秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

飛鳥新社

1413/日本の保守-正気の青山繁晴・錯乱の渡部昇一。

 多くはないが、正気の、正視している文章を読むと、わずかながらも、安心する。
 月刊Hanada12月号(飛鳥新社)p.200以下の青山繁晴の連載もの。
 昨年末の慰安婦問題日韓合意最終決着なるものについて、p.209。
 「日韓合意はすでに成された。世界に誤解をどんどん、たった今も広めつつある」。
 p.206の以下の文章は、じつに鋭い。最終決着合意なるものについて、こういう。
 「日韓合意のような嘘を嘘と知りつつ認める……のではなくて嘘と知りつつ嘘とは知らない振りをして、嘘をついている相手に反論はしないという、人間のモラルに反する外交合意」。
 青山繁晴は自民党や安倍政権の現状にも、あからさまではないが、相当に不満をもっているようだ。そのような筆致だ。
 できるだけ長く政権(権力)を維持したい、ずっと与党のままでいたい、総選挙等々で当選したい、という心情それら自体を批判するつもりはないが、それらが自己目的、最大限に優先されるべき関心事項になってしまうと、<勝つ>ためならば何でもする、何とでも言う、という、(1917-18年のレーニン・ボルシェヴィキもそうだったが)「理念」も「理想」も忘れた、かつ日本国家や日本人の「名誉」に対して鈍感な政治家や政党になってしまうだろう。
 今年のいくつかの選挙で見られるように、自民党もまた<選挙用・議員等当選用>の政党で、国会議員レベルですらいかほどに<歴史認識>や<外交姿勢>あるいは<反共産主義意識>が一致しているのか、はなはだ疑わしい。
 二 月刊正論2016年3月号(産経)の対談中の阿比留瑠比発言(p.100)、「今回の合意」は「河野談話」よりマシだ旨は、全体の読解を誤っている。産経新聞主流派の政治的立ち位置をも推察させるものだ。
 三 すでに書いたことだが、昨年末の日韓最終合意なるものを支持することを明言し、「国家の名誉」という国益より優先されてよいものがあると述べたのが渡部昇一だった。
 同じ花田紀凱編集長による、月刊WiLL4月号(ワック)p.32以下。
 この渡部昇一の文章は、他にも奇妙なことを述べていた。
渡部昇一によると、かつての「対立軸」は<共産主義か反共産主義か>だったが、1991年のソ連解体により対立軸が「鮮明ではなくなり」、中国も「改革開放」によって「共産主義の理想」体現者でなくなり、「共産主義の夢は瓦解した」。
 このように書かれて喜ぶのは、日本共産党(そして中国共産党と共産チャイナ)だ。ソ連解体や中国の「改革開放」政策への変化により<共産主義はこわくなくなった。警戒しなくてよい> と言ってくれているようなものだからだ。
 長々とは書かない。基本的な歴史観、日本をめぐる国際状況の認識それ自体が、この人においては錯乱している。一方には<100年冷戦史観>を説いて、現在もなお十分に「共産主義」を意識していると見られる論者もいるのだが(西岡力、江崎道朗ら。なお、<100年冷戦史観>は<100年以上も継続する冷戦>史観の方が正確だろう)。
 また、渡部昇一が<共産主義か反共産主義か>に代わる対立軸だと主張しているのが、「東京裁判史観を認めるか否か」だ(p.37)。
 これはしかし、根幹的な「対立軸」にはならない、と秋月瑛二は考える。
 「東京裁判史観」問題が重要なのはたしかだ。根幹的な対立の現われだろう。しかし、「歴史認識」いかんは、最大の政治的な「対立軸」にはならない。
 日本の有権者のいかほどが「東京裁判」を意識して投票行動をしているのか。「歴史認識」は、最大の政治的争点にはならない。議員・候補者にとって「歴史」だけでは<票にならない>。
 ついでにいえば、重要ではあるが、「保守」論壇が好む憲法改正問題も天皇・皇室問題も、最大の又は根幹的な「対立軸」ではない、と考えられる。いずれまた書く。
 渡部昇一に戻ると、上記のように、渡部は「東京裁判史観を認めるか否か」が今や鮮明になってきた対立軸だとする。
 しかし、そもそも渡部昇一は、昨年の安倍戦後70年談話を「100点満点」と高く評価することによって、つまり「東京裁判史観」を基本的に継承している安倍談話を支持することによって、「東京裁判史観」への屈服をすでに表明していた者ではないか。
 上の月刊WiLL4月号の文章の最後にこうある。
 「特に保守派は日韓合意などにうろたえることはない」。「東京裁判史観の払拭」という「より大きな課題に」取り組む必要がある。「戦う相手を間違えてはならない」。
  ? ? ーほとんど意味不明だ。渡部昇一は、戦うべきとき、批判すべきときに、「戦う相手を間違えて」安倍70年談話を肯定してしまった。その同じ人物が、「東京裁判史観の払拭」という「より大きな課題に」取り組もう、などとよくぞ言えるものだ。ほとんど発狂している。
 四 天皇譲位問題でも、憲法改正問題でも、渡部昇一の錯乱は継続中だ。
 後者についていうと、月刊正論2016年4月号(産経)上の「識者58人に聞く」というまず改正すべき条項等のアンケート調査に、ただ一人、現憲法無効宣言・いったん明治憲法に戻すとのユニークな回答を寄せていたのが、渡部昇一だった(この回答集は興味深く、例えば、三浦瑠麗が「たたき台」を自民党2012年改憲案ではなく同2005年改憲案に戻すべきと主張していることも、「保守」派の憲法又は改憲通 ?の人ならば知っておくべきだろう。2005年案の原案作成機関の長だったのは桝添要一。桝添の関連する新書も秋月は読んだ)。
 探し出せなかったのでつい最近のものについてはあまり立ち入れないが、つい最近も渡部昇一は、たしか①改正案を準備しておく、②首相が現憲法の「無効宣言」をする、③改正案を明治憲法の改正手続によって成立させ、新憲法とする(②と③は同日中に行う)、というようなことを書いていた。同じようなことをこの人物は何度も書いており、この欄で何度も批判したことがある。
 また書いておこう。①誰が、どうやって「改正案」を作成・確定するのか、②今の首相に(国会でも同じだが)、現在の憲法の「無効」宣言をする権限・権能はあるのか。
 渡部昇一や倉山満など、「憲法改正」ではなく(一時的であれ)<大日本帝国憲法(明治憲法)の復活>を主張するものは、現実を正視できない、保守・「観念」論者だ。真剣であること・根性があることと<幻想>を抱くこととはまるで異なる。
 この人たちが、日本の「保守」を劣化させ、概念や論理の正確さ・緻密さを重んじないのが「保守」だという印象を与えてきている。

1377/日本の「左翼」-青木理。

 何日か前に<民主主義対ファシズム>等の図式の「観念世界に生きている」朝日新聞や大江健三郎の名を挙げるついでに、青木理の名前も出した。
 その青木理が7/24夜のテレビ番組(全国ネット)に出ているのをたまたま見て、さすがに正面からは「左翼」的言辞は吐かないだろうのだろうと思っていたら、最後の方で「歪んだ民主主義からファシズムは生まれるとか言いますからね」とか言い放った。
 さすがに日本の「左翼」の一人だ。テレビの生番組(たぶん)に出て、<民主主義対ファシズム>史観の持ち主、民主主義=反ファシズムという図式に嵌まっている者、であることを白状していた。その旨を明確に語ったわけではないが、「左翼」特有の論じ方・対立軸の立て方を知っている者にはすぐに分かった。
 その青木理は、毎日新聞7/25夕刊(東京版)にも登場していた。
 同紙第2面によれば、青木は、今次の東京都知事選に関して、鳥越俊太郎の元に「野党4党が結集したことが、どういう結果をもたらすか」、「一強状態の安倍政権と対峙するための橋頭堡を首都に築けるか、否か」という「視点でもこの選挙を見ています」と言ったとされる。
 さすがに日本の「左翼」の一人だ。野党4党の結集が「結果」をもたらしてほしい、「安倍政権と対峙するための橋頭堡を首都に築」いてほしい、と青木が思っていることがミエミエだ。
 青木理の名前は、月刊Hanada2016年9月号(飛鳥新社)誌上の青山繁晴の連載のp.209にも出てくる。
 青山によれば、6/30発売の週刊文春7/07号の中で青木理が「元共同通信社会部記者」と紹介されつつ、青山を「中傷」しているらしい(週刊文春は購読せず、原則として読まないので、直接の引用はできない)。
 さすがに日本の「左翼」の一人だ。青山繁晴の考え方・主張を知っているだろうし、青山が自民党から参議院議員選挙に立候補したとなれば、ますます批判したくなったとしても不思議ではない。
 青山によれば、青木は「朝日新聞の慰安婦報道を擁護する本」を出しているらしい。これを買って読んだ記憶はまるでないことからすると、私の青木理=「左翼」という判断は、その本の刊行以前に生じていたようだ。
 青木理は<日本会議>に関する本も最近に出したようだ。菅野完の扶桑社新書も気持ち悪いが(産経新聞の関連会社で育鵬社の親会社の扶桑社がこういう内容の新書を刊行することにも、日本の「保守」派の退嬰が現れている)、青木理による<日本会議>本がもっと気持ちが悪く、「左翼」丸出しの本になっているだろうことは、想像に難くない。


