秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

E・フロム

2090/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書,2018)③。

 このテーマでの前回②で憲法概説書として「あくまで一例」を示したつもりだが、岩波書店刊行のものであることを気にする人がいるかもしれないので、(日本国憲法に即しての)憲法学における「自由」の分類・体系化の試みの例を、もう一つ示しておこう。
 佐藤幸治・日本国憲法論(成文堂、2011)。佐藤は英米系の憲法論に詳しいはずだが、消極・積極・能動といった分類はドイツの学者のそれを思い起こさせる。一種の「美学」・「アート」だから、「自由」の分類・体系化に絶対的なものはない。
 目次構成から見ると、つぎのとおりだ。一部につき省略や簡略化をする。
 第二編・国民の基本的人権の保障。
  第1章・基本的人権総論。
  第2章・包括的基本的人権。
   第1節/生命、自由および幸福追求権。
   第2節/法の下の平等。
  第3章・消極的権利。
   第1節/精神活動の自由。p.216~。
    1/思想・良心の自由。
    2/信教の自由。
    3/学問の自由。
    4/表現の自由。
    5/集会・結社の自由。
    6/結社・移転の自由。
    7/外国移住・国籍離脱の自由。
   第2節/経済活動の自由。p.299~。
    1/職業選択の自由
    2/財産権
   第3節/私的生活の不可侵。p.320~。
    1/通信の秘密
    2/住居などの不可侵
   第4節/人身の自由および刑事裁判手続上の保障
    1/奴隷的拘束・苦役からの自由
    2~6/<略>。
  第4章・積極的権利。〔生存権、等々〕
  第5章・能動的権利。〔参政権、等〕
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 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 この書が、「自由」として「個人の属性」・「個人的精神」にかかわる<精神的自由>に限ろうとしているようであることを、特段批判するつもりはない。<精神的自由>・<精神活動の自由>といっても、上記も示すように、決して同一内容ではないのではあるが。
 従って、猪木武徳・自由と秩序-競争社会の二つの顔(中公文庫、2015/叢書2001)のような経済学者による、<自由>を冠する書物を無視していても、問題視できないだろう。
 但し、「自由」論は、Liberty 系列かもしれないが、「リベラリズム」とか「リバタリアニズム」に関係しており、例えば以下の<新書>・<文庫>を秋月の広大な?書庫から見つけ出すことができる。
 森村進・自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門(講談社現代新書、2001)。
 仲正昌樹・「不自由」論-何でも「自己決定」の限界(ちくま新書、2003)。
 井上達夫・自由の秩序-リベラリズムの法哲学講義(岩波現代文庫、2017/双書2008)。
 こうした現代的?議論に西尾幹二は関心がないのかもしれない。それに、上の三つは、法学部出身者か、法学部に在職している人たちの書物だ。このことも、とくに疑問視することはしない、
 もちろん、以下の書物にも関心はないのだろう。
 ジョン・グレイ/松野弘監訳・自由主義の二つの顔-価値多元主義と共生の政治哲学(ミネルヴァ書房、2006)。
 =John Gray, Two Faces of Liberalism (2000).
