ChatGPT-4o というものを利用している。あるいは、利用できる状態にある。
 「Generative」=「生成」と言っても、蓄積している情報の「収集」・「検索」が前提になる。したがって、ある主題について、いったい何をどの程度に蓄積しているかによって、質問に対する回答の正確さ・適切さも異なる。
 一般に、自然科学系の、かつ各種「辞書」類に記述されているような情報については相当に正確だと思える。
 例えば、ヒトの「DN A」も「ゲノム」(ヒトゲノム)も(各個体で)「99.9パーセント同じ」というのは「正しい」と、瞬時に回答してくる。「0.1パーセントの違い」が重要な違いをもたらすとも、付記してくる。「エクソン」と「イントロン」の違いも知っている(但し、この二つが「遺伝子」を構成するとの説明は適切だったか?)。細胞分裂時に二倍化した「染色体」群が「赤道」上に整列して両極に引っ張られる場合の上下(または左右)は一方が父親由来でもう一方が母親由来なのかという素朴な確認的質問には、「否」とこれまた瞬時に回答してくる(どちらに由来かは偶然または「なりゆき」だ)。
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 一方で、人文系・社会系問題または主題については、それこそ「収集」し「検索」対象としている情報の内容・範囲に依存してしまうので、正確なまたは適切な回答を期待するのはそもそも無理があるだろう。
 例えば、Leszek Kolakowski の「マルクス主義の主要潮流」の日本語翻訳書が出版されていない理由は何か、と問うてみても、想定または期待しているような回答は得られず、外国語著の日本語翻訳書がない事情一般に傾斜した回答しか出てこない。ChatGPTの情報が英米語中心でLeszek Kolakowski がポーランド人であることによるのかもしれないが、この人物がアメリカ連邦議会図書館が授与するKluge賞の第一回受賞者だったと知っているか(その情報を蓄積しているか)も疑わしい。
 なお、とくに日本での事情として<冷戦後にマルクス主義への関心が低下した>ことを理由の一つにしていたので、1970年代後半(英米語・ドイツ語翻訳書あり、フランス語の1-2巻翻訳書あり)に出版された上掲書にはあてはまらない(「的はずれ」)と再度書き送ったら、一部に「的はずれ」なことを書いて「お詫びします」と反応してきた。なんと、ChatGPT-4oと「会話」、「議論」ができるのだ。少なくとも<ヒマつぶし>には十分になるだろう。
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 ロシア革命に関する英米語文献で代表的なものは何か、邦訳書が存在していなくてよい、と質問してみたときの回答は興味深いものだった。
 ①Richard Pipes②Orlanndo Figes、の著書(大著)に加えて、③Mark D. SteinbergのThe Russian Revolution 1905-1921(2017)の三つだけが挙げられていた。
 ①と②は原書を所持していて、この欄に一部または相当部分の「試訳」を掲載したこともある。これらが英米語圏で代表的・標準的とされている書物であることに間違いないだろう。Orlanndo Figes の著は、"A Peoples Tragedy: The Russian Revolution: 1891-1924 "(1996)。
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 ③のMark D. Steinberg, The Russian Revolution 1905-1921(2017)を入手してみると(この本はいわゆる編年的な概説書ではない)、「1917」と題する章(第二部/第3章)の冒頭の最初の注記にこうある。
 「私の記述は1917年に関する多数の学術的文献による」、「それらの文献の多くは、注記で参照を示す」。
 「英語による、革命に関するとくに影響力のある概説書(general histories)には、つぎがある」。
 そのあとに著者だけが8名挙げられている。以下のとおり(たぶんABC順)。
 ①O. Figes、②Sheila Fitzpatrick、③Bruce Lincoln、④R. Pipes、⑤Alexander Rabinowitch、⑥Christpher Reed、⑦S. A. Smith、⑧Rex Wade
 ①O. Figes、④R. Pipes は上記。②Sheila Fitzpatrick の本(日本の新書2冊分くらいか)はたぶん全部の試訳をこの欄に掲載した(1931年頃の「大テロル」期まで扱う)。⑦S. A. Smith の著は1917年刊で、所持しているが一部しか読んでいない。あとの4名(4冊)は知らない。
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 具体的な著者名・文献名も興味深いが、日本と日本人にとって重要なことは、つぎのことだ。
 ChatGPT による三冊にせよ、Mark D. Steinberg によるこの本人以外の8名の著書にせよ、日本語翻訳書=邦訳書は、(おそらく)まったくない。
 山内昌之・歴史学の名著30(ちくま新書、2007)は、ロシア革命に関する文献としてトロツキー・ロシア革命史(角川ほか/原著・1931)を挙げる。
 出口治明・教養が身につく最強の読書(PHP文庫、2018)は、100冊以上の本のうち、ロシア革命に関するものとして、ジョン·リード・世界をゆるがした十日間/上下(岩波文庫/原著・1919)を挙げる。
 上は若干の例にすぎないが、日本のロシア革命の歴史に関する翻訳書の出版状況は、英米語が通用する諸国に比べて、相当に異様、異常だと考えられる。
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 一部の例とはいえ、1919年や1931年に出版された本等の翻訳書しか挙げられないようでは、戦後あるいは1989-1991年以降の英米語通用諸国ではより定着しているだろう<ロシア革命>の具体的イメージが枯渇していてもやむを得ないだろう(なお、E. H. カーの本を山内は敢えて避けた旨を書いている)。一方で、1917年に資本主義からの離脱が始まったとか、レーニンは1921年の「ネップ」によって新しい社会主義への路線を確立したとかの、<日本共産党・「ロシア革命」観>が平然と語られているのもむろん異常・異様だ。
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