日本国憲法「無効」論について、小山常実の別冊正論Extra.06上の「無効論の立場から-占領管理基本法学から真の憲法学へ」を読んで、過日簡単に疑問を書いた。主として、1.「無効」の意味・この概念の使い方、2.「無効確認」主体、の問題だったかと思う。
この2.については十分な説明がなく憲法学界が無効確認などできる筈がないなどの頓珍漢な指摘もしたのだが、別の方から、国会で可能だ旨の情報も提供していただいたものの、小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)によると、正確にはこうだ。この点にかかわる問題のみを今回は主として扱う。なお、小山・「日本国憲法」無効論(草思社、2002年)も所持しているので、「第一書」としてp.数だけを示しておく。
新憲法制定のための「第一段階の第一作業」は、日本国憲法の「無効と明治憲法の復原を確認すること」で、「法的にいえば、首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が無効・復原確認を行えば十分である」(p.140。第一書、p.248)。
答えは、天皇なのだ。そして、現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは天皇であり、施行文後の御名御璽の後に「副署」したのは当時の首相他の閣僚なので、いちおう-後述の疑問はあるが-論理一貫している。但し、次の文は、いけない。
「ただし、政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう。それゆえ、国会による決議を経て、内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為を行う形がよい」(p.140。第一書にはないようだ)。
これは一体何だろう。「政治的には」とは一体何だろう。法的議論をしている筈なのに、「政治的」又は「現実的」な議論を混淆させている。それに「政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう」というのも奇妙なことで、法的に全く問題がなければ、「首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が」行うので、それこそ「十分」な筈なのではなかろうか。
こんな疑問がまず生じるが、できるだけ国民の総意でという形をとるために国民代表で構成される「国会による決議」を経た方が望ましい、という趣旨だと理解することはできる。
だが上にいう「国会」とは何だろうか。日本国憲法制定時には国会は衆議院と貴族院で構成されており、貴族院議員も審議に参加していた。ここでの「国会」とは衆議院なのか、それとも貴族院を復活させるのか(無効確認の段階ではまだ復活していない?)、いや参議院を含めるのか、が明らかではないようだ。
但し、無効・復原確認後の明治憲法改正=真正な新憲法制定については、次のように書いている。
「明治憲法第七三条によれば、天皇が発議して、貴族院と衆議院で可決されて憲法改正が行われる。貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」(p.144。第一書、p.248)。
何とここではあっさりと、参議院をもって貴族院に「代替」させるのがよい、と明記している。しかし、貴族院と参議院とは、第二院という点では共通性はあるかもしれないが、選出方法・構成はまるで異なっている。第二衆議院とか衆議院のカーボンコピーと言われることもある参議院に貴族院の「代わり」をさせるのは、明治憲法七三条の趣旨に適合的なのだろうか。少なくとも、復原した明治憲法の下での議論としては、「貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」などと簡単に言い切ってはいけないのではなかろうか(明治憲法が復活したとすれば「貴族院」をいったん復活させて新「貴族院」を設置し(議員の選出・構成は難問だが)、憲法改正だけの任を与えることも考えられよう)。
以上の他、次のような疑問もある。日本国憲法「無効」論が絶対に「正しく」、関係機関又はその担当者は全員がこの考え方を支持してくれる筈だ、という前提に立たないかぎり、当然に生じる疑問だと思われる。
第一に、国会(この意味が不明なことは既述)が日本国憲法を「無効」と考えず、「無効」という「国会による決議」ができないことも想定できる。この場合はどうなるのか。
もっとも、「国会による決議」は「政治的には」あった方が望ましいものであるならば、これを欠いても、無効・復原が確認できないわけではないということになるのだろう。
では第二に、かりに天皇陛下は「無効」と考えられても、「首相他内閣を構成する国務大臣」はそう判断せず、副署もしない場合はどうなるのだろうか。終戦詔勅の場合と同様に首相等の国務大臣は唯々諾々と服従するのだろうか。
逆に、かりに首相等の国務大臣は一致して「無効」と考えても、天皇陛下はそうはお考えにならない場合はどうなるのだろうか。
そんなことはあり得ないということを前提として立論されているのだろうとは思うが、しかし、現実的には、こういう場合も想定しての「法的」議論も用意しておかなければならないのではなかろうか(そういう場合は無効確認ができないだけ、という結論になるのだろうか。それなら簡単だが)。
第三に、より現実的な疑問がある。現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは昭和天皇であり、今上天皇ではなかった。「副署」したのは当時の首相等の国務大臣であり現在の首相等ではなかった。
当時の天皇陛下や首相等の「本心」・「内心」というものが明瞭に分かる資料は恐らく存在しないのだが、昭和天皇は、こんな明治憲法改正・日本国憲法は「無効」だと思われつつも不本意に<裁可し、公布せしめ>たのだろうか。吉田首相等も、こんな日本国憲法は「無効」だと思いつつ不本意にも「副署」したのだろうか。
