再述すれば、産経・山本雄史は自らのブログ7/30上で、最後に「安倍首相は引き続き政権を維持する決意を固めている。政権にとどまることで、さらなる国民の反発が予想されるのだが、…。安倍首相は空気を読めているのだろうか」と結ぶ一文を書いた。コメントに対して「「退陣しろ」とまでは書いてません。におわせるような部分はありますが…」と逃げている文章もあるが、退陣すべきだった(続投すべきでなかった)と考えており、そう主張したのは実質的に明瞭なことだ。
なお、以下はすべて、同氏の書いたものの引用だ。①「国民に「首相が居座っている」という印象を持たれても仕方がないような発言が多い」、②「不信任とみられても仕方がない負け方だ」、③「国民がノーを突きつけているという事実をこの人〔首相〕にはわかっているのかなあ?と思わせるような発言が多かった」、④「国民の審判が下ったにもかかわらず、…現在の状況を把握されていないのではないか?という疑問」を持った、⑤「自民党の最高責任者は安倍首相なので、責任が問われるのは筋としておかしくない」、⑥「首相自身が、自身の置かれている状況を正確に把握しているように思えなかった」、⑦首相発言は「民意なるものを軽視しているとしか思えない」。
上のブログ本文を中心にして、いくつかの疑問も湧き、質問もし批判もしているのだが、山本雄史のブログ上にはまだ、<秋月氏に答える>、<…に反論する>というタイトル又は内容の文章は掲載されていない。
ネット上に新しい言論空間の可能性があるというなら、頬かむりしないで何らかの反応をネット上で示したらどうだろうか。私は一個人としての山本氏ではなく、産経新聞記者としての山本雄史氏に向かって発言している。
さて、依然として、この人はなぜこんな皮相で単純なことしか書けず、主張できないのだろうか、とその理由・背景について思いめぐらしている。いくつかそれらを推測するとともに、あらためて質問をしておこう。
第一に、山本は安倍首相は退陣すべき旨を主張したとき、内閣総理大臣の地位に関する衆議院と参議院の位置づけの違いを少しでも考慮しただろうか。
政治(も)担当する新聞記者ならば、国会法・公職選挙法・政治資金規正法等の基本的概要を熟知しておく(少なくとも簡単に確認・調査できる状態にしておく)べきなのは当然だが、現憲法上の関係規定を知っておくべきことは当然のこと、言わずもがな、のことだろう。
安倍首相は憲法の定めにもとづき衆院・参院両院の議決によって内閣総理大臣の地位に就いた。これ以上は既述のことでもあるので反復しない。
山本は、衆院の内閣不信任議決→総辞職か解散、に対して参院にはかかる手段又は制度はない、ということくらいはきちんと理解した上で問題の一文を書いたのだろうか。
むろん参院選の結果について党首に<政治的責任>の問題が発生しうることは一般論として否定しない。だが、かりに、こうしたあたり(憲法制度・憲法諸規定)について何の知識もなく、何の考慮することもなく、安倍首相は退陣すべきとの一文を書いたのだとすれば、もうそれだけで政治(も)担当記者として失格だと思われる。
質問したい。山本雄史記者は、内閣総理大臣の選任、内閣総理大臣の地位に対する参議院の権限に関する憲法上の諸規定を知ったうえで、又は考慮したうえで上のような主張をしたのかどうか。
なお、参院選挙の位置づけに関する参考となる論述を含み、かつ安倍首相続投を支持するものとして、以下がある。<リンク削除>
第二に、朝日新聞等のマスコミの選挙報道の仕方についての認識が、少なくとも私とは異なっている。少なくとも私、と書いたが、同様の認識・理解は決して少なくはない。例えば、それぞれ私のブログで取り上げたのだが、産経の古森義久は7/11ブログ「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」で、このタイトルどおりのことを批判的に指摘・主張していた。
週刊新潮7/26号も「「安倍憎し」に燃える朝日の「異様すぎる選挙報道」」との見出しの特集的記事を書いた。
また、稲垣武は8/02に「今回の参院選での選挙報道は疑問だらけ」とし、選挙結果について「戦後レジームからの脱却を唱えた安倍首相と対立する朝日新聞の「反安倍キャンペーン」が功を奏した」と簡潔に言い切っている。