1321/日本共産党こそ主敵-月刊Hanada6月創刊号を少し読む。

 月刊Hanada6月創刊号(飛鳥新社)を一読。
 すでにある月刊WiLL6月号(ワック)と比べてみると、月刊Hanadaの方がよい。背表紙に「本当は恐ろしい日本共産党」とある。
 月刊WiLLには、目次を見ても共産主義・日本共産党に関するものが一つもない。時期的・政治的センスが相当に欠ける、と感じる。但し、裏表紙裏に西尾幹二全集の広告があるのはよい。
 月刊Hanada6月創刊号の既読のものは以下、(順番どおり)。
 ・西尾幹二「現代世界史放談-ペリー来航からトランブまで」
 ・名越健郎「日本共産党に流れたソ連の『赤いカネ』」
 ・藤岡信勝「騙されるな!共産党の微笑戦術」 以上、3稿。
 かつてのようには?、細かく紹介・言及・論及しない。 
 共産主義・日本共産党に関する、手垢のついた?、これまでにもあったような批判や分析は秋月瑛二にはもう十分だ。
 むろん歴史と伝統?に由来することも少なくないが、日本共産党の現綱領のもとでの現在の活動・主張を現在または最新の同党の現実の文献・文書等を素材にして、批判・分析することが必要だ(これは名越論考の有益性の否定をまったく意味しない)。
 この点、産経新聞も月刊正論も含めて-月刊正論はようやく5月号で特集を組んでいるが-保守派の議論には大きな欠陥があったと秋月は感じている(これは日本共産党はもちろん「左翼」に対しても言えることで、だから、長谷部恭男を自民党推薦委員とするような有力?自民党国会議員も出てくる)。
 日本共産党の卑劣さ・いやらしさを具体的に感じることのない、日本共産党の議論など無視して構わないと考えている、極論すれば保守の論壇内でぬくぬくと生きていければよいというがごとき論者がいるようだからこそ、日本共産党の棲息をなおも許しているとすら思える。
 1991年のソ連崩壊によって、勝負はついたとでも思って安心してしまっているのではないか。
 日本と日本人にとっての主敵は、日本共産党と同党員にこそある。
 アジアでは、自由主義と共産主義の闘いはなおも続いたままだ。
 もっとも、上の西尾幹二の論稿は、「放談」とはいえない、自由主義対共産主義という観点すら小さく思えるような大きなスパンに立ったものだ。自由対コミュニズムという基本的観点が誤っているとは思わないものの。
 西尾は予測する-何十年先か、地球は「再び大破壊を被る」、または「地球はカオスに陥る」。いずれも、アメリカが今後どうなるかに強くかかわる。それに応じて、日本と日本人はどう考え、どう行動すべきなのか。
 追-<堤堯の今月この一冊>も月刊Hanadaに移ったようで、堤は、藤井=稲村=茂木・日米戦争を起こしたのは誰か(勉誠出版、2016)を取り上げている。秋月瑛二が長い眠りから目覚めようかという気になったのは、この本と別のもう一冊(そのうち論及する)だったので、見る人は見ているな、という感はある。

1195/西尾幹二=竹田恒泰と小川榮太郎の本、全読了。

 8月中に読了した書物に、少なくとも次の二つがある。いつ読み始めたかは憶えていない。感想、伴う意見等を逐一記しておく余裕はない。以下は、断片的な紹介またはコメントにすぎない。
 第一、西尾幹二=竹田恒泰・女系天皇問題と脱原発(飛鳥新社、2012)。

 1.第三部は「雅子妃問題の核心」。かつて対談者の二人はこの問題に関して対立していて、私は西尾幹二の議論に反対していた(ということはたぶん竹田と同様の見方をしていた)。この本では、正面からの喧嘩にならずに平和的にそれぞれが言いたいことを言っている。
 離れるが、①皇太子妃に「公務」などはありえない。皇后についても同様だ。②美智子皇后が立派すぎるのであり、皇后陛下を標準として考えてはいけない。かつての時代を広く見れば、模範的な皇族を基準とすれば、異様な皇族など、いくらでもいたはずだ、皇太子妃であっても。また、おおっぴらに語られることはなくとも、異様な天皇もいたであろう。それでも皇統は続いてきた。皇族が「尊い」理由は各人の人格・人柄等にあるのではなく「血統」にある。皇太子妃は皇太子の配偶者であるというだけで、「尊い」と感じられるべきだろう。

 2.本件当時に「怒り」のような感情を抱いたものだが、2012年4月に羽毛田宮内庁長官は今上天皇・皇后の薨去後の方法についての希望ごを記者会見で発表したことがあった。
 今上天皇が何らかの意見をお持ちになることはありうるだろうが、天皇の「死」を前提にする具体的なことを平気で宮内庁長官がマスコミに対して話題にすること自体に大きな違和感を覚えた。

 よろしくない場合もあるが、日本と日本人は井沢元彦の言うように「言霊」の国なのではないか。一般人についてすらその将来の「死」に触れることが憚られる場合もある。ましてや天皇や皇族についてをや。

 また、この本p.148によると、羽毛田は皇后陛下のご本意と異なることを発表したらしい。ひどいものだ。竹田は宮内庁ではなく皇居域内に建物はあっても「宮外庁」だと言っていたが、その通りのようだ。羽毛田は元厚生労働省の官僚。憲法改正の必要はないとしても、皇室に関係する組織のあり方は行政機関も含めて、検討の必要がある。
 3.第四部の「原発問題」では二人の意見は基本的に一致しているようだが、私は賛同していない。竹田の最初の論考に原発労働者の実態が詳しく書いてあった記憶があるが、それを読んだとき(この欄には何も書かなかったはずだが)、それなら労働環境を改善すればいいだけのことで、原発自体に反対する理由にはならない、と感じたことがある。その他、二人の<反原発>文献は読んでいない。

 第二、小川榮太郎・国家の命運-安倍政権・奇跡のドキュメント(幻冬舎、2013)。
 1.p.143-4、昨年末の総選挙についてのマスコミ報道-マスコミは二大政党からの選択という「文脈を敢えて無視するかのように、『第三極』をクローズアップした。民主党三年三カ月の検証番組はなかった。自民党に政権復帰能力があるかどうかの検証もなされなかった。第三極や多党化という泡沫的な現象を追うばかりだった」。「日本のマスコミのこの二十年に及ぶ、度重なる浅薄な選挙誘導の罪、日本を毀損する深刻度において民主党政権と同格だ」。以上、基本的に同感。
 朝日新聞等の「左翼」マスコミは民主党政権に対して何と「甘く」、優しかったことだろうか。批判するにしても<叱咤激励>にあたるものがほとんどだっただろう。そして思う、いかに「政治的」新聞社・報道機関であっても<報道>業者であると自称しているかぎり、「事実」についてはさすがに真っ赤なウソは書けない。あれこれの論評でもって庇おうとしたところで、「事実」自体を変更することは(あくまで通常はだが)朝日新聞であってもできない。民主党政権にかかわる「事実」こそが、同党政権を敗北に導き、同党の解党の可能性を生じさせている。

 2.つぎの文章は、しっかりと噛みしめて読まれるべきだろう。-安倍晋三の「微妙な戦いは、我々国民一人一人が、安倍政治の軌道を絶えず正し、強い追い風で安倍の背中を押し続けない限り、不発に終わる。そして、もしそれが不発に終われば、日本は、中国の属国となってその前に這いつくばり、歴史と伝統を失い、日本人ではなく単に日本列島に生息する匿名の黄色人種になり下がるであろう。/その危機への戦慄なきあらゆる政策論は、どんな立場のものであれ、所詮平和呆けに過ぎない」(p.203)。

 3.知らなかった(大きくは報道されなかった)ので戦慄すべきことが書かれている。p.234以下。

 「事実上の発射準備」である「射撃管制用レーダーの照射」を中国海軍艦艇が行ったのは1/30で、翌月に小野寺防衛相が明らかにし抗議した。「最早挑発ではない。歴とした武力による威嚇」であることに注目すべきことは言うまでもない。問題は、以下だ。
 「
民主党政権時代にも、レーダーの照射は少なくとも二回あったが、中国を刺激するとの理由で公表しなかった」。

 小川が書くように(p.235以下)、民主党政権が続いて「その極端な対中譲歩が続いて」いれば、尖閣諸島はすでに「実効支配されていた可能性が高いのではないか」。

 小川はその理由を言う。-中国が「軍事」衝突なく施政権を奪えば、尖閣に日米安保は適用されない。「もし民主党政権が『中国を刺激するな』を合い言葉に、軍事行動なしに中国に施政権を譲ってしまえば。その段階でアメリカには防衛義務はなくなる」。
 ここでの「施政権」とは、「事実上の支配」とおそらくほぼ同義だろう。民主党政権が中国による何らかの形での尖閣上陸と実力・武力・軍事力による「実効支配」を、日本の実力組織(さしあたり、海上保安庁、自衛隊)を使って妨げようとしなかったら、かかる事態は生じていたかと思われる。小川はさらに、次のように書いている(p.237)。

 「勿論、民主党政権は口先で抗議を続けただろう。型通りの抗議を続けながら泣き寝入りを…。しかし現在の国力の差では、中国に実効支配を許したものを日本が取り返すことは至難だ」、日本は「世界の笑い者になる」。この点だけでも、「安倍政権の誕生は、間一髪だった」。

 さて、中国が強い意思をもって尖閣に上陸し「支配」しようとする状況であることが明らかになったとき、朝日新聞は、あるいは吉永小百合を含む「左翼」文化人は何と言い出すだろうか。<戦争絶対反対。上陸と一時支配を許しても、その後で中国政府に強く抗議し原状回復を求めるとともに、中国の不当性を国際世論に広く(言葉を使って)訴えればよい。ともかく、日本は武力を用いるな>、という大合唱をし始めるのではないか。かかる「売国奴」が「左翼」という輩たちでもある。