 そして、巻末の計14頁に及ぶ「主な参考文献」から見ると、<歴史>、<思想・哲学>分野の文献が多い。
 但し、疑問をもつのは、<思想・哲学>での「自由」を表題の一部とする著名かもしれないものを欠落させている、ということだ。邦訳書があって所持しているものに限る。
 H・ベルクソン=中村文郎訳・時間と自由(岩波文庫、2001)。
 このベルクソンの書は、自由意思の存否を検討する中で茂木健一郎も触れていた。
 また、L・コワコフスキの大著は、このフランスの哲学者は、スターリン体制の中で「ブルジョアア」哲学者で「観念論」の代表者として扱われた、とかなり長く言及していた。
 また、L・コワコフスキがフランクフルト学派に関する叙述の中で言及していた中には、つぎの書もあった。
 エーリヒ・フロム=日高六郎訳・自由からの逃走(東京創元社、1952)。
 西尾は第2章の中で「自由が豊富に与えられることは自由をもたらしません。人間は大きな自由に耐えられない存在なのです」と書く(p.76)。L・コワコフスキは1978年(英訳)の書でこのE・フロムの著にも言及し、彼の考え方をこう簡単に叙述している。
 「我々は自由を欲するが、自由を恐れもする。なぜならば、自由とは、責任と安全不在を意味しているからだ。従って、人間は権威や閉ざされたシステムに従順になって、自由の重みから逃亡する。これは、生まれつきの性癖だ。破壊的なもので、孤立から自己諦念への、偽りの逃亡だけれども。」-本欄№2027/2019年8月16日参照。
 タイトルに用いているかだけが重要なのではないとしても、上のベルクソンとE・フロムのニ著は、「自由」に(も)関係するほとんど必須の哲学文献ではないのだろうか。   
 リベラリズムやリバタリアニズムを扱うべきだったとは思わないが、<時間と自由>、<自由からの逃亡>くらいは参照しいほしかったものだ。これは、「ないものねだり」だとは思われない。
 ともあれ、西尾幹二が挙げる「主な参考文献」が本当にきちんと吸収され、この書に利用されているのかを疑うとともに、よくは分からないが、重要な文献が参照されていないのではないかと思える。
 西尾は第1章関係文献として、H・アレント〔アーレント〕の全体主義論・全三巻の邦訳書を挙げている。西尾のこの書に関してまだ第1章にとどまって、ハンナ・アレントにも次回では言及する。

2027/L・コワコフスキ著第三巻第10章第6節①。

 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
 <フランクフルト学派>に関する章の試訳のつづき。分冊版、p.380-p.383。合冊版、p.1091-3。
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 第10章・フランクフルト学派と「批判理論」。
 第6節・エーリヒ・フロム(Erich Fromm)①。

 (1)エーリヒ・フロム(Erich Fromm)(1900年生れ)は、1932年以降はアメリカ合衆国で生活した。最初は正統派フロイト主義者だったが、Karen Horney やHarry Sullivan とともに、精神分析の「文化主義」学派の創立者としてまずは知られた。
 この学派はフロイト主義の伝統から大きく離れたので(同じ関心領域を共有したことを除く)、精神分析的人類学、文化の理論という最初の基礎をほとんど残さなかった。ノイローゼ(neurose)理論についてすら、これは言えた。
 フロムはフランクフルト学派の従兄弟だと見なすことができるかもしれない。社会研究所の一員で、<雑誌>に論文を発表したことだけがその理由ではなく、その著作の内容という観点からしてもだ。
 マルクスの物象化と疎外に関する分析はまだ有効で現代文明の根本的諸問題の解決にとって決定的に重要だという確信を、フランクフルトの仲間たちとともに抱いていた。
 他の仲間たちと同じく、プロレタリアートがもつ解放に対する役割についてはマルクスに同意しなかった。
 彼がとくに関心をもった疎外は、全ての社会階層に影響を与えている現象だった。
 しかしながら、アドルノの否定論や悲観主義にも共感しなかった。
