秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

長崎市長銃殺

0133/安倍首相秘書ら朝日新聞社等を提訴-阿比留瑠比5/09メモ。

 報道されているように、5/09に安倍首相の秘書2名と元秘書1名、計3名が朝日新聞社等を被告として、損害賠償、謝罪広告等を求めて提訴した。
 この提訴にかかわる「詳細な背景」等を知らせてくれるものとして、阿比留瑠比の5/09午後11時台のエントリーはとても重要で、かつ興味深い。
 直接に彼のブログ・エントリーを読めば済むことだが、あえて殆どをコピーして、こちらの方の記録にもしておきたい。
 1.訴状の内容-<原告(元秘書)らが長崎市長銃撃事件を起こした「山口組系水心会幹部から脅かされていた事実は全くない」と指摘…。つまり、週刊朝日に掲載された記事を、その前提から否定…。週刊朝日は、警察庁幹部がそうした内容を証言したと書いていますから、その証言自体がどうなの?、ということ…。関係者は、「冷静に考えて、どうして長崎ローカルの暴力団から秘書が脅かされるのか」と指摘…。
 2.週刊朝日編集長・山口一臣からの直接謝罪の動き(訴状による)-<安倍首相が訪米に出発した4月26日午前10時30分の直後に、週刊朝日の山口編集長から安倍氏に謝罪にうかがいたいとの申し入れがあった…。これに対し、安倍事務所側は、安倍氏が出発後で本人に伝えられないこと、25日付朝日朝刊の隅の小さな、週刊朝日の記事内容に何ら触れることのない記事をもって「謝罪」とする朝日側と会うことはできない旨伝えた…。
 3.週刊朝日編集長からの手紙(訴状による)-<同日、山口編集長から「記事は安倍晋三首相と射殺犯の関係を報じたものではありませんが、一部広告であたかも直接関係があったかのように受け取られる不適切な表現がありました。安倍首相のご発言を聞いて、心の痛む思いです。重ねておわびします」などと書いた手紙が郵送されてきた…。ただ、この手紙の中でも、一番傷ついた元秘書らへの謝罪は一切なかった…。
 4.阿比留のコメント-「こうして見ると、朝日サイドは、なんとかことを穏便に収めようとはしたものの、安倍首相に対して詫びるだけで、一番被害を蒙った元秘書については、眼中になかったようです。安倍氏が何に対して一番怒っているかは、ちょっと自社の元安倍番記者にでも聞けばわかることでしょうに。
 5.請求された謝罪広告文面-《平成19年4月24日付朝日新聞朝刊に掲載された週刊朝日の新聞広告及び同誌記事において、安倍首相の元秘書が長崎市長射殺事件の容疑者が所属する暴力団から脅かされていたとの記事を掲載しましたが、そのような事実はまったくありませんでした。
 なお、平成19年4月28日には朝日新聞朝刊社会面、毎日新聞朝刊社会面、岐阜新聞朝刊社会面及び中日新聞朝刊に「お詫び」と題する記事の中で「記事は、首相の元秘書が長崎市長射殺事件の容疑者の所属する暴力団の組織の幹部などから被害を受けていたとの証言などを伝えたものでした。」と記載しましたが、全く事実に反する記事でした。この記事を取り消させていただきます。
 さらに週刊朝日(平成19年5月18日号)誌上でも「おわび」と題する記事を掲載し、あたかも安倍首相の元秘書がとの広告や記事を掲載しましたが、まったくそのような事実はありませんでした。この記事を取り消させていただきます。
 安倍首相及び元秘書の方並びに関係者の方々には二度にわたり大変な迷惑をおかけしました。衷心より深くお詫び申し上げます。

 なお、「謝罪広告に使用する文字は①表題及び作成名義人の記載は12ポイントのゴシック体②本文は10ポイントの明朝体。大きさは社会面に2段・横5センチと指定」。
 以上。朝日がすみやかにこれを「のめ」ば、朝日側の完全敗北だ。だが、抗弁して争っても完全敗北となる可能性は高い。ただ、その場合の判決確定は数年先になりそうなので(朝日側が主張する証人採用の人数如何によるが)、朝日の打撃はより少ない印象になるかもしれない。
 ともあれ、安倍首相側は(現・元の秘書たちはご苦労だが)朝日による「言論によるテロ」を敵にして、是非とも奮闘していただきたい。