 4.この本は安倍晋三支持の立場からのもので、そうでない者には異論もあるかもしれない。だが、悲観的、絶望的気分が生じることの多い昨今では(今年に入っても程度は質的に異なるが、似たようなことはある)、奇妙に安心・楽観的気分・希望を生じさせる本だ。  

1054/三橋貴明・大マスコミ/疑惑の報道(2011.09)より。

 何らかの雑誌論考・新聞記事・単行本等の内容を素材にして何らかのコメントを書いてきているが、読書録的な利用を意図すると言いつつも、コメントの内容がある程度はイメージできてからでないと、この欄に書き込もうとはしなかった。
 コメントの文章化にはある程度の時間とエネルギーを要するので、コメントがいっさいない、紹介だけのエントリーもすることにした。
 コメントしたくなるのは、多くは批判的・消極的な感想を持った場合なので、コメントを全くしないのは、多くの場合、肯定的・積極的に評価している文章等だ、ということになるだろう。
 〇三橋貴明・大マスコミ/疑惑の報道(飛鳥新社、2011.09)より。
 ・田母神俊雄が会長の…は、昨年9月7日の尖閣衝突事件への抗議行動として「一〇月一六日に東京都内で反中国の大規模デモを実施した」。主催者発表で3000人超の国民が参加したが、「読売新聞、毎日新聞、日経新聞は一切報じなかった」。
 上の三紙は、この集会・デモに対する「『中国外務省の懸念』のみを報じた」。
 「国内の報道機関が『国内の事件』についてまともに報じず、それを『外国人』の発言により知る。これは、報道統制が行われていた、かつてのソ連や東欧の状況そのままである」。

 「かつての共産独裁国家と同じ状況が、……日本で生まれてしまった。……政府に命じられたためではない。マスコミ自ら、共産独裁国家と同様の報道統制を行ったわけだ」。(以上、p.23-26)。
 ・「日本の新聞各社は『新聞特殊指定』という政府の規制により守られている。…マスコミ式『護送船団方式』というわけである」。金融機関のそれを散々に批判していたが、「そういう自らも政府におんぶ抱っこで生き残りを図っているわけである」。
 だが、「護送船団方式という意味では、新聞産業よりもテレビ産業の方が凄まじい」。放送免許という「規制」により保護され「既得権の電波を利用して収益を上げているテレビ局」が報道番組で、日本は市場競争不足、政治家の既得権つぶせ等と論じているのだから、「もはや笑うしかない」。「日本国内で最も『国家の保護』を受けている産業は、間違いなくマスコミなのである」。(以上、p.43-44)。

0952/「左翼・容共」政権とブレジンスキー・大いなる失敗(1989)。

 一 1989年、昭和から平成に代わったこの年の11月、ベルリンの壁の崩壊。だが、この時点ではまだ、ドイツ民主共和国(東ドイツ)もソビエト連邦も残存していた。なお、6月に中国・北京で天安門事件発生。ハンガリーとチェコスロバキアの「自由」化だけは、10月~11月に進んでいる(後者がいわゆる「ビロード革命」)。

 この頃、10月に、ブレジンスキー(伊藤憲一訳)・大いなる失敗―20世紀における共産主義の誕生と終焉(飛鳥新社)は刊行されている。

 6月に書かれた日本語版への序文の中でブレジンスキーは、近い将来の「共産主義の死滅」を前提としつつ、<死滅の仕方>を問題にして、東欧と中国では異なるだろう等と述べる。そして、こう結んでいる-「共産主義が…どのような衰退の道をたどるとしても、われわれの時代の基本的な性格は『人類の政治史上における脱共産主義の段階への入り口にさしかかった時代』と定義することができるだろう」(p.5-7)。

 伊藤憲一の「訳者あとがき」はこの本を読まずして「二〇世紀の回顧や二一世紀の予測」はできないとしつつ、ブレジンスキーの叙述の「結論」をこうまとめている。

 「二〇世紀を語ることは、同時に共産主義を語ることでもある」。「二〇世紀は、共産主義の誕生と死滅を目撃した世紀だから」。「二〇世紀はロシア革命に始まる共産主義の挑戦を受けて始まり」「一時はとくに知識人の間で」資本主義に対する優位も語られた。しかし、「後半に入るとともに次第に共産主義の衰退があらわとなり、いまや世紀末を迎え人類はその最終的死滅を目撃しつつある」(p.360)。

 伊藤によれば、ブレジンスキーは共産主義が「たんなる政治理論」ではなく「偉大な宗教にも匹敵する人間にとっての万能薬」で、「人間の感情と理性の双方に働きかける怪物」だったことを「説き明かし」た、という(p.361)。

 別の機会にそのあとの中間の叙述は紹介するとして、伊藤は最後を、次のようにまとめている。

 ブレジンスキーは「二〇世紀、人類は共産主義と遭遇し、大きな被害を受け」、「非常に重要な教訓」を学んだとしたが、「日本人」はこの教訓を「わがものに…できるのだろうか」。1989年参議院選挙で自民党大敗と社会党躍進があったが「体制選択というマクロな争点」から目を逸らしてはいけない。このことは「とくに社会党のなかに…マルクス・レーニン主義の信奉者が強力な勢力を温存している」ので、「とくに重要」だ。「体制選択をめぐって、不勉強かつ不毛な議論―世界の常識からかけ離れた時代遅れの議論―を繰り返さないためにも」、最低限度ブレジンスキーのこの本の指摘程度のことは「国民共有の知識としておきたい」。この本の内容は、「いまや人類共有の…体制比較の常識論」だからだ(p.365-6)。

 二 さて、「社会党」の中に20年前にいた「マルクス・レーニン主義の信奉者」またはその継承者のかなりの部分は、現在は民主党の主流派(内閣内の重要部分)を形成している。

 このことは、上の伊藤の言葉によれば<体制選択>にかかわる重要な事実だ。

 菅直人個人や谷垣禎一個人の「思想」あるいは考え方に焦点をあてて、民主党政権と自民党は「同根同類」だなどとする櫻井よしこら一部保守派の議論は、基本的・本質的な問題・争点の把握ができていない。現在の民主党政権は基本的には<左翼・容共>政権だ。米国クリントン国務長官が日本の現首相・内閣よりも、韓国の(保守派)李明博政権に親近感をもって(?)、日本よりも先に韓国の名前を挙げたらしいのは、もっともだと思える。

 民主党が昨年の総選挙で大勝した大きな理由は、その<左翼・容共>性「隠し」に成功したことにあるだろう。なるほど現在の民主党全体をかつての日本社会党と同一視することはできない。しかし、明らかな<左翼・容共>主義者を重要閣僚として取り込んでいるのが民主党内閣であり、そのことは<安保・防衛>にかかわる具体的問題が発生するや、ほとんど白日の下に曝されてしまった。

 菅直人政権と谷垣自民党はその「リベラル」性で「同根同類」? 馬鹿なことを言ってはいけない。歴史的に見ても、「リベラル」(日本的・アメリカ的にいう「リベラリズム」)の中に巧妙に隠れてきたマルクス主義あるいはコミュニズムの怖さをあらためて思い起こす必要がある。

 伊藤憲一によれば、「単純な人々も教養ある人々」も共産主義「思想」を受け入れて、「歴史的な方向感覚と道徳的な正当性を与えられ、自己の正しさを疑うことなく、このドクトリンの指示に貢献した」。したがって、マルクス主義の「理論的誤謬を科学的に批判しても…共産主義者に動揺を与えることはできなかった」、「特定の宗教の教理の誤りや矛盾をいかに指摘してみたところでその信者がまったく動揺しないように」(上掲書p.362)。

 いくら具体的事項・問題について詳細に批判したところで、かつその批判は正当なものだったとしても、本来のマルクス主義者(社会主義者あるいは強固な「社会主義幻想」保持者)は、基本的なところでは決して<改心>などはしない、ということは肝に銘じておく必要がある。

 民主党内の何人かの氏名と顔が浮かぶ。それにまた、「共産主義」を綱領に今なお掲げる政党(日本共産党)が堂々と存在している日本とは、「人類共有」であるべき「体制比較の常識論」からしてもまったくの異常・異様な国家であることもあらためて強く感じる。この異様さへの嫌悪に耐えて、あと少しは生きてはいくだろう、自分は日本人だから。

