一 この数日間で、安本美典・大和朝廷の起源―邪馬台国の東遷と神武東征伝承(勉誠出版、2005)、安本美典・倭王卑弥呼と天照大御神伝承―神話の中に、史実の核がある(勉誠出版、2003)を、この順序で、それぞれ全読了した。
安本美典の2000年以降の本(№はないが、「推理・邪馬台国と日本神話の謎」との統一タイトルのシリーズ扱いのようだ)は、安本がそれまでに主張してきたことの集大成プラス若干の補足的情報で、1934年生まれの安本としては、同じ形式・スタイル・造本で<ライフ・ワーク>を遺しておきたかったのだと思われる。したがって、その主張に馴染みがある者にはごく簡単に読めるし、もともとこの人の文章は(安本は文章心理学の本も出しているが)短く、読みやすく、主張が明晰だ(それと比べて、丸山真男の文章は何と読み難いのか。大江健三郎も、そしてある程度樋口陽一もそうだが)。但し、価格がやや高いのが難。
二 上の安本・大和朝廷の起源の一部紹介。
・p.244-「平等」を至高の「正義」と考えれば「天皇制こそは、わが国において、平等の実現を阻害してきた最大の要因」になる。「いかに人々が平等をめざして戦ってきたか」という「人民の歴史」観は「第二次大戦後、大きく燃えあがり、マルクス主義などによってささえられ、とくに学界を席巻した」。「人民の歴史」観に立つと、「天皇制の源である大和朝廷も、本来、価値的に否定すべきものとして見ることとなる。そして、古代において大和朝廷が果たした一定の積極的役割を、評価しにくくなる」。
・p.247-「今日、古代においては、天皇家も、他の氏族と同じていどの権力しかもっていなかったとする議論がさかんである。しかし、私は、そのような議論は、古代における天皇の権威を、実質以上に低くみようとする一定の意図にもとづくものであると思う。/天皇家の権威は、大和朝廷の成立の当初から、他の氏族に比べ、卓越していたとみられる……」。
・各天皇の活躍期等/(卑弥呼=天照大御神230年頃)-神武天皇280年~290年頃-北九州から大和への「東遷」3世紀末-崇神天皇360年頃。
・時期の理解・主張に違いはあるが、<神武東遷>又は<邪馬台国東遷>を史実とするものに、和辻哲郎、市村其三郎、森浩一、井上光貞らがいる(安本美典が初めて主張といった珍説?では全くない)。
三 上の安本・倭王卑弥呼と天照大御神伝承の一部紹介。
・247年と248年に続けて皆既日食が起きた(前年のものは大和・飛鳥の上では「皆既」にならない)。この史実(天文学的事実)の反映が<天の岩屋>(天照大御神の「隠れ」)伝承で、これは天照大御神=卑弥呼の<死>を意味するだろう(なお、卑弥呼が中国に使いを遣ったのは中国文献によると239年)。
・伝承では天照大御神が天の岩屋から再び地上に出てくるが、前後の天照大御神の活動の仕方には違いがある(後では補佐がつき単独では行動しない)など、再登場後の天照大御神は、中国文献で卑弥呼の「宗女」とされる<台与(豊)>のことだろう。
・第一代神武から第一六代仁徳まで皇位は父から子に継承されているが、これは信じられない。弟や甥への継承もあった筈。だが、第一代神武は勿論、非実在説の有力な第二代綏靖~第九代開化も(第十代が崇神)、生没年・在位年数等は別として、存在自体は否定できないだろう。
・直木孝次郎は(井上光貞も)、第二代綏靖~第九代開化には「事跡記事」(「旧辞」的部分)が全くないことをもって非実在の根拠とする。しかし、仁賢(24代)・武烈(25代)・安閑(27代)・宣化(28代)・欽明(29代)・敏達(30代)という存在が「ほぼ確実な」天皇にも「旧辞」的部分はなく、用明(31代)・崇峻(32代)・推古(33代)という存在が「確実な」天皇にも「旧辞」的部分はない。
直木孝次郎は、①神武には事跡記事があっても存在を否定し、②綏靖以下八代は事跡記事を欠くことを理由に存在を否定し、③崇神や仁徳は事跡記事があって存在を肯定し、④用明・崇峻・推古には事跡記事が欠けていても存在を肯定する。こんな根拠は「主観にもとづくもので、およそ、論理や実証にたえるような議論とは思えない」(p.168、典拠は、直木・神話と歴史(吉川弘文館))。
・第二代綏靖~第九代開化非実在説の井上光貞(中央公論社の全集の初巻)の第二の根拠は名前(和風諡号を含む)が<後世的>だということにある(三王朝交替説の水野祐に大きく依存)。だが、記紀編纂後の桓武以降の天皇も第二代綏靖~第九代開化に似た又は同じ部分(例、ヤマトネコ)のある諡号をもつ。<後世>の記紀編纂期の天皇の名前を真似たのではなく、逆に、第二代綏靖~第九代開化の名前が<後世>に影響を与えた、と見られる。
・神功皇后は実在。活躍時期は400年前後。高句麗・広開土王の碑文は391年に倭が半島に侵入してきたことを示す。神功皇后はこの頃の人物。雄略天皇の活躍時期は470年頃。
・天皇等の代数と在位年数(10年程度で古代になればなるほど短くなる)が不自然にならない、というのが、コロンブスの卵的な安本美典説の立脚点。p.217、p.280のグラフは卑弥呼=天照大御神説にきわめて説得的。卑弥呼は神功皇后(日本書記の考え方)でも倭姫でも倭迹迹日百襲姫(箸墓被埋葬者とされる)でもない。
四 以上の紹介はごく一部。安本美典説すべてを支持はしていないが、相当に説得的かつ刺激的だ。
日本を<天皇を中心とする神の国>だと完全に又は多分に又は一部にせよ考えている日本国民は、日本古代史についてもっと知っておくべきと思うのだが、はたして<保守>派とされる論客たちにはどの程度の知識・見識とどの程度の一致があるのだろう。かなり心許ないのではないか、という気もする。
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