0093/週刊朝日編集長(又は朝日新聞社々長)は官邸で謝罪文を安倍首相に手渡せ。

 司馬遼太郎が「街道をゆく」を長期にわたって連載したのは、週刊朝日だった。朝日新聞本紙には、彼は連載小説は書かず、多くは産経新聞紙上で連載していた筈だ(「竜馬がゆく」も「坂の上の雲」も)。
 朝日新聞社は上のことを最大限利用して、さも司馬遼太郎が朝日と関係が深かったかの如く、没後にいろいろな出版物を刊行して「商売」に利用している。最近では週刊・司馬遼太郎とやらも出しており、かりに朝日が版元でなければ、私は毎週買う可能性が高い。
 その週刊朝日が、さすがに朝日新聞社発行だけあって、虚報によって安倍首相を攻撃した。同5/4+5/11号だ。
 私が見た見出しは<山口組水心会と安倍首相の「関係」を-警察庁幹部が激白>だったが、産経の阿比留瑠比によると、昨日の朝日朝刊上の週刊朝日の広告では「総力特集 長崎市長射殺事件と安倍首相秘書との『接点』-城尾容疑者所属の山口組系水心会と背後にある『闇』を警察庁幹部が激白!」だったらしい。
 内容も通読したが、「警視庁幹部の一人」、「水心社の関係者」、「長崎県警の関係者」の話をつなげて、某元秘書に関する問題を介して、安倍首相と暴力団が何がしかの「関係」があると<疑わせる>又はそういう<印象>になっていた。
 週刊朝日は汚い。この記事を書いたのは「ジャーナリスト・時任兼作今西憲之+本誌・中村裕」だ。このうち、今西憲之は京都大学教授だった今西錦司の孫の筈で、こんなゴロツキ記事又はヨタ記事の作成に関与しているとあっては、今西錦司の(あるとすればだが)「名声」を傷つけるのではないか。あとの二人の氏名もきっちりと記憶しておこう。
 安倍首相の「怒り」の反応に応じてか、朝日新聞は今日4/25の朝刊に「山口一臣・週刊朝日編集長の話 一部広告の見出しに安倍首相が射殺犯と関係があるかのような不適切な表現がありました。おわびいたします。」と掲載したらしい。
 一国の内閣総理大臣に関して少なくとも広告上に「不適切な表現」を用いたことについて、「おわびいたします」とだけとは、何たる言い草だろう。せめて、<謹んでお詫び申し上げます>くらいにはしろ、と言いたい。
 しかも、「不適切な」のは広告上の表現だけだろうか。実際に販売されている出版物に全く問題はないのか。おそらくは、聞いたことをそのまま活字にしただけ、安倍事務所にも公平に取材した、と釈明するのだろう。だが、この記事の目的は、上記のように、安倍首相と暴力団が何がしかの「関係」があると<疑わせる>又はそういう<印象>を与えることにある。そして、朝日新聞の読者やもともと反安倍首相の立場の人々はそう信じてしまいかねない記事になっている。
 このように、安倍首相を何か材料があれば<信憑性がきわめて乏しくても>それを使って批判してやろうという姿勢そのものが、朝日新聞社および週刊朝日編集部が報道機関としての資格をもっていないことを示している、と考える。
 安倍首相も明確に述べたようだ。産経本紙によると、「言論のテロ」、「(倒閣をめざす)政治運動」だ、と。私も、何度も、朝日新聞は報道機関ではなく「(政治)運動団体」だと書いてきた。2年前には安倍晋三・中川昭一両氏を「貶める」ためにNHKを利用した<策略>を行った。昨年の今頃からは、安倍氏を首相にさせないための<運動>を社説や記事を使って行っていた。そして現在は、参院選で与党を敗北させて安倍首相を退陣させるために<運動>している(いずれも首尾良くいかなかったし、いかないようだが)。
 繰り返すが、朝日新聞は「ふつうの」新聞社、「ふつうの」報道機関ではない。上に述べたこと以外のことを挙げればきりがない。媚中(屈中)・自虐・国籍不明・「左翼」・「反日」等々のいろいろなレッテルが貼れそうな(そうすることは私の趣味ではないが)、実質的には(「政治団体」として政治資金規正法上の登録していなくとも)「(政治)運動団体」に他ならない。
 不思議なのは、産経を除いて、この問題を報道しているメディアが殆どないことだ。産経の阿比留によると、「読売、日経両紙はミニ・ニュース扱い」ということらしいが、読売の読者の私は気づかなかった。NHKは一切とり上げていないのでないか。週刊朝日の記事だけでとり上げる必要はないかもしれないが、阿比留によると、朝日批判につき「首相になってからこれだけ激しいのは初めて」らしいのに、首相発言を無視する(スルーする、と言うらしい)とはどういう神経を各メディアはしているのだろうか。
 阿比留のブログの中に安倍首相の発言が全文掲載されているので、ここでもそれをコピーしておく。
 「私はこの週刊朝日の広告を見まして愕然としました。まるで私や私の秘書が、あの卑劣な凶行を行った犯人、あるいはその彼が所属している暴力団と関係があるかのごとくの記事です。一切関係がありませんし、これは全くのでっち上げで、ねつ造ですね。私は驚きとともに憤りを感じています。全くこれは私や私の秘書に対する中傷でしかない記事です。私にも私の秘書にも家族や親族もいますし、その中には子供もいるわけです。この記事を書いた朝日の記者、あるいは朝日の皆さん、恥ずかしくないですかと、このように申し上げたい。いくら私が憎くて、私の内閣を倒そうということであったとしても、これはもう全く事実に基づいてないのであれば、これはいわば言論によるテロではないかと、このように思います。これは報道ではなくて、むしろ政治運動ではないかとすら申し上げたくなります。私や私の秘書が、犯人や暴力団の組織と関係があるのであれば、私は直ちに総理大臣を、衆議院議員もやめる考えです。そのことを、関係を証明できないのであれば、謝罪を、潔く謝罪をしてもらいたい。」/法的措置を検討するかの問いに対して「これはもう、法的措置、私は週刊誌も読みませんし、相手にしない姿勢でありました。しかし、いくらなんでもあのような凶行をした犯人、あるいは凶行そのものと関係していると、こんなことを言われたら、これはやはりいくら何でも黙っているわけにはいかないと思います。」
 阿比留によると、「安倍は、朝日のわずか5行程度のお詫びで話を終わりにする気はさらさらないよう」だ。どういう適切な方法があるのかはよく分からないが(訴訟提起してもよいが、長期間がかかりそのうち忘れられてしまう)、安倍首相には断固として頑張っていただきたい。
 少なくとも朝日新聞社(又は週刊朝日編集部)に要求できるのは、新聞紙上で「わび」の言葉を掲載することのみならず、「詫び」(本当は「謝罪」と言うべきだが)の文書を官邸まで持って来させ、対面して「詫び」(「謝罪」)の言葉を述べさせるとともに、何故「不適切な」表現になったのかについての釈明を求めることだ。
 朝日新聞社(・週刊朝日編集部)が「まとも」な感覚の人々で構成されているならば、上記の程度のことはできる筈だ。安倍首相は最低でも上のことを公の場で(記者会見等の機会に)要求できるはずだ。
 週刊朝日編集長(又は朝日新聞社々長)は、少なくとも、官邸で「謝罪」文を安倍首相に手渡せ。

