秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

靖国参拝

1238/安倍首相が靖国神社を参拝してなぜいけないのか。

 〇朝日新聞12/27朝刊は「狂い咲き」をしていた。
 安倍首相靖国参拝をうけて「参拝制止を一蹴」が最大の活字での一面橫見出しになるのだから、奇怪な新聞だ。
 毎日新聞も一瞥してみたが、かなり似ている。
 〇日本の首相の靖国神社参拝には種々の論点があることを、あらためて考えさせられる。
 安倍首相が堂々とむろん疚しい心理など一切示さずに発言していたのには感動したが、同首相の同日の「談話」の内容を全面的に支持しはしない。わざわざ談話など出し、また外国語訳して各国に伝えることをしなければならないのは、本来は異常なことだ。
 それよりも、<不戦の誓い>をすることは構わないが、「日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を…」等と述べて戦後日本を全体として肯定的に評価しているようであるのは、安倍本来の<戦後レジームからの脱却>という思想とは少なくとも完全には合致していない、と感じる。ともあれ、それは政治的判断の混じった「談話」だとして、ここではこれ以上は触れない。
 アメリカは自国の都合と利益のために「失望」という声明を出した。これを、朝日や毎日は「援軍」のごとく理解して喜んでいるようだ。このアメリカの立場にも触れないが、靖国神社の祭神となっている(合祀されている)いわゆるA級戦犯を作り出したのは他ならぬアメリカ主導の「東京裁判」であったのだから、<A級戦犯認定=東京裁判>批判との印象が生じる可能性のある靖国神社参拝を、いかに現在の「同盟国」の首相の行為であろうとも、少なくとも素直には支持・応援できないだろうことは不思議ではない。靖国神社参拝は、従って当然に、「反米」的性格または側面をもつに至っている、とも言える。
 〇日本の首相の靖国神社参拝についての種々の論点については、この欄で断片的にせよ何回も言及してきた。論点の所在と簡単なコメントを記しておく。
 第一に、憲法上の「政教分離」に反しないか。12/26朝刊では朝日新聞よりも毎日新聞がこの論点の所在に触れて批判的な記事を書いている。そして、平野武(龍谷大名誉教授)の<首相在任中は避けるべき>との旨のコメントを紹介している。この点にやや立ち入れば、月刊WiLL2014年1月号で加地伸行が、「平野武という人物」が伊勢神宮「遷御の儀」に安倍首相が臨席したことを「政教分離に反し、違憲性があると言う」と紹介したうえで、「平野某は政教分離ということの初歩的な意味も分かっていない」等と批判している(p.18)。平野武にとってみれば、一貫した主張なのかもしれない。なお、社民党・福島瑞穂も今回の靖国参拝を「政教分離」違反だと主張したらしい。
 だが、この欄でも述べたことがあるが、「政教分離」違反であるならば、A級戦犯合祀問題以前の憲法問題であり、吉田茂も佐藤栄作も中曽根康弘も小泉純一郎も憲法違反の行為をしてきたことになる。
 毎日新聞はこれまでの首相靖国参拝のそのつど、「政教分離」違反または疑いという報道・主張をし続けてきたのだろうか。今回に限って、またはA級戦犯合祀以降に限って「政教分離」違反という論点を持ち出すのは、論理的には成り立ちえないことだ。
 それに何より、毎年正月の4日あたりに首相が伊勢神宮に参拝することはほとんど「恒例」になっているが、伊勢神宮もまた戦後は神道という宗教の一施設であるところ、毎日新聞は(朝日新聞も)何ら問題にしてきていないのではないか。そのくせ、靖国神社についてだけ「政教分離」違反問題を持ち出すのは論理的に完全に破綻している。なお第一に、社民党が民主党と連立政権を組んで福島瑞穂が大臣だったときもあったかと思うが、民主党の鳩山由紀夫も菅直人も野田佳彦も首相として伊勢神宮参拝をしたはずだ。民主党・社民党連立政権時代、福島瑞穂は、伊勢神宮正月参拝に反対する旨を大々的に主張したのか? 第二に、上記の加地伸行の文章によれば、平野武は首相の伊勢神宮正月参拝は(少なくとも明示的には)問題にしていないらしい(p.19)。学問的に一貫させるつもりならば、首相の伊勢神宮正月参拝を「違憲」視する大?論文を書くべきだろう。
 大きな第二に、靖国神社は首相が参拝すべきではない「死者」が祭神として祀られているか。これが最大の問題だが、いくつかの基本的論点やさらに細かな論点に分岐していく。
 朝日新聞の東岡徹は12/27朝刊で「侵略された中国や、植民地支配を受けた韓国の人々には、靖国神社への嫌悪感が強い」とあっさりと書いている。先の戦争は中国「侵略」戦争で、当時は韓国を「植民地支配」していたということを当然のごとく前提にしている。そのような<悪業>をした指導者たちは断罪されるべきであり(だからこそ「A級戦犯」であり)、彼らを合祀する靖国神社参拝はすべきではない、という理屈のようだ。
 上の前提自体に、少なくとも論じられるべき余地がなおある。1+1=2のごとき当然の前提にしてはならない。前者にも大きな疑問があるが、後者の「植民地支配」という概念の使用にも私は疑問をもっている。ドイツ(・ナチス)の侵攻によるチェコ、ポーランド、バルト三国等の支配は「植民地支配」だったのか。同様に朝鮮(大韓帝国)についても「合邦」か少なくとも日本の事実上の施政権の地域的対象の拡大であって、決して「植民地」として支配したわけではないのではないか。この問題はこの欄でまだ言及したことがない、かねてより有してはいた関心事項だ。
 さてここでの基本的な第一の論点だが、かりに日本がかつて「侵略」や「植民地支配」をしていたとして、その当時の(といっても時期により異なるが)日本の政治指導者たちの「責任」はどのように問われるべきなのか。
 上の「政治指導者たち」という言葉の範囲は不明確だ。「東京裁判」法廷は「平和に対する罪」という新奇の犯罪概念を作り出し、<A級>戦犯という犯罪者として刑罰を下した(ということになっている)。
 ここでむろん、「東京裁判」なるものの合法性・正当性、そして具体的な<A級>戦犯者の範囲の特定の正確さ・合理性・適切さ、という別の第二の論点も出てくる。そしてまた、なぜ特定の25名が<A級>戦犯被告として判決をうけ、なぜそのうち7名は「死刑」だったのか?も論点になりうる。 <A級戦犯合祀の神社参拝はけしからん>と主張する者は、「死刑」ではなくのちに死亡した者も含む被合祀者14名(のようだ)のそれぞれの「罪状」をきちんと語り、説明できなければならない。
 「東京裁判」あるいは実質的にはアメリカまたはGHQ任せで「侵略」・「植民地支配」の指導者の範囲を画定してしまうのは、他人・他国任せのじつに無責任なことではないのか。
 なお、7名の死刑が執行されたのは、1948年12/23で今上天皇(当時、皇太子)の誕生日で、むろん偶然ではない(起訴は4/29で昭和天皇の誕生日)。
 基本的な第三に、絞首刑にあった者は生き返らないが、それ以外の者は「終身(無期)刑」を受けた者も日本の再独立後(主権回復後)には関係各国の同意を得て解放され、政治家として活躍した者もいる。そしてその前提として、もはや「犯罪者」扱いはしない旨の国会決議までなされている。そのうえで、「B・C級戦犯」としての刑死者の遺族に対しても遺族年金が給付されている。「A級戦犯」だった者も、犯罪者扱いしてはいけない、と言うことができる。死刑と終身刑の区別が正確にまたは厳格になされたとはとても思われず、終身刑だった賀屋興宣がのちに大臣になったことを考えると、「A級戦犯」としての刑死者(法務死者、昭和殉難者といいうらしい)は、死刑判決でさえなければ、政治家等としてのちの人生を全うできたかもしれない。
 要するに、日本人は「A級戦犯」者をもはや犯罪者として扱ってはいけないのではないか、という論点がある。朝日や毎日は「A級戦犯」合祀を問題にはしても、そしてこれにかかわる昭和天皇の発言らしきものを「政治利用」しつつも、上記の国会決議等のその後の法律レベルの問題にはまったく言及していない。不正確で、不当な記事づくりではないか。
 これに関連して第四に、サンフランシスコ講和条約で主権回復に際して日本が東京裁判の「諸判決を受け容れ」た、ということの意味が論点になりうる。この欄で触れたことがせあるが、民主党の岡田克也が国会・委員会で条約と法律とはどちらが上位かと質問して、サ講和条約(の理解)に日本はその後ずっと拘束されるのではないか旨を主張した論点だ。
 「裁判」と訳そうと「諸判決」と訳そうと本質的な違いはない(渡部昇一の言説は的を射ていない)。この点は、この欄で紹介したが、稲田朋美は私と同旨のことを記していた。
 この問題は、あるいはサ講和条約の当該条文の意味は、終身刑判決を受けた者や期限のきていない有期刑者は、「諸判決」どおりにきちんと執行する(そうしない場合は関係各国と協議し同意を得て解放する、という趣旨を含む)、という趣旨だ、と解釈して差し支えないと考えている。つまり、日本を当事者とする先の戦争が「侵略」戦争だった等の「東京裁判」の基礎にある考え方または歴史認識まで受容したわけではない、と私は理解している。
 とりあえず思い浮かぶのが、以上のような大きな論点、基本的な論点だ。
 A級戦犯も合祀されている靖国神社を日本の首相は参拝すべきではない、という主張の前提にある、A級戦犯=「犯罪者」=「悪い」政治指導者=「侵略」・「植民地支配」をした「悪者=犯罪者」、という理解は、それぞれの等号=同一視の段階で、きちんと吟味すべきではないのか、とりわけ日本の報道機関は。中華人民共和国や大韓民国の「御用新聞」(・ご注進機関)でないかぎりは。
 その他、「村山談話」などというややこしいが大きな論点もあったが、今回はこれくらいで。