0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。

 八月に入って、田母神俊雄・サルでもわかる日本核武装論(飛鳥新社、2009.08)をかなり読む。
 
 1.仔細に立ち入らないが、かつて直近の上司だっただけに、元防衛相・石破茂に対する批判は厳しい。
 有事の際の<敵基地攻撃>論につき石破茂は「(北朝鮮が)ミサイルを日本に…撃つ段階であれば、そこをたたくのは理論的にはあり得る。ただノドンがどこにあるのか分からないのにどうやってたたくのか。二〇〇基配備されているとして、二つ三つ潰して、あと全部降ってきたらどうするんだ。(敵基地攻撃論は)まことに現実的でない」と朝日新聞のインタビューに答えたらしい(p.32)。
 田母神も<敵基地攻撃>はむつかしい旨書いているが、石破茂の議論は素直に考えても奇妙なのではないか。つまり、「ノドンがどこにあるのか」を事前に徹底的に調査・情報収集して、できるだけ(二〇〇基あるのだとすれば)二〇〇の場所を特定できるよう準備しておけばよいだけのことではないか。費用はかかるかもしれず、米軍との関係もあるかもしれない。だが、最初から「二つ三つ」しか分からないという前提で議論し、だから<敵基地攻撃はしない(できない)>と結論づけるのはスジが違うと思える。
 こんなことを公言して北朝鮮が知れば(おそらくすでに知っているだろう)、北朝鮮は自国の基地が(ノドン発射直前又は直後に)日本の「自衛隊」により攻撃されることはない、と安心し喜ぶだけだろう。
 こんな石破茂が「軍事オタク」と言われ、自民党の中でも防衛・軍事通とされているらしいのだから、自民党内にもはびこる「平和ボケ」には寒気を覚える。社民党も参加するような民主党政権ではますます心胆が冷え続けるに違いない。
 2.東京・水道橋上空で長崎原爆と同程度の核爆発が起きたとして、某シミュレーションによると、死者500,000人、負傷者3,000,000~5,000,000人らしい(p.20)。
 日本政府は官邸を含む政府・国家機関施設や皇居等を防衛するための(地下施設を含む)何らかの措置を講じているのだろうか。
 3.「自称『保守』論陣を疑う」(p.16)文章もある。
 名指しされているのは岡本行夫(元外務省)、森本敏(元防衛庁)、村田晃嗣(同志社大)。これらはNPT=核拡散防止条約体制の維持を主張し日本脱退論は日本の「世界で孤立」を招く、と言うらしい。さしづめ、<現実的保守>派とでも称されるのか。森本敏は所謂田母神俊雄論文とその公表の仕方にも批判を投げかけていた。
 田母神によると、IAEA(国際原子力機関)の事務総長に日本人・天野之弥が選出されたのは、<日本に核論議・核武装させない>との「核保有国の思惑が背景」にある(p.11)。
 上の点はともかく、NPT=核拡散防止条約体制とは常識的に見て、一定の既核保有国以外には保有国を広げないようにしたいとの特定の「核大国」(米・ロ・中・英・仏)の利益になるものではあっても、日本を含む他の国家の利益にもなるかは問題だ。
 イスラエル、インド、パキスタンの核保有により実質的には「いまや崩壊寸前」(p.50)だとされる。
 オバマ米大統領のプラハ演説は、加えて北朝鮮の核保有を前提としていたかに見える(イランはまだだが、北朝鮮から「輸出」される懸念があるようだ)。
 このような核をめぐる状況の中で、日本の各政党・政治家はノンキなものだ。社民党は<非核三原則>の法制化を主張し、民主党・鳩山由紀夫は「検討」を約束する。また、民主党・鳩山由紀夫は、政権奪取後にはアメリカに<核を持ち込ませず>をきちんと申し入れる、のだと言う。
 呆れてものが言えない。歴年の自民党内閣は佐藤栄作内閣以降、なぜに野党や国民の「核アレルギー」を、事実がそうだったように、気にしてきたのだろう。世界の現実を国民一般に説明し、啓蒙する努力をなぜしなかったのだろう(首相個人よりも歴代の外務省高官の責任だろうか)。
 <アメリカの核の傘>、これの日本の平和にとっての意味を、社民党・福島瑞穂民主党・鳩山由紀夫はいかほどに評価しているのだろう。<核を持ち込むな>ときちんと言う、とは、笑わせるという程度を超えて、アホらしい。この二人は、とくに前者は、私から見ると(最大限の侮蔑の表現だが)<狂っている>。
 なお、この<傘>が永続して米国により保障されるかという現実的問題はあるのだが、今回は立ち入らない。

 4.こんなことを書いていると、日本の中国の一「省」又は「自治区」化と中国共産党の崩壊・解体とどちらが先になるだろうとの想いがあらためて強くなる。中国の一「省」又は「自治区」化でなくとも、日本に親中・反米政権ができて、日米安保が廃棄され、日中平和友好(安全保障)条約が締結され、日本「軍」のミサイルは東、太平洋方向へと向けられる、という事態になっても、ほとんど同じだ。
 ついでに書くと、日本共産党のいう日本の「社会主義」化は、こういう道筋をとおって(日本共産党が親中・反米政権に参加し又はその中心になることを通じて)、辛うじて現実化する可能性がある。国内のみの事情や同党の力のみで親中反米の「民主連合」政府ができるはずがない。中国と比べれば、北朝鮮は(狂乱して暴発しなければ)長期的には現実的に大きな影響はないようにも思える。中国共産党、そして中華人民共和国が崩壊・解体すれば、もはや日本共産党の「空想」は100%の「夢想」となり、おそらくは同党自体も存在しなくなるに違いない。
 生きている間に、はたして東アジアのどのような変化を知ることになるだろうか。

0747/田母神俊雄・自衛隊風雲録(飛鳥新社、2009.05)より-2。

 (つづき)
 ② 以上の顛末(ここでは一部省略)につき、田母神俊雄はこうまとめる。
 「私が辞めるに至る顛末は、一切の弁明の機会を許さないという、完璧な言論封じであり、40年以上国のために汗を流してきた。三軍の一方の将に対する礼儀も作法も欠いた、極めて卑劣な策謀だったといえる」(p.254)。
 空幕長(航空幕僚長)というのは「5万」人航空自衛隊のトップだ(p.245)。
 顛末記の冒頭に次のようにも田母神俊雄は書いていた。
 「あの更迭劇は、増田好平防衛省事務次官の、私への私憤で始まったと認識している」(p.240)
 二 ほとんど感想を書く気もなくなるが心を奮い立たせて書くと…。
 「私憤」で航空自衛隊のトップ人事が左右されるとは、また上のごとき防衛大臣では、現在の防衛省・自衛隊は、<日本の安全>を守れる組織なのか、との深刻な疑問が湧く。
 増田好平は、かつてはいたはずの<サムライ>意識をもった、<武士道精神>らしきものをもった、目立たなくとも国家・国民のために奉じるような<官僚>ではなさそうだ。いじましい、小人物のようだ。そして、そのような官僚として、日本の歴史に小さな名をとどめるのだろう。
 再び、田母神俊雄いわく-増田好平は「守屋前次官と小池百合子大臣の喧嘩両成敗で、警察出身の官房長に内定していた防衛省次官の座を”棚牡丹”式に手に入れた人間だ。それに守屋前次官の”茶坊主”のような存在だったから省内の評判は決して良いとは言えない。…」
 田母神の立場からして多少は割り引いて読むとしても、こんな人物に<日本の防衛>のための枢要な事務を任せられるのか。防衛官僚(内局)すら<劣化>している。
 防衛省の事務方も(増田好平の意向を汲んでだろうが)、<記者が大勢きている、混乱するから来ないでくれ>とは何事だ。ひどいものだ。「記者」への情報提供くらい必要に応じて(利用するつもりで?)いくらでもやっているはずなのに。「混乱」=大勢の記者の参集を喜んでいる場合もあるはずなのに。何という小心者の集まりだろう。
 浜田靖一もひどく、結果として追認した麻生太郎もひどい。
 ますます、日本の将来に悲観的になる。
 以上、田母神俊雄・自衛隊風雲録(飛鳥新社、2009.05)より。