0088/朝日新聞4/19社説の粗探し-そこまで安倍首相に「いちゃもん」をつけたいか。

 4月17日午後7時50分に背後から銃撃された長崎市長選候補者・現長崎市長は翌18日午前2時半頃、逝去された。まことに痛ましい。ささやかながら哀悼の意を表する。
 こういうときにも朝日新聞は安倍首相批判と結びつけたいようだ。
 4/19社説はいう-「安倍首相の事件発生直後のコメントには首をかしげざるを得ない。「真相が究明されることを望む」というひとごとのような言葉からは、怒りが感じられなかったからだ。」 
 朝日の社説子は本当にバカだ。こんな事件に「怒り」を感じない人や政治家は殆どいないだろう。安倍首相が例外的な人物だとは思われない。つねに安倍首相の問題点を見つけてやろう、粗探しをしてやろうという気分がないと、こんなことを社説にまで書けない(なお、安倍首相は翌18日には「怒り」を含む談話を述べている)。
 この朝日の社説に影響を受けたのだろう、民主党の中に事件直後の安倍首相発言を朝日と同様に問題視する議員がいる、といずれかの新聞で読んだ。
 イヤガラセ、粗探しの精神は民主党にも乗り移っているようだ。
 さて、殆どのメディアや18日の安倍首相発言も「民主主義」への挑戦だとして批判している。だが、いかなる意味で「民主主義への挑戦」なのか。厳密に、きちんと答えられる人、メディアがどれだけあるだろう。
 結論として私もそう思うが、しかし、基本的には、この事件は、何らかの動機による、日本で所持が原則的に禁止されている銃砲を使った、<人殺し>なのだ。他人の生命を剥奪するという犯罪なのだ。「生きる」という自然の、最低限の権利を剥奪する行為だったのだ。民主主義うんぬんと関係が無くったって、当然に厳しく糾弾されるべきなのだ。そして犯人はすみやかに逮捕されるべきだったし、「真相が究明」されるべきなのだ。
 あたり前のようなことだが、あえて書いておく。
 なお、4/18日朝の「スーパーモーニング」で若一光司が「加藤氏宅放火事件の時の小泉元首相は一週間黙っていた」というのに似通っていると安倍首相を批判したらしい。ここにも、朝日新聞社説子と同様の発想をする、(たぶん)やや「左巻き」の人がいる。

ギャラリー
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
アーカイブ
アマゾン(Amazon)
記事検索
カテゴリー