〇既に言及・紹介したのだったが、いずれも東京大学の教授だった宮沢俊義や横田喜三郎は、戦後当初の1950年代初めに、「自由」も「平等」も「民主主義」から、または「民主主義」と関連させて説明するような叙述をしていた。
反復になるが、ある程度を再引用する。
宮沢俊義(深瀬忠一補訂)・新版補訂憲法入門(勁草書房、1950年第1版、1954年改訂版、1973年新版)は結論的にこう書く。
・「自由主義も民主主義も、その狙いは同じ」。「いずれも一人一人の人間すべての価値の根底であるという立場に立って、できるだけ各個人の自由と幸福を確保することを理想とする主義」だ。
これでは両者の差異がまるで分からないが、その前にはこうある。以下のごとく、「自由」保障のために「民主主義」が必要だ、と説明している。
・「自由主義」とは「個人の尊厳をみとめ、できるだけ各個人の自由、独立を尊重しようとする主義」あるいは「特に国家の権力が不当に個人の自由を侵すことを抑えようとする主義」のことだが、国家権力による個人の自由の不当な侵害を防止するには、「権力分立主義」のほか、「すべての国民みずからが直接または間接に、国の政治に参加すること」、「国家の権力が直接または間接に、国民の意思にもとづいて運用されること」が必要だ。このように国家が「運用されなければならないという原理」を、「特に、民主主義」という。
横田喜三郎・民主主義の広い理解のために(河出書房・市民文庫、1951第一版)は、こう書いていた。
・「民主主義」とは、「社会的な」面では「すべての人に平等な機会を与え、平等なものとして扱う社会制度を、すべての人に広い言論や思想の自由を認める社会組織を」意味し、「政治的な」分野では、「人民主権」や「人民参政」の政治形態を意味する。もっとも、「人民主権」・「人民参政」は「結局においては、すべての人が平等だという思想」にもとづく。
ここでは、上の宮沢俊義の叙述以上に、平等・自由・民主主義は(循環論証のごとく)分かち難く結びつけられている(こんな幼稚な?ことを書いていた横田喜三郎は、のちに最高裁判所長官になった)。
今日までの社会科系教科書がどのように叙述しているかの確認・検討はしないが、日本において、「民主主義」は必ずしも正確または厳密には理解されないで、何らかの「よい価値」を含むようなイメージで使われてきたきらいがあると思われる。一流の(?)<保守派>(とされる)評論家にもそれは表れているわけだ。
〇何回か(原注も含めて)言及・紹介したハイエクの「民主主義」・「自由主義」に関する叙述は、ハイエク・自由の条件(1960)の第一部・自由の価値の第7章「多数決の原則」の「1.自由主義と民主主義」、「2.民主主義は手段であって目的ではない」の中にある。
これらに続くのは「3.人民主権」だ。
余滴として記しておくが、この部分は、「教条的な民主主義者にとって決定的な概念は人民主権の概念」だと述べつつ(p.107)、「教条的民主主義者」の議論を批判している。
ハイエクによると、例えば、この「人民主権」論によって、民主主義は「新しい恣意的権力を正当化するものになる」(p.107)、「もはや権力は人民の手中にあるのだからこれ以上その権力を制限する必要はない」と主張しはじめたときに「民主主義は煽動主義に堕落する」(p.151)。
このような叙述は、原注には関係文献は示されていないが、フランス革命時の、辻村みよ子が今日でも選好する「プープル(人民)主権」論や、現実に生じていた<社会主義>国における(つまりレーニンらの)「民主主義」論を批判していると理解することが十分に可能だ。
また、菅直人が言ったらしい言葉として伝えられている、<いったん議会でもって首相が選任されれば、(多数国民を「民主主義」的に代表する)議会の存続中は首相(→内閣)の<独裁>が保障される>という趣旨の<議院内閣制>の理解をも批判していることになるだろう(菅直人の「民主主義」理解については典拠も明確にしていつか言及したい)。
ところで、横田喜三郎の書を紹介した上のエントリー(2009年)は、長尾龍一・憲法問題入門(ちくま新書、1997)のp.39~p.41の、こんな文章を紹介していた。
・民主主義=正義、非民主制=悪となったのは一九世紀以降の「価値観」で、そうすると「民主主義」というスローガンの奪い合いになる。この混乱を、(とくにロシア革命後の)マルクス主義は助長した。マルクス主義によれば、「封建的・ブルジョア的」意識をもつ民衆の教育・支配・強制が「真の民主主義」だ。未来世代の幸福のための、現在世代を犠牲にする「支配」だ。しかし、「未来社会」が「幻想」ならば、その支配は「幻想を信じる狂信者」による「抑圧」であり、これが「人民民主主義」と称されたものの「正体」だ。
・民主主義が「民衆による支配」(demo-cratia)だとすると、「支配」からの自由と対立する。「民衆」が全てを決定すると「自由な余地」はなくなる。レーニンやムッソリーニは、「民衆代表」と称する者による「徹底的な自由抑圧」を「徹底した民主主義」として正当化した。
反復(再録)になったが、なかなか鋭い指摘ではないか。
以上で、「民主主義」と「自由」の関係についての論及は終わり。