秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

KGB

1866/L・コワコフスキ著・第三巻第二章第1節④。

 レシェク・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流=Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism(英訳1978年、合冊版2004年)、の試訳のつづき。
 第三巻・第二章/1920年代のソヴィエト・マルクス主義の論争。
 第1節・知的および政治的な雰囲気④完。
合冊版、p.831~p.833。
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 (16)国家もまた最初から、教会と宗教の影響を破壊し始めた。
 これは明らかにマルクス主義の教理と一致しており、全ての独立した教育を破壊するという国家の目標とも一致していた。
 我々はすでに見たことだが、ソヴィエト体制は教会と国家の分離を宣言したけれども、この原理を現実化するのに成功していなかったし、成功することのできないものだった。
 なぜなら、教会と国家の分離は、国家が市民の宗教的見方に関心を抱かず、どの宗派に属しているかまたはいないかを問わず市民に同等の権利の全てを保障し、一方で教会は私法の主体として承認される、ということを意味するだろうからだ。
 国家がひとたび反宗教哲学をもつ党によって購われるものになってしまえば、この分離は不可能だった。
 党のイデオロギーは国家のそれになった。そして、全ての形態の宗教生活は、否応なく反国家活動になった。
教会と国家の分離は、信者とそうでない者とが同等の権利をもち、前者は無神論者である党員と同様の権力行使の機会をもつ、ということを意味する。
この原理を実現しようとするのはソヴィエトの条件のもとではいかに馬鹿々々しいかと述べるので十分だ。
 最初から根本的な哲学またはイデオロギーへの執着を表明した国家があり、その哲学またはイデオロギーにその国家の正統性が由来するのであるから、宗教<に対して(vis-à-vis)>中立などということはあり得なかった。
 したがって、1920年代の間ずっと、教会は迫害され、キリスト教を伝道することを妨害された。異なる時期ごとに、その過程の強度は違っていたけれども。
 体制の側は、階層の一部に対して譲歩するように説得するのに成功した-これはその一部の者たち自身にとって譲歩でなかったので、妥協だと言うことはほとんどできない。そして、1920年代の後半に多数の頑強な神職者たちが殺戮されてしまったあとで、ほどよい割合の者たちがとどまって忠誠を表明し、ソヴィエト国家と政府のために祈祷を捧げた。
 そのときまでに、無数の処刑、男女の各修道院の解体、公民権の収用や剥奪のあとで、教会は、かつてあったものの陰影にすぎなくなった。
 にもかかわらず、反宗教宣伝は今日まで、党の教育での重要な要素を占めている。
 1925年にYaroslavsky の指導のもとで設立された戦闘的無神論者同盟(the League of Militant Atheists)は、キリスト教者やその他の信者を全てのありうるやり方で執拗に攻撃して迫害し、そうすることで国家の支援を受けた。//
 (17) 新社会で最も力強い教育への影響力をもったのは、しかしながら、警察による抑圧のシステムだった。
 この強度は変化したけれども、いかなる市民でもいかなる時にでも当局の意ののままに抑圧手段に服することがあり得るというのは日常のことだった。
 レーニンは、新しい社会の法は伝統的な意味での法とは全く関係がない、と明言していた。換言すれば、政府権力をいかなる態様をとってであれ制限することが法に許容されてはならない、と。