0653/日本国憲法制定と宮沢俊義-あらためて・その1。

 一 昨年11/06に記したように、西修・日本国憲法を考える(文春新書、1999)p.33によると、①東京帝国大学教授兼貴族院議員だった宮沢俊義は、1945年10月01日、貴族院帝国憲法改正案特別委員会の席上で、「憲法全体が自発的に出来ているものではない。重大なことを失った後でここで頑張ったところで、そう得るところはなく、多少とも自主性をもってやったという自己欺瞞にすぎない」と発言した。
 また、同書p.45によると、②宮沢俊義は、1945年09月28日に外務省で、「大日本帝国憲法は、民主主義を否定していない。ポツダム宣言を受諾しても、基本的に齟齬はしない。部分的に改めるだけで十分である」という趣旨を述べた。
 二 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)は第三章「戦後民主主義という擬装」の中でやはり西修の上掲書を示しつつ上の①発言を紹介している(p.203)。
 また、佐伯は同書で、宮沢俊義の師だった美濃部達吉が朝日新聞1945.10.20紙上で次のように語ったと紹介もしている(p.202)。
 「民主主義の政治の実現は現在の憲法の下において十分可能であり、憲法の改正は決して現在の非常事態において即時に実行せられねばならぬほどの窮迫した問題ではないと確信する」。
 要するに、宮沢・美濃部らの主な又は多数の憲法学者は1945年秋の時点では、明治憲法の若干の改正で十分、天皇制と民主主義は矛盾しない、「天皇主権の維持こそが最も重要な課題」だ、と考えていた(正確には、最後の点は宮沢俊義についての佐伯啓思p.203のコメント)。
 しかし、実際には、国民主権原理に立つとされる新憲法が制定・施行された(ほぼ1年後の1946.11.03にすでに公布されるまでに至った)。
 この間の変化に関し、佐伯啓思は宮沢俊義について次のように述べる。
 ・宮沢は天皇主権の維持は国民の願望と考えていたが、新憲法はその国民の名で天皇主権を廃止した。元来の宮沢の見方とは異なり、「天皇主権の廃止」こそが「国民の総意」だと「装った」ものだった。しかるに、のちに宮沢は「新憲法の最も啓蒙的な擁護者となる」、「いわば戦後の護憲主義の元祖」となる(p.204)。
 ・家永三郎は新憲法を「押しつけられた」のは国民ではなく支配層で国民は新憲法を待望していたと書いたが、このような素朴で浅薄な「欺瞞」が必要だった。「この必要な欺瞞にイデオロギー的な同調」をできたからこそ家永のような「教条的左翼主義が戦後の歴史観をリードできた」。そして「戦後」を成立可能にするためには「この欺瞞が不可欠であることに気づいたために、宮沢は態度を一変させて、新憲法護持にまわったのだった。かかる欺瞞の根底にあるのは「無垢な」民衆・国民の措定で、宮沢の当初の判断とは異なり、国民は「天皇主義者ではなく民主主義者でなければならなかった」(p.204-5)。
 三 かかる宮沢俊義の変化・転身?の背景について、西修の上掲書は言及していたのだが、参照されている本の現物を見て紹介しようと思っていたため、昨年11/06にはあえて記さなかった。
 引用又は参照要求されていたのは、江藤淳責任編集・憲法制定経過(占領史録第3巻)(講談社、1982)だ。正確には、この本の巻末の、江藤淳による「解説」だ。
 この「解説」は、美濃部達吉、宮沢俊義、佐々木惣一(京都大学)らの1945年秋の発言をより詳しく資料として引用している。宮沢俊義に限定すれば、江藤淳は次のように書いている。経緯も含めてやや詳しく立ち入る。
 ・1945.09.28の外務省での講演・質疑応答〔今回冒頭の②がその要旨〕を読んで「一驚を禁じ得ない」。所謂「八・一五革命説」と「単に整合しないのみならず全く相容れない」からだ(p.384)。「八・一五革命説」は雑誌「世界文化」1946年5月号で初めて述べられた。
 ・宮沢が09.28に外務省での講演を依頼されたのは、1945.09.22に「米国の初期対日基本方針」が公表され、外務省がその内容がかなりポツダム宣言を逸脱していると重大視して「自主改革」の推進の必要を感じたからだろう。
 ・1945.10.04の近衛文麿・マッカーサー会談でマッカーサーは憲法改正の「指導の陣頭に立たれよ」と示唆したという「事態の急展開」があった。これを受けて、外務省は10.09にポツダム宣言遵守を連合国側に求める文書を公表したが、近衛文麿は10.11から佐々木惣一とともに「憲法改正調査」に当たった。12月に高木八尺(東京帝大法学部)が発表した天皇制を維持する主張の論考も資料の一つだった。
 宮沢俊義は毎日新聞1945.10.16紙上で、憲法改正案を政府と内大臣府(近衛文麿ら)で別々に検討することは「不穏当」と批判した。だが、「積極的な憲法改正を支持」していたのではなかった。宮沢は、毎日新聞1945.10.19紙上で、「現在のわが憲法典が元来民主的傾向と相入れぬものではないことを十分理解する必要がある」等と書いた。
 美濃部達吉も内大臣府(近衛文麿ら)による憲法改正調査を批判したが、そこには近衛・佐々木改正案がGHQの意向を反映しすぎて「極端に走る」ことへの危惧もあったかもしれない。
 ・佐々木惣一は1945.10.21毎日新聞紙上で、近衛文麿は10.25の声明で、上の批判に反論又は釈明した。だが、GHQは11.01に近衛文麿との(正式の)関係を否定する声明を発した(これとの関係性は薄いだろうが、近衛は12.06に服毒自殺)。
 1945.10.27に政府・松本丞治国務相の憲法問題調査委員会は第一回総会。宮沢俊義は委員の一人であり、かつ入江俊郎・佐藤達夫とともに「最も活躍した」委員になった。
 1945.11.26招集の臨時帝国議会の幣原喜重郎首相施政方針演説は憲法改正に言及しなかったが、質問があったため、松本委員会は12.08に「天皇が統治権を総覧せらるの原則には変更なきこと」等の四原則を明らかにした。
 ・宮沢俊義は松本委員会の小委員会の委員でもあり、これは12.24~1946.01.23に8回開催され、本委員会は12.27~1946.01.26に7回開催された。宮沢は積極的に参加したのみならず「中心的な役割を果たした」。
 宮沢は松本が1946.01.01~01.04に書いた「私案」を要綱化し、「憲法改正要綱」(のち「甲案」と呼ばれる)草案を作成した、まさにその人物だった。この「甲案」とは別に宮沢ら小委員会は改正の幅を大きくした「乙案」もまとめた。いずれも、上に触れた四原則の範囲内の案だったこと(当初の宮沢の考えと矛盾しなかったこと)には変わりはない(p.381-394)。
 長くなりそうだ。別の回に続ける。 

0636/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-「朝日新聞」の「大きな欺瞞」。

 一 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)p.76以下は「『他国への配慮』と国益」との節名で、前回紹介したようなことを、再述又は別論している(この本全部は、12/15に読了した)。
 7 ①「国益」観念が背後にない「他国への配慮」・「国際的友好」は無意味だ。そして「国益」が意義あるためにはその国の「正義」あるいは「共有価値」で支えられている必要がある。「正義」・「共有価値」は「生活上の習慣や文化的様式の中に暗黙のうちに表出」されるものだろう。
 しかし、「今日の日本」のように「暗黙裡」のものであれ「正義」あるいは「共有価値」の「存在そのものが怪しくなっている」場合には、「ナショナル・アデンティティ」の名のもとに「日本という国家を構成する精神的基盤について論議するのは当然のこと」だ(p.76)。
 ②「他国への配慮」・「国際的友好」を唱える者たちもかかるナショナリズムを前提としている筈だが、この「進歩主義的立場に立つ国際主義者」は「反国家主義」を標榜し「インターナショナリズムをナショナリズムと対立させる」ために自らの「インターナショナリズム」を骨抜きにしている。「国益」・「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「ただ空疎な美辞麗句」にすぎない。
 彼らの「国際主義」は「反ナショナリズム」から発しているがゆえに、その「国際主義」自体が「『自己陶酔的で排他的な』ナショナリズムの単なる裏返し」となり、「『自己卑下的で追従的な』インターナショナリズムへと転化」している。その対中国姿勢、対国旗・国歌法姿勢等こそ、「まさに『自己陶酔的で排他的』なナショナリズムをただ裏返しただけに過ぎない」(p.76-77)。
 ③彼らの「友好」・「配慮」は「きわめて独善的」で「一国主義的」でもある。「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「真の意味での国際主義=国家間主義(インターナショナリズム)とはなりえない」。「友好」・「配慮」は、「奇妙なことに『自己卑下的で追従的な』国際主義を『排他的で自己陶酔的に』追求するという結果となりかねない」(p.77)。
 ④「朝日新聞」社説が「ナショナリズム」や「ナショナル・アデンティティ」を「根本から否定」しているとは思わないが、それを語ることを「躊躇」しているために、五輪ナショナリズムはよいが「現実のナショナリズムは危険」だなどという「トンチンカン」な論説を展開している。「過激なナショナリズムを高揚させるほどの国家への切迫した思いも一体感も現代の日本人は持ってはいない」。五輪ナショナリズムは過激だが「国家意識は低調」ということは「通常は考えにくい」(p.78)。
 ⑤既述のように「朝日新聞」社説の「反ナショナリズム」は「裏返された」ナショナリズムで「隠された」ナショナリズムを背後にもつ。ナショナリズムあるいは「国家という『主体』」なくして「他国への配慮」・「国際的友好」を語り得ないのは自明のことで、朝日新聞」社説も「戦後進歩主義者」もこれを前提とせざるをえない筈だ(p.78-79)。
 ⑥しかし、「今日の日本」ではこの「国家という『主体』」という「自明性が見えなくなってしまっている」。小林よしのりの本も新しい教科書の会の運動も「戦前復古ではなく、現在の『主体』をいかに構成するかという関心」に導かれていると考える。
 「朝日新聞」社説もかかる「主体」の必要性を前提とする筈だが、しかし、「この『主体』がほとんど崩壊、もしくは溶解しつつあるとき、その主体の構成を図るための議論をナショナリズムと規定して排斥するのは一体なぜなのか?
 「ナショナリズムを隠蔽した反ナショナリズム」、「反ナショナリズムの内に潜むナショナリズム」、「この奇妙な二重構造」・「顕揚と隠蔽」あるいは「無意識の検閲」、「ここに大きな欺瞞があるのではないか?」 そしてそれこそが「『戦後的なもの』を内側から溶解させてしまった根本」要因ではないか?(p.79-80)。
 ⑦この「二重性」・「無意識の検閲」は後述もするが、そもそも「反ナショナリズムの思想的拠点は何」なのか。次にこれを扱う(p.80)。
 二 以上でp.57-80のメモは終わり。この部分は、この著の序章「なぜ『国家』を論じるのか」の次の第一章「現代日本の国家意識」の1「『戦後的なもの』の溶解」の後半ほぼ3/4にあたる。
 このあと、2「『世界市民主義』とは何か」、3「逆立ちした国家意識」とつづき、第二章「『二重言説』の戦後日本」以降へと移っていく。いずれも<朝日新聞>と無関係ではないが、覚書的紹介はとりあえずここでやめる。
 のちに丸山真男宮沢俊義(・日本国憲法)に触れるところや佐伯自身の「国家」観・論の展開が見られるところがあるので、別の機会にこの欄で言及したい。
 三 それにしても、朝日新聞、そして若宮啓文は、上のような朝日新聞的「反ナショナリズム」批判(又は批判的分析)にどう反応する(又は反応した)のだろうか。若宮啓文が佐伯啓思のこの著を一顧だにすることなく単純な「ナショナリズム」批判をしている(した)ことは明瞭だ。彼らがしていることは本能的・感覚的な「ナショナリズム」嫌悪感の表明にすぎないだろう。朝日新聞の社説執筆者やその一人だった若宮啓文の思考の<驚くべき底浅さ>は、佐伯啓思の丁寧な(そしてこの人にしては珍しく朝日新聞と明示しての大胆な?批判を含む)論述と比べると、きわめてよく分かる。
 若宮啓文はもう遅いかもしれないが、より若い世代の「戦後進歩主義者」は、佐伯啓思の上掲書を一度きちんと読んでみたらどうか。