1237/資料・史料-靖国神社参拝後の安倍晋三内閣総理大臣談話。

資料・史料
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 靖国神社参拝・安倍晋三内閣総理大臣談話
    平成25年(2013年)12月26日

 本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました。
 御英霊に対して手を合わせながら、現在、日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。
 今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子供たちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。
 今日は、そのことを改めて思いを致し、心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。
 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました。
 同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。
 日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。
 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。
 靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。
 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。
 国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
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1236/安倍晋三内閣総理大臣靖国神社参拝。

 12/26の正午すぎに安倍首相の靖国参拝のテレビ報道があり、予期していなかったので驚くとともに、安倍首相の参拝後のインタビュ-回答を聞いていて、思わず涙がこぼれた。
 当然のことが当然のように行われ、当然のことが語られている。
 欺瞞と偽善に満ちた報道、発言や声明類に接することが多いだけに、久しぶりに清々しい気分になった。
 日本共産党・志位和夫は「侵略戦争を肯定、美化する立場に自らを置くことを、世界に宣言することにほかならない。第二次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦であり、断じて許すわけにはいかない」とコメントしたらしい。①誰が先の戦争を「侵略」戦争だったと決めたのか、②万が一そうだったとして戦没者を慰霊することが、なぜそれを「肯定、美化する」ことになるのか、③いわゆるA級戦犯が合祀されていることを問題にしているとすれば、そのいわゆるA級戦犯とはいったい誰が決めたのか、いわゆるA級戦犯合祀が問題ならばB級戦犯、C級戦犯であればよいのか、④「第二次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦」とは最近中国政府・中国共産党幹部が日本についてよく使う表現で(かつての仲間ではないかと米国をゆさぶる発言でもある)、日本共産党の親中国信情を示している、⑤戦没者への尊崇・慰霊行為が「戦後の国際秩序に対する挑戦」とは、何を血迷っているのだろう。神道式の参拝だが、もともと「死者」の追悼なるものに重きを置かない唯物論者に、「死者への尊崇」とか「慰霊」とかの意味が理解できるはずがない。日本の「カミ」ではなく、インタ-ナショナルな?<共産主義>を崇拝し続ければよいだろう。
 社民党・福島瑞穂は「アジアの国々との関係を極めて悪化させる。国益に明確に反している。強く抗議したい」とコメントしたらしい。NHKもさっそく中国・韓国政府の反応を丁寧に報道していたが、「アジアの国々」というのは大ウソ。タイ、カンボジア、マレ-シア、インド等々、西部のトルコまで含めなくとも、アジア諸国の中で内政干渉的または信仰の自由侵害的にいちゃもんをつけているのは中国、韓国(・北朝鮮)といういわゆる「特定アジア諸国」だけ。ウソをついてはいけない。あるいはひょっとして、福島にとっては、アジアとは中国・韓国(・北朝鮮)と日本だけから成り立っているのだうろか。
 ところで、特定秘密保護法に反対した大学教授たち、ジャ-ナリスト、映画人等々の多くは、例えばかつての有事立法反対運動にも参画していた人々で、先の戦争は「侵略戦争」で、日本は「悪いことをした」と、信じ込み、思い込んでいる人たちだろう。そして、かつての「悪」を繰り返させるな、<戦争をしたい保守・反動勢力>が「軍靴の音」を響かせつつあるので、戦後<平和主義>を守るためにも、保守・反動の先頭にいる安倍晋三(・自民党)をできるだけ早く首相の座から下ろさなければならない、と考えているのだろう。
 このような<基本設定・初期設定>自体が間違っている。
 先の戦争は民主主義対ファシズムの戦争で、日本は後者の側に立って「侵略戦争」をした、という歴史の認識は、戦後・とくに占領下において勝者の側・とくに米国(・GHQ)が報道規制・特定の報道の「奨励」、あるいは間接的に日本人教師が行う学校教育等を通じて日本人に事実上「押しつけた」ものであり、正しい「歴史」認識または把握であったかは大いに問題になる。ソ連や米国の戦時中の資料がまだすべて公開されていないので、今後により詳細な事実・真実が明らかになっていく可能性があるだろう。
 先の戦争はソ連共産党・コミンテルンと米国内にいたコミュニストたち(コミンテルンのスパイを含む)により影響を受けたル-ズベルト大統領がまともに国内を支配できていなかった(分裂していた)中国よりも日本を攻撃して潰しておくことがそれぞれ(ソ連・アメリカ)の国益に合致していると判断しての<日本攻撃・日本いじめ>だった可能性は十分にある。ソ連は日本敗戦後の日本での「共産革命」(コミュニスト・共産党中心の政権樹立。それが民主主義(ブルジョア)革命か社会主義革命かの理論的問題よりもコミュニストに権力を奪取させることが重要だった)を画策していたに違いない。
 毛沢東の中国共産党の拡大と1949年の政権奪取(中国人民共和国の成立)を予想できなかったアメリカにも大きな判断ミスがあった。こともあろうに日本よりもスタ-リンの「共産」ソ連と一時期は手を結んだのだから大きな歴史的誤りを冒したことは間違いない。ようやく対ソ連措置の必要を感じて、ソ連参戦の前にアメリカ主導で日本を敗戦させたかったのだと思うが、それは原爆製造とその「実験」成功によって対ソ連で戦後も優位に立つことが前提でなければならなかった(吉永小百合のように日本の二都市への原爆投下は終戦を遅らせた日本政府に第一次的責任があるかのごとき文章を書いている者もあるが、間違っている)。
 先の戦争について連合国側に全面的に「正義」があったなどと日本人まで考えてしまうのは-戦後の「洗脳」教育のためにやむをえないところはあるが-じつに尾かなことだ。
 大学教授、ジャ-ナリスト、映画人といえば、平均的な日本国民よりは少しは「賢い」のではなかろうか。そうだとすれば、自らの歴史の把握の仕方の基本設定・初期設定自体を疑ってみる必要がある。少なくとも、異なる考え方も十分に成り立つ、という程度のことは「賢い」人ならば理解できるはずだと思われる(但し、例えば50歳以上の日本共産党員または強い日本共産党シンパは、気の毒ながら今からではもう遅いかもしれない)。
 先の戦争についての(付随的に南京「大虐殺」問題、「百人斬り競争」問題、朝鮮「植民地支配」諸問題等々についての)理解が、今日まで、首相の靖国参拝問題を含む諸問題についての国内の議論の基本的な対立を生んできた、と考えられる。靖国参拝問題は戦後の「中国共産党王朝」成立以来一貫して問題されてきたわけではなく1980代になってからなのだが、しかし、日本や韓国(・北朝鮮)がかつての日本の「戦争責任」、という<歴史カ-ト゜>を使っているので、先の戦争についての正しい理解はやはり不可欠になる。
 繰り返すが、民主主義対ファシズム(・軍国主義)という単純二項対立、暗黒だった戦前と<平和と民主主義>国に再生した戦後という単純二項対立等による理解や思考は間違っている。戦前はいわれるほどに暗黒ではなかったし、戦後はいわれるほどに立派な国歌・社会になったわけではない。むしろ、<腐った個人主義>や日本の伝統無視の<政教分離>等々による弊害ははなはだしい、ともいえる。例えば、親の「個人尊重」のゆえの「子殺し」も少なからず見られ、珍しいことではなくなった。こうした各論に今後もつぶやいていこう。

1194/8月15日と靖国神社参拝と戦争と。

 〇田母神俊雄と都内某所でたまたま遭遇して、わずかの会話までしてしまってから、二年が経った。そのときと違って、民主党「左翼」政権下のもとで生きてはいないのは、元に戻ったに、異常から普通に戻ったにすぎないが、とりあえず慶ばしいことだ。
 〇朝日放送の8/15の朝番組で、浦川泰幸というキャスタ-が、首相靖国参拝問題で面妖な「偏った」ことを述べていた。
 ・局が用意したフリップに、「中曽根首相、初の公式参拝」(たぶん1983年か1985年)とあった。はて、中曽根が公式参拝を初めてした? 吉田茂をはじめとして歴代の首相は小泉純一郎まで靖国神社を参拝してきた。三木武夫が質問に対して「私人として」などと答えたためにややこしくなったようだが、それ以前の首相参拝は公式か否かすら問題とされない、しかし「公式」のものだったはずだ。テレビ朝日は歴史を捏造しているのではないか。
 ・浦川泰幸は、首相参拝問題を「世界が注目」していると述べたが、実際に挙げた国名は中国・韓国・米国だけだった。テレビ朝日が「世界」というとき、この三国のみを指す、というので一貫させるならば、テレビ朝日はその旨をきちんと公告し、どの番組でも一貫させてほしいものだ。
 ・浦川泰幸は、「A級戦犯合祀」を明らかに問題視し、合祀時点(1978年のようだ)の靖国神社宮司は旧陸軍出身者だと明言し、だからこそ合祀に踏み切ったということを含意させた。はて1978年時点の宮司の経歴についてはほとんど報道されていないようだが、浦川の発言内容は正しいのか、どなたか確かめてほしい。またそもそも、だからどうなのだ、と浦川とテレビ朝日には言わねばならない。
 ・「A級戦犯」は戦争「指導者」だから戦争に動員されただけの者と区別するのは当然である旨を前提とする発言をしていた(だからこそ中国等が問題視している旨を言っていた)。
 浦川泰幸朝日放送に問い質したい。「指導者」か否かはどういう基準で決めるのか? 「A級戦犯」と決めたのは日本人でも日本政府でもなく東京裁判法廷だが、GHQの広義の指揮下の裁判官たちの選別が正しいとする根拠は何か?

 「A級戦犯」ではない「B・C級戦犯」のうちの刑死者の中には「指導者」はいなかったのか?

