一 1892年(明治25年)に執筆が完了した原稿は1895年(明治28年)8月付で「金港堂」から出版された。
岩波文庫に加えられたのは1927年(昭和2年)で、兼常清佐という校訂者の緒言は、その際に加えられたように推察される。
上原六四郎・俗楽旋律考(岩波文庫、第8刷/1992)。
この書物は貴重だ。最近にこの欄で日本独自の音階論はなかったようだと書いたり、三味線・尺八・和琴、長唄・浄瑠璃・義太夫、神道での「祝詞」等々を思い浮かべることなく、寺院での「声明」での音階は仏教界以外に広まらなかったようだと書いたりして、日本の「伝統的」音階や音階論の存在を知らなかったのは、素人とは言え、相当に恥ずかしい。
----
二 上原六四郎(1848〜1913)という人物の経歴、生涯については今回は省く。
注目すべきは、この人は、130余年前の1892年の段階で、「日本の音楽」を関心と研究の対象とし、「陽旋」と「陰旋」(「陰陽二旋法」)—長音階と短音階に相当すると見られる—の存在を発見し、それらの音階(「5音」音階)の各音の位置を明らかにし、さらに各音の、一定の音(いわば「基音」)との関係での周波数比まで示していることだ。
すでにこの欄に書いたが、私の中学生時代の音楽の教科書には、「日本音階」または「和音階」での長調(長音階)と短調(短音階)が、音階の五線譜での楽譜付きで紹介されていた。
「律音階」、「民謡音階」、「都節音階」、「琉球音階」が日本の「伝統的」音階の四種として挙げられることがある。しかし、私がこれを知ったのは比較的最近のことだ。
そして、日本音階での四種ではなく長音階・短音階という二種の取り上げ方は、少なくとも結果としては、上原六四郎の研究・考察の結果と符号している。
現在の(とくに義務教育課程での)音楽教科書の内容を全く知らないが、私の中学生時代の文部省告示「教育指導要領」には、「音楽」教科の内容として、上の四種ではなく、「長音階」と「短音階」の二種だけが明記されていたのだろうと推察される。
----
三 上原の上の著は三味線の三線での位置から音階や音程の考察を始めていて、私にはほとんどか全く理解できない。
結論的叙述が、西洋音楽の五線譜ではなく、12段の枡形のような図で示されている。第一音が一番下、最後の1オクターブ上の(第六)音が一番上にくる。数字番号しか書かれていない。
強引に一番下の第一音を(Cでもよいが)「ド」として、現在に支配的な音・音階の表示方法に倣って各音の位置を表記すると、つぎのようになる(岩波文庫、p.105の図表による)。
第五音だけが、上行と下行で異なる。
「陽旋」。
①ド、②レ、③ファ、④ソ、⑤ラ#、⑥ド。
下行—⑥ド、⑤ラ、④ソ、③ファ、②レ、①ド。
上原著自体が、「律」音階—「所謂雅楽の律旋」(p.113)—と、この「陽旋」は「全く同物」だと明記している(同上等)。
この点は、私自身が音階の形成を試みる中で出現した、ド—レ—ファ—ソ—ラ—ドという「5音」音階について記したことがある(各音は上の下行の場合と同じ)。
これをさらに強引に、第一音を「レ」に替えて表現し直すと、つぎのようになる。
①レ、②ミ、③ソ、④ラ、⑤ド、⑥レ。
下行—⑥レ、⑤シ、④ラ、③ソ、②ミ、①レ。
これは、上行・下行ともに、かつての教科書上の「長音階」と全く同じだ。
既述のように、<君が代>は、下行も含めて、この音階による。
----
「陰旋」。
①ド、②ド♯、③ファ、④ソ、⑤ラ♯、⑥ド。
下行—⑥ド、⑤ソ♯、④ソ、③ファ、②ド♯、①ド。
これをさらに強引に、第一音を「ミ」に替えて表現し直すと、つぎのようになる。
①ミ、②ファ、③ラ、④シ、⑤レ、⑥ミ。
下行—⑥ミ、⑤ド、④シ、③ラ、②ファ、①ミ。
これは、上行・下行ともに、かつての教科書上の「短音階」と全く同じだ。
----
四 上に見た図表において、各段の段差(周波数比)は同一だと考えられているのだろうか。同じ数値で等分されているのが前提ならば、<平均律>になってしまう。
だが、同一ではない。上原著でますます注目されるのは、各音の周波数比(これは弦の長さの比率でも表示され得る)を明記していることだ。
