一 岩波からシリーズ・法律学への第一歩というのが出版されていた。全5巻で、二つ目が、杉原泰雄・憲法-立憲主義の創造のために-(1990)。
第一巻が渡辺洋三・法律学への旅立ち(1990年時点で既刊)で、この人は日本共産党党員だったと確実に推測できる人(故人)。
その他の執筆者は、第三巻の民法は田山輝明、第四巻の刑法は村井敏邦、第五巻の外国法(イギリス・ドイツ)は戒能通厚・広渡清吾。
戒能通厚(前名古屋大学)の名はマルクス主義法学講座にもあったと思うが、このシリーズの執筆者たちは、杉原泰雄も含めて、日本共産党員か親日本共産党の者か、少なくとも反日本共産党ではない者であることは確実だろう。マルクス主義者・親マルクス主義であることは勿論。さすがに岩波書店だ。
二 第二巻の上の杉原泰雄の本には教条的な日本共産党の主張・理解とは同じではない<歴史理解>もある。
とりあえず気がついたのは、明治憲法から現憲法への「転換」を「日本の市民革命ともいうべきものであった」と述べつつ、しかし「革命としての実体を欠いていた」と叙述していることだろう(p.21)。
戦後への「転換」につきかかる「市民革命」概念を日本共産党は用いない。
だが、日本の「反立憲主義的政治の原因論」をふまえれば「日米安保体制が、軍事的に、経済財政的に国民生活にどのような危険性をもっているか、…を解明し、認識すること」ず重要だ旨の指摘(p.23-24)などは、<憲法体制と安保体制の矛盾・対立>という、長谷川正安(元名古屋大学法学部)がしばしば書いていたような日本共産党的な基本的法状況の認識の枠内にある。
三 「市民革命」関係の上の叙述は、杉原泰雄・平和憲法(岩波新書、1987)でより明瞭に、かつ詳しく語られている。
・「明治憲法から日本国憲法への転換は、日本の市民革命ともいうべきものであった。しかし、外見上はそうではあっても、それは市民革命としての実体を欠いていた」(p.134)。
・「近代市民革命」の場合、「民衆」の他に「ブルジョアジー」が参加して、彼らも「新しい憲法原理」に敵対的ではなく、「新しい憲法原理」は「権力担当者と民衆」のいずれの「意識にも根」をおろす。だが、「日本国憲法は、その市民革命的類似の外形にもかかわらず」、このような「市民革命としての『実体』をもつことができなかった。その意味で、それは外見的市民革命ともいうべきものであった」(p.141-2)。
・「日本国憲法の制定は、徹底した意識変革の過程としての市民革命の内実を、支配層においても、一般国民の段階においても、伴っていなかった」(p.172)。
上のための例証的叙述は省略する。「外見的市民革命」とは、ほとんど一般化していないが、面白い概念ではある。
なお、杉原において、日本の<特殊性>も意識されてはいる。p.141の小活字部分にはこうある。
「市民革命」は「もともと、資本主義の草創期における現象」だが、日本の戦後改革は「一応発達した資本主義社会における二〇世紀中葉の変革として、資本主義的生産関係の変革をも」視野に収めうるものだった。だが、占領軍の性格や日本の権力担当者の「巧みな対応」によって、その可能性は「憲法問題としては、現実化されなかった」。
ここで視野に入り得たとされ、かつ現実化しなかったとされる「資本主義的生産関係の変革」とは、<社会主義化>又は<社会主義革命>に他ならないだろう。
四 上の小活字部分についての「留保」は必要だが、杉原泰雄において刮目されるのは、第一に、どの国も、日本も、「市民革命」を経る必要がある、「市民革命」を経るはずだ、という強い、<宗教じみた>思い込みがあることだ。
第二に、日本は<真の>「市民革命」ではなく「外見的市民革命」を経たにすぎない、という<歴史理解>は、<真の>「市民革命」を将来に経る必要がある(その筈だ)との理解につながっているはずだ。
これを前提にすると、日本は「戦後改革」後も(現在も!)、フランスにおける<真の>「市民革命」以前の状態にあると理解されていることになる。日本の1945年頃は(そして現在も!)、フランスにおける1789年以前の状態なのだ-少なくとも「(真の)市民革命」の欠落のかぎりでは。
また、小活字部分も併せて読むと、「市民(ブルジョア民主主義)革命」と「社会主義革命」とがすみやかに連続して起こる必要がある、起こるだろう、と考え、想定しているものと思われる。
ここまで分析?すると、この杉原泰雄の考え方は日本共産党的・<講座派>マルクス主義のそれだ。
以上をふまえて思うのだが、マルクス主義的歴史発展段階論、つまり封建制→絶対主義(絶対王制)→<市民革命>→資本主義→<社会主義革命>→社会主義、というシェーマに杉原がどっぷりと浸っていることは明らかだ。日本の状況を、なぜ外国産の理論でもって、かつなぜフランスの「市民革命」を範型として把握する必要があるのか。
上に言及の二つの杉原の本はソビエト連邦・東欧社会主義諸国の崩壊・解体の前に書かれている。<市民革命>→資本主義→<社会主義革命>→社会主義、というシェーマ(図式)自体が狂人の戯言のごとく受けとめられるようになっている今日でも、杉原はなお、日本の「外見的市民革命」を語るのだろうか。「資本主義的生産関係の変革」などという言葉を使うのだろうか。ある意味では、憐憫の情も湧く。
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