0634/佐伯啓思・国家についての考察(2001)による「朝日新聞」的<反ナショナリズム>の分析。

 佐伯啓思・国家についての考察(2001)のつづき。
 「他国」とりわけ「アジア諸国」への「配慮」の障害となるのは「危険なナショナリズム」だと言うときに、「実際に隠蔽されるものは何か」。佐伯は節名を「『戦後的なもの』の崩壊」と変えて、さらに論述を展開していく。
 5 ①「実際に隠蔽される」のは「戦後の歴史の『歪み』そのもの」だ。この「歪み」は後述するが、若干言い換えると、「排除され隠蔽され」ているのは、「今日のナショナリズム」が置かれている、「戦後日本」という<文脈>、さらに言えば「近代日本」の、「『日本』という歴史性を持った」「文脈」だ。この「文脈」の中で「『国家』をいかに理解するか」が「排除され隠蔽され」ている(p.68)。
 ②日本に限らず、ナショナリズムはその国の「独特の歴史的特性や文化的固有性」と関連があり、「ナショナリズムが歴史や文化を強調するのは当然」だ。「自己陶酔的」では全くない(p.68)。
 ③だが、日本は「戦後の歴史と戦前のそれ」との間に「大きな断層」があり、それが「文化の次元まで及ぶ」という、「いささか特異な立場」にある。「断層」は主として「ものの考え方、価値観、文化なるものの表現」にかかわり、「端的」には「戦後の、自由主義、民主主義、平和主義などという価値によって、それ以前の価値や文化的な様式はほとんど全体的に否定された、という特異な時代経験」を指す。この「断層」によって否定されたものの上に「戦後日本」という「特徴的な世界」が成立したのだ(p.68-69)。
 ④したがって、日本の「歴史意識」はこの「断層」を不可避的に問題にする。ここに、「今日の日本のナショナリズム」が「断層」を意識して「戦後を疑う」という「表現形態」をとらざるをえない「理由」がある。それは「回顧的」・「復古的」ではなく、「『断層』によって何が隠されたのか、その上に成立した『戦後』とは何か」と問うことは現代日本の「ナショナリズムの当然の姿勢」だ
 「断層」によって「見えなく」されたものは「葬り去られ」てはおらず、「今なお…ここにある」。だから、それを「掘り出す作業は歴史的『文脈』を追う」。ナショナリズムが依拠する「ナショナル・アイデンティティの意識」は「歴史的継続性と文化的共有性」(という「文脈」)の「再発見」・「再定義」によって形成される、ということが「重要」だ。だとすれば、「戦後を疑う」という表現形態は不思議ではなく「戦前への回帰」ではない。「まさに今日的な営み」だ。
 「進歩主義者たちのナショナリズムへの過敏なまでの拒絶反応」は、ナショナリズムが「時代はずれ」の「復古」ではなく「まさに今日的問題」であることを「本当は気づいているからであろう」。たんなる「時代はずれ」の「復古」ならば、「放っておけば自然に忘れ去られるはず」だ(p.69-70)。
 以上もかなり引用の密度が高いが、この部分のまとめ的な次の段落は、ほとんど引用ばかりになる。
 ⑤「『朝日新聞』社説に示されるナショナリズム批判は、今日のナショナリズムの根幹を封じようとしている」。「頑として封印」しようとするのは、「『戦後を疑う』という姿勢そのもの」だ。「『戦後を疑う』という姿勢」を許せば、「ナショナリズムはその芽を吹くことになる」。なぜなら、「戦後を疑う」ことは、敗戦・連合軍の占領以降の「自らの文化的アイデンティティの破壊、勝者が押しつけた価値のもとでの被抑圧感情、こうしたルサンチマン的感情」を「すべて表面に解き放ってしまいかねないから」。
 「朝日新聞」や「『朝日新聞』的なもの」が「その上に自らの立場を築き、地歩を確保してきた『戦後的なもの』」を彼らは「死守しなければならない」のだろう。そのためには「ナショナリズムの一切の芽を摘むことが必要不可欠となる」(「戦後的なもの」を「保守」せんとする「ナショナリズム批判者の言説が、ナショナリズムを戦前回帰として片づけようとすることは当然だ」が、それは「見当はずれ」だ)(p.70)。
 以上で今回の紹介は終わり。「戦後的なもの」の「死守」を図る朝日新聞(や意識的「左翼」)が、「ナショナリズム」言説に過敏に反応しそれを抑圧・封印しようとする背景が説得的に語られている。若宮啓文もまた<本能的・感覚的に>そうした抑圧・封印の意識を形成して(形成し終えて)いると思われる。
 こうした過敏で、本質的な問題を素通りして決めつける、<(左翼)ファシズム>的反応は、最近の田母神論文に関しても顕著に見られたことだ。田母神はまさに「戦後を疑う」、「戦後」の通念に矛盾する、「ナショナリズム」的文章を発表したのだった。今日の言論空間・「知的」空間の<主軸>または「構造」を、なおも簡潔にだが、佐伯啓思は語っていると考えられる。なおも続ける。

0633/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-朝日新聞批判・その2。

 朝日新聞社説が前回の3④で示すこと(複数)が何故「荒っぽいナショナリズム」の動向なのか、近時(2008.12上旬)の中国の領海侵犯にしても、それへの「感情的反発」は「健全」そのものではないか、と思うが、さておく。
 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)に関する前回のつづき。
 3 ⑤「ある場合には」ナショナリズムは「自己陶酔と他者の排除」を伴う「荒っぽい」ものに先鋭化しうる。それは日本だけの問題ではない。ナショナリズムは、アメリカ、中国、台湾、フランス、イギリス、クロアチア、セルビア、イスラエル、アイルランドではより強い。これらの国々のナショナリズムは「健全」なのか「危険」なのか。中国、フランス、アイルランド、ロシアのそれはどちらか、朝日新聞の「社説はどう答えるのだろうか」。外国のナショナリズムは「健全」で日本のそれは「危険」だとでも言うのか(p.63-64)。
 ⑥ どの国にもナショナリズムはあり、それが「自己陶酔と他者の排除」となるか否かは「あくまで状況の中で」決まることで予め「健全」なそれと「危険」なそれとが存在するわけではない。
 「現実政治と結びついたナショナリズムが常に陶酔的で排他的となると考える」のは「あまりに短絡すぎる」。この「短絡」は、「ナショナリズム」を常に「インターナショナリズム(国際協調)」と対立させて理解する思考だ(p.64-65)。
 つぎに節名が「なぜ議論を深めようとしないのか」へと移る。これまでに増して、引用部分を多くする。
 4 ①朝日新聞社説が挙げる「荒っぽいナショナリズム」の台頭の事例は私(佐伯)にはそう思えないが、それはともかく、朝日新聞社説には「特徴的な思考パターン」がある。それは、「日本における『荒っぽいナショナリズム』の台頭の危険というテーゼが、より本質的な議論を一切回避したまま提起されている」ことだ(p.65)。
 ②1.「中国への感情的批判を危険視する前に」、「なぜ中国がこのような挑発的行動に出るかを論じないのか?」
 2.「日米安保体制への批判を危険視する前に」、「なぜ安保体制という特異な関係性のもとに日本が置かれてきた歴史を検討しないのか?」
 3.小林よしのり・戦争論を「無条件で危険視する前に、なぜ小林よしのりが…を書くに至ったのかを問題にしないのか?」
 4.「『国旗・国歌法案』を批判する前に」、「国旗や国歌とは何かをなぜ論じようとしないのか?」
 5.森首相の「教育勅語評価発言や『神の国』発言を論難する前に、なぜ彼がそのような発言を行ったのか」、なぜ「教育勅語」や「神の国」が「今頃になって想起されるに至ったのかを論じようとしないのか?」。さらにいえば、「教育勅語の内容の何が一体問題なのか、日本はどのような意味で『神の国』ではないのか」に関する議論をなぜ深めようとしないのか(p.65-66)。
 ③問題は社説のスペースの広さではなく「その姿勢」だ。ここに、朝日新聞に限らない「今日の日本のナショナリズム批判の大きな問題」がある。朝日新聞社説が典型を示す「議論の布置、問題の設定の仕方」、そこに「今日の日本の(反)ナショナリズム論の貧困」を見る。
 「ナショナリズムの復興を批判することが戦後体制を守る基本的な課題」だとすると「進歩主義的サヨク」のかかる立論は当然かも。だが、「それでは問題の所在にはいつまでたっても踏み込めないし、不毛な議論が続くだけ」だ。なぜ小林よしのりが支持されるか、なぜ「神の国」発言が出たか、なぜ教育改革・教育基本法見直しが課題となったか、「そこにどういう事情と時代的意味があるのか」、これを論じないと「単なるイデオロギー批判が続くだけ」だ(p.66-67)。
 ④朝日新聞社説は「根本にかかわる問いを一切封印した上で、ナショナリズムの危険性を説く」。「端的にいえば、自国の歴史や固有のあり方にこだわることは他国への配慮を怠ることになる」と言わんばかり。これが「ナショナリズム批判」が「露呈」しているものだ。どの事例にせよ、「しばしば提出されるのは、それが『他国への配慮』、とりわけ『アジア諸国への配慮』をないがしろにするという批判」だ。
 1.中国の領海侵犯は不問に。「問題は、…批判が中国に対する友好的配慮を崩してしまうこと」だ。
 2.「新しい教科書」が国民の関心を呼んでいることは不問に。「問題は、それが中国や韓国を刺激すること」だ。等々。
 「要するに現下の状況のもとで他国へ配慮すること、それこそが彼らの考えるインターナショナリズムであり、この配慮に対する障害は『危険なナショナリズム』とされる」(p.67)。
 なかなかの論旨又は分析ではないか。つづきは、次回に。