 そもそも合祀されているのは「戦死者(いわゆる法務死を含む)」に限られている。「A級戦犯」の責任を追及したいならば、死刑にならなかった「A級戦犯」者の責任も問題とすべきだが、テレビ朝日は、そして親会社の朝日新聞社は、賀屋興宣等の禁固刑者でのちに犯罪者扱いされなくなった者たちの責任を一貫して問題にしてきたのか。
 また、「A級戦犯」という分類は罪名による区別であり「指導者」か否かとは本来は関係がない。浦川泰幸らしき男は、このことくらいわきまえて発言しているのか。
 ・浦川泰幸は、戦争被害者は、軍人だけではなく一般国民もそうだ、後者も含めて慰霊されるべきと、一瞬はまともらしき感じもする見解を述べた。だが、一般国民と、公務・職務の結果として又は遂行中に「戦死」した者とは、やはり区別されてしかるべきだ。あるいは、区別して慰霊するだけの十分な根拠がある。このことくらいを理解できないほどに浦川泰幸は、およびそれを使っている朝日放送は、バカなのだろう。

 〇先月のいつかに(7/17かもしれない)、NHKの9時からのニュ-スで大越健介は、「風立ちぬ」の作者・宮崎駿に対して、「戦争美化という印象(・声)もありますが、そうではないですよね」とわざわざ質問した。
 そのときに感じたのは、次のようなことだった。
 大越健介は、日本には「戦争を賛美・美化」する人々や勢力がある、という理解を(単純・幼稚に)前提としている。ひょっとすれば現安倍晋三首相もその傍らにいると思っているのかもしれない。

 だが、「戦争を賛美(・美化)」とはいったいどう意味なのか? 一般論として、戦争一般を「望ましい」・「美化されるべき」ものと思っている者は全くかほとんど存在しないだろう。そうすると、大越のいう「戦争」とは先の戦争、太平洋戦争とか大東亜戦争とか言われるものを指しているのだろうが、はたしてそれを(日本の行動を)100%「美化」している人々はどれほどいるのだろうか。コミンテルンとそのスパイたちによって誘導された、引きこまれた戦争だったという見方もある。
 大越はもはや古びた「戦争美化」という言葉を今日もなお使っているとしか思えない。彼の歴史意識・歴史認識およびこれをめぐる議論についての知識はNHKに入局したときからほとんど進化していないのではないか。このような人物が9時からのニュ-スのメイン・キャスタ-だ。NHKの<底の浅い>、「何となく左翼ぶり」を十分に感じさせる配置になっている。

  *8/15時点で<テレビ朝日直樹>と記していたが、のちに<朝日放送の浦川泰幸>が正しいことが分かったので、異例だが、あとで改めた(8/29記)。

1193/歴史戦争・歴史認識・歴史問題-中西輝政論考の一部。

 中西輝政のものを読んでいたら、引用して紹介したい部分が随所にある。すべてをという手間をかける暇はないので、一部のみを、資料的にでも引用しておく。

 〇阿比留瑠比との対談「米中韓『歴史リンケ-ジ』の何故?」歴史通7月号(ワック)p.36、p.41

 「いまやマルクス主義や共産主義を真面目に信じている人はいなくなりましたが、敗北した戦後左翼の人々の社会に対する怨念、破壊衝動は残っています。日本国内で長い間社会主義に憧れてきた人たちは、突然社会主義が崩壊してしまったのを見て、日本を攻撃するタ-ゲットを『侵略戦争』すなわち、歴史認識問題へと移しました」。「国際的なリアリズムを踏まえたうえで、歴史問題を考えなければいけません。全ての元凶はどこにあるのか。それは憲法九条です憲法九条さえ改正できれば、歴史問題を持ち出されても対応できるでしょう。憲法改正、歴史談話、靖国参拝の三つで賢く敵を押し返さねばなりません」。

 基本的趣旨に賛成だから引用した。以下はとるに足らないコメント-1.「マルクス主義や共産主義を真面目に信じている人はいなくな」ったのかどうか。生活のため又は惰性ではない日本共産党員もいるのでは。2.「戦後左翼」は「敗北」したと思っているだろうか。3.「突然社会主義が崩壊してしまった」のはソ連・東欧で、中国・北朝鮮はなお「社会主義」国の一つではあるまいか、他の要素・側面が混じっているとしても。4.「憲法九条」は「憲法九条2項」としてほしい。

1172/中韓御用新聞・朝日。

 朝日新聞4/26社説がやはり奇妙なことを書いている。
 「靖国と政治―静かな参拝のためには」と題して、「閣僚や国会議員が大挙して参拝」したことが遺族や国民の「静かな参拝」の場を奪ったと論難している。
 だが、中学生でも容易に分かる論理だと思うが、「閣僚や国会議員が大挙して参拝」したことではなく、「近隣国」がそれにそれに「反発」したことが「静かな参拝」ではなくした最大の原因なのではないか。あるいは少なくとも、静かではない<騒ぎ>は、双方に原因がある、と見るのが<公平な>評価なのではないか。そうした論理的可能性をまったく無視しているのが、さすがに、日本(とくに朝日新聞のいう「右派」)を悪者扱いし、中国・韓国の<騒ぎ立て>についてはそれを当然と考えているらしき、「左翼」・中韓御用新聞である朝日新聞だ。
 その他、いくつかの主張・叙述にも疑問がある。
 朝日新聞社説は「参拝して近隣国の反発を招いた…」とか過去のことを書いているが、反発をしているのは今回も含めて中国・韓国・北朝鮮であり、かつて日本軍が「侵攻」したフィリピン、ベトナム、タイ、マレ-シア、インドネシア等(の政府)が「反発」したとは聞いたことがない。
 あらためて書くのもバカバカしいが、中国・韓国・北朝鮮の三国を「近隣」諸国等とか称して、アジア全体あるいは世界全体であるかのごとき印象を与えようとしているのは、一種の詐術だ。中国・韓国・北朝鮮の三国「だけが」と正確に書きたまえ。
 つぎに、この社説は「戦前」という語を何度か使っているが、その「戦前」とは明治期を含むものか、昭和の「戦前」に限っているのか判然としない。前者の明治維新以降すべてを含んでいるように解されるものもあれば、昭和に限っているように解されるものもある。「歴史」を語るなら、いま少し正確または厳密な説明をしたうえで「戦前」を語りたまえ。
 「戦前の歴史を正当化」することを非難し、「私たちは社説で、首相や閣僚の靖国参拝に反対してきた。日本が過去の過ちを忘れ、こうした歴史観を後押ししていると国際社会から受け止められかねないからである」とヌケヌケと、あるいは堂々と書いてもいる。こんな新聞が日本国内にあるから、中国・韓国・北朝鮮の三国も安心して<騒ぎ立て>ることができるのだ。あるいは、朝日新聞等が<騒ぎ立て>ることによって、三国の<騒ぎ>を大きくしているのだ。

 さらに、「首相や閣僚による公式参拝は、憲法の政教分離の規定からみても疑義がある」と書いている。

 この欄で再三指摘したことだが、それならば、1月4日ころに民主党政権の首相も行った、そして今年は安倍首相が行った、伊勢神宮参拝も「憲法の政教分離の規定からみて…疑義がある」ことになるはずだ。正月の首相・閣僚の神道・伊勢神宮参拝を批判しないでおいて、神道・靖国神社参拝は「憲法の政教分離の規定からみても疑義がある」とは、よくぞ言えたものだ。バカバカしい。いずれにせよ、朝日新聞社説子の頭の程度はこんなものだとあらためて確認し、まだなお多くの国民がこの新聞を読んでいることに戦慄を覚えざるをえない。

 なお、「静かな参拝」が妨げられたのか自体についても疑問とする余地があるだろう。そのように感じているのは、朝日新聞社説子等の特定「左翼」分子だけである可能性がある。

