秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

W・フリーマン

2270/「わたし」とは何か(7)。

 「『わたし』とは何か」という主題と直接には関係なくなっているが、密接不可分とも言えるので、フリーマンの叙述をもう少しフォローしよう。原書を見て、適宜原語も付記する。
 脳科学について、こうも語られる。邦訳書、p.5。
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 ① ある流派の「脳科学者たち」は「神経の出来事と心的出来事(neural and mental events)は、同じものの異なる様相」だと主張して、「脳がどのようにして思考を生み出すか」という問題を回避している。こうした考えは「心・脳同一説」(the psyconeural identy hypothesis、「同一説」・「双貌説」とも)として知られる。我々には「脳なくして思考する」のは不可能で、「脳」機能の一部は「思考」することなのだから、この説は「原理的には反駁が難しいほど理窟に適って」いる。
 しかし、この「心・脳同一説」を「直接証明(test directly)する方法」はない。
 「あなたが何かを考えながら同時にあなた自身が自身にが脳の中に入り込んで脳がどのように活動しているかを観察することはできません。
 一方、あなたの脳を観察している人に、あなたが考えていることを言葉で伝えようとしたところで、彼はあなたの考えの内容を正確に知ることはできません。」
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 前回に秋月が直感として書いたのと似たようなことをフリーマンも書いている。「現に活動している脳または心」の具体的内容等をその時点で(おそらくのちにでも)正確に知ることはできないのだ。よって、「心・脳同一説」の正しさは検証できないことになる。
 フリーマンは、この点をこうまとめている。
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 ② 「現代脳画像検査方法によって、様々な種類の認知作業において脳の異なる部位が大かり少なかれ同時に活性化することが明らかとなりました。
 しかし、この脳地図における色のパッチ〔濃淡や色の違い-秋月〕から、あなたが何を考えているかを推定することはできません。
 つまりわれわれは同一性仮説を、検証不可能な理論と見なすほかないのです。」
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 しかし、従来・在来の脳科学を全否定するのではもちろんなく、こう語り、かつ次のように目標(・達しようとする結論)を示す。邦訳書、p.6。
 ③ 「しかし、脳理論から因果律(causality)を排除すべきではありません。
 私たち「脳科学者グループは、異なる観点から、選択能力(poweer to choose)は人間にとって本質的で奪うことのできない特性である」と考える。
 「因果律があまねく宇宙を支配することを前提とする限り、選択の可能性を否定せざるを得なく」る。
 逆に、我々は「選択の自由が存在するという前提」から出発し、「因果律を脳の特性として説明すること」を目指す
 「選択の自由が存在するという前提」は「倫理学』を基礎にしておらず、反対にこの前提が、「倫理」の諸問題を発生させる。
 すなわち、「選択の自由」の奨励・拒絶、「選択の自由」を行使し得る性・人種・年齢・教育や資産の程度等々の地多くの倫理的問題」が発生するのだ。そして「選択の自由」の存在という前提こそが「アングロ・アメリカン民主主義社会の土台」となった
 だが17世紀以降の「生物学」・「物理学」の諸発見は「個人の自由」を否定する方向に働いた。スピノザは、「崖を転げ落ちる」岩との違いは人間は「自ら選択したという幻想を抱いている」ことにあるとした
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 そのような状況のもとで、としてフリーマンが目標(・達しようとする結論)してやや長く語るのは、次のようなことだ。
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 ④ 「従来の生物学の基本的発想を転回させ、脳のダイナミクスを正しく理解することによって、選択という生物学的能力を説明する」こと。
 第一に、『選択のオプションがニューロンによって構成されることを説明するような脳のメカニズムを提示する」。
 第二に、我々の「選択の瞬間に、ニューロン回路でどのようなことが生じているかを説明する」。
 第三に、「気づきの本性とその役割、および気づきの状態と意識内容の継起との関連を、脳科学的な用語を用いて説明する」。
 これらの作業は「脳の働きを理解し、その支配権を握るための基礎を築くこと」に他ならない。
 こうして理解された「脳の働き」は、「脳科学が示す諸事実」のみならず、我々の「直観」、「思考」そして「クオリア」と合致するものでなければなない
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 フリーマンによる専門的な論述に立ち入りはしないが(私には知識・能力が足りない)、少なくとも日本の<文科系>、とりわけ<文学畑>の知識人・評論家が想像もしていないかもしれない議論が欧米でも日本でもなされていることが明らかだ。
 何度も名前を出して恐縮だが、西尾幹二はまるで自分は「こころ」や「自由(意思)」の問題の専門家のごとき口吻で語る。自然科学系、とくに脳科学の研究者とは雲泥の差、天地の差、専門家と小学生レベルの幼稚さの違いのあることは明瞭だろう。
 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)、p.37。
 「経済学のような条件づくりの学問、一般に社会科学的知性では扱うことのできない領域」がある。それは「各自における、ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由という問題」だ。
 ああ恥ずかしい。上に限っても、社会科学的知性の方が西尾よりも種々の意味での「こころ」をはるかに問題にし、議論している。西尾が無知で幼稚なだけだ。全集刊行書店の国書刊行会のウェブサイトがこの人物を「知の巨人」と呼んでいるのも、歴史に残る<大嗤い>だろう。  