0632/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-朝日新聞批判・その1。

 「市民革命」はあるが「国民革命」は聞いたことがないことを「市民」概念を愛好する理由の一つとするような朝日新聞・若宮啓文の本と文章に触れたのは、朝日新聞を批判する、あるいは朝日新聞をはじめとする<進歩的>マスコミの論調を批判的に分析する佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)のとりあえずは一部を紹介的にメモしておきたいためだった。
 佐伯啓思の論旨は前の論述を前提に後に累々と続いていくので途中から紹介的引用をするのでは正確に理解したことにはならない。だが、最初から言及するのはやめてあえて中途からにする。「今日のナショナリズムの『歪み』」との節名のp.57以降だ。次のように論じられる。
 1 ①「本来性」というフィクションの大地に根ざした「国家意識」が必要だ。しかし、日本の現今のそれは「ほど遠い」もので、「国家」をめぐる言説は「奇妙にねじ曲げられている」(p.57)。
 ②いくつかの運動や議論が日本の「ナショナリズム」の代表として「しばしば進歩派の攻撃にさらされる」が、私(佐伯)には攻撃される「ナショナリズム」は理解しやすい。「全面的に賛同」はしないが、言いたいことはよく分かる。それは「決して復古的意図やまして戦争賛美」ではなく、「戦後の、そして現在の日本を問題視し批判」している。それは端的には、今日に「支配的な影響」をもつ「進歩主義的言説に対する強い疑念」だ。その意味で、彼らの「ナショナリズム」は分かりやすく「歪んでいない」(p.57-58)。
 ③問題は、明言されない「伏在したナショナリズム」の方にある。今日の「ナショナリズム」の問題は、一見「反ナショナリズム」・「反国家」心情にもとづく言説の形をとる、「国家意識」の「歪み」にこそある(p.58)。
 ④なぜ「歪み」が生じているかに、「戦後日本の言説空間の特異性」がある。この「特異性の構造」を分析することは、現代日本の「国家意識」の「歪み」・「ねじれ」を理解するためには重要だ(p.58)。
 ⑤90年代の日本の全般的「失調」のもとは、「きわめて不透明で歪んだ国家意識」に求められるのでないか(p.58)。
 ⑥90年代の日本の「危機」は「グローバル化や情報化」に対応できなかった日本の「守旧的体質」に原因があるというのが「定説」だが、「問題の根ははるかに深い」。究極的には「戦後の歪んだ国家意識にこそ今日の「危機」の源泉があった。「国家意識」の「歪み」をいくつかの局面で見てみる(p.58-59)。
 次に、節名が「オリンピック・ナショナリズム」に変わる。
 2 ①シドニー五輪を前に2000.09.14朝日新聞社説は、「国家」意識に縛られずに「あなた」自身のために参加せよと説いた。だがここ十数年、日本選手が「過剰な」期待を背負っているとの印象はなく、むしろ選手の「私」意識の強さ、「国の代表」意識の希薄さが論議されたくらいだった(p.59-60)。
 ②五輪は「形を変えた国家間競争」で、「国家や地域」の威信がかけられていることを前提に「国家間協調」が謳われる。「個人間の競争と同時に国家間のルール化された競争」があるのであり、「国家間協調」が可能になるのも、そもそも個人が「少なくとも部分的には」「国家を背負っている」からだ(p.60)。
 ③上を書いたのは「ナショナリズム」と「国際協調(インターナショナリズム)」とは「決して対立するものではない」ことを確認するためだ(p.61)。
 ④にもかかわらず、「個人の競争」・「インターナショナリズム」はよいが(「善」だが)、「国家間競争」・「ナショナリズム」は「危険」だという「二者択一」の議論がある。朝日新聞の社説にも「その傾きが見て取れる」(p.61)。
 次に、「『荒っぽい』ナショナリズム」との節名に変わって、引き続いて朝日新聞社説への論及がなされる。
 3 ①朝日新聞2000.09.24社説は再び「ナショナリズム」を取り上げ、自国の選手が勝利して「君が代が流れ、日の丸が上が」るのを見て誇らしいのは「ごく自然な感情の発露というべきだ」と書いた(p.62)。
 ②先の論調からの後退とも見えるが、同社説はこう続ける。「抑制のきいた健全なナショナリズム」はよいが、「居丈高な自己主張」の「ナショナリズム」ほど「危なっかしい」ものはない、と。つまり、「健全なナショナリズム」と「危なっかしいナショナリズム」の区別がある、という(p.62-63)。
 ③上に続けて朝日新聞上記社説は、日本が「危なっかしい」又は「荒っぽい」「ナショナリズム」に席巻されようとしているとの危惧を示す。五輪で示されるようないわば「遊びごと」の「ナショナリズム」はよいが、「本物の(現実の)ナショナリズム」は危険とする。「何とも妙な、そして煮えきらない主張」だ(p.63)。
 ④「荒っぽいナショナリズム」として具体的には、1.中国の調査船・軍艦の日本水域への侵入への「感情的な反発」、2.日米安保にかかる「思いやり予算の削減要求」、3.小林よしのり・戦争論への「若者の共感」、4.「国旗・国歌法」の制定、5.森喜朗首相(当時)の教育勅語評価、5.石原慎太郎都知事の「三国人」発言、等が挙げられている。そして、これらの動向は「固有の伝統への回帰」を訴えるあまり、「自己陶酔と他者の排除」を伴うから危険だ、とする(p.63)。
 3の途中だがここで区切る。朝日新聞・若宮啓文はこの佐伯啓思の著をまったく知らずに(手にとって読んだこともなく)、「ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ」と幼稚に宣言したものと思われる。
 このあと、朝日新聞の論調に対する批判または批判的分析がつづく。たぶん、次回に。

0627/黄文雄・「日中戦争」は侵略ではなかった(ワック)の旧版、小林よしのり・パール真論(小学館)等。

 2008年秋の読書メモ。
 〇占領期以降に関心を限定しないと知力?が耐えられないので戦争自体や戦時中のことには興味をあえて向けないようにしている。だが、たまたま9月くらいに最初の一部を読んでしまったため読了しようと読み続け、
読了したのは田母神俊雄論文に関する報道の直前か、直後。偶然としかいいようがない。
 黄文雄・日中戦争知られざる真実-中国人はなぜ自力で内戦を収拾できなかったのか(光文社、2002)だ。
 この本の「新版」にあたり、章の構成は違うが中身は全く又はほとんど同じなのが、黄文雄・「日中戦争」は侵略ではなかった(ワック、2005)。こちらも所持しているが、上の旧版の本を読んだ。
 内容の紹介は省略する。<「日中戦争」は侵略ではなかった>という新タイトルで結論的趣旨は明らかだろう。
 当時に中国(清→中華民国)という一つの統一国家・政権があり中国人というまとまりのある「国民」がいた、という錯覚に陥っている人も現在の日本には多いと思うが、少なくとも国民党・蒋介石、共産党・毛沢東、(時期にもよるが)親日・汪兆銘(汪精衛)という3つぐらいの「権力」があって<内戦>をしていた、ということがよく分かる。
 また、この当時(「日中戦争」の時期)に日本軍が大陸にいたこと自体をすでに<侵略>の証左と感じ、それを「常識」視しているような(馬鹿馬鹿しい)日本人もひょっとして多いのではないかと危惧するが、日本軍の「満州」駐在にせよ、上海(租界地区)駐留にせよ、当時は条約等にもとづく全くの合法的なものだったことを(あえてこんなことを書かなければならないことこそ悲しいが)確認しておく必要がある(ちなみに、<侵略>戦争・行為が<違法>だということが当時において国際法上<確定していた>とも言えない)。
 〇先月になって、50頁ほど読んで(傍線という、読んだ痕跡が初めの方にあった)、中途で放ったまま読了していないことに気づいたのが、佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)。
 さらに読み進めているが、読了はまだ。すでに最近に何点かについては言及した。だが、既読の範囲内でもこの欄で紹介・言及していない興味深い叙述は多い。今後この欄でも触れていきたいものの、時間・エネルギーとの兼ね合いがむつかしい(すなわち、ここに書いているくらいなら、読み進めた方が個人的には意味がある、時間的パフォーマンスは高い、とも感じる)。
 〇ずっと前に「要約・解題」を目的とする文章部分のみを残して読んで(見て)しまい、その後、気儘に読んでいたのが、小林よしのり・パール真論(小学館、2008・06)の上記「要約・解題」部分である同書21章「解題・パール判決書」。
 第21章の計115頁のうち、時間的間隔を空けつつ、昨日の夜までに76頁分(p.311あたりまで)を読み終えた。
 この本は貴重な・重要な歴史的意味があるように思う。そして、第21章は「パール判決書の全体を要約・解題」(p.236)したもの。この点はちっとも悪くはないが、「要約」と「解題」のいずれであるのかが分からない又は分かりにくいと感じられる部分があるのが玉に傷だ。別途、両者を明確に区別して、「要約」のみの文章のあとにまとめて「解題」を付す、又は「要約」中に番号を付して「解題」的注記を挿んでいく、日本語文だけの(つまりマンガ部分のない)本を出版したらどうか。
 それにしても、所謂「東京裁判」判決は日本国家にとって(良きにつけ悪しきにつけ)重要なものの筈であるにもかかわらず、多数意見も含めて(さらには「起訴」の文章も付いているとなおよいが)、日本の外務省あたりは、この「判決」の公式の翻訳書(日本語文書)を作成していないのだろうか。だとすればきわめて不思議で、奇妙だ。
 きちんとした翻訳書(日本語文書)があれば、ややこしい英文を見なくとも容易に内容は分かるはずだろう。パール「判決書」につき、民間の研究会による、「東京裁判史観」に毒されたような解説付きの、小林によれば誤訳も多い翻訳本しかない、という状態は(本当にそうだとすれば)きわめて異常だ。
 戦後史アカデミズムというものがあるとすれば、共同作業でよいから、所謂「東京裁判」判決(パール「反対意見」書その他の個別「意見」書を含む。できれば「起訴」(訴因)の文章も)の全文を可能なかぎり正確に邦訳し、本にまとめてほしい。元来は国・外務省がしておくべき作業の筈だと思われるのだが。
 雑誌論文も含めてまだ「読書メモ」の対象はあるが、今回はここまで。