さらに、そもそも山本雄史が所属する産経新聞自体が「何たる選挙戦」という他マスコミ批判をかなり含む特集記事を投票日直前に連載したのだ。
ところが山本は、驚くべきことに、産経新聞、古森、稲垣(そして私等)のような認識を全く又は殆ど持っておらず、むしろ他マスコミを擁護する言葉を発している。
例えば、①「安倍氏の志も業績もなにひとつ伝えず、すべて悪意に解釈する報道を日々執拗に繰り返して強引に作り出された空気ではないか」との山本ブログ文へのコメント(発信者の名は省略させていただく)に対する、「うーん、少なくとも産経新聞は安倍政権の良さ、魅力を徹底的に報道していたと思いますが…」。ここでは、他マスコミには言及しないで逃げている。
②「産経は一貫して、安倍政権支持を明確にしてきました。公平さの面で言うと、首相サイドの記事が選挙期間中も多かったです。産経が公平な報道をしてきたか、というと何ともいえません」。ここでは何と、安倍首相支持を明確にしてきた(という)産経新聞の「公平さ」を問題にしている(!)。安倍首相を批判した朝日新聞等の方が「公平」だったと主張していると理解されてもやむをえない文章だ。
③「野党の失言や不祥事について、マスコミは意図的に無視していた…。うーん、そういう印象はあまりない」。
④「確かに、一部メディアは「安倍叩き」に奔走してました。ただ、軽薄かどうかは、国民は意外にシビアに見ていると思います」。ここでは一部メディアの「安倍叩き」奔走の事実は承認しながら、それを「軽薄」だとは言っていない。むしろ、「安倍叩き」奔走は決して「軽薄」ではなかった、と擁護しているニュアンスの方が強いことは明らかだ。
以上の言葉は、一般の人が書いているならば読み流す類のものかもしれないが、新聞記者、しかも産経の記者の言葉となると、驚かざるをえない。
山本雄史氏は、自らが帰属する産経新聞の主張・判断よりも他マスコミのそれらをむしろ支持しているようだ。産経の記者が産経新聞の「公平さ」を疑問視した部分は、歴史的にも記録、記憶されてよいものになるだろう。
さて、推測になるが、山本は産経以外の各紙を読み(例えば私と違って全紙に容易にアクセスでき容易に読めるに違いない)、諸テレビ局の報道ぶりを見て、数の上では多かったかもしれない<反安倍>ムードの方の影響を受けてしまったのではなかろうか。あるいは朝日等の他紙の記者と接して語り合ったりしているうちにその影響を受けて、自社(産経)よりも他紙の主張の方に魅力?を感じたのではあるまいか。稲垣のいう朝日新聞の「反安倍キャンペーン」の効果は、あるいは同氏のいうマスコミの「狂風」は、マスコミ内にいる産経・山本の心理・考え方にまですら及び、巻き込んだのではなかろうか。
あらためて質問したい。朝日新聞に便宜的に又は代表させて限定しておくが、朝日新聞の今回の選挙報道ぶりに問題(批判されるべき点)はなかったのかどうか。かりにあったとすれば、それはどの程度のもので、貴氏はそれをどう批判するのか(「問題はなかった」と言うなら、その旨答えてほしい)。
関連して言及するが、山本雄史ははたして、朝日新聞という新聞社がどういう主張をし又はどういう虚報(捏造報道)を発してきたか等についての十分な知識を持っているのだろうか。昨年末の若宮啓文論説主幹の(私には滑稽至極な)コラムを読んだことがあるのだろうか。読んだとして、どういう感想を持ったのだろうか。あるいは、朝日新聞のみを批判する単行本、朝日新聞批判を含む単行本は何冊も出版されているのだが、この人はいったい、どの程度読んでいるのだろうか。
そこで端的に質問する。1.最近10年間についてでもよいが、朝日新聞の論説・主張の「傾向」をどのように評価しているか。2.上のような単行本のうち何冊、かついずれの本を読んだことがあるのか(全くないなら、その旨答えてほしい)。
なお、質問ではないが、北朝鮮当局は安倍首相の辞任を要求した、という。
別の国家の人事に介入してくるとは噴飯ものだが、北朝鮮は朝日新聞と同じ主張をしたことになる。いや、朝日新聞が先立って北朝鮮と同じ主張をしていた、と見るべきものだろう。