 逆に一方では、いかなる体制のもとでも法は階級抑圧の道具に「他ならない」がゆえに、新しい秩序は対応する「革命的合法性」の原理を採用した。これが意味したのは、政府当局は証拠法則、被告人の権利等々の法的形式に煩わされる必要はなく、「プロレタリアート独裁」に対する潜在的な危険を示していると見え得る誰であっても単直に逮捕し、収監し、死に至らしめることができる、ということだった。
 KGBの先駆者であるチェカは、最初から司法部の是認なくして誰でも収監する権限をもっていた。そして、革命の直後に、多様で曖昧に定義された範疇の人々-投機家、反革命煽動者、外国勢力の工作員等々-は「無慈悲に射殺される(shot witout mercy)」ものとする、と定める布令が発せられていた。 
 (いかなる範疇の者は「慈悲深く(mercifully)射殺される」のかは、述べられていなかった。)
 これが実際上意味したのは、地方の警察機関が全市民の生と死に関する絶対的な権力をもった、ということだ。
 集中収容所(Conceneration camps)(この言葉は現実に使われた)はレーニンとトロツキーの権威のもとで、様々のタイプの「階級敵」のために用いるべく、1918年に設置された。
 もともとは、この収容所は政治的反対者を制裁する場所として使われた。-カデット〔立憲民主党〕、メンシェヴィキおよびエスエル〔社会革命党〕、のちにはトロツキストその他の偏向主義者、神職者、従前の帝政官僚や将校たち、および資産所有階級の構成員、通常の犯罪者、労働紀律を侵害した労働者、およびあらゆる種類の頑強な反抗者たち。
 数年しか経たないうちに、この収容所は、大量の規模の奴隷労働を供給するという利点によって、ソヴィエト経済の重要な要素になった。
 異なる時期に、とくにそのときどきの「主要な危険」に関する党の選択に応じたあれこれの社会集団に対して、テロルが指令された。
 しかし、最初から、抑圧システムは絶対的に法を超越していた。そして、全ての布令と罰則集は、すでに権力を保持する者による恣意的な権力行使を正当化することに寄与するものにすぎなかった。
 見せ物裁判(show trial)は初期に、例えばエスエルや神職者たちの裁判で始まった。
 来たるべき事態を冷酷に告げたのは、Donets の石炭盆地で働く数十人の技術者たちに関する1928年5月のShakhty での裁判だった。そこでは証拠は最初から最後まで捏造されており、強要された自白を基礎にしていた。
 怠業と「経済的反革命」の咎で訴追された犠牲者たちは、体制の経済後退、組織上の失敗および一般国民の哀れな状態の責任を負う、好都合の贖罪者だった。
 11名が死刑を宣告され、多数は長期の禁固刑だった。
 この裁判は、国家による寛大な処置を期待することはできないという、全ての知識人たちに対する警告として役立った、ということになった。
 Solzhenitsyn は訴訟手続の記録を見事に分析し、ソヴィエト体制のもとでの法的諸観念の絶対的な頽廃を描いてみせた。//
 (18)犠牲者の誰もがボルシェヴィキ党員ではなかった間は、党指導者の誰かが、いずれかのときに、抑圧や明らかに偽りの裁判に対して異議を申立てたり、または妨害を試みたりした、とするいかなる証拠もない。
 反対派集団は、献身的な党活動家だった自分たちの仲間にまでテロルが及んできたとき初めて、苦情を訴え始めた。
 しかし、そのときまでには、苦情は無意味になっていた。
 警察機構は完全に、スターリンとその補助者たちの掌中にあった。そして、下部については、それが党の官僚機構に先行していた。
 しかしながら、警察が党全体を統制していた、と言うことはできない。なぜなら、スターリンは、警察のではなく党の最頂部にいた間ずっと、至高の存在として支配した。彼が党を統治したのは、まさに警察を通じて、なのだ。//
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 第1節終わり。第2節へとつづく。