0622/宮沢俊義・元東京大学憲法教授とオークショット・佐伯啓思-「平等」と進歩・保守。

 一 宮沢俊義・新版補訂憲法入門(勁草、1993、初版1950)における<ごった煮「民主主義」観>についてはすでに書いた。
 宮沢俊義・憲法と天皇-憲法二十年・上-(東京大学出版会、1969)にはこんな一文もある-「平等主義は、いうまでもなく、民主主義のコロラリイである」(p.40)。
 宮沢において「民主主義」とは、肯定的に評価されるべきすべての価値・主義が何でも飛び出してくる玉手箱のようだ。上のような文を書いて、恥ずかしくなかったのだろうか。
 最も気の毒なのは、こんな概念・論理関係の曖昧な人物を師と仰ぎ、<尊敬>しなければならなかった東京大学の憲法学の後裔たちかもしれない。
 二 平等といえば、宮沢俊義・憲法講話(岩波新書、1967)は、ルソー・人間不平等起源論の基本的内容を紹介したのち、こんなことを書いている(以下、p.73)。
 自然状態での人間の平等という主張は大昔には実際にそうだったという意味ではない。「この社会に現に存する不平等は、自然のものではなく、すべて人が作ったものであるから、必要があれば、人が変えることのできるものだ」、との意味だ。
 ルソーに好意的な点も含めて、マルクス主義者ではなくともさすがに昭和戦後の<進歩的>知識人の一員らしい文章だろうか。
 だが、ルソーの原意の詮索はさておき、「この社会に現に存する不平等は、自然のものではなく、すべて人が作ったものである」との上の前提的叙述は正しくはないのではないか。
 体力・知力・種々の能力、さらには容貌等も含めて(容貌はもちろん他の要素も客観的な優劣を決めがたいとしても)、「不平等」は「すべて人が作ったものである」という認識は決定的に誤っているだろう。個々の人間は体力・知力・種々の能力、容貌等について、<生まれながらに>平等であるはずがなく、これらの「すべて」について、後天的に人為的な差違を作られた、などと言える筈がない。

 これらの「すべて」が<生まれながらに>平等な人間ばかりの社会は奇妙で、気持ちが悪いに違いない。オーウェルの描いた1984年の社会管理者にとっては好都合かもしれないが。
 ひょっとして宮沢は
、「この社会に現に存する不平等」という語で<社会的>不平等を意味させているのかもしれない。だが、その場合であっても、体力・知力・種々の能力、容貌等についての<生まれながらの>不平等に起因するとしか考えられない<社会的>不平等=異なる社会的取り扱いもあるわけで、「すべて」の<社会的>不平等の解消が望ましく、かつそれは可能だ旨の叙述は、あまりに単純素朴すぎると思われる。
 東京大学教授が、「この社会に現に存する不平等」=<社会的>不平等は「すべて人が作ったものである」ので「必要があれば、人が変えることのできる」と単純(ほとんど=幼稚)に書いてよかったのだろうか。
 いつか触れたように、平等と「自由」の間には、今日的でもある困難な問題がある。単純素朴に<平等化>を説けたのは戦後の一時期か、純粋な平等主義者、すなわち観念上の存在としての共産主義者に限られるだろう。
 東京大学出身で現京都大学教授の佐伯啓思が引用すると些かの反発も生じないとは言えないだろうが、佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)p.23は、オークショットの保守主義論に言及して、オークショットの「保守的であるとは」のあとの文を、次のように紹介している。
 「自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きて行くことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しようとしないことである」。
 むろん一概に「自己のめぐりあわせに対して淡々と」すべきだとは思えない(理不尽な差別的取扱いや不当な批判・非難もありうる)。怒り、闘うべき場合もあるだろう。だが、第一次的又は基本的な考え様として、「自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しようとしないこと」は大切であり、宮沢と比べて、リアルな認識を背景としているように思える。
 戦後の<平等化>思想、そして<平等>教育は、「自己の身に相応しく生き」ようとしない、あるいは「自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しよう」とする大量の人々を生んだ、と考えられる。
 その結果は何だったのだろう。横並びを善とし、<より上>の人々を妬み、誹る心理の蔓延ではなかったか。政治家・上級官僚は当然にその対象になる。朝日新聞、TBSをはじめとするマスメディアもまた、そのような嫉妬の感情を煽り、記者自身がそのような感情にもとづいて記事を書き、キャスターやコメンテイターがテレビで喋る。
 あるいはまた、具体的な他の誰の<責任>でもなく、場合によっては本人の<責任>かもしれない状況について、<生まれながらの、平等に生きる権利>がある筈ではないのか!、それが保障されていないのは国家・政治・社会が悪い!、と思いこみ、鬱屈した生活を送ったり、鬱憤を晴らすために他人を殺傷したりする者が少なからず出現するに至っている。
 「誰でもよかった」などと言って一般国民・市井の人に刃を向ける者が現れたりしているのは、究極的には悪しき<平等主義>・<平等教育>に原因があるのではないか(つい最近の厚生省元事務次官事件ではなくもっと前の秋葉原事件等を想定して書いている)。
 平等、平等、競争しなくてもみな同じ、という学校教育からこそ、あるいはそれを含む<戦後民主主義>の風潮の中からこそ、現実の社会には生じる、あるいは存在する<不平等>=<格差>に対する、不相応の又は過度の又は方向違いの<不平・不満>が結果として多く生まれ出ているのではないか。一億総嫉妬社会(妬み=ねたみ、嫉み=そねみ)
の出現だ。

0614/佐伯啓思・国家についての考察(2001)p.25-全体主義に対立するのは民主主義よりも保守主義。

 一 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)も佐伯の本の中でじくりと味わうべきものの一つだろう。
 全体の詳細な紹介、要約的言及の余裕はない。
 p.23からの数頁は「保守的であること」との見出しが付いている。そして、「保守的である」という気持ちのもち様、態度についての興味深い叙述があり、こうした「態度の背景」には、「人間の理性的能力への過信に対する防御」、「理性万能主義(設計主義)への深い疑問」等がある、とする。
 今回紹介したいのはその次の辺りの文章だ。佐伯啓思は言う(p.25)。
 ・「保守主義が明瞭に対立するのは社会主義にせよ、ファシズムにせよ、社会全体を管理できるとする全体主義に他ならない」。
 ・「理念としていえば民主主義などよりも保守主義の方が全体主義に対立する」。
 ・上のことは、「保守主義の生みの親とも目されるエドモンド・バーク」がその「保守的思考」を、「ジャコバン独裁をもたらすことになるフランス革命批判から生み出した」ことからも「すぐにわかるだろう」。
 二 宮沢俊義をはじめとする戦後・進歩的知識人のみならず日本国民の多くにも、先の大戦は<民主主義対ファシズム>の闘いであり、理論的・価値的にも優れた?前者が勝利した、という認識又は理解が、空気の如く蔓延した(蔓延しつづけている?)ようでもある。
 だが、既述の如くソ連を「民主主義」陣営の一者と位置づけることは、<人民民主主義>という概念などによってかつては誤魔化すことができたかもしれないが、いまや殆ど笑い話に近いほどに、正しくはない。
 また、ヒトラー独裁・ドイツファシズムが<ワイマール民主主義>の中から<合法的に>出現したことをどう説明するか、という問題もある。なお、<日本軍国主義>体制も(そのようなものがあるとして)法的には合憲的・合法的に成立したといわざるをえないだろう。

 つまり、<民主主義対ファシズム>の闘いだったと先の大戦を把握することは歴史の基本を捏造するものだ。従ってまた、今日までずっと<軍国主義・ファシズムの復活を阻止するために、民主主義を守り・徹底する>という目的を掲げてきている又は何となくそういう図式・イメージをもっている者たちもまた、歴史の基本的なところの理解を誤って国家・社会の動向を観察していることになる。
 「左翼」にとっては、とくに日本共産党員をはじめとするコミュニストにとっては、上の佐伯の叙述のように「社会主義」と「ファシズム」を「全体主義」という概念で包括するのは我慢できないことだろうが、社会「全体」の管理可能性を信じる点で、両者にはやはり共通性がある。
 また、この「全体主義」に対立するのはむしろ「個人主義」又は「自由主義」と言うべきであり、「民主主義」は別の次元の主義・理念だろう。
 そしてまた、フランス革命期における<急進的な(又は直接的)民主主義>(ルソー的「人民主権」論の現実化=「ジャコバン独裁」)を警戒したのは、叙上のように、イギリスの「保守主義」者・バークだった。
 佐伯啓思があえて言及しているように、今日において民主主義、さらにはコミュニズム(社会主義・共産主義)を論じる場合において、フランス革命期の「ジャコバン独裁」(ロベスピエールらによる)をどう評価し、どう理解しておくべきかは、不可欠の論点なのだ、と思う。「人民主権」(プープル主権)論の評価についても同じことがいえる。
 フランス革命や「ジャコバン独裁」・「人民(プープル)主権」論に言及してきたし、これからも言及するだろう理由は、まさに上のことにある。

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