秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

Leszek

1686/帝国主義と革命①-L・コワコフスキ著18章5節。

 この本には、邦訳書がない。Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism. =L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 第2巻/第18章・レーニン主義の運命-国家の理論から国家のイデオロギーへ。
 第5節へと進む。第2巻単行著の、p.491以下。
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 第5節・帝国主義の理論と革命の理論①。
 帝国主義に関するボルシェヴィキの理論は、レーニンとブハーリンが作った。
 ブハーリンは、最初に、新しい歴史的時代のために革命の戦略の基礎を定式化した。
 帝国主義に関する著作でレーニンは-すでに書いたことだが、たいていの部分は、J・A・ホブソンの<帝国主義>(1902)とR・ヒルファディングの<金融資本主義>(1910)にもとづく-、帝国主義を前独占資本主義時代と区別する主要な五つの特質を列挙する。
 (1) 生産と資本の集中。これは、大独占体による世界経済の支配へと至る。
 (2) 銀行と金融資本の融合およびその結果としての金融寡頭制。
 (3) 資本の輸出のとくに重要な役割。
 (4) 国際的資本主義の独占同盟者たちによる世界分割。
 (5) 大帝国主義諸勢力による世界の領土的分割競争。
 この状況は資本主義の矛盾を除去せず、極限にまでその矛盾を高める。体制内部での発展の不均等性と競争の激しさは、戦争の蓋然性を減少させないばかりか、それを一層不可避にする。
 最後の点を、レーニンは、カウツキーを攻撃して、強調する。
 カウツキーは、世界経済体制が『極端な帝国主義』の段階へと移行するのを予見するのは可能だ、と主張していた。その段階とは、大諸国と国際的カルテルが世界の分割を安定化させ、戦争の危険性を排除できる帝国主義の段階だ。
 カウツキーは、これを一般的な仮説として提起し、このように必然的に進むとは何も主張しなかった。
 しかし、レーニンは、戦争なき資本主義、革命も起こりそうにない状態の国家、という考え方だと憤慨した。
 カウツキーの『愚にもつかない話』は反マルクス主義的で、日和見主義の兆候だ。帝国主義は、世界発展の不均等性を調整して排除する手段はないので、戦争なくしては存在し得ないはずだろう。
 そのことから、論文『プロレタリア革命の軍事綱領』(1916)で、レーニンは、社会主義は全ての国で同時に勝利することはない、との結論を導いた。
 革命の過程は一つまたは若干の国々で始まり、それがさらなる対立と戦争につながるだろう。//
 ブハーリンは、革命の展望と、単一の制度を同時に構成する世界経済の不均等な発展との関係を、戦争中と革命後の最初の数年の間に書いた書物で、詳述した。
 彼が説明するには、帝国主義は、監督して規制する力のある国家とともに、生産の無秩序を克服しようと、かつ合理的な経済を組織しようと追求する。
 しかし、矛盾と競争を除外することはできず、そのゆえに、帝国主義戦争を避けることはできない。
 全体としての資本主義体制は、社会主義革命に向けて成熟している。しかし、技術的な発展が高度に達しており、莫大な収益のおかげでブルジョアジーが労働者に高い賃金を支払うことができ、労働者に革命を思いとどまらせるところでは、矛盾の集中が最大になっている、つまり資本主義世界の外縁の、後進地域、植民地および半封建的な諸国以上に、この社会主義革命は、勃発しそうにない。
