Paul Kalanithi, When Breath Becomes Air (2016年1月)。
=P·カラニシ=田中文訳・いま希望を語ろう—末期がんの若き医師が家族と見つけた『生きる意味』(早川書房、2016年11月)。
若き脳神経外科医のPaul Kalanithi が末期癌に罹り、自らネット上に情報発信していて、その文章も一部掲載されているが、その妻だったLucy が書いた文章(死亡の過程やその後のこと)が主だと思える。舞台はアメリカだが、Paul Kalanithi という名を持つ夫の出身地等は不明。
田中文の日本語訳がうまくて(そう感じられ)、それが理由になって最近にS·ムカジーのいくつかの著の邦訳書を手にすることになった。
途中から途中まで、一部のみを紹介する。Lucy の文章だ。()は原書による。
——
「日曜の早朝、わたしがPaul の額をなでると、燃えるように熱かった。」
「肺炎(pneumonia)の可能性を考慮して抗生物質(antibiotics)の投与が開始されたあとで、わたしたちは家族の待つ家に帰ってきた(…)。
でもひょっとして、これは感染(infection)ではなく、がん(cancer)が急速に進行しているせいなのだろうか?
その午後、Paul は苦しむ様子もなくうとうととしていたけれど、病状は深刻だった。
彼が寝ている姿を見ながら、わたしは泣いた。
居間へ行くと、義父も泣いていた。/
夕方、Paul の状態が突然、悪化した。
彼はベッドのへりに腰掛けて、息をしようと喘いでいた。
はっとするほどの変化だった。
わたしは救急車を呼んだ。
救急救命室にふたたびはいっていくところで(…)、彼はわたしのほうを向いてささやいた。
『こんなふうに終わるのかもしれない』(This might be how it ends)。」
--------
「病院のスタッフはいつものようにPaul を温かく迎えてくれたけれど、彼の容態を把握したとたん、忙しく動きはじめた。
最初の検査の結果、医師らは彼の鼻と口をマスクで覆ってBiPAP で呼吸を助けることにした。」
「Paul の血液中の二酸化炭素濃度は危険なまでに高く、呼吸する力が弱くなっていることを示していた。
血液検査の結果から示唆されたのは、血液中の過剰な二酸化炭素のうちのいくらかは、肺の病変と体の衰弱が進行していくにつれて…蓄積していったということだった。
正常より高い二酸化炭素濃度(carbon dioxide level)に脳が順応したために、Paul の意識は清明なままだったのだ。
Paul は検査結果を見て、そして医師として、その不吉な結果の意味を理解した。
ICU へ運ばれていく彼のうしろを歩きながら、わたしもまた理解した。」
「部屋に着くと、彼はBiPAP の呼吸の合間に、わたしに訊いた。
『挿管が必要になるだろうか? 挿管(intubate)した方がいいだろうか?』」
「BiPAP は一時的な解決策だと彼は言った。
残る唯一の医学的介入はPaul に挿管すること、つまり人工呼吸器(ventilator)につなぐことだった。
Paul はそれを望んでいるだろうか?」
「問題の核心」は「この急性呼吸不全を治すことができるかどうかだった」。
「心配されたのは、Paul の容態がよくならず、人工呼吸器を外せなくなることだった。
Paul はやがてせん妄状態(delirium)に陥り、それから多臓器不全(organ failure)をきたすのではないだろうか?