 フロムは歴史的決定論への忠誠心を持たず、より良き社会秩序をもたらす歴史の発展法則に期待もしなかったけれども、人類には無限の潜在的能力があると強く信じていた。自然や人間相互からの疎外を克服し、友愛にもとづく社会秩序を確立することができる、そのような潜在的な力だ。
 アドルノとは異なり、人間の本性と調和した社会生活の概略を明確にすることは可能だと考えた。
 その書物が自負と傲慢さで溢れているアドルノとは再び異なり、フロムの著作は善意および友愛と協力に向かう人間の潜在性への信頼で充ちている。
おそらくはこの理由で、彼にはフロイト主義が受け容れ難かったのだろう。
 フロムは、我々の時代のフォイエルバハだと称し得るかもしれない。
 彼の書物は簡潔で、読みやすい。
 説教ぶった道徳的な意図は隠されていないけれども、その表現は平易で率直だ。
 直接の主題が何であれ-性格理論、禅・仏教、マルクスあるいはフロイト-、全てが批判的で建設的な思考が語られている。
 著書の表題を見ると、とりわけ、<自由からの逃亡>(1941年)、<自分自身のための人間>(1947年)、<健全な社会>(1955年)、<禅仏教と精神分析>(鈴木大拙、R. de Martinoと共著)、<マルクスの人間観念>(1961年)がある。//
 (2)フロムは、無意識に関するフロイト理論はきわめて豊かな研究分野を切り開いたと考えた。しかし、性的衝動(リビドー, libido)と文化のもつ純然たる抑圧機能にもとづく人類学理論を、ほとんど完全に拒否した。
 フロイトは、人間個人を不可避的に他者と対立する本能的衝動によって定義することができる、と考えた。個人はその本性上反社会的だが、社会は個人にその本能的欲求を制限し抑制する代わりに安全確保の手段を提供する。
 充たされない欲求は他の社会的に許容された領域に流れ込み、文化活動に昇華する。
 しかしながら、文化と社会生活は、破壊されることのない衝動を監視しつづけ、充たされない欲求の代用品として創出された文化作品は、諸衝動がさらに大きくなるのを抑制する。
 世界での人間の地位は、自分の自然の願望を充足させるのは文化の破滅であって人間種の破壊を意味するだろうので、希望なきものだ。
 本能と人間存在にとって必要な共同生活の間の矛盾は、決して解消することができない。神経症になることに絶えず追い込んでいる複合的な諸原因も、解消されない。
 創造的諸活動の形態による昇華はたんなる代用にすぎない。さらには、少数の者のみがそれを行うことができる。
 (3)こうした議論に対して、フロムは答える。
 フロイトの教理は、特定の限定された歴史的経験を不当に普遍化するものだ。さらには、人間の本性に関する誤った理論にもとづいている。
 自己のための充足とその結果としての他者への敵対にもっぱら向かう、その本能的な欲求の総量によって個々人を定義することができる、というのは通例のことではない。
 フロイトは、ある人間が他人に何かを与えれば自分がもち続けた可能性のある富の一片を失うがごとく、語る。
 しかし、愛と友情は、豊かにするものであって、犠牲ではない。
 フロイトの見方は、諸個人の利益を相互に対立し合わせた特定の歴史的条件を反映したものだ。
 だが、それは一つの歴史的局面であって、人間の本性の必然的な効果ではない。
 エゴイズムと自己中心主義(egocentricity)は、個々人の利益にとって防衛的なものではなく、破壊的なものだ。そして、これらは、自己愛からではなくてむしろ、自己憎悪(self-hatred)から発生する。//
 (4)フロムは、人間は確実に永続的な本能をもつこと、その意味で不変の人間の本性があること、を認める。
 彼はつぎのようにすら考える。人類学的に恒常的なものなどは存在しないとする逆の考え方は危険だ。なぜならば、人間は際限なく塑形可能で、いかなる条件にも適合することができると想定しているのであって、その結果として、適切に組織されるならば隷従制が永遠に続いてしまうことになる、と。
 人々が現存する条件に反抗するということは、人々は際限なく適応可能ではないことを示している。これは、楽観論の根拠だ。
 しかし、大切なことは、いずれの人間の特性が実際に恒常的であり、いずれが歴史の問題なのかを、確定することだ。
 ここでフロイトは、資本主義文明の影響をヒトという種の普遍の特性だと見誤ることによって、間違った。//