 増大する搾取、民族的抑圧、および農民運動が組み合わさって、これらの諸国は、世界的体制の鎖を力づくでもぎ取ることのできる最も弱い繋ぎ目(環)だ。
 発展していない諸国での社会運動は、直接に社会主義の建設を導くことはできない。しかし、それは、先進諸国のプロレタリア-トの自然の同盟者であって、労働者、農民の結合した力にもとづいて、漸進的で平和的な社会主義への発展と一致するブルジョア民主主義的目標を達成する、そのような過渡的な社会形態を創り出すことができるだろう。//
 しかしながら、レーニンは1916年までに、議論をつぎの段階へと進めた。
 『自己決定に関する討論の総括』で、こう書いた。//
 『植民地や欧州の小民族の反乱が伴わない、<偏見を全てもった>小ブルジョアの一部の革命的な暴発が伴わない、地主、教会および君主制による抑圧に反対する、あるいは民族的抑圧に反対する等々の、政治的には無自覚のプロレタリアと半プロレタリアの大衆の運動が伴わない、そのような社会革命が<考えられ得る>、と想像するのは全て、社会革命を放棄することを意味する。<中略>
 「純粋な」社会革命を期待する者は誰も、それに生きてめぐり合うことは<決してない>だろう。<中略>
 ヨーロッパでの社会主義革命は、抑圧されかつ不満をもつあらゆる全ての者の側の、大衆闘争の暴発以外のものでは<あり得ない>。
 不可避的に、小ブルジョアや遅れた労働者の一部もそれに参加するだろう-このような参加なくして、<大衆>闘争は不可能であり、<いかなる革命も>また可能では<ない>。
 また彼らは、全く同じように不可避的に、自分たちの偏見、反動的な空想、弱さと誤りを運動に持ち込むだろう。
 しかし、<客観的には>、彼らは<資本>を攻撃するだろう。』
 (全集22巻p.355-6〔=日本語版全集22巻416-7頁〕。)//
 この理論の帰結またはこれがマルクス主義の伝統から逸脱する程度を、レーニンが十分に意識していたかどうかは明確でない。
 マルクス主義が発展の『ブルジョア』段階だと、別言すれば一次的な農民と従属民族の段階だと見なすような多数の充足されない要求や熱望があるところでのみ、社会主義者の蜂起は発生し得る。-このことが、いずれにしても、断固として述べられた。
 これは、社会がブルジョアジーとプロレタリア-トでのみ構成される、マルクスが予見したような状況に資本主義が接近するときには、社会主義革命は生じない、または生じそうにない、ということを意味する。
 充たされない農民と民族的要求および『封建主義の残滓』の存在はプロレタリア-トを助けて、『非プロレタリア』の活力でもってプロレタリア-トを補強し得るだろうとのレーニンの言明は、もちろん、マルクスとエンゲルスの戦略と矛盾してはいない。
 マルクスとエンゲルスは、多様な場合に同様の立場を採用した。例えば、1848年のドイツのプロレタリア革命や1870年代のロシアの革命への望みにおいて、あるいは、アイルランド問題はイギリスの労働者階級の立場を強化するだろうとの見方において。
 本当のことだが、マルクスとエンゲルスは、この同盟がどのように作動するかに関するいかなる精確な理論をも提示しなかったし、どのようにして彼らの望みは社会主義革命に関する一般理論と調和できるのかについて、明確でもなかった。
 しかし、プロレタリア革命は『封建主義の残滓』による補強なくしては決して生じることができないとの言明は、マルクス主義における新考案物(novelty)であり、伝統的理論からは完全に離反するものだった。//
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 (+) 日本語版全集を参考にして、ある程度は訳を変更した。
 ②へとつづく。

