新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について
平成27年6月9日
内 閣 官 房
内 閣 法 制 局
(従前の解釈との論理的整合性等について)
1 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成26年7月1日閣議決定)でお示しした「武力行使」の三要件(以下「新三要件」という。)は、その文言からすると国際関係において一切の実力の行使を禁じているかのように見える憲法第9条の下でも、例外的に自衛のための武力の行使が許される場合があるという昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府が提出した資料「集団的自衛権と憲法との関係」で示された政府見解(以下「昭和47年の政府見解」という。)の基本的な論理を維持したものである。この昭和47年の政府見解においては、
(1)まず、「憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文に置いて「全世界の国民が...平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第13条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、...国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らであつて、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」としている。この部分は、昭和34年12月16日の砂川事件最高裁大法廷判決の「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは、国家固有の機能の行使として当然のことといわなければならない。」という判示と軌を一にするものである。
(2)次に、「しかしながら、だからといつて、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれからの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」として、このような場合に限って、例外的に自衛のための武力の行使が許されるという基本的な論理を示している。
(3)その上で、結論として、「そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであつて、したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。」として、(1)及び(2)の基本的な論理に当てはまる例外的な場合としては、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるという限界が述べられている。
2 一方、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしてもその目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。新三要件は、こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、このような昭和47年の政府見解(1)及び(2)の基本的な論理を維持し、この考え方を前提として、これに当てはまれる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまるとしたものである。すなわち、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどめるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。
3 新三要件の下で認められる武力の行使のうち、国際法上は集団的自衛権として違法性が阻却されるものは、他国を防衛するための武力の行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置にとどまるものである。
(明確性について)
4 憲法の解釈が明確でなければならないことは当然である。もっとも、新三要件においては、国際情勢の変化等によって将来実際に何が起こるかを具体的に予測することが一層困難となっている中で、憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうことなく、いかなる事態においても、我が国と国民を守ることができるように備えておくとの要請に応えるという事柄の性質上、ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられないところである。
その上で、第一要件においては、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」とし、他国に対する武力攻撃が発生したということだけではなく、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要であることを明かにするとともに、第二要件においては、「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」とし、他国に対する武力攻撃の発生を契機とする「武力の行使」についても、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置に限られ、当該他国に対する武力攻撃の排除それ自体を目的とするものでないことを明かにし、第三要件においては、これまで通り、我が国を防衛するための「必要最小限度の実力の行使にとどまるべきこと」としている。
このように、新三要件は、憲法第9条の下で許される「武力の行使」について、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体ではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置に限られることを明かにしており、憲法の解釈として規範性を有する十分に明確なものである。
なお、ある事態が新三要件に該当するか否かについては、実際に他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思・能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する必要があり、あらかじめ具体的、詳細に示すことは困難であって、このことは、従来の自衛権行使の三要件の第一要件である「我が国に対する武力攻撃」に当たる事例について、「あらかじめ定型的、類型的にお答えすることは困難である」とお答えしてきたところと同じである。
(結論)
5 以上のとおり、新三要件は、従前の憲法解釈との論理的整合性等が十分に保たれている。
-------------------
平成27年6月9日
内 閣 官 房
内 閣 法 制 局
(従前の解釈との論理的整合性等について)
1 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成26年7月1日閣議決定)でお示しした「武力行使」の三要件(以下「新三要件」という。)は、その文言からすると国際関係において一切の実力の行使を禁じているかのように見える憲法第9条の下でも、例外的に自衛のための武力の行使が許される場合があるという昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府が提出した資料「集団的自衛権と憲法との関係」で示された政府見解(以下「昭和47年の政府見解」という。)の基本的な論理を維持したものである。この昭和47年の政府見解においては、
(1)まず、「憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文に置いて「全世界の国民が...平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第13条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、...国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らであつて、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」としている。この部分は、昭和34年12月16日の砂川事件最高裁大法廷判決の「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとりうることは、国家固有の機能の行使として当然のことといわなければならない。」という判示と軌を一にするものである。
(2)次に、「しかしながら、だからといつて、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれからの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」として、このような場合に限って、例外的に自衛のための武力の行使が許されるという基本的な論理を示している。
(3)その上で、結論として、「そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであつて、したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。」として、(1)及び(2)の基本的な論理に当てはまる例外的な場合としては、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるという限界が述べられている。
2 一方、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしてもその目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。新三要件は、こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、このような昭和47年の政府見解(1)及び(2)の基本的な論理を維持し、この考え方を前提として、これに当てはまれる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまるとしたものである。すなわち、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどめるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。
3 新三要件の下で認められる武力の行使のうち、国際法上は集団的自衛権として違法性が阻却されるものは、他国を防衛するための武力の行使ではなく、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置にとどまるものである。
(明確性について)
4 憲法の解釈が明確でなければならないことは当然である。もっとも、新三要件においては、国際情勢の変化等によって将来実際に何が起こるかを具体的に予測することが一層困難となっている中で、憲法の平和主義や第9条の規範性を損なうことなく、いかなる事態においても、我が国と国民を守ることができるように備えておくとの要請に応えるという事柄の性質上、ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられないところである。
その上で、第一要件においては、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」とし、他国に対する武力攻撃が発生したということだけではなく、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要であることを明かにするとともに、第二要件においては、「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」とし、他国に対する武力攻撃の発生を契機とする「武力の行使」についても、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置に限られ、当該他国に対する武力攻撃の排除それ自体を目的とするものでないことを明かにし、第三要件においては、これまで通り、我が国を防衛するための「必要最小限度の実力の行使にとどまるべきこと」としている。
このように、新三要件は、憲法第9条の下で許される「武力の行使」について、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体ではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置に限られることを明かにしており、憲法の解釈として規範性を有する十分に明確なものである。
なお、ある事態が新三要件に該当するか否かについては、実際に他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思・能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する必要があり、あらかじめ具体的、詳細に示すことは困難であって、このことは、従来の自衛権行使の三要件の第一要件である「我が国に対する武力攻撃」に当たる事例について、「あらかじめ定型的、類型的にお答えすることは困難である」とお答えしてきたところと同じである。
(結論)
5 以上のとおり、新三要件は、従前の憲法解釈との論理的整合性等が十分に保たれている。
-------------------