第三に、山本雄史は安倍首相よりも小沢一郎を積極的に評価しているようだ。例えば言う-「小沢一郎が地味に地方や事務所回りに精を出した。一部メディアは小沢の作戦を冷ややかに受けとめていたが、小沢のやっていることは選挙の王道で、何ら奇をてらったものではない。そもそも、遊説で票が取れると思ってはいけない」。
上の「一部メディア」とはどのメディアを指すのかよく分からないが(産経新聞だとしたら、再び驚愕だ。ネット上で自社の報道ぶりを再び公然と批判していることになる)、上の記述内容自体を問題にしようとは思わない。適切な指摘だと思われる部分があるからだ。
だが、山本のかなり固い<安倍嫌い>を読まされると、小沢一郎についての、この山本という人の知識・認識の程度・内容を知りたくなる。
90年代の政界の中心にいて<掻き混ぜた>のは小沢一郎その人だった。細川連立政権を生んだのは実質的に小沢一郎だったと言ってよいが、日本社会党を政権内に入れさせ、官僚を<社会党(社会民主主義)>に慣れさせ(例えば、文部官僚と日教組の接近→「ゆとり教育」)、細川首相の先の戦争は<侵略戦争だった>との単純な歴史認識の表明も生んだ。その後の村山・自社さ連立政権も、小沢一郎(新生党)と社会党・さきがけの自衛隊国際貢献等に関する対立と細川政権下での小沢の露骨な社会党外しにそもそもの原因あったのだとすると、小沢こそが社会党を自民党の方に追いやり(社民主義に甘かった当時の)自民党が受け入れたことによって成立した、ということもできる。そして村山政権は戦後50年国会議決(当時の安倍晋三議員は退席したと記憶する)や同村山談話をも生んだ。とくに後者は「自虐的」と評しうるものだった。小沢一郎が生んだともいえる一連の細川・(羽田)・村山政権は、―呼称はむつかしいが―親中国(・北朝鮮)「自虐的」政権だった、と言えなくもない(そのように論評する人もいる)。
一方、新進党瓦解後、小沢一郎は自由党を結成していて、一時期自民党と連立与党を構成した。過半数獲得のために自民党が自由党を必要とした事情があったが、小沢は政権与党内での自らの地位の向上を狙っていただろう。公明党の連立参加により自由党がいなくとも与党は過半数を取れるようになり、自由党は小沢自由党と保守党に分裂して前者は野党に転じた。その直前に小沢・小渕首相会談があり、会談後に小渕首相は脳梗塞で倒れたのだが、会談において小沢一郎は、小渕首相に対して、自己の政府内要職(首相を含む)の地位の保障を要求したのではないか、と私は想像している。
前後するが、小沢一郎らが新生党を結成して自民党を離党したとき、立花隆は<何が改革派だ、ちゃんちゃらおかしい>旨述べて朝日新聞紙上で酷評した(とっくに朝日読者でなかったので当日は読んでいないが、のちに有名になって別の本で読んだ)。小沢一郎は田中角栄-金丸信の直系の「金権」政治家(新しそうでじつは古い政治家)だという少なくともイメージはあったのだ。
余計なことを私の推測も交えて長々と書いたが、問題にしたいのは、山本雄史記者が上に一端を示したような90年以降の政界改編の状況・歴史、小沢一郎という政治家について、どの程度の知識・見識を持っているのか、ということだ。20年もまだ経っていない近年の日本の政治状況・歴史や重要な政治家の一人について、十分な知識と見識なくして、小沢氏等について十分に適確な記述・論評ができるのだろうか。政治(も)担当の新聞記者なら、書物を通じてであれ、基本的な概要は知り、理解して何らかの見識は持っておくべきだろう。
はたして、山本雄史記者は、上のような十分な知識と見識を持っているのかどうか。
そこで、質問したい。90年以降の政界(政党改編等)の状況・歴史、小沢一郎という政治家について、何という書物を読んで知識・見識を得たのか(小沢一郎の著書を含む)。これらに関する知識・見識が不十分のままでは政治(も)担当の新聞記者の資格はないと考えるので、あえて問う。
なお、私がすでに書いた以下も参照。<リンク削除>
もう一つ、第四点を予定していたが、長くなったので、「民主主義」・「民意」論とともに次回に回す。
いくら何でも<完全沈黙>はないだろう。
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