次回に、続ける。
——
岩波文庫に加えられたのは1927年(昭和2年)で、兼常清佐という校訂者の緒言は、その際に加えられたように推察される。
上原六四郎・俗楽旋律考(岩波文庫、第8刷/1992)。
この書物は貴重だ。最近にこの欄で日本独自の音階論はなかったようだと書いたり、三味線・尺八・和琴、長唄・浄瑠璃・義太夫、神道での「祝詞」等々を思い浮かべることなく、寺院での「声明」での音階は仏教界以外に広まらなかったようだと書いたりして、日本の「伝統的」音階や音階論の存在を知らなかったのは、素人とは言え、相当に恥ずかしい。
----
二 上原六四郎(1848〜1913)という人物の経歴、生涯については今回は省く。
注目すべきは、この人は、130余年前の1892年の段階で、「日本の音楽」を関心と研究の対象とし、「陽旋」と「陰旋」(「陰陽二旋法」)—長音階と短音階に相当すると見られる—の存在を発見し、それらの音階(「5音」音階)の各音の位置を明らかにし、さらに各音の、一定の音(いわば「基音」)との関係での周波数比まで示していることだ。
すでにこの欄に書いたが、私の中学生時代の音楽の教科書には、「日本音階」または「和音階」での長調(長音階)と短調(短音階)が、音階の五線譜での楽譜付きで紹介されていた。
「律音階」、「民謡音階」、「都節音階」、「琉球音階」が日本の「伝統的」音階の四種として挙げられることがある。しかし、私がこれを知ったのは比較的最近のことだ。
そして、日本音階での四種ではなく長音階・短音階という二種の取り上げ方は、少なくとも結果としては、上原六四郎の研究・考察の結果と符号している。
現在の(とくに義務教育課程での)音楽教科書の内容を全く知らないが、私の中学生時代の文部省告示「教育指導要領」には、「音楽」教科の内容として、上の四種ではなく、「長音階」と「短音階」の二種だけが明記されていたのだろうと推察される。
----
三 上原の上の著は三味線の三線での位置から音階や音程の考察を始めていて、私にはほとんどか全く理解できない。
結論的叙述が、西洋音楽の五線譜ではなく、12段の枡形のような図で示されている。第一音が一番下、最後の1オクターブ上の(第六)音が一番上にくる。数字番号しか書かれていない。
強引に一番下の第一音を(Cでもよいが)「ド」として、現在に支配的な音・音階の表示方法に倣って各音の位置を表記すると、つぎのようになる(岩波文庫、p.105の図表による)。
第五音だけが、上行と下行で異なる。
「陽旋」。
①ド、②レ、③ファ、④ソ、⑤ラ#、⑥ド。
下行—⑥ド、⑤ラ、④ソ、③ファ、②レ、①ド。
上原著自体が、「律」音階—「所謂雅楽の律旋」(p.113)—と、この「陽旋」は「全く同物」だと明記している(同上等)。
この点は、私自身が音階の形成を試みる中で出現した、ド—レ—ファ—ソ—ラ—ドという「5音」音階について記したことがある(各音は上の下行の場合と同じ)。
これをさらに強引に、第一音を「レ」に替えて表現し直すと、つぎのようになる。
①レ、②ミ、③ソ、④ラ、⑤ド、⑥レ。
下行—⑥レ、⑤シ、④ラ、③ソ、②ミ、①レ。
これは、上行・下行ともに、かつての教科書上の「長音階」と全く同じだ。
既述のように、<君が代>は、下行も含めて、この音階による。
----
「陰旋」。
①ド、②ド♯、③ファ、④ソ、⑤ラ♯、⑥ド。
下行—⑥ド、⑤ソ♯、④ソ、③ファ、②ド♯、①ド。
これをさらに強引に、第一音を「ミ」に替えて表現し直すと、つぎのようになる。
①ミ、②ファ、③ラ、④シ、⑤レ、⑥ミ。
下行—⑥ミ、⑤ド、④シ、③ラ、②ファ、①ミ。
これは、上行・下行ともに、かつての教科書上の「短音階」と全く同じだ。
----
四 上に見た図表において、各段の段差(周波数比)は同一だと考えられているのだろうか。同じ数値で等分されているのが前提ならば、<平均律>になってしまう。
だが、同一ではない。上原著でますます注目されるのは、各音の周波数比(これは弦の長さの比率でも表示され得る)を明記していることだ。
次回に、続ける。
——