2269/「わたし」とは何か(6)。

 <自己意識のセントラルドグマ>を維持するとしても、 茂木健一郎の指摘するように、自己意識の対象となる「自己」・「私」はつねに変化しているということを自覚することは重要なことだ。
 いつか書いたように、本質的には、根本的には同一の「私」があって、思春期・成人期・老齢期と成長または発展している、のではない。
 例えば、あくまで例えばだが、西尾幹二や樋口陽一は自分は「ものごころ」のついた幼少の頃から「西尾幹二」・「樋口陽一」であって、その「西尾幹二」または「樋口陽一」という<私>・<自己>が一貫して自分を統御し、(一部では、あるいは一定の分野では)著名な?そして<尊敬される>?人間になった、と思っているかもしれない。そして、その「西尾幹二」・「樋口陽一」はふつうの・平凡な人々に比較して、<優れて>・<秀でて>いたのだ、と自負しているかもしれない。
 このような考え方をする者は、「自分」は他者と違って少年時代から<優れて>・<秀でて>いて、自分の力で(一部では、あるいは一定の分野では)成功して著名になった、と自負している人々の中に多いかもしれない。
 いくつかの疑問符の部分はさて措くとして、このような自己自身に関する理解の仕方は「自己」・「私」が私の脳(も心も)支配してきたし、している、という誤ったものだろう。これは身体(頭)の中に住んでいると想定された、<ホムンクルス>の存在を肯定するもののように見える。
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 W・フリーマン/浅野孝雄訳・脳はいかにして心を創るのか—神経回路網が生み出す志向性・意味・自由意志(2011)。
 =W.J.Freeman,How Brains make up their Minds(2011,Columbia Uni. Press)。
 数回前に(No.2263で)抜粋紹介を省略したW・フリーマン著の初めの部分の追記を遅れて記そう。この文書を含む章の題は<第1章・自己制御と志向性>で、すでに「志向性」という語がある。なお、この書全体のタイトルにある「心」は上掲のようにmind で、heart ではない。魂・霊(・ときに精神)という意味での soul と区別される「こころ」には mind が用いられており、日本の関係学界や研究者も、これと一致している、あるいはこれを継受していると見られる。「脳」は、brain。
 フリーマンは近年のまたは有力な?「脳科学」を批判して乗り越えようとしているのだが、その「脳科学」について、こう書く。p.3-p.4.
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 「自己決定」の本質は何か。この問題は「脳とニューロン」が「心」・「自分自身として経験される行動と思考」をどう創出しているか、「心」の経験が「脳とニューロン」を変化させ得るとすれば、いかにして、に帰着する。つまり<心と脳の間の因果関係>は何を意味するのか、という問題だ。
 「多くの神経学者」はこの問題に目をつぶる。<生まれより育ち>論者にとっては「自己をコントロールできる」という考えは幻想にすぎない。「決定論」信奉のこれら哲学者たちは「心的過程の気づき(意識)」を「随伴現象」と呼び、無意味の「副次的現象」と見る。彼らは、「心的出来事が物理的世界に入り込むこと」の承認は「神が…自然法則を停止させた中世の奇跡」の承認と同じだと主張する。彼らには「クオリア」は「私秘的」な、科学者が接近不能なもまたは科学研究に値しない経験だ。彼らは「変形された刺激が感覚ニューロンによって外的世界が脳へと運びこまれ、そこで予測し得る行動へと処理される過程の自然法則の発見」を目的としており、「偶然」が関与しても(自由意思による−秋月)「選択」が関与する余地はない、と考える。
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 今回もこの程度にして区切るが、フリーマンは例えばこのように把握したうえで、「自由意志」(自由意思)とそれによる選択を肯定する。
 その結論と論理過程自体が興味深いのだが、しかし、在来・従来の「脳科学」(brain science )はフリーマンの言うが如き単純な?物的(物理的)一元論?だったのか、という疑問がないわけではない。
 というのは、全くのシロウトにすぎない私は、究極的にはニューロン細胞網等の物理化学的反応の回路による、と説明できるとしても、「自由な意思」の存在を語り得る、と何となく考えてきたからだ。
 その根拠は、たぶんじつに幼稚なもので、その複雑な物理化学的反応の全てのありようを特定の個人ごとに「認識」することなど、人間にできるはずがない、というものだ。その不可能である範囲内で、ヒト・人間の「自由意思」を、そして「私の意思」を、そして「私」を、ヒト・人間は観念し続けるのではないか、と考えてきた。
 なぜ不可能なのか。これまたたぶんじつに幼稚な根拠による。つまり、現に生きている人間の「意思形成過程」の中身・背景等々を問題し「認識」しようとしても、「生きている」がゆえに、その詳細な中身・神経(+グリア)細胞網の「カオス」の状態を知ることには、いかにすぐれた器械・機械装置を発明していくにしても、絶対に限界がある、というものだ。
 「現に生きている人間の」脳細胞=神経細胞等をどうやって覗き込むのか。むろん、ある程度は(興奮すればどの部位辺りのシナプス間の反応が活発になるといったことは)今でも分かるようだが、「現在のこの瞬間に」何を、どのように、何を背景・理由として、「情動」し「思考」しているなど、永遠に分からないのではないか。
 死ねば、脳を解剖することはできる。しかし、たぶん身体・肉体が「死んで」しまうと、脳内の「細胞」も「死んで」いて、生きている場合の形状をとどめていないはずだ。死後の解剖では無意味なのだ。
 したがって、ついでに書けば、茂木健一郎のいう「コピー人間」というものの実現可能性もおそらくゼロなのではないか、と感じている。一部ならば可能かもしれない。しかし、脳は身体全体とともに存在しているので、「脳」だけのコピーはできない(「脳」なるものの範囲も問題になる)。そして、全く同じ身体・肉体条件・「脳」条件にある、全くの「コビー」人間など(思考実験としてではなく実際には)作り出すことはできないのではないか。
 さらに、しろうととして、フリーマン等に言及することにしよう。
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