 (5)フロムは、つづける。一般的に言って、人間の欲求は個人的な充足に限定されはしない。
 人々は、自然との、そしてお互いの間の連環(link)を必要としている。-その連環は何であってもよいというのではなく、目的意識と共同体への帰属意識を与えてくれるような連環だ。
 人々には、愛と理解が必要だ。孤立して、接触を奪われれば苦しむ。
 人間はまた、自分の能力を十分に活用することのできる社会的条件を必要とする。すなわち、人間は、諸条件や危険性に何とか対処するためにではなく、創造的な仕事をするために生まれたのだ。//
 (6)この理由で、ヒトという種の発展あるいは人間の自己創造は、特定の諸傾向との闘いの歴史だった。
 人間が自然秩序から解放されて真の人間になって以降ですら、安全確保と創造性を求める欲求は、しばしば対立し合ってきた。
 我々は自由を欲するが、自由を恐れもする。なぜならば、自由とは、責任と安全不在を意味しているからだ。
 従って、人間は権威や閉ざされたシステムに従順になって、自由の重みから逃亡する。
 これは、生まれつきの性癖だ。破壊的なもので、孤立から自己諦念への、偽りの逃亡だけれども。
 逃亡のもう一つの形態は、憎悪だ。人間はそれで、盲目的破壊によって自分の孤立を克服しようとする。//
 (7)フロムは、このような諸観点に立って、フロイトとは異なって心理のタイプまたは志向性を区別する。社会的条件や家族関係の用語でもって説明し、たんにリビドーの寄与分によってではない点で、フロイトと異なる。さらには、フロムはフロイトと違って、明瞭に善か悪かを分類する。
 性格が形成されるのは、幼児の時期からで、その子どもの環境およびその子が出くわす制裁と褒賞のシステムによってだ。
 「受容(receptive)」型の特徴は、応諾、楽観および受動的な博愛心だ。
 この性格の人々は、適応力があるが、創造力に欠けている。
 「利用(exploitative)」型は、これと反対に、攻撃的で嫉妬深く、他者をたんに自分の利得のための源泉として扱う傾向がある。
 「蓄積(hoarding))型は、積極的攻撃心はより小さく、敵対的猜疑心はより大きい。
  この性格の人々は、吝嗇で、自己中心的で、不毛な潔癖さに傾きがちだ。
 もう一つの非生産的な型は「市場(marketing)」志向で、支配的な様式や習俗に適合することで満足を得る。
 他方で、創造的(creative)な性格は、攻撃的でも適合的でもなく、自発性のある親切心と順応主義ではない方法でもって、他者との接触を追求する。
 この性格は全ての最良部分を集めたものだ。その非順応性は攻撃性へと退廃化することはないし、その協力を願う気持ちや愛への包容力は受動的な適応性に落ち込むこともない。
 これらの異なる諸性格は、従前にフロイト主義者、とくにAbraham が作成した分類に対応している。しかし、それらの原因に関するフロムの説明は、幼児期の継続的な性的固着性(fixation)ではなく、家庭環境と社会で通用力をもつ諸価値が果たす役割を強調する。//
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 ②へとつづく。

2009/L・コワコフスキ著第三巻第10章第1節③。

 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
 <フランクフルト学派>に関する章・第1節の試訳のつづき。
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 第10章・フランクフルト学派と「批判理論」。
 第1節・歴史的・伝記的ノート③。
 (11)ドイツ文化に対して惨憺たる影響を与えたナツィズムの勝利によって、当然のこととしてフランクフルト学派の関心は、全体主義の驚くべき成功の心理学的および社会的な原因を考究することへと向かうことになった。
 ドイツとのちのアメリカ合衆国のいずれでも、研究所は、権威を望みその権威に服従する用意のあることを示した民衆の心理を研究する目的で、経験的な研究を行った。
 1936年の共著<権威と家族に関する研究>はパリで出版されたが、経験的観察とともに理論的な検討にもとづくものだった。