1125/西尾幹二が「『気分左翼』による『間接的な言論統制』」を語る。

 西尾幹二全集第2巻(国書刊行会、2012)に所収の「『素心』の思想家・福田恆存の哲学」は2004年の福田恆存没後10年記念シンポでの講演が元になっているようで、月刊諸君!2005年2月号(文藝春秋)に発表されている。全集の二段組みで48頁もあるので(p.359-406)、本当に月刊雑誌一回に掲載されたのかと疑いたくなるような長さ・大作だ。
 内容はもちろん福田恆存に関係しているが、西尾幹二の当時の世相の見方等を示していて相当に興味深い。講演からは8年ほど経っているが、今日でもほとんど変わっていないのではないか。
 6頁め(p.364)にある「『気分左翼』による『間接的な言論統制』」という節見出しが、目につく。「間接的な言論統制」には「ソフト・ファシズム」というルビが振られている。「気分左翼」も「間接的な言論統制」も、福田恆存かかつて使った語のようだ。
 なぜ目を惹いたかというと、私は「何となく左翼」という語をこの欄でも使ったことがあるし、田母神俊雄の「日本は侵略国家ではない」論文に対する政府(当時は自民党政権)や<保守>論壇の一部にすらよる冷たい仕打ちに対して<左翼ファシズム>の成立を感じ、この欄でもその旨を書いたからだ。
 「何となく左翼」(意識・自覚はしなくとも「左翼」気分のメディアや人々)による「左翼」的全体主義がかなり形成されているのは間違いないと思われる。
 メディア・世間一般ではなく、特定の学界・学問研究分野では、より牢固たる「ファシズム」、<特定のイデオロギーによる支配>がほぼ成立しているのではないかとすら思われる(日本近現代史学、社会学、教育学、憲法学等)。
 さて、西尾幹二の叙述(福田恆存ではなく西尾自身の文章)を以下に要約的に紹介しておく。
 ・昭和40年の福田恆存「知識人の政治的言動」は「現在ただいまの日本を論じているに等しい」。「今の日本を覆っているのはまさに思想以前の気分左翼、感傷派左翼、左翼リベラリズムと称するもののソフトファシズムのムード」だ。「政府、官公庁、地方自治体、NHK、朝日、毎日、日経、共同通信、民放テレビ等を覆い尽くしているもの」がある。福田恆存にいう「間接的な言論統制」だ(p.366)。
 ・「真綿で首を絞められるような怪しげなマスコミの状況に今われわれ」はいる。それは「平和というタブー」に由来し、「最初はアメリカが日本全土に懸けた呪いであり、やがて革新派が親米的政権に同じ呪いをかけて身動きできなく」なった。これが「今の日本の姿」で、「呪いは全国を覆い尽くして」いる(同上)。
 ・2004年には経済界の一部が首相に靖国参拝中止を言いだし、「共産国家の言いなりになるように資本家が圧力をかけている」。NHKは1992年頃まで「政治的撃論の可能なメディア」だったが、今や「衛生無害」の「間接的な言論統制」機関になっている。文部省はかつては「保守の牙城」だったが、いつしか「次官以下の人事配置においても日教組系に占められ、”薄められたマルクス主義”の牙城」になっている(同上)。
 ・「男女に性差はないなどという非科学的奇論、ジェンダーフリーの妄想が…官僚機構の中枢に潜りこ」み、地方自治体に指令が飛び、「あちこちの地方自治体で、同性愛者、両性具有者を基準に正常な一般市民の権利を制限する」という「椿事」が、「従順な地方自治体の役人の手で次々と条例化されて」いる。「全国的な児童生徒の学力の急速な低落は、過激な性教育と無関係だとはとうてい言えない」だろう(同上)。
 ・「官庁の中心が左翼革命勢力に占領」されるという事態を福田恆存は予言しており、福田が新聞批判を開始した頃から「日本は恐らくだんだんおかしくなり」、福田の予言の「最も不吉な告知が、今日正鵠を射て当たり始めているのではないか」(p.367)。
 以上。もう少し、次回に続けよう。 

0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。

 月刊ヴォイス9月号(PHP)の鳩山由紀夫「私の政治哲学」(p.132-)によると、彼のいう「友愛」は、フランス革命のスローガン中の「博愛」=フラタニティ(fraternite)のことのようだ。言葉だけ似ていて別物かと思っていたら、本人がそう書いている。
 その祖父・鳩山一郎がクーデカホフ・カレルギーの『全体主義国家対人間』を訳したときに(邦題は『自由と人生』)、「フラタニティ」を「友愛」としたらしい。
 鳩山由紀夫も共鳴・共感しているらしいカレルギーの本によると「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招く」。そして、カレルギーの本は反ヒトラー・反スターリンという、「左右の全体主義との激しい戦いを支える戦闘の理論だった」と由紀夫は書いている。
 この「友愛」主義を現代日本にあてはめると、基本的には「市場至上主義」ではない「共生の経済社会の建設」になる。より具体的な政策レベルでは、第一に「地域主権国家」の確立、第二に、「『東アジア共同体』の創造」だ、と述べられる。
 「左右の全体主義」の排斥は結構なことだ。だが、こう言うとき、鳩山由紀夫は、「右」のそれとして、安倍晋三平沼赳夫らを(あるいは「靖国」参拝政治家・国民を)イメージしているのではないか。
 「左の全体主義」とも戦うとすればぎりぎり容認されるのは社民党までで、日本共産党や中国共産党とは対立しなければならないはずだが、はたして中国「社会主義」を鳩山はどう見ているのか。鳩山は「中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたい」(p.140)とか書いてはいるが、「『東アジア共同体』の創造」を現時点から国家目標として掲げ(p.139)、「各国の過剰なナショナリズムを克服し、経済協力と安全保障のルールを創り上げ…」と言うとき、彼の立場はかなり「左」にあり、「共生」と「東アジア共同体」の背後に中国「社会主義」は退いて、「左の全体主義」には相当に甘いようだ。
 もともと鳩山のみの意向で政権が運営されるわけはなく、民主党の中には明瞭な親中国派、親「社会主義」派もいることが留意される必要がある。
 そして、サピオ9/09号(小学館)の巻頭の大原康男「ますます遠くなった首相の靖国神社参拝を憂う」から借りると、民主党現幹事長・岡田克也は、結果的・客観的には中国の主張に応じて「A級戦犯が祀られている限り、日本の首相は参拝に行くべきではない」と明言し(鳩山が同旨のことから別の国立追悼施設設置を主張していることは別の回でも言及した)、<チベット、新疆ウィグル問題>については「中国国内の事柄」で「中国の内政に干渉すべきではない」と明言した、という。
 A級戦犯「合祀を理由とする参拝反対は中国からの内政干渉が発端であるにもかかわらず、…たび重なる残虐な・非道な少数民族迫害・弾圧には内政不干渉の美名の下に容認」している(大原、p.3)わけだ。
 こうして見ると、鳩山由紀夫の二つ又は左右の「全体主義」との戦いという「友愛」主義も、嘘くさい。この人物も、戦後<民主主義・個人主義・自由主義>の優等生で、究極的には、右翼「ファシズム」よりも<左翼全体主義>=社会主義・コミュニズムを選択しそうな、つまり「容共」の考え方・意識の持ち主なのではないか。そして、それはもともとの祖父やクーデカホフ・カレルギーの考え方・意識からは離反しているのではないか。
 (なお、誰かがどこかで書いていたように、民主党政権ができるとすれば、それは<戦後レジーム維持>派の大勝利なのだ。)
 サピオ9/09号に上で言及したが、同号の小林よしのりの連載の最後の頁の欄外上には、「民主党は政権をとったら靖国神社に代わる新たな『国立追悼施設の建設』を本格化させ、『外国人参政権』『非核三原則の法制化』も実現させるつもりだ。……左翼全体主義の時代が近づいている」とある。
 鳩山政権が「左右の全体主義との激しい戦い」をするとは信じられず、むしろ「左翼全体主義」へ接近するように見える。ちなみに、「左翼全体主義(左翼ファシズム)」とは、昨秋の所謂田母神俊雄論文後の政治・社会状況を見て、私が(も)使った概念だった。
  

0798/資料・史料-2005.03.27朝日新聞・若宮啓文<風考計>コラム/いっそ竹島を。

 資料・史料-2005.03.27朝日新聞・若宮啓文<風考計>コラム
 平成17年3月27日

 
//竹島と独島-これを「友情島」に…の夢想
 それは、嵐の中に飛び込むようなものだった。島根県が「竹島の日」条例を定めて間もない18日、日本批判が燃えさかる韓国を訪れたのだ。
 大先輩にあたる韓国のジャーナリスト・権五琦(クォン・オギ)さんとの対談で作った『韓国と日本国』(朝日新聞社刊)が韓国語になって出版され、この日にソウルで記念の催しが行われた。そこに降ってわいたのがこの問題だった。
 日の丸が焼かれる。抗議のために指を詰める。「日本人お断り」のゴルフ場が現れる。「竹島の日」に対抗して「対馬の日」を定めようとの自治体まで出てくる。韓国政府は「断固対処」の対日新原則を発表し、やがて盧武鉉大統領は「外交戦争」と言い出す。出版会こそ無事に終わったものの、私の心は晴れないままだ。
     ◇
 いつか見た光景が目にだぶる。
 日本の高校の歴史教科書が「歪曲(わいきょく)」だと問題になり、「反日」旋風が吹き荒れたのは、私がソウルで留学生活を送っていた82年のことだ。新聞もテレビも「日本はけしからん」で明け暮れ、韓国政府は強硬姿勢を譲らない。「克日」の言葉が生まれ、国民の募金で独立記念館ができた。
 だが、あれから23年。サッカーW杯の共催を経て、空前の韓流ブームの中にいる。今年は「日韓友情年」と呼ばれ、NHKの「のど自慢」も6月にソウルで開かれる。『韓国と日本国』では権さんと率直な自国批判を語りあったが、大きな時代の変化を実感すればこそだった。それなのに、これは一体どういうことか。私も大きな戸惑いを禁じ得ない。
     ◇
 韓国が独島と呼ぶこの島に、こだわりが強いのは知っていた。だが、これほどの熱狂を招くとは。いささかあきれながらも、今回思い知ったのは島に寄せる彼らの深い情念だった。
 明治政府が竹島を日本のものとして島根県に編入したのは1905年2月。その秋に韓国が日本に強要されて保護国となり、5年後に併合されてしまう。だから、韓国にとって竹島編入は植民地支配への第一歩と映るのだが、裏を返せば、戦後に韓国が強行した竹島占拠は、植民地解放の象徴ということになる。
 いや、日本が自国領と主張する島の岩肌に「韓国領」と大書し、40人の警備隊員がこれ見よがしに駐留する姿を見ると、ひょっとして、どこかで植民地支配への報復気分を味わっているのかもしれない。日本が独立運動を容赦なく弾圧したように、彼らも「竹島奪還」の動きには過敏に鉄槌(てっつい)を加える。それが今度の騒ぎだといえば、意地が悪すぎようか。
     ◇
 それにしても、にわかに広がった日韓の深い溝は、両国の関係にとどまらない深刻さをはらんでいる。
 まず、北朝鮮との関係だ。核と拉致で「日朝」が最悪になっている折、「日韓」の好転ぶりが救いだと思っていたのに、これでは下手をすると民族と民族の対立になりかねない。
 朝鮮戦争を仕掛けられ、悲惨なテロの犠牲にもなってきたはずの韓国なのに、いまは北朝鮮に寛大だ。むしろ、拉致問題で強硬論があふれる日本に対して「日本支配時代に数千、数万倍の苦痛を受けた我が国民の怒りを理解しなければ」と盧大統領が注文をつけるのは、南北を超えて同じ血が流れているからに違いない。
 これでは北朝鮮への包囲網どころではない。韓国にも冷静に考えてほしいところだが、日本にはいまも植民地時代の反省を忘れた議論が横行する。それが韓国を刺激し、竹島条例への誤解まであおるという不幸な構図だ。
     ◇
 さらに目を広げれば、日本は周辺国と摩擦ばかりを抱えている。
 中国との間では首相の靖国神社参拝がノドに刺さったトゲだし、尖閣諸島や排他的経済水域の争いも厄介だ。領土争いなら、北方四島がロシアに奪われたまま交渉は一向に進まない。そこに竹島だ。あっちもこっちも、何とまあ「戦線」の広いことか。
 そこで思うのは、せめて日韓をがっちり固められないかということだ。
 例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。
 見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ。周辺の漁業権を将来にわたって日本に認めることを約束、ほかの領土問題では日本を全面的に支持する。FTA交渉も一気にまとめ、日韓連携に弾みをつける――。
 島を放棄と言えば「国賊」批判が目に浮かぶが、いくら威勢がよくても戦争できるわけでなく、島を取り返せる見込みはない。もともと漁業のほかに価値が乏しい無人島だ。元住民が返還を悲願とする北方四島や、戦略価値が高い尖閣諸島とは違う。
 やがて「併合100年」の節目がくる。ここで仰天の度量を見せ、損して得をとる策はないものか。いやいや、そんな芸当のできる国でなし、だからこれは夢想に過ぎないのである。//

