」(論)を総じて批判し否定し消極的に評価するという結論自体の正しさが、十分に論証されていないとまるで説得力がない、
佐伯にとっての「悪」を橋下徹は継承している、というのが佐伯の論点の一つで、橋下徹が「継承」しているとにわかに論定すべきではない、と上では述べた。いま一つの佐伯の論点は「改革」(論)は悪だった、ということにある。この点がここで批判しているところだ。
90年代以降の「改革」(論)をこのようにまとめ、あるいは上記のように簡単に「改革」の帰結=「罪」を列挙するだけでよいのだろうか。
ともあれ、佐伯啓思以外には誰も(?)整理できていない課題の克服を橋下徹らに求めても無理強いであり、整理していないことをもって論難することも橋下徹らにとっては酷というべきだ。佐伯啓思は声を大にして、民主党と自民党のほかに、「マスメディアもジャーナリズムも」批判するがよいだろう。
簡単に上のことを再述すれば、以下のとおり。
①橋下徹らの政策が90年代以降の「改革」(論)の系譜上にあり、それをさらに徹底したものだ、という把握の仕方は、単純で性急すぎる。
②90年代以降の「改革」(論)がよいものではなかった、ということ自体が説得的には何ら論証されていない。佐伯啓思の頭の中にはあるのかもしないが、ほとんどの読者には伝わっていない、と思われる。
いっさいの「改革」や「変化」を許さない、という立場に立たないかぎり、佐伯啓思の議論は容易に支持できるものではないのではないか。
産経新聞2/20付の佐伯啓思論考にはあまり言及しなかったが、上で紹介したのと似たようなことを書いており、ほぼ同じような感想を抱くので、もはや省略しておく。
〇産経新聞2/23の特集記事中に、橋下徹のつぎの言葉が紹介されている。
・「世間の民意とは関係なく、自分の主義主張だけで『世の中の方が間違っている』『衆愚政治だ』『大衆迎合だ』『世論は間違っている』『市民は一時の熱情に狂っている』とか、平気で言えるのが学者だ」。
同じ記事によると、田原総一郞はこう言った、という。「橋下さんに対する批判の弱さに、日本のインテリの弱さが出た」、「日本のインテリは権力側を批判はするが、対案を持っていない。『じゃあ、あなたはこの問題をどうしますか』といわれたときに、答えを持っていない」。
佐伯啓思そして<西部邁・佐伯啓思グループ>の面々は、これらの言葉をどう聞くのだろうか。
書き忘れていたが、佐伯啓思は90年代以降の「改革」(論)を批判してきているが、「じゃあどうすればよいのか(よかったのか)」という問題には具体的にはほとんど何も答えていない、と思われる。地方分権にせよ財政再建等々にせよ、具体的な「対案」があるわけでもないのだ。論壇・大学のインテリ=「口舌の徒」は楽なものだ、とあらためて感じている。かかる皮肉も、「思想家」には何の痛痒にもならないのかもしれないが。
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