むろん、天皇も首相等も国家機関の一種であり、担当者(?)が変われば異なる意思を持ちうる、という理屈は成り立つ。従って、「内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが法的にも事実的にもできなくはない、と考える。
しかし、現実論としては、昭和天皇等が「無効」だと感じつつやむを得ず「裁可」し「副署」したという事情が明瞭に伝えられていないかぎり、今上天皇等が「無効」との判断に至る可能性は極めて乏しく、現実的可能性は0.1%もないものと思われる。それよりは、天皇と首相以下の国務大臣との間で見解が齟齬する現実的可能性の方がほんの少し高いだろう。
むろん、上のような事情は日本国憲法制定・施行後60年の「欺瞞」によるのだ、「大ウソ」の教育・報道等によるのだ、と主張したい(であろう)ことはよく理解できる。だがいかに「正しい」理論でも支持者が微少であれば、現実的な「力」をもちえない。「正しい」理論であれば大多数の者によって支持される筈だ、というのは理想かもしれないが、現実は必ずしもそうはならない。
現在の国会議員にしろ、2005年の両院の憲法調査報告書はおそらく日本国憲法「無効」論に殆ど又は全く言及しておらず、有効論に立っての諸意見を記載しているものと推察される。近年の各政党の有力者の発言を聞いても、日本国憲法「無効」論に立つ発言は一つもない筈だ(日本共産党と社会民主党が現憲法の有効性を前提として、九条墨守論を主張しているのも明瞭なことだ)。
昨5月3日に護憲・改憲両派を「無効」論に立って批判する集会等もあったのかもしれないが、残念ながら(おそらく)一切報道されていないようだ。
このような状況を現内閣構成者は勿論、今上天皇陛下もご存知の筈だ。
日本国憲法「無効」論者にとって、一般国民はまだしも、天皇陛下の支持を獲得することは決定的に重要なことだが、今上(明仁)天皇は日本国憲法を憲法としては「無効」と考えておられるのか。
以上、要するに、法的にも事実的にも、「内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが不可能だとは思わない。だが、その現実的可能性は極めて乏しく、ほぼ(絶対に近いほどに)絶望的だ、と考えられる。
以上のような判断には、そもそも日本国憲法が「無効」とする論拠が必ずしも説得的ではないという理由づけが付着しているのだが、この問題は今回は省略する。
この機会に別の、誤りだと思う点を指摘させていただく。小山・上掲書p.142はこう書いている。
旧西独は「半年かけてドイツ人自身が起草した「ボン基本法」のことを、占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から、占領下の暫定的な基本法または暫定憲法にすぎないと位置づけた」/「…旧西ドイツは、占領中は少なくとも永久憲法を作ることは出来ないという立場を明確にした」。
私は憲法学者ではないが、次のことくらいは知っている。端的にいえば、「ボン基本法」が「暫定憲法」として位置づけられたのは、「占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から」では全くなく、国土・国民が二つに分裂していたからだ(p.141の条項にいう「ドイツ人民」には東独領域のドイツ人を含むのだ)。
「暫定」ということの意味は、「占領」期間に限ってという意味ではなく、将来東西のドイツが統一するまでの「暫定」、という意味なのだ(首都もフランクフルトにすると永続的印象を与えかねないということであえて小都市・ボンが選ばれた)。
たしかに1949年9月の西独=ドイツ連邦共和国発足前の「占領」中の同年5月に「ボン基本法」(「ドイツ連邦共和国のための基本法律」)は制定・施行されているが、僅か4ケ月というタイムラグを考えても、「ボン基本法」は西独という一国家にとっての正式の憲法的意味あいを持つ法(正確には特別の性格をもつ法律)として施行されたのであり、西独の発足時にいったん「無効」とされたりはしていない。占領中に施行された憲法(・基本法)が無効なら、その改正も全て「無効」となる筈だが、西ドイツは頻繁に「ボン基本法」を改正してきた。
従って、西ドイツの例は、日本国憲法「無効」論のために有利には利用できない。
(なお、東独を吸収・統一して統一国家のための新「憲法」制定となるのかと思ったが、現実的発想というべきか、「ボン基本法」の一条項を利用して東独を併合し、むろん多少の改正をしたうえで「ボン基本法」(正式名称は上記)の名称を改めることなくそのまま旧東ドイツ領域にも適用している。)
ところで、過日、日本国憲法「無効」論に多少の疑問を示す文章を書いたら、すみやかに「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)と色付きで大書した一頁をもつブログ等がTBで貼り付けられた。「ドアホ!」という大きな字を見るのは不快なのでTB不許可の設定にしたら、今度は、同じハンドルネームの人から<TB不許可か、「よくやるね」>とのコメントが送られてきた。
これも気持ちが悪いので、もっぱらこの人に対する防御を目的として、今のところTBもコメントも不許可にしている。どうかご容赦願いたい。
小山常実は上の著で、「党派を問わず、「日本国憲法」を憲法と認められない全ての方には、…加わっていただきたい」と書いておられる(p.161)。
私は小山の二つの本を所持し部分的には読み、渡部昇一=南出喜久治の共著も(未読だが)所持している。珍しい、奇特な人間の一人ではないかと思っているが、「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)との色付きの大きな字等を貼り付けるなどというのは(色は忘れたし、確認する気もない)、支持者を増やすのを却って妨げることになるのではなかろうか。
議論は好んでするが、従うか・従わないかと詰問されるような雰囲気は、好みではない。
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