0687/「ヴェノナ」文書と米国のマッカーシズム。

 中西輝政が「ヴェノナ」文書なるものを使って、種々書いていた。
 別冊正論Extra.10(産経新聞、2009)の福井義高「東京裁判史観を痛打する『ヴェノナ』のインパクト―ソ連-アメリカ共産党の諜報工作と第二次大戦」によると、「ヴェノナ」とは解読プロジェクトのコードネームで、何の解読かというと、第二次大戦中から戦後にかけてソ連がアメリカや他国で活動するKGB・GRUの工作員のモスクワの本部間の暗号電信を米軍の情報機関であるNSAが入手していたもの。作業は1943~80年に行われ、未解読部分等がまだあるものの、ソ連崩壊以降、一部が「公開」されるようになった(NSAのHPで閲覧できるらしい)。
 むろん、「ヴェノナ」文書によって何が明らかになったのかが強い感心の対象になる。
 以下では、マッカーシーの「赤狩り」についてのみ言及する。マッカーシーの「赤狩り」又は<マッカーシズム>は、親コミュニストではなくても、反共主義者の行きすぎた弾圧だという印象を持っているごく平凡な「左翼」あるいはアメリカ(史)研究者が多いと見られるからだ。そうした人々はおそらく、別冊正論を購入しないだろう。目にとまることを期待しながら、抜粋的に引用する。
 ・300人以上のアメリカ人(又は永住権者)が「ソ連のエージェント」で、中には「何人もの」ルーズベルト政権高官もいた。「政府内部にソ連のスパイが多数入り込んでいるという、『赤狩り』で悪名高いジョセフ・マッカーシー上院の荒唐無稽とされてきた主張は、少なくとも一般論としては正しかったのである」(p.93)。
 ・アメリカでは共産党は進歩勢力の最左派で「民主的体制下での批判勢力」にすぎず、戦後アメリカの反共政策はマッカーシーが代表する「根拠のないデマに基づく進歩派弾圧」だとの主張が「一種通説」だった。だが、アメリカ共産党の「ブラウダー書記長以下、アメリカ人エージェントのほとんどが共産党員であり、アメリカ共産党が組織的にソ連のスパイ活動の一翼を担っていたことが明らかとなった」。しかもその周囲には「スパイ活動を知りつつ彼らを擁護するジャーナリストや知識人が存在した」。
 ・共産党員=ソ連のエージェント、「親ソ知識人の背後にソ連影」、は「絶対確実」ではないとしても、「作業仮説、デフォルト・ポジションとしては有効」だった。1945~50年代の「赤狩り」を政府は適正手続のもとで慎重に行っていたが、「マッカーシーの必ずしも証拠に基づかないセンセーショナルな追及方法」は正当な行為にも汚名を着せることで「かえってソ連とその同調者を利する」こことなり、「皮肉にもマッカーシーこそソ連の最大の『味方』」になった(以上、p.94)。
 ロバート・デ・ニーロ、アネット・ベニング出演の映画「真実の瞬間」(1991)も映画業界(ハリウッド)内の共産党員(少なくともその疑いをかけられた者)を被害者として描き、調査・弾圧する側が「悪」であるという前提で作られているはずだ。こうしたシェーマ(図式)で理解してしまうことが誤りである可能性も少なくないことに留意しておくべきだろう。

 日本でも戦時中に政権中枢又は周辺にソ連又はコミンテルンの「エージェント」がいたことは間違いない(そして、例えばその代表者・リヒァルト・ゾルゲを英雄視するかのごとき映画が近年の日本で制作されていたりするのだから、日本は(少なくとも一部は)狂っているとしか言いようがない)。
 今日における日本人(日本国民)の中にも、どのような肩書きであっても、ひょっとしてときには本人の自覚かなくても、中国(中国共産党)、北朝鮮、そしてアメリカの「エージェント」はいるに違いない。日本国籍を有しないで日本に在住している外国人の中にそのような者たちがいても当然だ。政府、政党、マスコミ界等の中には、あるいは官僚、経済人、文化人・マスコミ人(作家等を含む)等々の中には、「日本」以外の国家に役立つことを少なくとも客観的にはしており、対価・代償であることが不明瞭にされたまま他国との何らかの「つきあい」をしている者は、けっこう多いと思われる。そうした可能性を多少意識しているだけでも、新聞の読み方、諸行事、諸事件の理解は少しは変わってくるかもしれない。

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