 ふたことコメント-①「例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。/見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ」と書いた有名なコラム。②「日本にはいまも植民地時代の反省を忘れた議論が横行する。それが韓国を刺激し、…」とのさりげない?叙述が無条件で語られていることにも注意。

0781/資料・史料-2006.08.04「首相靖国参拝」朝日新聞社説。

 資料・史料-2006.08.04「首相靖国参拝」朝日新聞社説

 平成18年8月4日//朝日新聞社説
 
靖国参拝 嘆かわしい首相の論法
 靖国神社参拝にこだわり続けた5年間の、小泉首相なりの最終答案ということなのか。それにしては、なんともお粗末と言うほかない。
 3日付で配信された小泉内閣メールマガジンで、首相は年に1度の参拝に改めて意欲を示した。
 そのなかで「私の靖国参拝を批判しているマスコミや有識者、一部の国」に、こう反論している。「戦没者に対して、敬意と感謝の気持ちを表すことはよいことなのか、悪いことなのか」
 悪いなどとは言っていない。私たちを含め、首相の靖国参拝に反対、あるいは慎重な考えを持つ人々を、あたかも戦没者の追悼そのものに反対するかのようにすり替えるのはやめてもらいたい。
 首相はこうも述べている。「私を批判するマスコミや識者の意見を突き詰めていくと、中国が反対しているから靖国参拝はやめた方がいい、中国の嫌がることはしない方がいいということになる」
 これもはなはだしい曲解である。
 日本がかつて侵略し、植民地支配した中国や韓国がA級戦犯を合祀(ごうし)した靖国神社への首相の参拝に反発している。その思いにどう応えるかは、靖国問題を考えるうえで欠かすことのできない視点だ。
 ただ、それは私たちが参拝に反対する理由のひとつに過ぎない。首相の論法はそれを無理やり中国に限定し、「中国なにするものぞ」という人々の気分と結びつけようとする。偏狭なナショナリズムをあおるかのような言動は、一国の首相として何よりも避けるべきことだ。
 その半面、首相が語ろうとしないことがある。あの戦争を計画・実行し、多くの日本国民を死なせ、アジアの人々に多大な犠牲を強いた指導者を祀(まつ)る神社に、首相が参拝することの意味である。
 戦争の過ちと責任を認め、その過去と決別することが、戦後日本の再出発の原点だ。国を代表する首相の靖国参拝は、その原点を揺るがせてしまう。だから、私たちは反対しているのである。
 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を抱き、それが原因で参拝をやめたという側近の記録が明らかになった。国民統合の象徴として、自らの行動の重みを考えてのことだったのだろう。もとより中国などが反発する前の決断だった。
 国政の最高責任者である首相には、さらに慎重な判断が求められる。
 憲法に関する首相の強引な解釈もいただけない。憲法20条の政教分離原則は素通りして、19条の思想・良心の自由を引き合いに、こう主張した。「どのようなかたちで哀悼の誠を捧(ささ)げるのか、これは個人の自由だと思う」
 19条の規定は、国家権力からの個人の自由を保障するためのものだ。国家権力をもつ首相が何をやろうと自由、ということを定めた規定ではない。
 こんなずさんな論法で、6度目の参拝に踏み切ろうというのだろうか。15日の終戦記念日に行くとも取りざたされるが、私たちはもちろん反対である。//

 *ひとことコメント-「憲法20条の政教分離原則」を持ち出すならば、歴代首相の正月の<伊勢神宮参拝>をも批判しないと論旨一貫しないのでは。

0680/中西輝政「歴史は誰のものか」(月刊WiLL別冊・歴史通№1、2009)から・その1。

 一 月刊WiLL別冊・歴史通№1(ワック、2009春)を3月初めに買って、その翌日までにとりあえず、中西輝政「歴史は誰のものか」、櫻井よしこ「民族の物語としての歴史」、宮脇淳子「韓国人の歴史観は『絵空事史観』」、井沢元彦「歴史を『所有』しようとするのは誰か」、井尻千男・佐伯啓思の書評を読んだ。
 中西輝政「歴史は誰のものか」(p.48-)は平易に歴史は戦勝国、日本政府、マスコミ・出版界、歴史研究者・歴史家、同時代人のものではないことを書いている。部分的には<すさまじい>指摘もある。途中から要約的に紹介する。
 二 ・1982年の中曽根内閣誕生後、「おしんブーム」の1983年は戦後を含む近現代が「過去」になった年だったが、「本当の歴史がやっと見え始めた時」、それはもうすでに「昭和史」として「確立されてしまっていた」(p.56-57)。
 ・松田武・戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー(岩波)はアメリカの「左の方」の立場かもしれないが、アメリカが占領後も「いかに日本人の価値観や歴史観に細心の注意を払っていたか」、日本の再独立への時期からすでに「日本の知的エリートを系統的・組織的に”アメリカナイズ”し」、「いかにしてあの戦争の意味を忘れさせるか、または日本人の歴史観をアメリカの視点から見て許容範囲に納まるよう、日本の保守系の知識人や歴史家にいろんな働きかけをし、必死で『東京裁判史観』的な見方や価値観を日本社会に根付かせようという工作を行っていた」かが明らかにされている(p.57-58)。
 ・アメリカは種々の日米交流目的の財団を作り、諸学会に財政的支援もし、「フルブライト」等の奨学金制度も設け、「1950~60年代を通じ保守ないし中間的立場の親米派知識人をいかに養成するかという大戦略」を、占領終結から数十年「一貫して」行ってきた(p.58)。
 ここで自然と想起したのが、五百旗頭眞(1943-)だ。「フルブライト」奨学金によるのかどうかは分からないが、この人は1977~、と2002~の二度、ハーバード大学の客員研究員で、前者は30代半ばの数年間。別の機会に言及してもよいが、五百旗頭眞・日米戦争と戦後日本(講談社学術文庫、2005)の最初の方には、<アメリカに占領されてよかった>(だからこそ日本の経済的な成功もありえた)、日米戦争「ルーズベルト陰謀説」は荒唐無稽(論証抜き)、という旨が書かれてある。
 また、小泉首相の靖国参拝を批判したこと、昨秋は防衛大学校長としての立場で田母神俊雄論文を素っ気なく批判したことはよく知られている。島田洋一のブログによると、「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね。こっちは、はるかに多くの人間を強制連行しているのに」と(5、6年前に)五百旗頭は彼に語ったらしい。
 五百旗頭はコミュニスト又は親コミュニストではなく<保守ないし中間的立場>だとかりにしても、「左翼」に近い<親米リベラル派>ではなかろうか。そして、彼のような学者の誕生は、アメリカの大きな戦略の産物なのではないか、とも見られる。
 三 ・日本の「マスコミ・出版界」、「大手の出版社」は歴史については「一定の歴史観に沿った」ものしか出さない。「一定の歴史観」とは「東京裁判史観」、岩波新書・昭和史にはじまる「告発史観」で、吉川弘文館、山川出版、筑摩、平凡社、小学館、中央公論新社等々のものも「まだまだ圧倒的に」「東京裁判史観」だ。こうした状況はドイツと比べても異様で、「余りに一方に偏しすぎていて、公正でないだけでなく、はなはだ危険」だ(p.59-60)。
 四 ・「歴史家利権」というものがある。特定の解釈に立つ研究書等を出すと、新史料の発見等があっても無視して可能な限り変更を避けたいと考える人がいる。田母神俊雄論文が問題になったとき、「自らの権威を失いたくない」という姿勢が「はっきり見え」た「一部の昭和史研究家」もいた。
 ここで想起されたのは、秦郁彦。秦郁彦は月刊諸君4月号(文藝春秋)で田母神論文をめぐって西尾幹二と対談している。
 秦は最初の方で田母神論文の「全体的趣旨や提言については、私もさしたる違和感はありません」と語り、細部の理由付け・論拠のみを批判しているのかとも感じたが、全体を読み終えると「さしたる違和感はありません」とは一種のリップサービスの如きだ。そして、西尾幹二と異なり自分は「昭和史」の「専門家」だという自尊心をもっていることを感じさせる。
 秦郁彦は「職業的レーゾン・デートル」との言葉を用い、「現在、定説になっているのは専門家による第一次的な論証がなされたものであって、いまさら素人による議論では動かしがたい史実ばかりなのですから」とも発言する(上掲誌p.89)。
 秦郁彦がいかなる「専門家」教育・訓練を受けたのか調べてみたいところだが、それはともかく、秦は、「東京裁判」は「ほどほどのところに落ち着いた、比較的、寛大な裁判だった」との「感想」を語り(p.84)、再独立(主権回復)後の日本には憲法改正(九条破棄)の機会もあったのに、それをしなかったのは「東京裁判のせいでも、GHQのせいでもない。日本人自身に責任があるというべき」と語ってもいる(p.85)。
 上の後者は「左翼」がよく使う改憲論批判だ。「受容」したからこそ、形式・手続又は「正当性」に疑問があっても(機会はあったのに)改正しなかったのだ、という言い分になる。これは疑問で、また、憲法改正を主権回復後に「日本人」がしなかった背景には「東京裁判」史観というGHQが批判を許さず宣伝し、学校等で教育させた史観によって日本人に形成された「意識」もあるのであり、「東京裁判のせいでも、GHQのせいでもない」と断じることはできない(「日本人」に全く責任がないというつもりはない。例えば、GHQに迎合し「東京裁判史観」を広めた<進歩的知識人>が多数いたのだから)。
 やや離れたが、もう一人は「左翼」・保阪正康
 あらためて確かめはしないが、2006年夏に、保阪正康は、小泉首相の靖国参拝を、その「歴史観」・「歴史認識」の不十分さ・欠陥を理由として批判していた。自分は正確で詳細な戦前に関する「知識」や「歴史認識」をもっているのに、小泉首相にはない、というような、傲慢さが読み取れる批判の仕方だった。
 五 今回の最初の方で、中西輝政論考には部分的には<すさまじい>指摘もある、と書いたが、その<すさまじい>指摘にはまだ言及していない。別の回に譲る。
 それにしても、「歴史通」とは何と工夫のないタイトルだろう。「歴史通り(どおり)」と理解する人は少ないのかもしれないが、「歴史通」という言葉はやや分かりにくく、表紙の左上にやや大きく乗っていてもインパクトが足らない。他のタイトルを考えられなくはないが、創刊した以上、簡単には変えられないのが惜しまれる、とあえて記しておく。

