一 昨年11月末に発刊されていたらしいが、迂闊にも気づかないでいた。2月以降で半分強のp.120まで読み終えた。
佐伯啓思・自由と民主主義をもうやめる(幻冬舎新書、2008。760円+税)。
第一章 保守に託された最後の希望
第二章 自由は普遍の価値ではない
第三章 成熟の果てのニヒリズム(~p.120)
第四章 漂流する日本的価値
第五章 日本を愛して生きるということ
「…正論大賞受賞を記念して、産経新聞社主催で行われた講演会の記録をもとに」執筆されたもの(p.230)。
二 先だって(1/29付)、自由や民主主義(・個人主義・平等)は「価値」・「中身」を伴わない観念だとかを独り言として書いた。佐伯啓思の影響をたぶんすでに受けていたのではあろう、この本でも佐伯は同旨のことを強調している。例えば、p.72。
その他、全体として、容易に理解できるし、同感できるところがほとんどだ。
戦後日本は(佐伯のいう)<進歩主義>が「公式的な価値観」となってきた(p.71)。<保守>の側が「変化」を求めて「戦後レジームからの脱却」(安倍晋三)を主張しなければならない、という<ねじれ>がある。以下は私の言葉だが、<進歩主義>(だが現状維持派)が自民党の政治家の過半を覆うほどに「体制化」していることは、昨年の田母神俊雄論文問題でも明らかになった。
自由が大切なのではなく自由を活用して何をするかが大事、民主主義自体が大切なのではなく、国民の中の「文化や価値の重要なものが政治の場で表現される」ことが大事だ(p.72)。「文化」や「価値観」を抜きにして「自由も民主主義もうまく」機能しない(p.73)。
日本的「精神」・日本的「価値」、これを佐伯は戦前の「京都学派」の議論を参考にして、「道義」、「道と義」とも言う(p.112-3)。さらに東洋的な「無」・「空」の思想についても触れる(p.114-5)。
西洋的価値観に対する「日本的な価値観」とは何かを問題にし、これを追求する以外に進む途はない、という主張を佐伯はしている。そして、かかる問題設定すら、戦後の思想の領域では「丸山真男の影響力があまりに強くて」できなかった、のだという(p.118)。
自由・民主主義(・個人主義)の行き着く果ての「ニヒリズム」、という考え方又は理解の仕方がこの本ではかなり強調されているようだ。すでに欧州ではニーチェらによって、19世紀末には<警告>されていた。現在の日本社会は、「社会の規範が崩壊し、確かな価値が見失われる」「ニヒリズム」のそれだ(p.28)との指摘もよく分かる。
この「ニヒリズム」との闘いこそが<保守>の役割だとされる。「価値規範の喪失、放縦ばかりの自由、窮屈なまでの人権主義や平等主義、飽くことなき物質的富の追求、そして刹那的な快楽の追求」、このような「現代文明の崩壊」に「無頓着」でかつ「手を貸している」のが、「左翼進歩主義」なのだ(p.30)。
再び日本的「精神」・「日本的な価値観」に戻ると、日本は敗戦によって「国土だけでなく、日本的価値も日本的精神も、すべて焼きつくされた感がある」。これれらが「何であるか、戦後の日本人にはわからなくなって」しまった(p.71)。
そして、佐伯啓思は東洋的「無」との関係の箇所でのみ「天皇」に言及している(p.115)-「天皇という存在も日本文化の中心にある『無』を表している」。
日本の伝統・歴史・文化という場合、「天皇」制度のほか、密接不可分の<神道>や<(日本化された)仏教>を無視することは絶対にできないだろう。それらは、戦前の「京都学派」(西田幾太郎ら)の思想よりも重要な筈だ。この「学派」が、天皇・神道・仏教を全く無視していたとは思わないが。
アメリカと欧州の違いの指摘も、相当に納得がいく。「親米保守」は概念矛盾、アメリカは「左翼急進主義」者、といった指摘は、「親米保守」論者にとっては厳しいものだ。
三 既に同旨を述べたことがあるが、佐伯啓思の叙述でいま一つ納得がいかないのは、中国・北朝鮮への言及やそれらへの警戒の文章が(アメリカ批判に比べて)全くかほとんどないことだ。
佐伯によると、「冷戦」とは、アメリカ的解釈によると、「ソ連という全体主義国家に対して、西側が自由と民主主義を掲げた戦争」だとされる。そして、ほぼ自分の言葉として、「冷戦が終わり、自由・民主主義・市場経済の敵が消え去った」とも述べている(p.93~p.94)。
しかし、繰り返しになるが、東アジアでは<冷戦>はまだ続いているのではないか。アメリカとの関係で自立・自存の方向へ向かうべきことも明らかだと思われる(自主憲法制定、自国「軍」の認知はその方向への重要な目標だろう)。日本的「価値」を探る議論もきわめて重要だ。だが、アメリカ的「自由・民主主義」を戦略的にでも利用して、中国(共産党)や北朝鮮と対峙する必要は、中国が軍事力を強化し、北朝鮮がミサイル(テポドン)発射の準備を進めているという状況下では、なおも必要なのではないか。
もっとも、佐伯啓思は、(かつての?)麻生太郎らの「価値観外交」の中には「自由や民主主義」だけではなく「日本的価値観を織り交ぜる必要がある」(p.118)という書き方もしていて、「外交」上の「自由や民主主義」の標榜を全くは否定していないようだ。とすると、大して変わらないことになるのかもしれない。
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