最初に心(mind)が、次に体(body)がこの世を去っていくのではないだろうか?」
「Paul は別の選択肢を検討した。
挿管ではなく、『コンフォートケア(comfort care)』を選ぶこともできるのだと考えた。
死はより確実に、より早くやってくるけれど。
『たとえこれを乗り越えられたとしても』、脳に転移したがんのことを考えながら、Paul は言った。
『自分の未来に意味のある時間が残されているようには思えないんだ』。
義母が慌てて割ってはいった。
『今晩はまだ何も決めなくていいのよ、Pabby。…。』
Paul は『蘇生(resuscitate)を行わないでほしい』という意思表示を確定的なものにし、それから義母のいうとおりにした。」
——
つづく。
=P·カラニシ=田中文訳・いま希望を語ろう—末期がんの若き医師が家族と見つけた『生きる意味』(早川書房、2016年11月)。
若き脳神経外科医のPaul Kalanithi が末期癌に罹り、自らネット上に情報発信していて、その文章も一部掲載されているが、その妻だったLucy が書いた文章(死亡の過程やその後のこと)が主だと思える。舞台はアメリカだが、Paul Kalanithi という名を持つ夫の出身地等は不明。
田中文の日本語訳がうまくて(そう感じられ)、それが理由になって最近にS·ムカジーのいくつかの著の邦訳書を手にすることになった。
途中から途中まで、一部のみを紹介する。Lucy の文章だ。()は原書による。
——
「日曜の早朝、わたしがPaul の額をなでると、燃えるように熱かった。」
「肺炎(pneumonia)の可能性を考慮して抗生物質(antibiotics)の投与が開始されたあとで、わたしたちは家族の待つ家に帰ってきた(…)。
でもひょっとして、これは感染(infection)ではなく、がん(cancer)が急速に進行しているせいなのだろうか?
その午後、Paul は苦しむ様子もなくうとうととしていたけれど、病状は深刻だった。
彼が寝ている姿を見ながら、わたしは泣いた。
居間へ行くと、義父も泣いていた。/
夕方、Paul の状態が突然、悪化した。
彼はベッドのへりに腰掛けて、息をしようと喘いでいた。
はっとするほどの変化だった。
わたしは救急車を呼んだ。
救急救命室にふたたびはいっていくところで(…)、彼はわたしのほうを向いてささやいた。
『こんなふうに終わるのかもしれない』(This might be how it ends)。」
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「病院のスタッフはいつものようにPaul を温かく迎えてくれたけれど、彼の容態を把握したとたん、忙しく動きはじめた。
最初の検査の結果、医師らは彼の鼻と口をマスクで覆ってBiPAP で呼吸を助けることにした。」
「Paul の血液中の二酸化炭素濃度は危険なまでに高く、呼吸する力が弱くなっていることを示していた。
血液検査の結果から示唆されたのは、血液中の過剰な二酸化炭素のうちのいくらかは、肺の病変と体の衰弱が進行していくにつれて…蓄積していったということだった。
正常より高い二酸化炭素濃度(carbon dioxide level)に脳が順応したために、Paul の意識は清明なままだったのだ。
Paul は検査結果を見て、そして医師として、その不吉な結果の意味を理解した。
ICU へ運ばれていく彼のうしろを歩きながら、わたしもまた理解した。」
「部屋に着くと、彼はBiPAP の呼吸の合間に、わたしに訊いた。
『挿管が必要になるだろうか? 挿管(intubate)した方がいいだろうか?』」
「BiPAP は一時的な解決策だと彼は言った。
残る唯一の医学的介入はPaul に挿管すること、つまり人工呼吸器(ventilator)につなぐことだった。
Paul はそれを望んでいるだろうか?」
「問題の核心」は「この急性呼吸不全を治すことができるかどうかだった」。
「心配されたのは、Paul の容態がよくならず、人工呼吸器を外せなくなることだった。
Paul はやがてせん妄状態(delirium)に陥り、それから多臓器不全(organ failure)をきたすのではないだろうか?
最初に心(mind)が、次に体(body)がこの世を去っていくのではないだろうか?」
「Paul は別の選択肢を検討した。
挿管ではなく、『コンフォートケア(comfort care)』を選ぶこともできるのだと考えた。
死はより確実に、より早くやってくるけれど。
『たとえこれを乗り越えられたとしても』、脳に転移したがんのことを考えながら、Paul は言った。
『自分の未来に意味のある時間が残されているようには思えないんだ』。
義母が慌てて割ってはいった。
『今晩はまだ何も決めなくていいのよ、Pabby。…。』
Paul は『蘇生(resuscitate)を行わないでほしい』という意思表示を確定的なものにし、それから義母のいうとおりにした。」
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つづく。