0630/朝日新聞・若宮啓文の<反日・反国家>、<親中・親東アジア>、「左翼」意識

 日本共産党の不破哲三や朝日新聞の若宮啓文の本を読むことを躊躇しないし怖れもしない。しかし、どこか感覚・神経が<異常>と思われる人の文章を長く読むことは一種の苦痛であり、あるいはまた、ときどき気持ちが悪くなり、心理的には嘔吐が出そうになることがある。
 若宮啓文の「反日」・「反国家」意識、そしてアジアの隣国(中国等)への配慮優先意識、「左翼(サヨク)」意識は徹底している。同・右手に君が代左手に憲法(朝日新聞社、2007)は、あくまで若干の例にすぎないが、以下の如く書く。
 ①80年代に比べて90年代には「首相の配慮」があったとして肯定的に評価する。そして、「例えば宮沢政権は…1992年秋、右派の反対を押し切って天皇陛下の訪中を実現させた。過去に大きな区切りをつける旅」だった、と書く(p.12)。
 宮沢や河野洋平・加藤紘一らを自民党の中では評価する、<親中・屈中>。
 ②「外国では…『靖国』が軍国主義の象徴として伝えられる。だからこそ、首相の参拝があれほど問題にされるのだ」(p.37)。ここでの首相は小泉。
 米国・英国の大統領・首相らはこれまで何回か靖国参拝を希望したがむしろ日本政府側が固辞したと伝えられる。そうだとすると、上の「外国」はたぶん中国と韓国の二国だけではないか(北朝鮮もだろうが、金正日が訪日する可能性はほぼない)。
 それに、「『靖国』が軍国主義の象徴として伝えられる」ことに若宮啓文は何ら疑問を呈さず、当然視しており、誤解を解こうとする又は誤解を解くべきだとする主張はどこにもない。
 ③2004.02に書く-「それにしても、である。ハト派のいきおいが弱すぎはしないか」、「ハト派に春は来るのだろうか」(p.40-41)。
 ④「町の家々からだんだん日の丸が消えたのは、世代交代や戦後教育と無関係ではあるまい」。まして君が代に「抵抗感や違和感をもつ人が増えたのは仕方がないことだった」(p.43)。
 法制化された国歌・国旗に関する若宮の文章だ。一つに、「町の家々」から「日の丸」を「消え」させたのは、そして君が代への「抵抗感」等を煽ったのは、自分自身が属する朝日新聞を筆頭とする戦後「左翼」ではないか。客観的な事実として他人事のように書くな、と言いたい。
 二つに、若宮は日の丸・君が代には「戦争当時の暗いイメージが潜んでいる…」と書く(p.42)。この人自身がもつイメージなのだろう。戦後の「反戦・民主主義」教育をきちんと受容した(-に洗脳された)真面目な?学校優等生だったかと思われる。
 ⑤2004年の元反戦自衛官等自衛隊宿舎反自衛隊ビラ投函事件につき、2004.12の東京地裁(八王子支部)の刑事判決が「無罪」としたのは朗報」だった(p.80)。ここにも<反自衛隊>意識・<反軍(軍事)>意識。
 この前に、若宮自身はこの事件を、「市民団体の3人が防衛庁官舎の郵便受けに自衛隊イラク派遣反対のビラを入れただけで逮捕され、75日も勾留された」一件と記し、「あきれた事件」の一つに挙げている。
 この刑事事件は、本の出版時点で若宮が追記しているように、控訴審で逆転有罪となった(住居侵入罪)。最高裁は今年、上告棄却した(有罪維持)。
 若宮は高裁判決後の追記中に「…確かに行き過ぎだったのだろう。だが、黙秘したとはいえ身元の分かった相手を75日も勾留することはないだろう。そういう非常識がまかり通るのが恐ろしい」と書いている(p.81)。
 こんな若宮の「非常識」こそ「恐ろしい」。<勾留>するか否かは<身元が判明していないか否か>に単純に対応しているのか? 他の要素も当然に考慮されて判断される。
 ⑥ブラントの所作(ポーランドでの跪き)、ワイツゼッカーの(演説中の)フレーズを讃え、「ナチスの断罪を徹底してきたドイツ」の作法はうまかったが、「日本の〔かつての軍国主義・「侵略」に関する-秋月〕それはあまりに下手だった」と書く(p.96)。
 ドイツ・ナチスの「ホロコースト」のような犯罪を日本人・日本軍・日本政府は行っていない。<左翼>にありがちな主張なのだろうが、ドイツと日本の戦前の「罪」を同類のものとして理解する、という大きな過ちに朝日新聞・若宮啓文も(そのことを知りつつ結果としては)陥っているようだ。
 つづけて次のように書く。
 ⑦「隣国のナショナリズムは日本よりも強烈だ」。「しかし、だからこそ…相手の気持ちをどうほぐすか、そこは日本の知恵と度胸が問われているのではないか」(p.96)。
 日本の「ナショナリズム」は強く警戒し批判する一方で、「日本よりも強烈」だという「隣国のナショナリズム」に対して(上の「…」の部分で「言うべきことは言いつつ」といちおう書くが)何と優しい言葉だろう。隣国(中国・韓国)ではなく、まずは日本政府を非難・攻撃する、又は注文をつける、という姿勢で朝日新聞と若宮啓文は一貫していると言ってよい。
 ⑧中国の「反日デモ」と小泉「靖国参拝」を相殺し、次のように提言する。南京事件につき「日本側は規模がどうあれ、市民や捕虜の虐殺という非道の事実を重く受け止める」、小泉首相は「謙譲の精神で靖国参拝をとりやめる」(中国側への提言は省略、p.101)。
 「市民」に紛れこんだ便衣兵は「市民」ではなく、抵抗や脱走をする「捕虜」は捕虜ではなく「兵士」。これらを攻撃することは合法的な戦闘行為で「非道」ではない、という論点があることを天下の朝日新聞・若宮啓文が知らない筈はないと思うが。
 また、若宮啓文はなぜ首相靖国参拝を批判するのか。「A級戦犯」合祀が理由かと思われるが(p.104以降の別の項参照)、ではB級戦犯・C戦犯の合祀はどうなのか、と同趣旨の見解をもち、主張をする人々に対してとともに、若宮にも訊ねてみたい。
 ⑨「勝者は決して非を認めない」。広島への原爆投下につき英国軍幹部は「広島市が受けた懲罰」は「日本全体への報復の一部」と語ったが、原爆投下には種々の問題がある。しかし、「非道の責任を米国にだけ求めるのはフェアでない」。沖縄では日本軍に島民が「集団自決を求められた」等々があったりした。「民間への無差別攻撃を非難する資格が果たして日本政府にあっただろうか」(p.109-110)。
 ここまでくるといよいよ<気味が悪い>。
 ここでは米国を擁護し、旧日本軍をむしろ責める。<反日>・<自虐>そのもの。
 日本の「資格」を問題にするなら、日本軍による「民間への無差別攻撃」の実例を挙げるべきではないのか。また、かりにその実例があったとして、日本は「反省し」、米国にも「反省」を求める、日本は自己批判すべきとしかつ米国も「批判する」ならば分かるが、どうして<米国だけを責めるな、その資格は日本はない>という主張のみになるのか、きわめて不思議だ。
 まず第一に、<日本が悪かった>。この一線から若宮啓文は全く抜け出すことができない。見事に(単純に)、一貫している。こんな人が論説主幹だったのだから、朝日新聞は見事で(単純で)、恐ろしい。
 もう少し記録しておきたいことがあるので、たぶん次回に。

