〇 1.あらためて書くが、河野健二・フランス革命小史岩波新書、1959)は、ロベスピエールをこう称揚した。
 「彼(ロベスピエール)こそは民衆の力を基礎にして資本の支配に断乎たるたたかいを挑み、一時的にせよ、それを成功させた最初の人間だからである」(p.191)。
 この河野の本はまた、レーニンは1915年に次のように述べ、「とくにロベスピエールの名前をあげることを忘れなかった」という。
 「偉大なブルジョア革命家に、最も深い尊敬の念をよせないようでは、マルクス主義者ではありえない」(p.193)。
 ジャコバン(モンターニュ派)独裁については、上の河野の本は次のように叙述する。
 「モンターニュ派、とくにロベスピエールは、こういう運動〔「私有財産に対する攻撃、財産の共有制への要求」-秋月補足〕の背後にある要求をくみとりながら、すべての人間を小ブルジョア的勤労者たらしめる『平等の共和国』をうちたてようとした」(p.189)。
 モンターニュ派の夢見た「第三の革命」は「輪郭がえがかれたままで挫折した。資本主義がまさに出発しようとしているとき、…とすることは歴史の法則そのものへの挑戦であった。悲壮な挫折は不可避であった」。
 これらの文章をもう少しわかりやすく言えば、ジコバン派=ロベスピエールは「ブルジョア(市民)革命」を超えて、さらに「第三の」、すなわち「社会主義革命」まで進もうとしたのだが、それはまだ<早すぎて>「歴史の法則」に反し、「悲壮な挫折は不可避」だった、ということだ。
 2.ところで、のちのマルクスやレーニンが「ジャコバン独裁」に注目しかつそれに学ぼうとしたことは疑いを入れない。
 平野義太郎・レーニン/国家・法律と革命(大月書店、1967)は、日本共産党党員(故人)の平野義太郎がレーニンの「国家・法律と革命」に関する文章・命題を抜粋してそのまま掲載している(体系・順序の編集のうえで)ものだが、事項索引に「ロベスピエール」はないが「ジャコバン」はあり、4箇所の頁数が示されている。それを手がかりに読むと、レーニンおよびマルクスが「ジャコバン独裁」を肯定的にかつ高く評価していたことが明瞭だ。以下、そのまま一部引用する。①~④は、レーニン自身の文章だ。
 ①「ジロンド派は…一貫しない、不決断な、日和見主義的な擁護者であった。だから、…十八世紀の先進的階級の利益を首尾一貫してまもり抜いたジャコバン派は、彼らとたたかったのである」(p.44、1905.03=レーニン執筆の年月、以下同)。
 ②「真のジャコバン派の歴史的偉大さは、彼らが『人民とともにあるジャコバン派』、人民の革命的多数者、当時の革命的な先進的諸階級とともにあるジャコバン派だったことにあった」。「…プレハーノフらの諸君。…一七九三年の偉大なジャコバン派が、ほかならぬ当時の国民の反動的・搾取者的少数者の代表を、ほかならぬ当時の反動的諸階級の代表を、人民の敵と宣言するのを、恐れなかったことを、諸君は否定できるか?」(p.44-45、1917.06)。
 ③「マルクスは、…とくに全プロレタリアートの武装が必要であること、プロレタリア衛兵を組織すること、…を主張している。…マルクスは、一七九三年のジャコバン党のフランスを、ドイツ民主主義派の模範としている」(p.82、1906.03)。
 ④「一七八九年の上向線〔立憲派―ジロンド党―ジャコバン党〕は、人民大衆が絶対主義に勝った革命の形態であった。一八四八年の下向線〔プロレタリアート―小ブルジョア民主主義派―ブルジョア共和派―ナポレオン三世〕は、小ブルジョアジーの大衆がブロレタリアートを裏切って革命を敗北させた革命の形態であった」(p.115、〔〕は前後の文脈からする平野による補足と見られる。1915.11)。
 ⑤〔平野義太郎の「解題」の中〕レーニンは「…革命人民の歴史を述べる必要があり、とくにマルクスと同じように、フランス大革命のジャコバン党の歴史、それから一八四八年のドイツ・フランスの革命、一八七〇年のパリ・コミューンからまなんで革命の歴史を述べるときがきた。…」(p.401)。
 3.以上のとおり、(ルソー→)ロベスピエール(ジャコバン派)→マルクス→レーニンという<系譜>があることは明瞭だ。(ロベスピエールはルソーの思想的弟子。)
 だが、日本のとくに最近の学者たちは、マルクスやレーニンの名を出すことなく(換言すればマルクス(・レーニン)主義の擁護・支持を<隠したままで>)、ルソー、フランス革命、ロベスピエール(ジャコバン派)賛美・称揚を行っている。
 「ルソー・ジャコバン型」民主主義・個人主義を近代原理の典型的な一つとする樋口陽一や、施行もされなかった1793年(ジャコバン)憲法に憲法(思想)史上の重要な位置を与える辻村みよ子も、憲法学者の中でのそうした者の例だ。
 あらためて述べておくが、フランスのジャコバン派や1793年憲法に肯定的・親近的な文章を書いている者は、冒頭の河野健二はもちろんのこと、マルクス主義者又は少なくとも親マルクス主義者であることは疑いないと思われる。「マルクス主義」専門用語をできるだけ使わないようにしつつ、その実は、マルクス主義の骨格部分をなお支持して学者・研究者生活をおくっている者は少なくないと思われる。そのような者たちが少なくないからこそ、日本の「左翼」は他の<先進・自由主義>諸国の「左翼」とは異質で、かつ異様なのだ。
 〇田母神俊雄=潮匡人・自衛隊はどこまで強いのか(講談社+α新書、2009)を4/18に全読了。