1653/弁証法ノート②-L・コワコフスキ著17章9節。

 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。  
 第17章・ボルシェヴィキ運動の哲学と政治〔最終回〕。
 前回のつづき。第9節(最終節)。
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 第9節・レーニンの弁証法ノート②(完)。 
 党の哲学論者たちは<唯物論と経験批判論>を使って、観念論と疑われる全ての教理と闘った。一方で、マルクス主義と機械論(mechanicism)の違いを強調するために、とくに1930代のブハーリン(Bukharin)とその支持者たちに反対する運動で、<哲学ノート>を引用した。
 この二つの文献の文章はともかくも相互の一貫性がないということを認めるのに、もちろん何の疑問もない。
 のちに、ソヴィエト同盟での弁証法的唯物論の教育がスターリンの設定した図式から離れたとき、<ノート>は新しい基盤として用いられ、16の『要素』は、スターリンの『弁証法の四つの主要な特質』に取って代わった。 
 しかしながら、<唯物論と経験批判論>はさらにレーニン主義の哲学上の基礎、スターリンによってそう授与された地位をもつもの、として復活した。
 そのことは、つぎのような嘆かわしい(deplorable)結果を生じさせた。すなわち、全ての自立した哲学的思想を窒息させる口実を用意し、全ての分野での科学と文化を支配する党の独裁を確立する、という。//
 ヴァレンチノフ(Valentinov)やその他の者が指摘したように、レーニンが唯物論を防衛したその極度の執拗さは、マルクス主義にのみ基礎があるのではなく、ロシア唯物論の伝統に、とくに、フォイエルバハ(Feuerbach)を大衆化した哲学の、チェルニュイシェフスキー(Chernyshevsky)に根ざしていた。
 こうした思想系統に対する論評は、1950年代のソヴィエト同盟でもなされた。しかし、レーニン主義は特殊にロシアの哲学で、誤謬のない、普遍的で有効なマルクス主義を継承たものではない、ということを示唆するものだと、非難された。//
 ロシアの淵源への影響の問題を別にして言えば、つぎのことは明白だ。すなわち、レーニンの哲学は彼の政治上の綱領および革命党の考えと緊密に結び付いており、彼自身がそのことを十分に意識していた、ということだ。
 全ての理論上の問題が権力闘争に厳格に従属している職業家の党は、哲学上の多元主義を安全には是認することができなかった。
 党自身の成功のために、党は明確に定義された教理を、あるいは構成員を拘束する、克服され得ない(inexpugnable)一体のドグマ(教義)を、所有していなければならなかった。   
 党の紀律と団結は、理論問題での弛み、曖昧さあるいは多元主義といったいかなる危険も排除されることを要求した。
 支配するイデオロギーが厳格に唯物論でなければならないことは、マルクス主義者の伝統によって保障され、革命に対する障碍物になるあらゆる形態での宗教的思想と闘うために必要とされた。もちろん、存在論的(ontologically)に中立な哲学を避けるためにも。
 レーニンは、身内であれ敵であれ、言葉上ですら宗教との妥協を示すいかなる傾向をも厳しく批判した。あるいは、間違って定式化されているまたは解決できないという理由で、存在論上の問題という脇道へと逸れる傾向も。
 レーニンは、マルクス主義は哲学上の全ての大きな問題に対する既製(ready-made)の解答だと信じ、何の疑いもないものとして受け入れた。
 哲学上の問題を棚上げするいかなる試みにも、党のイデオロギーの一体性に対する危険があった。 
 かくして、レーニンの粗雑な、妥協を許さない唯物論は、特殊な伝統の結果というだけではなくて、彼の行動技法の一部だった。
 党は、全てのイデオロギー問題を決定する唯一つの権限を有していなければならない。そして、レーニンは、この見地から、観念論が彼の綱領に対して示す危険性を十分に理解した。
 文化生活の全ての局面を抱え込む全体主義的(totaritarian)権力という考えは、彼の意識の中で少しずつ形を作り始め、ときおり実践へと用いられた。
 レーニンの哲学はこの考えによく役立つもので、問題の探求や解決に関係しないで、社会主義運動に教条的(dogmatic)な精神上の体制を押しつけることに関わっていた。 
 このようにして、レーニンの哲学的攻撃の憤怒や他者の議論への関心の欠如は、その源泉を、彼の哲学上の教理(doctrine)に持っていた。//
 しかしながら、レーニン主義者にとってすら、<唯物論と経験批判論>は、二つの重要な点で曖昧なものだった。
 既述のことだが、第一に、エンゲルスやプレハノフとは違って、レーニンは、『客観性』、すなわち主体に依存しないことが物質の唯一の属性だ、唯物論者がその者であればこれを是認せざるを得ない、と考えた。
 このように述べることは明らかに、マルクス主義はいかなる科学理論の変化にも、とくにいかなる物理学のそれに、依存しないことを意図していた。  
 『物質』は自然科学が授けたり奪ったりするいかなる属性にも影響を受けることがないので、科学は唯物論に対して何の危険も提示しない、とされた。
 しかし、このような結論は、『物質』を全ての内容から空虚にすることによって得られる。
 かりに物質が知覚する主体以外の何かであるとだけ単純に定義されるのだとすれば、このことは、知覚(perception)の内容と異なると見なされる『実体(substance)』の全てについて、同じく言えることが明確だ。
 『物質』はたんに、『全てのもの』の言い換え語になる。我々が一般的に『物質性』とともに連想する、いかなる種類の属性-空間上の、時間上の、あるいは活動上の-も、意味するものがなくなる。
 第二に、このような定義は、排除することを目的としている曖昧な二元論を、再び受容するものだ。
 主体の『外側』にある全てのものが物質的(material)であれば、主体それ自身であるいずれのものも物質的ではないか、主観的な(主体上の)現象と妥協するために物質の定義を拡張しなければならない、ということになる。  
 『物質が始源的で精神は二次的だ』という定式は、精神と物質は異なるものだということを前提命題にしていると思える。かくして、唯物論的一元論と矛盾している。
 レーニンの著作はこうした問題に解答していないか、または一貫して議論してはいない。そして、つぎのことをもっと正確に吟味するのを試みたい論点はない。
 すなわち、レーニンのテクストの不明瞭さ(難解さ)は、本来的な哲学上の困難さによるというよりむしろ、彼の怠惰で上辺だけの(表面的な)接近方法、権力闘争に直接に用いるために設定することができない全ての問題に対する侮蔑(contempt)、による。//
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 第9節、終わり。そして、第17章、終わり。
 第18章およびその第1節の表題は、それぞれ、「レーニン主義の運命(fortunes)-国家の理論から国家のイデオロギーへ」、「ボルシェヴィキと戦争」。

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