0310/週刊新潮8/02号・8/09号の櫻井よしこコラム。

 週刊新潮8/02号(7/26発売)の連載コラムで櫻井よしこは「参院選の争点は年金だけではない」、「憲法改正や教育改革の是非、中国やロシアの脅威にどう対処すべきか、日本の安全はどう担保すべきか」等の「もっと大事な争点を忘れてはならない」と、至極まっとうなことを(殆どいつもだが)書いていた。
 週刊新潮8/09号では彼女は、なかなか興味深い選挙結果分析をしている。ほぼ以下のとおり。
 自民党の得票は比例区で今回1650万だったが、前回(2004)の1680万とほとんど同じで25万減にとどまる(秋月が口を挟めば、この減少と投票率2%アップ分が民主党に流れたということになろう)。
 1995年には(同じく比例区)1110万で2001年には2110万にほぼ倍増した。だが上記のように2004年には1680万に減った。この変化は、1995年には「社さ」と連立していたこと、2001年には小泉首相が8/15靖国参拝を公約していたこと、2004年はこの公約が果たされていなかったことと北朝鮮外交で強硬な姿勢をとらなかったこと、に原因がある。つまり、「自民党は左に傾いたとき、支持を失う」。
 ただし、2005年総選挙で小泉自民党は大勝利した。これも含めて考えると、自民党の「選挙での勝利は、保守層の支持をしっかりと受けたか、またはとてつもない”風”を起こしたか」(又は起こされたか)の2つの要因によって左右されている。
 以上だが、今回の参院選は「風」で負けたものの、今後の趨勢を予兆するものでは全くないし、上を読むと-自民党支持者の1/4~1/5が民主党等に流れたとの報道もあるが-本来の自民党支持層の中核部分はきちんとまだ残っている(前回より25万減にすぎない)こと、1人区での6対23という大敗等によって議席数だけからいうと大きく凋落はしたが、得票数からすると決して激減しているわけではないこと、が分かるように感じる。
 従って、安倍首相は大きく落胆する必要はない。逆風が民主党に対して吹くこともありうる。
 櫻井よしこは上の8/09号で言う。-「続投を宣言した安倍首相は、自身の政治生命を賭けて、今度こそ安倍氏本来の政策を打ち出していくのがよい。安倍路線は真っ当であり、間違っていない」。
 彼女が言及している政界再編の問題にはここではもう触れないが、上の言葉は全くそのとおりだ。
 安倍晋三首相、難局であるのにまことに<ご苦労さま>。頑張ってほしい。

-0022/あまり楽しくない話題を旅先の朝日新聞で読んでみた。

 26日朝、ホテルで朝日新聞を買ってみると、25面に「私の8月15日」という続き物らしき保阪正康の執筆文章。
 8/15の靖国参拝者は増えたようだが物見遊山派少なくないと参拝者増の意義を薄めたのち?、小泉首相靖国参拝に「反対である」と明言し、その理由として靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」と言う。
 初めて保阪正康の見解を知った感じだが、この理由づけはいけない。かりに靖国神社に関する説明が正確だとしても(この点も検証が必要だが)、参拝がなぜ「こうした歴史観を追認することになる」のかの説明が欠落している。また、靖国神社が「旧体制の歴史観」を温存していなければ反対しないのか、温存していないと認めるための要件・条件は何なのかには言及がない。あるいは、神社は明治以降に軍国主義のために設立されたものだからすでに反対なのか、国家神道の大元だったから反対なのか、神道の宗教施設で憲法違反だから反対なのか、要するにどのような条件・要素がなくなれば「反対しない」のかよくわからない(この紙面かぎりだとA級戦犯合祀問題とは無関係の理由づけのようだ)。
 Web上での情報によると保阪正康は雑誌「世界」でも靖国の宮司の「特異な歴史観」を批判しているらしい。「特異」とは一概にいえないことはこの欄で既述。
 首相靖国参拝を中国政府・共産党はA級戦犯合祀後数年経ってから批判し始め、江沢民は永遠に日本政府に言い続けろ旨を同文選に書いているらしい。彼国は靖国参拝問題を国際政治・外交上の一問題化しており、かつその彼国は共産党独裁「社会主義国」だ。
 この問題はすでに国際政治・外交上の「闘い」なのであり、彼国に結果として従えば別の要求・批判が続出することは目にみえている。問題は靖国神社のもつ「歴史観」の評価よりも中国の政治的言論に屈するか否かだ。この優先順位の見方が保阪と私とでは異なる。コミュニストたちが問題に絡んでいるのであり、現実には国内の「歴史観」論争では片付けられない側面が発生しているのだ。
 結果として保阪の論は朝日と中国政府・共産党を喜ばせ、彼らに武器を与える。保阪は(ひょっとして以前からなのかもしれないが)好中派・媚中派として彼国情報部にリスト・アップされたのではないか。ついでに、読売に登場していたときは「反対」の明示はなかったのだが…。

-0013/塩崎外務副大臣モスクワへ。筑紫ニュースは見たくない。

 一昨日に安さと目次見出しを見て古書で買った小浜逸郎・「男」という不安(PHP新書、2001)の第三章をその日の夜に読んでいると歯切れもよく面白いので、昨日行った軍艦、イヤ船舶のような形の巨大施設内の書店で同・やっぱりバカが増えている(洋泉社新書、2003)を買い、上野千鶴子批判の全部と立花隆批判の中途まで読んだ。初めての著者だがもっと買い込む予感がする。楽しませる文章が書ける人で、「自由」そうなので歴史・社会の見方についても示唆を得られるだろう。いったい何冊を平行して読んでいるのか、と自問すると恐いが。
 TBS・某氏の番組については、出版後すみやかに読んだ中宮崇・天晴れ!筑紫哲也…(文春新書、2006.02)は超ド級に面白く(ある意味では超気持ち悪く)、一気に読み終えた。TBS・某氏のニュース23はまず観ないので、1年に1度くらい、かかるウォッチング本を貴重な歴史的記録として、文春は(でなくてもよいが)中宮崇によって(でなくてもよいが)発行してほしいものだ。全ての月刊雑誌を読めないのと同様、全てのニュース番組なんて見られないのだから。また、実際に視聴するよりもあとから本で読む方が精神衛生にはまだよさそうだ。中宮崇(でなくてもよいが)と文春さん(でなくてもよいが)、よろしく。
 靖国参拝問題でふと思う。個々の首相の個人的判断で可変的なものであってよいのか。東京裁判、「戦犯」、合祀、憲法等々の意味・関係等々を国・国家として整理し統一させておくのが本来だ。小泉首相の釈明・理由づけも完璧とは思えない。内閣法制局・外務省等々、本来なら行政官僚・外務-・法制-が首相をサポートすべきだ。一政治家・一個人のときどきの判断に重要な事項の決定が委ねられるのは好ましくなく、ときには危険だ。内閣法制局は首相靖国参拝の合憲性につき統一解釈を示せ。

-0012/日本の憲法「アカデミズム」はいったいどこにいる。

 8月14日付日記言及の朝日社説に或る「怖さ」を感じたというのは、近衛文麿は自殺させずに殺す=処刑すべきだったとのニュアンスを感じたからだったと思う。昨日の靖国関係の朝日記事でも、どこか外国のことに触れているような冷たさ、一般戦没者はもちろん戦争指導者たちも同じ日本人、先輩同胞だったという感覚の希薄さ、を感じたのだが、気のせいだろうか。
 12付日記の最後は憲法20条でいう「宗教」に神道もキリスト教・天理教も小規模新興「宗教」もすべて同列に含めてよいのかとの疑問だ。歴史的・伝統的に見て、神道が他とは区別されるわが国固有の土俗的なものにすら結びついていることは常識的だろう。
 靖国参拝問題と関連させれば、叙上の如く「神道」を特別視又は例外視できないとすれば、そもそも同行為は憲法20条3項が禁じる「宗教的活動」ではない、「活動」といえるほどの行為でない、として合憲視できるのでないか。伊勢神宮に正月に首相等が又はそれ以外の時でも新被選出首相等が参拝して朝日も(たぶん)問題視してきていないのは、昨日の小泉発言のとおり。このような解釈が無理なら、日本の宗教事情に無知なアメリカ人の発想によるものとして政教分離の憲法規定=条文自体が再考され、改正されるべきだ。
 こうした憲法問題について肝心のわが国の憲法学界=憲法アカデミズムの人たちは何を考えているのか。昨日も憲法学者の名が全く又はほとんど紙面に出てこないのは何故なのか。大学で憲法を講じている者は数百人はいるはずなのに。
 靖国問題に限らず国論分裂そのものが現憲法の見方の差違に由来しているとすらいえる。主権喪失(少なくとも制限)の占領期になぜ憲法という基本法を改正できたのか、不思議だ。本来は主権回復後に同じ内容でもいいから現憲法を国民投票にでもかけておくべだったと思う。
 GHQが占領末期に憲法改正可能を示唆したが吉田茂等が採用しなかったので「押しつけ」でないとの論(古関彰一・新憲法の誕生(中公文庫)等)は、「押しつけ」の意味にもより、詳論しないが「詭弁」だ。
 また、新総選挙により構成された衆議院で審議・承認され、その後「国民によって歓迎され、受け入れられている」から「押しつけ」でないとの論(中村睦男・はじめての憲法学p.18(三省堂)は、上以上の詭弁・ヘリクツだ。
 中西輝政編・憲法改正(中央公論新社)を入手したので、その中の長谷川三千子論文から読んでみる。

-0011/ロシアとどうなる?、買った本は全部読めるのか?