 これの主要な執筆者は、Horkheimer とFromm だった。
 Horkheimer は、家族の権威の消失と転移およびそれに対応した個人の「社会化」過程での政治制度の重要性の増大という趣旨で、権威主義的諸装置の成長を説明しようとした。
 Fromm は、心理分析の観点から権威への欲求を解釈した(サドマゾヒズム性)。
 しかしながら、Fromm は、本能と共同的生活の必要の間の不可避の対立あるいは文化の永続的な抑圧的役割に関する、フロイトの悲観主義を共有しなかった。
 フランクフルト学派の執筆者たちは、ナツィズムという現象に多様な側面から光を照らし、その心理学的、経済的および文化的根源を発見しようとした。
 Polleck は、国家資本主義という観点でナツィズムを議論した。彼はこれのもう一つの例を、ソヴィエト体制に見ていた。すなわち、この二つの体制は、国家が指令する経済、国家主義傾向、および強制力による失業の排除にもとづく支配と抑圧という、新しい時代を予兆している、と。
 ナツィズムは従来の資本主義を継続させたものではなく、経済が自立性を剥奪されて政治に従属する、新しい形成物だ。
 この学派のほとんどの執筆者たちは、現今の趨勢、つまり個人に対する国家支配の増大、社会関係の官僚主義化を見ると、個人の自由と本当の文化の見込みは乏しい、と考えた。
 ナツィとソヴィエトは歴史の逸脱ではなく、世界的な動向の兆候だ、と彼らは考えた。
 しかしながら、Franz Neumann は1944年の書物で、より伝統的なマルクス主義的見方を採用した。すなわち、ナツィズムは独占資本主義の一形態であり、その〔独占資本主義〕システムとの典型的な「矛盾」に巧妙に対処することはできないので、その存続期間は必然的に限られている。//
 (12)フランクフルト学派はアメリカで、全体主義体制の特徴である心理、信条および神話を生み出して維持する原因を明らかにすべく、社会心理分析の研究書を出版し続けた。
 これらの中に、反ユダヤ主義に関する一巻本やAdornoらの投影検査法や質問書にもとづく共著<権威主義的人格(The Authoritarian Personality)>(1950年)も含まれていた。
 これは権威を歓迎し崇敬する傾向にある異なる人格的特質の相互関係、およびこれらの特質や階級、養育、宗教のような社会的変数の存在と強さの連結関係に関する研究書だった。//
 (13)Adorno とHorkheimer は生涯にわたってきわめて活動的で、戦後のアメリカとドイツで諸著作を出版し、フランクフルト学派の古典的な文書だと見なされている。
 それらの中には、共著<啓蒙の弁証法>(1947年)、Horkheimer の<理性の腐食>(1947年)および<道具的理性批判について>(1967年)がある。
 Adorno には音楽学に関する多数の書物があるが(<新しい音楽の哲学>1949年、<不協和音-管理社会の音楽>1956年、<楽興の瞬>1966年)、この学派の哲学的概括書である<否定弁証法>(1966年)、実存主義批判書(<本来性という術語-ドイツのイデオロギーについて>1964年)、さらにはそのうちいくつかが<プリズメン(Prismen)>(1955年)に収載された文化理論に関する小論考も、出版した。
 彼はまたScholem と一緒に、二巻本のベンヤミン著作集(1955年)を編集した。
 Adorno の未完の<美の理論>は、死後の1973年に刊行された。
 上記のうち三つの英訳書(<啓蒙の弁証法>、<否定弁証法>、<本来性という術語>)も、1973年に出版された。//
 (14)私は、以下の諸節では、「批判理論」の主要点のいくつかを、年次的順序と無関係に、もっと十分に叙述する。
 Adorno の音楽理論は考慮外にしよう。重要でないという理由によってではなく、この分野についての私の能力のなさによる。//
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 第2節につづく。表題は、<批判理論の基本的考え方(principles)>。
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