 ターミナルに出て10冊以上古書を買う。他に計10冊以上、配達された。
 読売社説。「ところが、…対中外交をどのように構築していくべきかについて首相は説明」せず-尖閣・油田・潜水艦等々外交上の問題は彼国が生み出しているのであり、社説子は小泉にいったい何をせよというのか。A級戦犯につき首相は「戦争犯罪人であるという認識…と国会で答弁」-この答弁は不用意で、取消し又は撤回されるべき、あるいは<東京裁判上の>との限定を施すべきで、この答弁は将来の議論の前提とされてはならない。
 同紙13面の保阪正康の文章-ここでも松平永芳宮司につきA級戦犯合祀の根拠を「特異な歴史認識」と批判している。が、東京裁判も「戦闘状態」の中でのものという理解は、講和条約発効まで米国等は日本を「敵国」視していることになるので十分に成り立ちうる。東京裁判の検察側証人は利敵行為をしていたことにとか、吉田内閣は占領軍の傀儡だったことにとかの批判は、批判の仕方として適切ではない。
 a物理的な戦闘終了=降伏文書交付まで、b「占領」期、c独立(といっても日米安保条約付きだったが)以降、の三期があるわけで、bを前後のどちらに近いものと見るかの問題である。そして、bはcよりはaに近いとの見方は十分に成立しうると思われ、「特異な」とかの批判はややエキセントリックに感じる。保阪はA級戦犯合祀に反対で、その「理論的」根拠を否定したいのだろうが、A級戦犯等を国内法的には「犯罪者」扱いしなくなったこととの関係はどう説明するのか。
 喫茶店で朝日を読んだ。靖国参拝問題のスペース多し。ついでに、加藤紘一自宅火災記事は1面中下。朝日に問うてみたいのは、戦争指導者としてのA級戦犯の合祀さえなくなれば問題はないのか?だ。B、C級戦犯には、映画「私は貝になりたい」にも見られるように一般人・庶民出身も多数含まれる。しかし、(B、C級戦犯も対象とした)東京裁判の全尊重という社是からすると、B、C級戦犯の合祀と彼らの靖国での慰霊・追悼も怪しからんということになるはずだ(中国の言い分も同じ。なお、B、C級戦犯の中には南京100人斬り競争したとの虚報による2軍人も含まれる)。どこか奇妙だとは思わないのだろうか。
 まあ、いい。朝日新聞には、重要な問題については朝日の主張と反対の主張を採択すべきとの歴史的教訓を生かせるべく、今後も健闘してもらわなければ困る。

-0010/61年めの記念日に二度めの日記でつぶやく。

 睡眠を経て、午後4時すぎ。終戦記念日の読売社説を読んで、朝日の13日の社説は読売の一部のパクリのごとくだと感じた。読売のように1年以上の検証を社内ですることなく、朝日は社説で唐突に、「責任」の有無や程度を一部の個人についてのみ言及したのだ。といって、読売社説に全部納得しているわけではない。朝日の世論調査報道のごとく、100%「侵略」戦争だったと100%の現国民が考えているわけではない。プラス面又は「自衛」面がかりにあったとすれば、論理的には「責任」者でなく「功労」者を検証すべきことになる。読売は「侵略」戦争一色史観なのか。
 小泉首相、午前早くに靖国参拝。昨年に比して方式がより本格的なのは、今年、靖国参拝違憲損害賠償請求訴訟につき最高裁が(合憲としたわけではないが)不法行為法(国賠法)上保護されるべき損害なしとして棄却したことが大きいと推測される。
 新聞社、半藤・秦・保阪等々が戦中史・戦後史について積極的に発言しているが、肝心のわが日本史学界(近現代史学界)=アカデミズムの人たちはいったい何をしているのか。かつて亀井勝一郎氏が批判して論争が生じた岩波新書・昭和史(1959、1995.05-56版)は1995年の増刷だが、依然として朝鮮戦争は南が北侵の旨記述する(p.276)。
 ソ連の同意と中国の了知のもとでの北の南侵が明瞭になっているのに、岩波と遠山茂樹・藤原彰等には「学問」的良心がなく、「知的退廃」がある。名誉毀損損害賠償訴訟を起こされなければ「嘘」の記述でも垂れ流して売るのだろう。このような人たちを指導教授とする親マルクス主義的研究者が多く育っていると思われ、「正常」化にはあと何世代か要するようで未来はただちには明るくない。
 松本健一は経済学部出身、故坂本多加雄氏は法学部出身。もっとも、非マルクス主義の通史シリーズもいくつかあるようで状況は少しは変わった。かつてヒットした中公の日本の歴史シリーズは直木孝次郎・黒田俊雄・井上清など「左翼」の多さが歴然としていたように思う。
 鈴木正四・戦後日本の史的分析(青木書店、1969)は「労働者階級の立場、マルクス主義の方法と観点」で書くと「まえがき」で宣言しつつ朝鮮戦争につき「少なくともいわば一万中の九九九九まで、アメリカが戦争をおこした疑いがきわめてこいという結論にたっした」と述べていた(p.114)。日本共産党員らしき研究者の体たらくを、今や嗤い、憐れむのみだ。

-0006/「靖国問題」を論じない方が望ましいのだが。

 書き足りていないので、昨日分の続き。かりに東京裁判の「受諾」が戦後日本(正確には再独立後の日本)の原点だとの見方が正しい又は適切だとしても、それと東京裁判の被告たちを祀る神社を参拝することが矛盾しているわけではない。朝日新聞や中国(共産党・政府)は大まかには<靖国参拝=戦犯たちの賛美=侵略戦争肯定>という論法に立っているのだろうが、これは幼児の議論だ。たしかに参拝者の中には侵略戦争肯定又はあの戦争の侵略性否定の考えの者もいるだろう。しかし、死者の霊に手を合わせることが当該死者の生前の見解・行動のすべてを肯定し賛美することを意味するとは、少なくとも一般的には、絶対に言えない。一般刑法犯罪により死刑となった者の墓に手を合わせる人もいるだろう。だが(中には冤罪を主張している者もいるかもしれないが)、受刑者・刑死者の墓参者は死刑の原因となった犯罪を肯定している、と言えるはずがない。靖国参拝は戦犯たちの思想・行動の肯定を少なくとも一般的には意味しない。侵略戦争肯定又はかつての戦争の侵略性の否定を一般的には意味しない。そうだと思っている者には誤解だと説明する他はなく、意識的な「誤解」者は相手にする必要がない。
 死者に対する対応の仕方は生者に対するそれとは異なるのが、日本人のほぼ一般的な心情なのではないか。中国人にそれが解らなくても当然だ。朝日新聞社の者が解らないとすれば、半分は日本人でなくなっている。
 とはいえ、「神道」を含む「宗教」に関する適切な教育をほとんど受けていない私(そしておそらく多くの日本人)も、神社に死者を「祀る」といことの意味、「参拝」することの意味を、とりわけ前者をよくは理解していない。靖国神社や各神社自体にはそれぞれの意味づけが(神道の共通性は維持しつつ)あるのだろう。だが、参拝し手を合わせて瞑目する者が何を感じ思うかはまさに個人それぞれの「心の中」の問題で、一般的にこうだと強制も断定もできないのでないか。小泉現首相のこれまでの参拝の理由づけは完全には納得し難い=よく判らないところがあるが、本質的問題だとは思えない。
 首相の靖国参拝は政教分離の憲法条項に関連する。戦後教育を受けてきた裁判官がほとんどとなっているのは下級審で違憲判決が出ている土壌でもある。神道をまるでキリスト教あるいは他の新興宗教等と並ぶ宗教の一つと理解すること自体に問題がある、というのが私論だ。

-0005/「靖国問題」は存在しない方が望ましいのだが。

 仕事が後半も終了し、帰宅して夕食後に数時間寝てしまう。本格的な就寝時刻が心配だ。今日は久しぶりにないと思っていたら、覚醒後に2+2で計4冊が届いていた。
 昨日に続いて保阪正康にこだわって?みるが、文藝春秋9月号p.120の、講和条約までは戦闘中でそのさ中の東京裁判による処刑者は戦場の戦死者と同じ、と自ら紹介する松平某靖国神社宮司の見方への、占領軍の車にはねられて死んでも靖国に祀られるのか、「かなり倒錯した歴史観」だ、との批判は、妙な例示も含めて、「かなりエキセントリックな」言葉遣いによる批判だ。秦の言うとおり、「そういう考え方もある」。占領自体が広くは「戦争」政策の継続で、東京裁判もその一環だった、という見方が完全な誤りとは思えない。
 「処刑された人々」以外に松岡洋右等の病死者も祀っているのが問題になりそうだが、いわゆるA級戦犯として被告人とされたこと自体が戦いの被害者だと見ることによって、理由づけできなくはない(私見を述べているのではない)。保阪の大仰な現?宮司批判に首を傾げた。
 朝日新聞社が社説も含めて「首相靖国参拝」に反対している理由は(一貫しているとは限らない新聞社なので現在のそれとしか言いようがないが)、東京裁判を受諾するとした講和条約による主権回復こそが戦後日本の出発点だった、その東京裁判にもとづき処刑された「戦犯」たちを「祀る」神社に参拝するのは、東京裁判受諾という原点を揺るがすものだ、ということにあるようだ(0804社説等)。
 この「理屈」に関係させていうと、東京裁判受諾の意味が問題とされ、「裁判」でなく「諸判決」という読み方もあるが、私見によれば裁判があってこその判決、裁判の一環としての判決なので「裁判」と「判決」を厳格には区別できない。だが、「受諾」の対象に諸判決の「理由」の中に書かれてあるすべて事項・考え方を含ませるのは間違いで、指摘あるように(上雑誌p.325-6)、宣告された諸判決のうちとくに禁固刑判決を講和後もきちんと執行することを約束した(そしてその他の部分にもはや国としては異議申立てしないことも約した)だけのことで(それも関係国の了解を得て緩和できた。だから、賀屋大臣もその後誕生した)、具体的な事実関係の認定、正邪・善悪の判断まで永久に東京裁判判決に拘束されるいわれはない、と理解している。朝日新聞は東京裁判に対する自由な言論を自ら封殺しているのだ。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 0790/小林よしのり・世論という悪夢(小学館101新書、2009.08)を一部読んで。
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